第百三十九話【再会の脳筋母娘!】
美鈴達は冬休みにまずは各々の実家へ挨拶に向かいます。
ただ一人だけ脱落しますが。
「そう言えば期末試験なんてものもありましたわねえ。」
「お嬢様〜。」
「で、私達の中で補習組が一人だけ出たのは悲しい事です。」
「芽友〜。」
「だ、大丈夫ですよ、補習さえ終われば芽友が直ぐ迎えに来てくれますから。」
「補習は年末まであるんですよ、明花様〜。」
「美鈴さんのお目付役やお世話役は私達が居るから心配要りませんよ愛麗さん?」
「ううう…お願い致します、闘姫さん〜。」
「ではそろそろお迎えが来る頃ですし、しっかり勉強してくるのですわよ、愛麗?」
「ううう…ちゃんと迎えに来て下さいね、芽友〜?」
「大丈夫です、美鈴様の絶大な魔力をこのアミュレットに注ぎ込めば国の端っこだって瞬間移動出来ちゃいますから。」
ヨヨヨ、とハグしてくる愛麗を母親のように宥める芽友であった。
このように何時迄もダダをこねてる愛麗であったが。
「さっさとお行きなさいなーっ!!」
…と主人である美鈴から一喝されるや
「いっ?行って参ります〜っ?!」
と学院へ向けて脱兎の如くダッシュするのであった。
「全くもう、あんな事では先が思いやられますわ。」
「先って補習の事ですか?」
「えと…、ですわね、それ含め色々と、ですわ。」
「あ、二人とも馬車が来ました。」
美鈴と芽友が愛麗の事で、すったもんだと話してるところへ明花が乗合所に馬車が到着したことを告げた。
「では参りましょうか。」
四人はぞろぞろと定期便の馬車に乗った。
この馬車は中央貴族学院の郊外乗合所から王都領地外縁へと続いている。
そこまでが約半日程度。
「着きましたわ、ここから我が家まではそう遠くは無いので歩いて参りましょう。」
「まだ雪が少なくて馬車の歩みにも支障が無かったお陰か思った以上に速く進んでますね。」
「ええ、それに道中何も危険に遭わなくて良かったです。」
「大丈夫ですよ明花さん、私と美鈴さんがいれば野盗も獣も相手になりませんから。」
「今晩は本当に美鈴様のご実家にお泊まりさせていただいてよろしいのですか?」
「心配要りませんよ芽友さん、腐っても我が家は貴族の中でも上位に属する八大武家の一角ですから♪」
ドン、と胸を叩く美鈴。
と。
「誰が腐ってる、ですかー?!」
いきなり美鈴の後頭部をハリセンが襲った!
スパパーン!!
「ぐ、ぬぬぬ…。」
「さっきから殺気がダダ漏れでしてよ、お母様?」
何と、背後から美鈴を襲ったハリセンは美鈴の実母だった!
しかも振り向き様に美鈴もシッカリ応戦していた!
その結果、両者相討ち。
久々の母娘再会。
互いの頭をハリセンで打ち合うという、実にシュールなその光景を学友達は呆気に取られて見ていた。
「う、腕を上げましたね我が娘…。」
「お母様が鈍くなったのでは?」
フフフ、と不敵な笑みを浮かべ合う両者。
「…あの、こう言っては何ですが…何だか如何にも美鈴さんのお母様らしいお方のようですね…。」
「脳筋なところがですか?」
「明花さんに芽友さん、それは流石に不敬ですよ…。」
「まあ、聞こえて無いみたいだしセーフでしょうけど。」
闘姫も二人をたしなめてはいたが、実は同意見だったのは言うまでもない。
その時、美鈴の母親が柔らかい笑みを浮かべた。
「…僅か半年で大きく強く、そして美しくなりました…流石は私の娘です。」
「お母様…。」
ジワッと美鈴の瞳が潤む。
「お母様〜!」
「美鈴〜!」
二人はガシッと抱き合った。
「あらあら、中々に感動的な再会ですね。」
「最初見た時どんな母娘だと思いましたけど、普通に仲が良さそうです。」
「…です、ね。」
ほのぼのとした光景を、のほほんと眺める闘姫と芽友だった。
だが明花だけが少し物憂げだ。
「あの、感動の再会はわかるのですがそろそろ…」
何時迄も抱き合ったままの母娘に闘姫が挨拶の為声をかけたのだが…
ギリギリ…
「何か、変な音がします。」
芽友が異変に気付く。
「え?…あ、そう言えば美鈴さんとお母さんの額に油汗が…?」
明花も二人の様子がちょっとおかしい事に気が付いた。
「ふ…ふふふ…。」
「やはり…思った以上に成長してましたわね…」
「お母様こそ…ちっともお変わりないようで…!」
良く見ると二人はただ抱き合ってるのではなく、
互いの腰に回した両手をガッチリ組んでいた。
更に二人の二の腕の筋肉が逞しく盛り上がっていたのだ。
【こ、これはベア・ハッグ、だな…】
(ベア・ハッグ?仮面の聖霊様…何ですかソレは?)
【有無、コレはだな闘姫。】
【かつてある世界に存在していた某格闘技で用いられていた恐ろしい絞め技だ!】
(し、絞め技…格闘技?)
ゴクッと息を呑む闘姫。
【ああそうだ。】
【相手の背骨と腰骨をへし折るが如く締め付ける、そして呼吸すら満足に刺せないまさに拷問技!】
(そ、それは恐ろしいですね…)
ゴクッと息を呑む闘姫。
…闘姫には少し誇張して話したけどこれはプロレス技で、プロレス技全般が危険な技なのは確かだ。
だがこの技には別の意味でも恐ろしさがあるのだ。
そう、それはある前世のオレの記憶にある。
…アレはオレがまだ中学生だった頃かな。
学友達がインディーズと呼ばれる小さなプロレス団体のチケットを手に入れたんでオレはそれに誘われた。
その中には女子も居たんだけど
「女子でもプロレス興味あんのな?」
と、その時はそれくらいしか思わなかったんだな。
それがまさか、あんな…。
…試合は普通に面白かった。
オレら素人目には派手な大技や飛び技ばかりが気になりやすい。
けど、しっかり関節技やグランドの攻防を見せつつ要所で大技や派手な技を仕掛けて観客を上手く引き込んでいく試合の組み立て方は中々に新鮮だった。
で、その途中で出たんだな。
絞め技、ベア・ハッグが。
丁度今の美鈴母娘みたいに筋骨隆々の大男同士でベア・ハッグを掛け合って我慢比べしてたんだ。
丁度試合がヒートアップしてたんで一見地味なこの技でも意地の張り合いってトコが観客を盛り上げてたんだ。
オレも普通に試合に見入ってたんだが。
「キャーッ♡」
隣の学友…女子が喜色に満ちた声を出したんで、思わず気になった。
「お、オマエも面白いんだな?」
「ウン♪」
「ああ…こんなにイカツイ筋肉モリモリのオス達が上半身裸で抱き合う姿…なんて尊い☆」
うげ。
その女子の目は☆で煌めいていた。
そう、コイツは腐女子だったのだ!
それも筋肉モリモリ大男が裸で抱き合うのを見て興奮するBLオタクだったのだっ!!
…で、オレはと言えば…BL好き腐女子の台詞を聞いたせいか、さっきまでの試合の興奮がスッカリ興醒めした。
というかコイツの放ったその言葉のせいで目の前の光景がそんな様子にしか見えなくなっちまったじゃねえか?!
どうしてくれるう〜〜(涙)。
「悪い…オレちょっとトイレ…」
オレは試合の結果も見ずに席を立って会場を出た。
そのまま黙って家に帰り、お口直しにギャルゲーにのめり込むのだった…。
と、まあこんな過去のトラウマのせいだろうか。
ベア・ハッグは見るだけでオレに精神的ダメージを与える恐ろしい技なのだ!
…なんて事は闘姫に告げるわけがないけどな。
「それにしてもこのままだと日が暮れてしまいます。」
「ですね。」
ベア・ハッグを極め合う母娘にツカツカと明花が近付いた。
「初めましてお母様、本日は学友であらせられる美鈴様のご好意に甘えてお伺いさせていただきに参りました。」
大声でペコリと挨拶する明花。
と、途端に母娘は力比べを止めた。
「おやおや、これはご丁寧に。可愛らしいお嬢さん?」
美鈴母は美鈴から離れると上品な挨拶で応えた。
「お母様、実はお願いがございまして。」
「わかっております、ご友人達を我が家にお泊まりさせたいのですね?」
「勿論構いません、さあさ皆さんどうぞ着いてきて下さいな。」
「「「ご厄介になります。」」」
三人は美鈴母に礼をすると先行する美鈴母娘の後を着いて行くのだった。
「しかしちゃんと前もって手紙に今日里帰りと書いてくれればちゃんと馬車を送りましたのに。」
(ちっ、お陰で逃げ損ないましたわ…何とか言い訳して訓練のお相手はキャンセルしませんと…)
「いえ、話しの展開上で急に決定しましたもので…」
(あらかじめ報せたらお母様また逃げちゃいますでしょ?)
「ところで何でお母様がここにいらしたのですか?」
「ちょ、ちょっと…お散歩に、ね?」
「はあ…?」
(それにしても良くあの母娘を止められましたね明花さん。)
(それはきっと多分、私の衣服に染み付いたお菓子や料理の匂いのせいだと思いますわ闘姫さん。)
(なるほど、美鈴様を餌付けなさったお嬢様ですからその親も、ですね?)
(ホント、似た者母娘で良かったです(笑))
何と、明花は美鈴の習性からその母親も同類と見抜いた策を実行したようだ、侮れん。
この分なら明花は黎家の家族に暖かく迎えてもらえそうだな。
愛麗はちゃんと補習を無事終了して無事合流出来るのでしょうか?
そして実家に戻った美鈴と、お泊まりしたその友人達の今後は?