第百二十六話【学院祭・最終日…その④紅白試合…赤い陰謀のプロローグ】
美鈴と愛麗、そして仮面の聖霊こと名尾君は体育館の方で行われる紅白試合の見回りにやってきましたが…。
美鈴と愛麗の二人は体育館の中にいた。
二階建ての体育館のうち一階は武術、二階がスポーツ棟となっていた。
両階とも実際使用する面の両側を見下ろす事が出来る観客用の階が別途設けられていて、そこから全体を見下ろす事が出来るようになっている。
美鈴達はそこから他の生徒らと混ざって見回り…と称した観戦を行っていた。
とはいえ、これは見回りなのだからただの観戦しているのではいけない。
生徒会役員による見回り項目がちゃんと設けられていて、そこに記された用紙をバインダーに挟みチェックする事が義務付けられているのだ。
「ふむふむ…罵声は無し、喧嘩も無し…と。」
美鈴はトラブル監視項目毎にチェックマークを記入した。
「皆さん、とてもお行儀良く観戦なされてますわね…少々盛り上がりに欠けますけれど。」
「お嬢様、こんなふうにほとんどがお淑やかな貴族令嬢が生徒なんですから別に見回る必要も無いんじゃありませんか?」
「愛麗、そこはそれ、ですわ。」
「品行方正なお嬢様方が通われる本貴族学院だからこそ、著しく品性を欠く行動が無いよう厳しくチェックする必要があるのですわ。」
【普段のオマエ見てるとどの口が品性語るか疑問だがな?】
(あら私に喧嘩売ってますの名尾君?)
ポキポキと指を鳴らすな、そーいうとこだぞ美鈴?
「あ、あれ見て下さいお嬢様?」
愛麗が一階で行われている試合を見て指差した。
「何ですの…。」
美鈴は俺との口喧嘩…と言うか念話喧嘩?を止めて愛麗の指差す方向を見た。
「ハッ、ハッ、ヤァーッ!」
「テイッ!」
「トァーッ!」
長槍一人に対し短槍二人が相手の試合…というかデモンストレーションみたいなものかな?
「あの長槍選手、なかなかやりますねお嬢様?」
「ええ、槍だけに…でしょう?」
美鈴から生暖かそうな横目で見られた愛麗はその意味に気がつき顔を真赤にした。
「ちち、違いますよう?!」
「プッ。」
「そうですわね…長槍は短い槍に比べれば確かに間合いでは有利ですわ。」
「けれど突く動作で言えば【しなり】が少なく的に当てやすい短い槍の方が有利ですのよ。」
「でも長槍は振り回せば相手を近づけさせない事で有利じゃありませんか?」
「ええ、ですが相手は二人です、どちらか一人が懐に入って仕舞えば形成逆転ですわ。」
「う〜ん、そんなものなんですかあ?」
「まあ普通は中々隙が作れないものです。」
「しかし長槍を振り回すには体力が要りますから逆に短い槍達が如何に自分らの体力を温存出来るかが勝敗の分かれ目になりますわ。」
「なるほど…。」
ゴクッと唾を飲み込み試合の行方を見守る愛麗。
そして美鈴の方も興味を持ってこの試合を眺めていたが…。
「時間いっぱい、そこまで!」
「あ…終わっちゃいました…。」
「せ、制限時間短かったですわね…(汗)。」
そうだよ、普通デモンストレーションの試合にそんなに時間かけるわけないわな。
各選手が拍手と声援を受け、観客達に会釈した。
「あ。」
そのうち長槍担当の選手が美鈴に気が付いたようで軽く手を振って来た。
「え?私?」
突然の事にぎこちなく手を振り返す美鈴。
と、長槍選手が試合用のマスクを外した。
頭部や顔面への万が一の怪我防止用に首全体を覆う兜的なマスクをしていたのだ。
「お久しぶり…フッ。」
なんと彼女は美鈴と学院代表選抜戦決勝で相まみえた陰潜だった。
「ああー、多彩蜂さんの…」
美鈴が余計な事を口走りかけたので陰潜は慌てて「シーッ!」と口に人差し指を当てた。
美鈴と愛麗は試合場まで降りて来て陰潜に会いに来た。
「暫くぶりにお会い致しましたわね、その後お元気でしたか?」
「…私は選抜戦で少し問題起こしたせいもあり隔絶教室に移されましたからね…寮の部屋も地下に移されちゃって、益々他の人とは遠ざかってましたけど、こうして部活は何とか続けられております。」
「これも美鈴さんのおかげです、一時は敵対するような言動をお許し下さい。」
「あ、あらそうですの?あまり丁寧にしゃべられますと調子狂ってしまいますわ(汗)。」
「…こ、これでもこの時の為に、れ、練習したのに…!」
あ、拗ねた。
「槍術部はこのデモンストレーションだけですのね、紅白試合はされませんの?」
「…メインの三年生は引退しちゃったからさっきの短槍の二年生と一年生は私だけになってしまったんですよ…魔法と剣術は人気あるんですけどね。」
「槍術部は弓術部同様、来年の新入生獲得次第で存続の危機なんですよ…。」
「まあ…それは大変ですわね。」
「でも槍と言えばアナタと試合された依然さんは?」
「あの方は元から槍術部所属ではございませんので…。」
「え?それなのにアレだけの実力が?」
「はい、…あ、私これから他のお手伝いがありますので…。」
「ええ、私達もまだ見回りがありますので。」
ペコリと会釈してから陰潜は去っていった。
まだ苦労しそうだけどあのコは自分なりに立ち直りつつあるようだ。
以前あった暗さも刺々しさも鳴りを潜め明るくなってる…良い傾向だな。
「昨日の敵は今日の友…良い言葉ですわね。」
…ああ、ホントにな。
敵として現れ戦っていた相手と和解するのはフィクションであれ現実であれ喜ばしい。
逆に仲良くやってた相手と敵対するのは心が疲弊する嫌なイベントだ。
「あ、今度は格闘術の紅白戦のようですよ?」
「貴族学院ではあまり入部希望者のおられない部活ですわね…紅白試合出来る程の人数いらっしゃるのかしら?」
うげ。
美鈴の心配は杞憂だった。
総勢約20名の部員が入場、紅白の道着に分かれたそれぞれ五対五の選手に対し、やはり紅白に五人ずつのセコンド役が付いていた。
「え?え?何故こんな優雅さと正反対な部活にこんだけの生徒達が?!」
コイツ以前、明花と一通り部活を体験入部したはずじゃあ…
あ、そうか。
途中から運動部に門前払い食ってたな。
最初と二つ目の運動部の体験終えた後で体験入部お断りになったんだ。
美鈴がその最初と二つ目のでやらかしたからなー、すぐ噂が広まっちまったんだろう。
(おかしーですわね、普通は金の卵!とか言って各部から入部争奪戦になるはずですのに…。)
【イヤイヤ、誰だってそんな怪物新入生の相手なんかしたくないし、大事な部員達や備品を壊されたく無いだろ普通!】
(すみませーん、ウチのお嬢様、少し思考がズレておりまして…(汗)。)
と、俺達が念話で下らない会話をしてる間にも試合準備が終わってたらしく。
「すみません、観客は観戦場所に移動して貰えませんか?」
ややゴツそうなオネーサンに促された美鈴達はゴメンナサイしながら階段を上がって観戦場所へと向かった。
「それでは護身格闘術部の紅白試合、開始します!」
五人の選手が礼をする。
ルールは前世でいう柔道空手の団体戦と同じらしい。
先鋒、次鋒、中堅、副将、大将。
先に三人勝ち抜けばその時点で勝利が決まる。
そして戦い方が動き有りで説明されたのだが。
「突き、蹴り、投げ、関節…ああコレ総合格闘ですわね、寝技無しの。」
寝てからの技の応酬が無い、という意味だぞ。
関節極めて押さえ込んだらその時点で終わりだ。
だから厳密に言うと寝技そのものが全く無いわけじゃない。
ところで総合格闘という聞き慣れない言葉に愛麗が反応してしまったぞ。
「そーごー…?何ですかそれ?」
意味のわからない愛麗がキョトンと美鈴に尋ねた。
「総合、とはですわね…そ、ソーゴー…。」
「そーごー、そ、齟齬ですわ!」
すると愛麗が更に突っ込んで聞いてきた!
「そご?」
「そ、そーそー、齟齬なのですのよ!」
「つまりこんな風に話しの噛み合わない事を言うんですのよ、覚えときなさい?!」
「へーそーなんですかー、さすが美鈴お嬢様!物知りなんですね〜♪」
「そ、そーですのよ、私って物知りなんですのよ!」
オーホホホ、と何処か虚しい高笑いをする美鈴。
強引過ぎる言い訳だぞ…。
最初の総合の意味と全然違うし…。
「…始め!」
等とやってると紅白試合が始まってた。
胴体と手足にこそ防具を付けてるものの、顔面は防具無し。
頭部は狙わないみたいだ。
「あのー、お嬢様?槍の試合の時から不思議に思ってたんですけど…。」
「何ですの?」
「いえ、学院代表戦では防護アミュレットで事故防止してたじゃないですか?」
「なのに武術部の試合では何で防護アミュレット使わず防具使用何ですかあ?」
「ああ、それは。」
「魔法を攻撃に使用しないからですわ。」
「はあ?」
「普通の部活用の武器や身体による攻撃なら防具で十分怪我を防げますわ。」
「けれど学院代表戦のように魔法を伴う攻撃となればそうもいきませんもの。」
「なのであれは学院代表戦という一大イベント用に放出される貴重なアミュレットなのですわ。」
「はあ。」
「アナタ中等部の時に知りませんでしたの?」
「エヘヘ…運動部は苦手なのでお嬢様の試合以外興味ありませんでしたあ〜。」
「呆れましたわ〜、アナタらしいですけど。」
「お…先鋒戦残り二分、佳境に入りましたわね。」
試合は白の選手が押していた。
紅の選手は防戦気味だった。
白の選手が一気に距離を詰めて腕を絡め取ってきた。
「このまま固めてしまいますのね?」
美鈴だけじゃなく、俺もそう思った。
が、紅の選手は何とか振り払って再び離れた。
「あん、惜しかったですわ。」
特にどっちの応援してるわけでもないから単純に技がきまらなかったのが惜しかっんだろうな。
と、その時だった。
両者構え直して試合再開した瞬間。
「…いやあーッ!」
紅の選手が何やら叫んだ。
白の選手は一瞬何が起きたかわからない、といった表情でグラついた。
その隙に紅の選手は一気に距離を詰め、そして正拳突きを白の選手の胴体に決めた。
「一本!」
「よっしゃあー!」
勝ち名乗りを受ける紅の選手。
一方、理由がわからず茫然とする白の選手。
だが相手の突きが決まった事だけは理解したようで、潔く負けを受け入れた。
「何でしたんですか、今の技?は…。」
さすがに愛麗にもこれは普通じゃないと伝わったようだ。
「魔法は禁止のハズ…更に魔法を使え無いよう試合場には結界が施してあるハズですわ…。」
となると。
【オマエの使える気功、それか呪術の類なら…】
(もう一つありますわよ。)
「…念術。」
「念術?お嬢様、それって一体…?」
「念術、或いは念動力…。」
「要は念の力で物体に働きかける事ですわ。」
【念?この国では聞き慣れないな。】
「可能性があるならそれは…。」
「いえ、まだ言葉にするのは早計ですわね。」
「話して下さいよお嬢様〜、気になるじゃないですかあ。」
「まだ断定出来る段階じゃありませんの、ゴメンナサイ愛麗。」
【そうか…。】
俺もまだ決めつけるには早いと思ってた。
そう、この時点ではまだ。
陰潜は出番が無い間、他人と接触が少ない環境に置かれていたようです。
しかし精神的にはマトモになっていたのが救いです。
一方で紅白試合にてやはりきな臭い動きが…?