第百四十一話【血闘!その後は血糖値を高めないと、ですわ!】
早朝いきなり美鈴母娘の闘い!
「手合わせお願い致しますわお母様!」
美鈴はまだ暗いうちから母親の部屋を訪れるなりこう言った。
たまたま俺も目が覚めたから気が付けたが、グッスリ寝入ってたら危うく見逃すところだったぜ。
「…チッ、まさかこんな早起きするとは…」
母親の方は悔しそうに呟いた。
何と彼女の方はコッソリ抜け出す準備を済ませてたらしく、外出の出で立ちで立っていた。
つまりこのタイミングを逃せば美鈴は母親と剣の手合わせなど叶わなかったのだ。
「なんでこんな早く起きれたのかしら…」
まだ母親はブツブツ言ってる。
「あら、もしやお食事や飲み物に仕込んだ眠り薬の事を言ってらっしゃいまして?」
ギクッ。
「な?」
「図星のようですわね(笑)。」
「お母様、まさか王族と四大名家を守護する私達八大武家の人間が毒薬や眠り薬など効かない事をお忘れになられた、とでも?」
「そ、そんなわけじゃない…?」
「そうですか、それにしては偉く動揺されておりますわね?」
「まあその件は別に良いのです、それより先程私が申した通り手合わせをお願い出来ますかしら?」
「何故今手合わせを?貴女は既に貴族学院の試合で優勝したのでしょ?」
「何をおっしゃいます?所詮は学生同士の試合、実戦とは違いますわ。」
「ほう…私とは実戦に近い手合わせをしたいのですね。」
「ええ、どこまでお母様に近づけたのか確認しておきたくて。」
「私に近づく…?」
ギリッと歯を食いしばる母親。
「お母様も年齢を重ねられましたし、実戦からは遠ざかっておられます。」
「対して私はほぼ毎日鍛錬を積み、ここ最近まで様々なお相手達と試合経験を重ねて来ましたので前の手合わせよりずっと成長したと自負しておりますわ。」
「まさかもう私と互角とでも言いたいのかしら?」
「ええ、あわよくばお母様から一本取らせて貰いたくてお願いしているのです。」
ガタッ。
母親が手荷物を床に置いた。
「我が子とは言え、これは随分と見くびられたものですね?」
お、目がかなり真剣だ。
「嫌ですわお母様、自分の娘の成長を確かめる機会ですのよ?ついでに娘が自分を越えられたと分かれば安心して今後を私に任せられるじゃございませんか(笑)?」
プチン
「たかが…」
「はい?」
「たかが学生同士の試合に勝ったくらいでいい気にならない事ですね、美鈴!」
母親はベッドの枕元に常備している剣を手に取った。
「表に出なさい!ドッチの実力が上なのかハッキリさせてやろうじゃありませんか!!」
「オホッ♡そうこなくちゃ、ですわ♪」
コイツ、相手を挑発させてその気にさせたのか。
と言うよりカチンとさせる物言いはいつも通りとも言えるんだけど。
とまあ、美鈴はしてやったりとばかりにウキウキしながら母親と庭に出て行った。
しかしまだ太陽も出てない暗闇。
なので篝火を広い庭の隅に数カ所置き、辛うじて目視出来る灯りを用意しての斬り合いとなった。
「これで準備出来ましたわ。」
「よろしい、それでは所定の位置に付きなさい。」
「ウフフ、春にこの家を出て行ったきりですから、実に半年ぶりの稽古ですわねお母様♪」
「はあ…つくづく貴女は戦いが好きなのですね…」
「ホント、どうしてこんな子に育ってしまったのかしら…」
「それはお褒め言葉でございますわね?」
「違う」
「でも仕方がございませんわ、何せ私はお母様と父役母様の娘ですから♪」
「どういう意味ですか?!」
「お母様…あとは口より剣で語りませんこと?」
「ふう…そうですね、では、いらっしゃい!」
「参りますわ!」
チャキ…
グッ
二人は前と同じように鞘に収めたままの剣を構えた。
足元が微妙に何度も踏み換えられる。
未だ間合いすら縮まってはいないものの、既に互いの手の読み合いが始まっているらしい。
顔の表情は一切変えず、代わりに構えや足首が小刻みに動いている。
一瞬ビュウッと強い風が吹き、篝火が揺らめいた。
それがこの立ち会いの合図となったようだ。
ガキン!!
一気に二人の距離は縮まり、剣と剣の鍔迫り合いが始まった。
ギリ、ギリギリ…
「残念だったわね…この一瞬で仕留められなくて…」
「いえいえ…コレも予想の範疇ですから…」
「しかし…まだまだ未熟です!」
ドカッ!!
ほぼ同時に両者は互いに膝蹴りを食らわし合って後ろに離れた。
グラ…
「く…相変わらず馬鹿力ですね…!」
「お母様の娘ですから♪」
どうもダメージは母様のほうが大きかったようだ。
再び突進しあい、斬り合いが始まった。
キキキキキン!
一瞬のウチに二撃、三撃が打ち込まれ合う。
互いの斬撃に対して受け流したり正面から防ぐ、と、直後に反撃。
その応酬が二、三分続けられた。
庭の薄闇に火花が飛び散る。
その残光で二人の姿がまるでストップモーションのように映し出された。
実に速いその動きはとても目で追えないものの、こうして一瞬一瞬の動きを切り取るかのような残像で斬撃の応酬を確認出来た。
ほぼ斬撃と突きのバリエーションはこの斬り合いで出尽くしたと思える。
で、二人はまた一旦距離を取る。
ついでにハアハアと息を整えてた。
そりゃそうだ、あんな速さの斬り合いなんて呼吸しながら何十分とは続けられない。
殆ど無呼吸で戦ってたんだろう。
「も、もうこの辺に…しとかないかしら、美鈴?」
「お戯れを…まだまだ、これから…です、わ!」
「若さって…馬鹿さね…」
母様はまだヤル気の衰えない血気盛んな我が娘に対して辛辣な言葉を吐いた。
とは言え今の三分でほぼ互いの手の内を出し尽くしたんだろう、暫く睨み合いが続いた。
と、ここで。
「どうされたんですか?こんな時間に。」
白百合のプリンセスが三階の窓からフワッと舞い降りた。
「あ、プリンセスさん。」
「では、貴女が…仮面の剣豪のお一人であられる白百合のプリンセスさんなのですか?」
「ええ、この姿では初めてお会いします。」
「お母様、白百合のプリンセスさんはお昼に会われたクラスメイトの闘姫さんなのですわ。」
「これはこれは…娘が日頃お世話になっております。」
美鈴の母親は膝を着いて頭を垂れた。
「これはご丁寧に。」
白百合のプリンセスの方も着地するなり同じ姿勢で挨拶した。
「それで、まさかとは思いますがこんな時間からお二人は稽古をなさっておられたのですか?」
「え、ええ…少々早く目が覚めまして…」
「で、ですわ。」
「それで、軽く運動を、と思いまして…」
「軽く運動、ですか?」
白百合のプリンセスは周りに置かれた篝火を見て
「とても未明から行う軽い運動をする為の場所とは伺えないのですが…」
と、洩らした。
「わ、私達は普段から少々体力を持て余し気味なのでして…」
母親は苦笑した。
「え、ええ、軽い稽古とはいえそんな二人が動き回るにはこのくらい広さがございませんと!」
「はあ…まあそれは理解出来ますが…」
「そ、そうですわ白百合のプリンセスさん、ここで貴女の武技を披露していただけませんか?」
「は?私の、ですか?」
「是非仮面の剣豪であらせられる貴女の剣を見させていただけませんか?お相手なら美鈴がしてくれますし。」
「え?ちょっとお母様?」
「私は構いませんが…私は本来の仮面の剣豪の力が出せないので美鈴さんとの実力差は殆どありませんよ?」
「だとしても剣捌きを見るダケなら問題無いでしょう?さ、お始めになって下さい(笑)。」
「だ、そうですけど?」
(また上手く逃げやがりましたわねお母様…!)
美鈴は少し悔しそうだったが気を取り直して白百合のプリンセスとの稽古を始めた。
これはいつも通りの光景で二人は普通に斬り結んだ。
「ほう…」
美鈴の母親の方はこれ幸いとばかりに芝生に腰掛けて観戦していた。
「何と…平和的な斬り合いなのかしら…」
そりゃ美鈴はアンタの時と比べて鬼気迫る斬り合いなんてしてないからな。
「全然力みも無く捻じ伏せようとする気迫も無く…まるで舞いのように合わせ合いを楽しんでいるみたいですね…」
そう、この二人は目こそ真剣そのものだが、口元は微笑んでいるのだ。
「ふう…」
パンパン。
母親は手を叩いた。
「白百合のプリンセスさん、もう結構でございます。」
その声に美鈴と白百合のプリンセスは剣を止めた。
「あの、いかがでしたか?ご期待に添えられるような腕を見せられたでしょうか。」
「ええ…貴女のその剣筋、確かに我が家系の源流に位置するものとお見受けしました。」
「それって…お母様?」
「ええ、このお方の剣は我が家のご先祖の系譜に繋がります。」
「ええっ?!」
「それじゃまさか白百合のプリンセスさんて私達のご先祖様でいらしたんですの?!」
「ちょ、直接の先祖では無いにしろ、武芸の系流としては有りだと思いますけど…」
「その、私の時代にはまだ八大武家とかは存在してませんでしたから、何とも…」
「そうでございました、四大名家や八大武家は大魔王封印後にその功労者達に与えられたる身分でした。」
「あ〜、そう言えば授業で習いました。」
「そうなると王族に加えられた私が受け継いだ武芸を後の子孫である貴女方が知ってるのも当然ですね。」
「王族に加えられた…とは一体?」
「私は正式には王族では無いのです、民の子として生まれましたが魔法や武芸の才に恵まれた事を見出され大魔王率いる魔族軍討伐に加えられたのです。」
【所謂勇者様って感じだな。】
「おお…この声はもしや仮面の聖霊様?」
お、俺の声が聴こえるらしいな美鈴の母親。
「仮面の聖霊様、前から思っていたのですが私の頃とは違うお方になられてたんですね?」
【実はそうだ、俺は神様(みたいな存在)の導きで先代から引き継いだ恰好になるらしい。】
まあそこはさすがに声の違いでわかるわな。
以前の白百合のプリンセスがまだ生前だったころは聖霊の仮面の中の異世界空間の間には招待したこと無かったらしいけどな。
そこは俺の代のオリジナルというか、勝手に俺の判断で始めた事だ。
「仮面の聖霊様や聖霊の仮面についてはまだ知らない事が多いんですけど、もしや今代の貴方様は男性…と呼ばれる種族なのですか?」
おいおい今更かよ、て仕方が無いか?
なんせここは女のコしかいない百合ゲーの世界だからな。
【にしても何故オトコの存在を白百合のプリンセスは知ってんだ?】
「はい…私は生前、魔族四天王の一人、黒龍のプリンスから求愛された事がありましたので。」
あ!そう言やそうだった!
「あの黒龍のプリンス…彼が男性と名乗ったんでしたっけ?」
「ええ美鈴さん、アチラが言うには魔族には男性しか存在しない、とか。」
「プリンセス様、もしや男性というのは父役の方の母親が子作り状態になった時の…」
「そうだと聞いております。」
「しかし何故彼らは女性である私達人間に戦争を仕掛けてくるのでしょうね?」
【だな。寧ろ女性ばかりの人間を拐って娶るなら理解出来るんだが。】
「そこまでは黒龍のプリンスから教えて貰えませんでしたが…もしかしたら太古の昔にその原因があるのかも知れませんね。」
【俺もそこまでは知らないからな。】
「…何か朝からいきなり暗い話しになりましたわね。」
「でも明るくなって来ましたよ、ほら。」
いつの間にか朝日が差して辺りは明るくなっていた。
「そうですね、篝火の後始末は召使い達に任せて朝ご飯でも…」
『皆さんー、朝食の用意が出来ましたー!』
「おや明花さん、いつの間に。」
「私が部屋から出る時彼女も篝火の灯りに気が付いたらしく起きだしてましたから、こうなるのは分かっておりました♪」
「全く…あのコらしいですわね♪」
美鈴は茶目っ気タップリに笑った。
【まあ世界の過去に何があったか知らないが、今はこの平和な朝を楽しむとしよう、な?】
「名尾君たら(笑)。」
「その、名尾さんと言うのは?」
「名尾君と言うのは仮面の聖霊である彼の本名ですわ♡」
おい、なんで語尾に♡なんかを付ける?
「そうでしたか、では私もこれからは仮面の聖霊様の事を名尾さんとお呼びしてもよろしいですか(笑)?」
「う〜ん…それは本人に聞いてみて下さいな?」
無理!…悶え死にそう
…いや、でもしかし…
【…許可、する…】
やっぱり呼んで欲しさには叶わなかった!
この世界の謎は残ったが、ある意味収穫はあった!
今回は途中から白百合のプリンセスの過去やこの世界について語られました。
何故魔族側が男性ばかりなのか疑問が残りました。
それはさておき、翌朝いよいよ彼女らは
鳳華音の待つ北の地方へ!
…てか、冬山越えは出来るのでしょうか?