第百三十四話【翼ある天使は色恋にタジタジとなり潮時を駆け去る症状となる】
赤服達に誘拐された明花。
けれど本当に問題だったのはそこではなかったんです。
ガシッ!
明花を捕らえていた赤服が彼女の後頭部を殴って気絶させる。
連中は明花の両手を後ろに縛るとコチラを警戒しながら後退った。
そのまま赤服達は明花を連れ去る。
「お待ちなさい、明花さんを何処に連れて行く気ですか!」
「安全な所に逃げるまでの人質だ!」
「他にも色々と使い道がありそうだから直ぐには帰さんさ、まあ好きにさせてもらうよフフフ♪」
【コイツら、俺達が黒竜のプリンスを倒したら急に強気になりやがって!】
「その人を傷付けるとタダではおきませんよ!」
「それはコイツ次第だな…不可抗力で目立たない場所に傷付けちまうかも知れんけどよ(笑)?」
「まあ五体満足くらいは保証するさ、親が金持ちのようだし身代金もタンマリいただきたいしな、クックック…!」
赤服の一人が魔導具を取り出し起動させ地面に設置した。
ビュウン!
「コイツは時限式結界、一時間程度ならさっきの我々の結界と同等の強度の結界でオマエを閉じ込めておける。」
赤服達の目には仮面の聖霊の俺は見えないから白百合のプリンセスを結界の中に閉じ込めたようだ。
「くっ、魔力が完全ならこの程度の結界など破壊して、貴女達程度はものの数分で…!」
「残念だったな、そこで精々吠えてな!」
赤服達は明花を抱えて遠ざかってゆく。
残念な事に仮面の剣豪の戦いを学院に伝えていた移動式鷹の目も巨大な魔物が消え、仮面の剣豪電光烈火も姿を消すと学院校舎へと帰還してしまったので誰も明花の誘拐に気が付かないだろう。
聖霊の仮面の中にいる仮面の聖霊たる俺と、その仮面を胸元に収納している白百合のプリンセス以外は。
…と、この時はそう思っていた。
赤服連中は行く方をくらます為か森の中に入って行った。
それから5分と経たないうちに森の中がピカッと光った。
『ちゅどーん』
ちょっと遅れてから爆発音が鳴った。
ガサガサッ、バサッ!
その森から翼を持つ者が飛翔した。
美鈴だ!
バサバサ羽ばたき音を発しながらヤツはコッチにゆっくり飛んで来た。
その両腕には両手を後ろに縛られている明花がシッカリとお姫様抱っこされていた。
【美鈴!】
「美鈴さん、明花さん!!」
俺達の声に気が付いたのか、美鈴から風の刃がかなりの魔力を伴い発射される。
それは結界を発生させている魔導具を一瞬に破壊し、結界を消滅させた。
白百合のプリンセスが駆け寄ると、そこに美鈴が着地した。
「明花さんは無事ですか?」
「気を失っておられますわ、怪我も見られませんし脳震盪でも起こされたのでしょう。」
【それにしても良くあの場所にいてくれたな!】
「ですわね、偶然でしたけど。」
「それで、赤服の連中は?」
「ちょっと風魔法で空気爆発を起こしてみたら一発で全員ノビてしまいましたわ、意外とひ弱なのですわねあの連中(笑)。」
オホホホと、何時もの悪役みたいな顔で笑う美鈴。
だからヤメロってその顔は。
「さて…心配ごとはこれだけではありませんよ美鈴さん?」
「はて?」
「黒竜のプリンスは倒したし赤服達も気絶させましたけど?」
「あの…肝心な事をお忘れになられておりませんか?」
あ、白百合のプリンセスのコメカミがピクピクしてる…。
「肝心な事?…はて?」
全く身に覚えが無いらしい。
【テメーはホントに鳥頭だな!】
「オホホ、伊達に有翼飛翔魔術使いやってはおりませんわ!」
あ、開き直りやがったなコイツ。
…つまり暗に忘れっぽい自覚あったのか。
「仮面の剣豪に変身するところ誰に見られたか覚えてらっしゃらないとは言わせませんよ、美鈴さん?」
静かにゆっくり喋ってるけど、白百合のプリンセスは言葉の端々に途轍もない圧を感じさせてる。
「…は?」
「は、はて?」
明後日の方を向いて何やら考えてる美鈴。
(ひょっとして私、また何かやらかしてしまってたんですのかしら?)
首を捻ってるけど中々思い当たらないようだ…。
てか、ワザと忘れたフリして誤魔化そうとしてる疑惑を感じてるのは俺だけか?
…いや、そこは白百合のプリンセスもそう思ってたようで。
「あ、な、た、は…」
「寄りにもよってあの赤服集団に変身するところ見られてたんですよー!!」
遂に白百合のプリンセスは怒りを爆発させた。
「一体どうする気ですかー?!」
「だ、大丈夫ですわ!ちゃんと忘却の魔法かけておきましたもの!」
「私だってパーじゃございませんからそこはちゃんと気付いてましたし、抜かりはございませんわ(汗)。」
そうか、一応考えてはいたんだな。
と、ここで白百合のプリンセスはチョイチョイ、と明花の方を指差した。
かなり不機嫌そうなその態度は美鈴がまだ大事そうに彼女を抱っこしてるせいだろう。
「?明花さんがどうかしましたの?」
「明花さんも見てた事、今更知らないとは言わせませんよ。」
そーだろうな、赤服達に見られてたんだからそれに気付いてた以上言い逃れるは出来ない。
「…。」
けどここで美鈴は何も言い返さず黙り込んだ。
「貴女がされないのなら私が催眠術で忘却させますけど。」
白百合のプリンセスがそう言うと美鈴が口を開いた。
「…どうしても忘れさせないとなりませんの?」
「当然です、聖霊の仮面は大魔王からの脅威に対する切り札です、その存在は一部の関係者以外からは秘匿されなければなりません。」
「それは、一番の真友に対しても、ですの?」
「…仕方が無いんです。」
「全てはこの国、そして世界と人類の為…」
「私達が守りたいと思う全ての為なのです。」
「私は…」
「私が一番守りたいと思う者を守りたいんですの。」
「その者に無かった事だと嘘を言い続ける事なんて出来ませんわ!」
ガガアーン☆と脳に衝撃受ける発言が飛び出した!
「そ、それは…まさか美鈴さん、貴女は…!」
白百合のプリンセスはショックで口をパクパクさせそれ以上の言葉が告げられないようだ。
そしてペタッとヘタリこんで遠くを見ながら涙ぐんでる。
だから代わりにオレが聞いてみた。
【オマエ、やっぱり明花の事が…】
コクリと頷いた美鈴。
そうか、コレはもう確定だな。
白百合のプリンセス、可哀想だが仕方がない。
コイツは明花を自分の伴侶に選んだようだ。
後で俺が慰めてやるから今は泣くな。
【じゃあコレでストーリーとしては明花のルートエンド確定って事か。】
俺は半ば忘れかけていたこの世界の百合ゲーシステムのことを思い出し、感慨に耽る。
思えば長かった。
この世界への転生前に神様的存在からここが前世でやってた百合ゲー世界である事、そして前世の親友でこの百合ゲー仲間だった亀井賢吾がプレイヤーキャラである主人公、美鈴にTS転生していること。
そんで仮面の聖霊という役目を押し付けられ…もとい与えられ、軽く教育と研修をされた事…。
それから美鈴と再会したものの、徐々に悪役令嬢っぽくなっていくだけでなく脳筋で天然にもなってゆくコイツに苦悩させられた毎日…。
コイツの変化の為か、ドンドン前世百合ゲーの記憶とは違う展開になっていくこの世界に困惑させられる毎日。
今世では同性である女同士で恋愛なんてジョーダンじゃない!なんてのたまう美鈴は中々恋人つくろうとはしやがらないし…。
…と、いかんいかん、つい愚痴になってしまう。
とにかく、こんな俺の長年に渡る苦悩もようやく終わりが見えてきた…!
と、ここで俺達の心境を理解出来てないような台詞が。
「あのー、何を浸りきってますのお二人とも?」
「プリンセスさん泣いてるし名尾君は感動してるような事呟いてますし。」
「…な、泣いてにゃんかあ…。」
白百合のプリンセスが今にも決壊しそうな声で反論する。
俺も【別に…感動なんかしてねーし…。】
と一応反論してみた。
【出来の悪い前世親友がやっと百合ゲー攻略に動いてくれて安心しただけだよ。】
「はあ、百合ゲーの…攻略…?」
【だからオマエが明花を選んでくれて安心したって事だよ。】
これで明花のエンディングに向けてストーリーが進む事がわかったから対策も立てやすいからな。
「は?!」
何故か美鈴が驚いた。
「え?私がいつ明花さんを選んだといいましたの?」
【だからさっき言った一番守りたい者って明花の事なんだろ?】
「ええ当然ですわ。」
「だってこの私の真友は戦闘力持ってませんもの。」
【はい?!】
「は?」
俺と白百合のプリンセスは間抜けにも聞き返した。
【おま。】
「え?え?じゃあ…」
「戦闘力ないくせにこうして危ない場面でも私の近くに駆け付けて来るような真友、一番守らずにはいられないですわ!」
明花をお姫様抱っこしながらドンと胸を張ってドヤ顔でこう言う美鈴。
その姿は男の俺から見てもかなり男前だった。
…流石は前世男のTSヒロインだな。
(…何かおっしゃいまして?)
念話で美鈴の声が聴こえた気がしたが、きっと空耳だろう。
「そ、そうでしたか…私はてっきり…」
「じゃなくて!」
さっきまで精神崩壊しかけてた白百合のプリンセスも美鈴の言葉の意味をようやく理解したおかげか、立ち直った。
「いくら大切な友達と言われてもコレはこの国の国防に関係する一大事なので…」
「ではこうしましょう。」
「明花さんも私の家系に組み込めば良いのですわ。」
ここに来てまたまた爆弾発言!
てかもう騙されねーぞ。
【それはつまり、八大武家傘下の貴族の一つに明花の家族を組み入れるって意味だな?】
「流石は名尾君♪」
美鈴がウインクしてきやがった!
ふ、ふん!幾ら側だけ美少女ヒロインでも中身がヤローだからな、そんな色目が効くものか。
【俺には色仕掛け効かねーからな、ワハハ!】
「…ポッ…♡」
ゲゲッ、白百合のプリンセスの目がハートだ!
彼女には美鈴の色仕掛けが効いたみたいだ、マジか、なんで?
…あ、そうか。
俺(つまり聖霊の仮面)は今、白百合のプリンセスの胸元に入ってたんだ。
だから美鈴のウインクは当然白百合のプリンセスへ向けられる格好になるワケで。
「はうっ?白百合のプリンセスさん?何で近寄って来るんですの?」
「やっぱり貴女は彼女より私の事を…♡」
「ええ?…え、えーとぉ…(汗)。」
「ゴメンナサイ、ですわ!」
美鈴は唐突に抱っこしていた明花の身体を白百合のプリンセスに押し付けた。
「さ、さいならー、また明日〜ですわあっ!」
ドピューン!とヤツは走り去った。
「超加速魔術発動!」
あっという間に点となった。
「逃げられてしまいました…。」
口惜しそうに白百合のプリンセスが呟いた。
「う…う〜ん。」
と、このタイミングで明花の目が覚めた。
「あ、あら気が付かれました?」
キョロキョロする明花。
「あれ?私確か拐われたんじゃ…」
「説明、要ります?」
ウンウン!と縦に首を振る明花に、ため息をつきながら白百合のプリンセスはさっきまでの経緯を説明するのだった。
明花が美鈴の変身を知ってしまった事に関しては一旦は過去に黙って貰うとしてもう一度話し合う必要があるかな。
にしても美鈴のヤツ、まだ学院祭はダンス…前世で後夜祭と呼ばれるイベントが残ってるんだがまさか忘れて逃げたんじゃないよな?
誘拐犯の赤服達はアッサリ倒され気絶させられ、明花も無事救出されたのは良かったものの、明花の記憶をどうするか結論が先送りとなりました。
さて、学院祭最後のイベントは?