第百五十七話【訳あり令嬢と謎の人形】
お城は姫様の行方不明騒動。
美鈴の屋敷には謎の人影が。
果たして?
「すみません黎家のご当主様、奥さま…そして、美鈴さん」
頭を下げたままその影の一人がこう告げた。
灯りを手に美鈴がその影に近づくと…。
「そのお声…貴女はもしや…。」
美鈴は困惑した。
お姫様騒動の中、何気に自分達の第五都市へと戻って行ったはずの明花の家の馬車。
それに乗って里帰りする予定だった明花、そしてその側仕えを仰せつかっている芽友。
何故かその二人が美鈴の実家である黎家の屋敷の前に立っていたのだから。
「ど、どうしてまた私の御屋敷に?…まさか、ご両親と何か…」
美鈴から聞かれた事については芽友が答えた。
「そ、その、事情についてはご家族に説明させていただきますのでまずは中に入れていただきたいのですけどよろしいでしょうか?」
「いや、急に言われてもだね…仮にも貴族の令嬢を向かい入れるのだからこちらとしてもそれ相応の準備と言うものが…」
当主は困惑した。
それは当然だろう。
前回の年末は美鈴がいきなりの帰宅に合わせた友人紹介でもあった為、仕方なかった。
しかし今回はあまり日も置かずのまさかの再来訪。
オマケに今回は美鈴すら考えてなかったのだから。
オマケに彼女は美鈴の婚約話しが持ち上がった相手だけに丁重に扱わねば、という意識が美鈴の両親にはあった。
当然の如く明花と黎家の双方は困惑し、話しは膠着してしまう。
………ここで無言だった美鈴の母親が動いた。
「文明花さん、芽友さん、私から貴女方に聞きたい事があります。」
普段なら言葉の最後に「よろしいかしら?」とか「よろしくて?」又は少し威圧的に「答えなさいな。」
とか続けるのだが、それも無い。
これはかなり厳しい質問の意が込められてる。
美鈴の母親の目力が強い。
真っ直ぐ見据えられ、明花はゴクリと唾を飲み込んだ。
それは芽友も同じだ。
(お、お嬢様を、お守り、しなけれ…ば…)
そう考えたものの、身体が前に動こうとしない。
以前学院のステージで起きたキメラ騒動の前に芽友は愛麗を庇って重傷を負い、しかもキメラに変えられてしまった事がある。
その時はただただ必死で身体が勝手に動いた。
けど今はまるで蛇に睨まれたカエルのようだった。
芽友は肝心な時に主人を守れない自分が悔しく、動けない身体にもどかしさを感じていた。
「…取り敢えず話しの続きは玄関に入ってもらってからでいいじゃないか…」
当主がそう言うと
「いいえアナタ、これは私からこの二人への見極めですから邪魔しないでくださいな!」
その剣幕に当主は黙るしかなかった。
(彼女なりの考えがあるのだろう…)
当主は明花と芽友が少し可哀想に思えて助け舟を出したのだが、妻に聞き入れてもらえなかった。
「…お二人とも、イザとなれば私が力をお貸しいたします、ですから安心して私のお母様からの質問にお答え下さいな?」
「二人なら…私が真の友と認めた明花さんならきっと大丈夫、ですわ!!」
美鈴は力の籠もった言葉で二人を応援した。
「美鈴さん…」
「ありがとうございます。」
明花と芽友は美鈴に対して頭を下げた。
「コホン!…そろそろよろしいかしら?」
「は、はい!なんなりと…。」
緊張の面持ちで美鈴の母親からの言葉を待つ明花。
「ではお聞きします。」
シーンと屋敷の門前は静まりかえった。
「貴女は文家の御息女、文明花さん、でしたわね?」
「は、はい…私は文家の長女です。」
「単刀直入に質問します。」
「貴女、ウチの美鈴のお嫁に来られたのですわね?」
ズコーッ!!
真剣な表情で成り行きを見守っていた美鈴がいきなり顔面からコケると土煙を立てながら地面を高速でズザーッ!と滑って行った!!!
なんてことだ、おかげで往来の石畳の中央に溝が出来ちまった。
馬車の車輪がハマったり歩行者が足を取られて躓いたりしたら危ないぞコレ?
美鈴、早く土魔法で道路を直せやコラ。
「名尾君たら、乙女の顔の心配が先ではございませんこと…?」
ムックリ顔を上げる美鈴。
顔面へのダメージは全く無いな、面の皮の厚さは伊達じゃないな、流石だ!
俺は親指をグッと立てた。
何か言いたそうな顔しながら顔の土を払ってつかつかと母親の方に歩いて行く美鈴。
「お、おか、お母様?明花さんに一体何を聞かれるのかと思えば…!」
「充分大事な事です!貴女と我が家、そして文ウェン)家の行く末に大きく関わる事なのですよコレは!?」
「そうだね、まあ…式は卒業まで待つとして後二年程度か…それまでに文家との親交を今以上に深めねばな。」
「もーう、御父役母親までえ〜!」
しかしここで下手に明花との婚約話しを否定してしまえば明花を傷付けてしまうだけにマトモに言い返せない。
結局地団駄を踏むしかない美鈴だった。
一方、明花と芽友はと言えば美鈴の母親からの予期せぬ質問に呆気に取られているのだった。
……………。
そんなちょっとした騒動も収まり、明花と芽友は無事、屋敷の中へ迎え入れられた。
バタン…。
屋敷の扉が閉じ、美鈴親娘はコクンと頷く。
「では明花さん、お疲れでしょうからお部屋へ案内致しますわ。」
「美鈴が先導しますから、ついて行って下さいな。」
「愛麗、行きますわよ。」
「はいはいただいま!」
「心配ないからね芽友、明花様。」
「は、はい…。」
「愛麗ったら、こういう時はまず私の主人たる明花様の方から声をかけて下さい…もう。」
明花と芽友は美鈴の後をついていった。
「あ、そうですわ。」
「愛麗、先に私の部屋に行ってらして。」
美鈴は何処から出したのか小さな人形を手渡した。
「はあ、…お嬢様、この人形…」
「頼みましたわよ。」
愛麗は少し首を傾げながらも芽友にお休みを伝えてから一人で美鈴の部屋へと向かった。
………………。
「…さて、次は…。」
当主は再び扉を開けて玄関を出ると馬車の中を覗いた。
「…やられたか。」
「アナタ、どうされました?」
美鈴の母親である奥方は当主に尋ねた。
「確かに気配があったのだが…」
「早く見つけないとエライ事になるぞ。」
当主は頭を搔きながら息を吐き出した。
「では、やはり。」
奥方は美鈴達が歩いていった先に視線を向けた。
そして、こう零した。
「まあ、あのコなら大丈夫でしょう。」
長い廊下を歩いてゆくと、突き当たりに小部屋があった。
「すみませんが、今晩はコチラのお部屋をお使いになってくださいませ。」
美鈴がドアを開くと、その中は小ぢんまりとしながらもきちんと掃除されていて、必要な物は大体揃っている部屋があった。
「ありがとうございます、すみませんいきなりお泊まりさせてもらって。」
「いえいえ、他ならぬ明花さんですもの。」
「何か事情がおありなのですわね?出来れば後で話せる範囲でお話しくださいませ…それではお休みなさいな、明花さん、芽友さん。」
「え…もう行ってしまわれるんですか?」
「もう少しお嬢様とお話しして行かれませんか美鈴様?」
「すみません、名残惜しいですけどお話しはまた明日でよろしいですかしら?」
「い、いえご迷惑でしたら申し訳ありません。」
「そうですねお嬢様…美鈴様、お休みなさいませ。」
「ええ、お二人とも良い夢を。」
パタン。
美鈴は部屋に鍵を掛けておいた。
中には水の入った水差しや小さな浴槽やトイレもあったから一晩寝るぶんには不自由しないだろう。
「さてと…」
美鈴は早足で自室へと戻った。
「私が行くまで大人しくしててくださいな…!」
美鈴は何を焦っているんだ?
人影の正体は明花と芽友でした。
どんな事情があったのでしょう。
そして美鈴が部屋に連れ込ませた人形とは?