第百二十話【檻の中からのアンサー・何が彼女をそうさせた?】
表彰式後、各院代表選手達の王都観光にも付き合わずチーム美鈴一行はある場所へと向かいます。
そこは、あの代表選手がいる場所でした…。
今年も白熱した学院代表対抗戦も終わり、表彰式も終了した。
出場していた各学院代表選手達も翌日から徐々に帰院を始める。
良くあるのが表彰式午後に王都を少し観光してから翌日帰院する、という流れだ。
当然、東西南北から王都に集まった選手とその従者は応援に訪れた母校の生徒達と和やかな観光を楽しんでいる。
そのはずだったが、南学院の生徒は準決勝終了と共に早々に帰院する羽目となり、既に南学院側生徒は誰一人として王都には残っていなかった。
南学院教員も準決勝後直ぐに事情を聞かれると帰院を促された。
ただ二人、南学院代表選手だった常夏海とその従者だけが王都の拘置所に取り残されていたのだ。
夏海は取り調べを終え、起訴されるか否かの判断を待つ身であった。
従者はその付き添いとして、とばっちりを食らったようなものだ。
もっとも、当の被害者である美鈴はどこ吹く風で、最初から夏海を訴えないと公言していたんだが。
まあ、美鈴の件は不問にされるのが濃厚だ。
ただ、この子は意思を宿した「影の槍」を持ちバックの存在が有りそうだったから、それらの件についてじっくり取り調べを受ける事になっている。
これは月夜から得られた情報だけど
、王宮側としては不穏な動きを見せているという南貴族学院の組織・【新血脈同盟】との関連を疑ってるようだ。
…そんなわけで鳳華音や土門竜達からしつこく王都観光に誘われた美鈴達だが、それをやんわりと断り拘置所に向かっていた。
「ホントに出場者達からのお誘いを断っで良かったのでしょうか…?」
「良いのですよ明花さん、どうせ来年もまたお会いする事になる面々ですから。」
「しかしそれは来年同じ面々が代表になれればのお話しでは?」
「…まあ、西に関して言えば炎龍が代表に選ばれますわね、ほぼ間違い無いですわ。」
「土門竜さんはどうせ闘姫さん会いたさで何か理由付けて来られるに決まってますもの。」
チラッと横目で闘姫を見つめる美鈴。
「こ、困りますねそれは…。」
闘姫は少しタジタジになる。
「それよりも常夏海さんとはまた来年お会い出来るか微妙ですから是非お会いしておかねばならないのですわ。」
「美鈴様、彼女と何かお話しされたい事でもお有りなのですか?」
「流石は芽友さん、気が付かれましたか。」
「え?え?」
「まさかお嬢様、今度は南学院代表の常夏海さんを口説こうとしてらっしゃるんですかあ?!」
「は、はあ…?何を馬鹿な…」
愛麗からの勘違い発言に美鈴から素っ頓狂な声が出てしまったその時。
「ホントなのですか美鈴さん!!」
明花が美鈴に噛みつくように顔を寄せて来た。
「ご、誤解ですわよ明花さん?」
「大体いつ私が他の女子を口説いたと…」
「…他の女子、という事は既に誰かを口説いた、と言う事ですか…?」
今度は判断側からニッコリ笑って冷ややかな言葉を闘姫が美鈴へと投げかけた。
「あ、さっきのは言葉のあや…いえ、言い間違いでしたわ!」
「私は誰一人女子を口説いたりしてません事よ?」
「神に誓えますか?」
「どうですか美鈴さん?」
左右両側から明花と闘姫に詰め寄られる美鈴。
「も…勿論、…ですわ…?」
おい、何か自信無さそうだけど?
「ち、誓いますわ!」
「ホントですね?私達以外口説いたりしませんよね?」
「言質取りましたからね。」
こ!怖い…。
何時もなら天使にさえ見える明花、
何時もなら女神にすら見える闘姫。
この二人がこんなに怖く見える日が来るなんて思いもしなかったぜ…!
「だ、大丈夫、です、…わっ!」
「わ、ワハハハ〜(汗)。」
美鈴の乾いた笑いが拘置所までの道のりで響いていた…。
……………。
そして。
「お嬢様、お客様だそうです。」
常夏海の従者が檻の向こうの部屋にいる主人に伝えた。
「…誰ですかぁ…。」
この前の試合の時より覇気が無い声で答える常夏海。
この常夏海と従者の頭の中を少しだけ読ませてもらって幾らかわかった事がある。
彼女は毎日毎日、影の槍の出どころや入手ルート、それに関わった人間達について尋ねられた。
更には新血脈同盟との繋がりも。
だが彼女は断固として黙秘を続けたようだ。
拷問は禁じられていたが、それなりに恫喝は受けてたようだ。
如何に高位貴族の武闘派とはいえどその実家の地位は八大武家よりも格下だし、まだ10代半ばの少女が警察みたいな場所で尋問のプロから長時間尋問されれば精神的に参らない筈が無いわな。
少し迷ったけど、そういった事情の簡単な説明を美鈴と闘姫の二人にだけはしておいた。
【でも事情が何かあったにせよ、仮りにも相手はオマエを手に掛けようとした相手だぞ?】
(そのくらいの事、わかってますわよ。)
(ただ、彼女は試合では無く純粋に戦いで私に勝ちたいと思ったからこそ生命賭けだったような気がしますの。)
【良い風に捉え過ぎじゃないか?】
【それがホントだとしても相手の生命を奪ってでも勝とうとするのは試合のルール逸脱だ。】
【何にしろ罰せられて当然の行為だぞ?】
(ですが…。)
(これ以上は本人の口から聞いてみるしかございませんわ。)
ギィ…。
扉が開くと、いつの間にか目の前は鉄格子が有った。
「皆様、良くおいで下さいました。」
「これはご丁寧に。」
ペコリペコリ、と常夏海の従者と美鈴一行がお辞儀し合った。
「時間は5分、話しの内容は記録させて貰う。」
一行の後ろには厳格そうな刑務官と書記が控えていた。
「わーかってますわよ、単なる対戦相手との雑談ですわ。」
(ええい、余計なお邪魔虫共ですわね!)
【これじゃ迂闊に肝心な事が聞けないな。】
(ではこう致しましょう。)
(私が普通に会話致しますから闘姫さんが念話で話しかけてみて下さいな。)
(それ、相手も念話が使える前提では?)
(モノは試し、ですわよ。)
【とりあえずやってみようや、闘姫。】
(確実性に乏しいですけど…他に手は無さそうですものね。)
闘姫は渋ったものの結局やってみる事にした。
「では常夏海さん、これから私が一方的に話しかけますけど貴女が答えたくなければそれで構いませんわ。」
常夏海は頷いた。
「では…まずは私との試合で私への殺意は本当にお有りでしたの?」
い、いきなりストレートだな、おい?
「それ、そこの刑務官にも最初に聞かれましたぁ…。」
「で?お有りでしたの?」
「…さあ〜?」
「この調子ですっとぼけ、以降はダンマリだったんだコイツは。」
刑務官がジロッと常夏海を睨んだ。
「おかげで取り調べが進まず勾留が長引く一方なんだ、だから一時釈放も出来ない!」
「あら、私への件は私が被害届け出さない事にしましたけど?」
「貴女への件はそれでいいかも知りませんが、影の槍や新血脈同盟という国家の安全を脅かすかも知れん事への関係やルートを吐かさねばならないんですよ!」
「案外何も知らないのかも知れませんわよ?」
(それか、誰かを庇っていらっしゃるとか?)
「…あと4分だ。」
刑務官は後ろの椅子にドッカリと座った。
「あら書記さんは椅子と机があるのは当然として、私達は立ったままですの?」
「…お貴族のお嬢様とはいえ学生なら5分や10分くらい立ったまま話しを聞くのは日常の範囲でしょう?」
「…言ってみただけですわ。」
美鈴達の中でこの刑務官への評価はダダ下がりしたな。
まあ、二度と顔を合わせる事は無いかも知らんが。
(ですわね、実家に連絡してどこぞの地方にでも…)
【コラ。】
(冗談ですわよ。)
コイツが言うと冗談に聞こえん。
全くいつの間にか勝手に俺の心の声聞きやがって!
…まあお互い様か。
(…闘姫さん、彼女に念話話しかけた反応は如何がでしたの?)
(…さっきから何度か試しましたけど反応ありません。)
(美鈴さんの事、影の槍の事、新血脈同盟との関係…どれもです。)
(う〜ん、やはり念話は誰でも使えるわけではありませんでしたわね。)
【充分あり得る結果だ、今回は空振りだったようだな。】
(ですわね。)
…その後、美鈴が他愛ない話しをする。
そして愛麗がふざけ、芽友がツッコミを入れたり、美鈴から巨竜退治を再現しようと持ちかけられた闘姫が途方に暮れ、明花が美鈴を止めに入ったり…。
そんな5人の様子を見ているうちに常夏海の表情が徐々に綻び出した。
時おり常夏海のクスクス笑う声も聞こえるようになった。
こうしてあっと言う間に面会時間の5分間は過ぎ去った。
「さあ時間だ、お嬢様達はお引き取り願おう。」
面倒な客はとっととお帰り下さい、とでも言わんばかりな態度の刑務官だった。
「ええ、中々楽しいお時間でしたわ。」
「常夏海さん、またお話し致しましょう。」
「美鈴さんが一方的に喋ってただけですけどね?」
「アチャー、きっついですわね明花さん?」
「フフフ…でもこれで常夏海さんと従者さんの気が少しでも晴れてくれたなら来た甲斐がありましたね。」
【何の情報も得られんかったがな?】
(そこはそれ、ですわ名尾君?)
美鈴一行は常夏海の拘置部屋を後にし…
「待って下さーい!」
鉄格子から常夏海の手が伸びていた。
「これ…私からのお詫びでーす…。」
彼女の手にはペンダントが。
受け取る美鈴。
「これは…?」
「それはお嬢様がお姉様から誕生日プレゼントにいただいたペンダントでございます。」
従者が説明してくれた。
「そんな大事なモノをなんで私に…?」
「今渡せるの、コレしか無いからでーす。」
「私、貴女殺す気ありませんでした…それだけはホントでーす。」
「でも、影の槍から伝わる魔力に触れると…。」
「…心が、操られてましたの…?」
「…わからない…何も、わからなくなるのでーす…。」
「勝ちたい、何が何でも、勝ちたいのは最初からだったけど、…後は良く分からなく…。」
喋りながら頭を押さえる常夏海。
「お嬢様…。」
従者が常夏海の額に手を当てる。
「魔法医師によればまだお嬢様の身体に影の槍の魔力が残っており、それがお嬢様の身体を蝕んでるらしいのです。」
「使用する者の精神と肉体を蝕む影魔法なんて聞いた事ありませんわ。」
「となるとやはり影の槍そのものが原因ですね。」
「古代文献を調べれば何か分かるかも知れませんね闘姫さん。」
「では私達は学院の図書室に参りましょう明花さん。」
「なら私は魔法研究部に何か無いか探してみますわ。」
「お嬢様、私達は?」
「愛麗と芽友さんは何時もの仕事がございますでしょう?」
「それもそうですね、私達は通常業務に戻ります。」
「え〜?私達も何か探ろうよ〜?」
「貴女は理由を付けて遊びたいだけでしょ愛麗?」
「ヤレヤレ…あ、ではこれで御暇致しますわ。」
ガヤガヤと出て行く美鈴一行、そして従者はその間頭を下げ続け、常夏海は微かに笑みを浮かべながら弱々しく手を振った。
刑務官は見送りに立ち上がっていたが、美鈴達の姿が見えなくなるとドカッと椅子に座り込んだ。
「ヤレヤレ、やっと帰ってくれたか。」
「…刑務官殿、黎家の長女にあのネックレスを渡させて良かったのでしょうか?」
「気にするな書記官、たかがただのネックレスの一つくらい目くじら立てるな。」
「常夏海の持ち物は全て調べてある、怪しい魔力を込められたモノも無かった、安心しろ。」
「…なら良いのですが…。」
………………そして、帰宅後の美鈴。
「おやっ?!」
「どうか致しましたかお嬢様?」
「このネックレス…。」
ネックレスには常夏海が姉らしき女性と二人で写った写真が入っていた。
が、その写真をはぐるとその中には…。
………結果。
美鈴は遠からず南学院に出向く必要が出来た事を確信するのだった。
〜学院対抗戦一年生編・完〜
常夏海は美鈴を殺す気は無かったようですし、早く隠してる事を白状して自由になってもらいたいですね。
その彼女の隠していた事実は何だったのか?
新たな火種の予感はこの時既に燻ぶっていたのです。