第十六話【おおっと、ここが王都ー?!】
今回は安先輩の屋敷に到着する予定でしたが、少し街の様子を描写する事にしました。
美鈴達のプチ観光ですね。
夕方5時前にに学生寮前の玄関に行くと既にそこには明花と范先生が
いた。
奇遇な事に三人ともチャイナドレスを着ていた。
「あら皆さん、お早いですね。」
「あ、美鈴さん。」
「ああ、君も来たな。何だ落ち着かなくて早めに来てしまった。」
「実は私もなんです、安先輩のご実家はかなりの名家と聞きましたから緊張しちゃって。」
「そこまで身構えなくてもよいと思いますよ?格式ばった行事や政治的なご挨拶に伺うワケではなくて、先輩のお友達として遊びに招かれているだけなのですから。」
「そ、そりゃ美鈴さんは馴れていらっしゃるのかも知れませんけど。」
「明花君はどうか知らないけど私の実家もさほど立派な家柄ではないのでどうにも…。」
やや不安な胸の内を話す二人は緊張と畏れ多さから少し暗い顔に変わっていった。
最初は豪邸に呼ばれた事から好奇心も手伝って少し張り切っていたのだろう、今は逆にその反動から時間が近付くにつれて緊張と不安に襲われているようだ。
「二人とも、そんな顔をされていてはせっかく招いて下さった安先輩のお顔まで曇らせてしまいますわよ?」
「ええ、それはもっともなんですけど。」
「…そうだな、確かに生徒の家を訪問するだけなのに緊張ばかりしていては却って向こうに失礼というものだな。」
「到着するまでの間、なにかしら楽しいお話しでもしてましょう?」
「ええ。…そう言えば皆さん、私もですがチャイナドレスを選ばれたんですね?」
「ええ。何かの式典とか公務ならともかく、今回は安先輩の私的な招待なので。」
「ちゃんとした身なりなら細かくは言われないだろうし、このドレスならどこに出掛けるにしても違和感がないからね。」
「私の家はまだ貴族成り立てなので衣装もそうですがマナーやしきたりについてもほとんど知らないので不安です…。」
「それなら私や先生の真似をしていれば問題ありませんわ。」
「それに今日はそんなかしこまるような招待じゃないんだから、もっと気を楽にするといい。」
と、言いつつも先生もやや緊張気味だ。
唯一ふてぶてしいのは美鈴くらいだった。
それから三人は他愛もない話しをしながら馬車の到着を待った。
本当は側仕えの二人も連れて行きたかったのだが、生憎と馬車の定員数は四人。
一人だけ溢れてしまうのも可哀想という事で宋芽友が招待を辞退した事をワザワザ部屋を訪ねてきて教えてくれた。
愛麗はこれをチャンスとばかりに付いて来たがったが、それはせっかく辞退してくれた芽友に悪いだろう。
なので美鈴は愛麗に強目に言い聞かせて芽友と二人でお留守番とさせた。
愛麗はガックリしていたものの、芽友が愛麗と一緒にいられる事を喜んでくれたので満更でもなさそうな顔で見送ってくれた。
(あの子、美少女が一緒なら誰でもいいのね。)
苦笑いしながら私なら最愛の一人だけいればいいのに、そう考えた。
すると、頭のなかに何故か明花の笑顔が浮かび、更にそれに並ぶかのように安先輩の微笑みが浮かんだ後で、最後に申し訳程度にチラッと范先生のツンデレ顔が小さく浮かんだ。
(な、何でしたの?今のは!)
一人だけと思ったのに三人の顔が!
(て言うか、そもそも私は女性同士でそんな関係になるつもりも無いんですけどー?)
かといってこの世界には存在しないものの男性相手も嫌だと考えてると、何故か仮面の聖霊こと名尾君の顔が浮かんだ。
(もー、な、何ですのーこれは?)
もはや自分の思考が理解出来ず混乱する美鈴だった。
そんな風に表情をコロコロ変えながら一人で考え事をしている美鈴はいい見せ物となっていたようで。
(ハハハ、中々面白い子だなあ。美鈴君は。)
楽しそうに眺める范先生。
(どうされたのかしら?愛麗さんとのいつものドタバタとかを思い出されてるのかしら?)
(美鈴さんもこんな可愛らしい表情をされるのですね…ポッ。)
美鈴の百面相を見て可愛いと感じた明花はその白めな肌の頬を桜色に染めた。
考え事をしながら百面相する美鈴とそれを楽しそうに眺める范先生と明花の前に安月夜からの迎えの馬車がようやく到着した。
「初めまして、月夜お嬢様の執事の趙浩宇です。」
「遅くなり申し訳ございません。ささ、お乗り下さい。」
執事と挨拶に挨拶を返した三人は手荷物を荷車に載せて貰ってから直ちに馬車に乗ると、馬車は安家の屋敷を目指して出発した。
学院校舎が遥か彼方に去っていくのを眺めながら、ちょっとした旅行気分に浸る三人。
春の新学期を迎えて入学して以来のお出かけに少しはしゃぎたくなる気分を抑えて終始ニコニコしている美鈴と明花、そしてそんな二人を暖かい眼差しで愛でる范先生だった。
「あ、あの辺りがほんのり明るみを帯びてますわ。」
「ああ、あそこからは王城の城下だからね。
繁栄した大きな街が広がっているんだ。私も仕事が休みの日には時々買い出しに出掛ける。」
「学院はお城や街からはかなり離れているんですね。」
「学院では魔法による事故もありえますから防災上離れてるんだと思いますわ。」
「私、王都に来るのは初めてなので感激です!」
「明花君の実家は王都に近い第二位都市だったかな?」
「いえそんな立派な街ではありません(汗)、どちらかと言えば辺境よりの第五位都市です。」
「それでも都市住まいなら立派ですわ。」
「私の自宅の屋敷なんて王都には近いですけど周りは何も無い、ほとんど山の近くですわよ?」
(それは戦闘力の化け物家族だから街から離しておかないと危ないんでしょ?)
口には出さずに心の中で突っ込む范先生と明花だった。
「何にせよ王城のお膝元と言えばかなり高位の貴族だ。美鈴君は安君の家柄について何か聞いているかい?」
「私の記憶では…確か王城の四方を守護する四大名家の一つと。」
「そんな凄いお方なのですか?」
明花が驚いている。
「ち、因みに美鈴君は?」
「私の実家でございますか?我が家はその下の八大武家の一つに当たりますわ。」
「は、八大武家、ですかあ?!」
更にたまげる明花。
「八大武家の任務は王都防衛ですので王都から少し離れた八方向に点在するのです。おかげで交通に時間がかかり、おいそれと街まで遊びにいけないのが不満でしたわ。」
(有翼飛翔魔術を覚えてからは毎日のように遊びに行ったりならず者と喧嘩して人間飛ばしで楽しんでましたけどね?)
コッソリと舌を出す美鈴だった。
最近は学院内や学生寮にいるから人目を考えて有翼飛翔魔術の使用を控えているためこれが久々の学院外への外出となる。
やがて大きな壁が見えて来ると見上げるような大きな門が現れた。
検問が行われているらしく、数台の馬車が順番待ちをしている。
「皆さん、ここで少しお待ち下さい。」
執事が馬車から降りて検問の番兵に話をする。
と、馬車は番兵に案内され別の小さな門へと誘導された。
「これで大丈夫です。」
執事さんが馬車に戻ると、馬車は小さな門を潜った。
(美鈴さん、この門は貴族専用なのですか?)
(いえ、そう言うワケではありませんが…。)
こそこそと明花と美鈴が会話をしていると、
「先程の門は要人を公務でお通しするための門、すなわちVIP専用の裏口にございます。」
執事さんがそう告げた。
「「び、VIP?!」」
明花と范先生が驚きの表情で思わず叫んだ。
「私も以前子供の頃に三回程でしたか、王家からの招待に招かれ、両親とこの門を通った記憶がございます。」
「あの頃は大きな門だと思ってましたのに、こんな小さな門だったのですね…。」
美鈴は昔を思い出しながら、感慨深げに目を細めながら語る。
「へえ。美鈴君は王家の方々のご尊顔を拝見出来る身分なのか。」
「王家の方々と対面したのは何かご褒美を貰うとか、新年のご挨拶とか、ですか?」
王家と会った事があったと語る美鈴に興味津々な二人は口々に聞いた。
「八大武家ともなれば、公式にお会いする行事も何度かございましたので。」
「それで、いつも王様と王妃様は私の事をニコニコ笑いながら頭を撫でたり手を擦ったりしてくださったんです。…まだ子供でしたからね。」
「それで私が父役母様のような大魔法使いやお母様のような強い剣士になる!と宣言したら…王妃様はとても心配そうな顔をなされたし、王様は頷きながら涙ぐんだりされてました。」
「小さな頃から美鈴君は変わらなかったんだね(苦笑)。」
「でも、何だか王様も王妃様もとてもお優しそうな人柄のようですね。」
「もう引退されたのだけど、まだお元気でおられるかしら。」
美鈴は瞼を閉じて王様と王妃様の顔を思い浮かべていた。
【いつになくセンチじゃないか?】
(どうしても、王都(この場所)に来ますとね。何だか懐かしくなっちゃいまして…。)
「あ、見て下さい!」
明花が大きな声で叫ぶと明るい広場が広がっていた。
そこでは大道芸や出店が並び、中央ではセパレート水着姿の大女同士が取っ組み合いを演じていた。
「ああ、プロレスか。懐かしいな、まだ引退してなかったのか、あの選手。」
「プロレスって、確か…掴んだり投げたり絞めたりする格闘技でしたよね?」
「ああ。殴る蹴るは反則になるけどそこらはルールが緩くてね、少し混ぜたりもする。その方がお客さん達が喜ぶそうだ。」
「………。」
「美鈴さんも見た事あるんですか?」
「い、いえ………あ、いや?あ、ありましたわね、そう言えば…。」
(前世で配信動画でやってたのを見ましたけど、今世では遠目にチラッとしか…)
「ん?」
一瞬、チラッと目が会った。
気まずそうに視線を反らすプロレス選手。
(はて………あの醜悪なツラをした大女、どこかで…?)
その大女のプロレス選手こそ、第一話で美鈴が人間飛ばしにして遊んだ醜悪女その人だったのだ!
(やべえ、目が会っちまったよ!)
(は、早くとっととどっかいっとくれよ!)
彼女は一旦田舎の方まで逃げたのだが時間の経過からもうほとぼりも冷めた頃だと思い、また王都に舞い戻っていたのだ。
さして興味の無い美鈴は他の出し物の方に視線を移した。
そして彼女を乗せた馬車は繁華街から貴族の居住区画へと向かっていったのだった。
(はあー、やっと行ってくれた…。)
安心してホッとしている醜悪大女だが、彼女の土手腹に相手選手のパンチが決まると豪快に投げられマットに叩きつけられた。
彼女はそのまま3カウントを聞くことになる。
「試合中に余所見してんじゃないよ!気分悪いだろうが!」
そう吐き捨てられる醜悪大女のプロレス選手だった。
「うう~、また負けちまったあ。」
またあの人間飛ばし令嬢と出会さないようにとっとと田舎に戻ろう、醜悪大女はそう決めた。
少しだけ美鈴の過去…王家との関わりや王家と王都と美鈴達の家柄との関係について説明させていただきました。
ゲーム本編では設定の説明文でサラッと紹介される程度の内容です。
次回では安先輩の屋敷での歓待が美鈴達を待ち受けます。