第百十話【西のコンビは熱血に燃える!】
美鈴と常夏海の試合は運営事情から少し先送りとなり、他の地方学院同士の試合が日程を優先されました。
さてここで西貴族学院の土門龍は既に優勝の可能性が消えてしまい…。
「これは予想外の展開でしたわあ…。」
「き、気を落とさないで下さいませ、ですわ…。」
美鈴達は今、まさか(本人談)の敗戦を食らった…と認識している西の貴族学院代表・土門竜をカフェテラスで慰めていた。
「まあまあ…勝負の世界は何が起こるかわかりませんわ。」
「しかしこれで土門さんは二敗目ですから、残念ながら既に南貴族学院代表の常夏海さんに三敗目を喫した東貴族学院代表と加えて優勝の可能性は無くなりましたね。」
「それを言わんといてえな、闘姫はん〜。」
土門竜はトホホとテーブルに突っ伏した。
そう、実は本日の試合で土門竜は鳳華音に負けてしまったのだ。
そんな彼女を元気付ける為にせっかく美鈴が土門竜のお気に入りである闘姫とのお茶する席をセッティングしてあげたというのに、その効果も今ひとつのようだな。
「…土門さん、今日は炎龍はご一緒ではございませんのね?」
「…ああ…、あの子は初戦の日に学院に帰って、また最終戦の日に迎えに来る言うてましたわ。」
「宿には従者がおるよって、自分の居る意味ない言うてましたから。」
「ふ〜ん。」
気の無い返事をする美鈴の顔が土門竜の視界に入った。
(ほんま、正直やないんやからあのコも…)
元気の無いはずの土門龍の口角がこの時ホンの少しだけ釣り上がった。
…どういう意味だコレ?
「ところで本日行なわれた試合は午前が北学院の鳳華音さんと東学院代表の木土工さん、午後からが南学院代表の常夏海さんと西学院の土門竜さんでしたよね。」
闘姫は土門竜の落ち込みにあまり気を使う気は無いかのように話を進めた。
気を反らせる事であまり敗戦という結果に気持ちを向かわせないようにしてるんだろうか。
「ええ、ですので明日は午前に私と東学院、南学院と西学院の対戦となりますわ。」
本来なら常夏海の次戦の相手が美鈴となるはずだったのだが試合開催時期の遅れもあったのだろう。
試合会場から遠い他学院選手同士の試合の方を先に済ませるべきだとの声があがり試合会場である王都の近くにある中央貴族学院の美鈴の試合は後回しにされてしまったのだ。
「嫌やわあ〜、私よりにもよって明日は一番の要注意人物が対戦相手や無いですかあ〜。」
土門竜は余計にネガティブになってしまった。
明花がここでそっと一言。
「あの…最悪棄権も可能と聞きましたよ?」
「まあ可能ですけど、それなりの理由が無いと逃げたと思われますから…それは難しいですわね。」
「でも東学院代表は敗戦が続いたから明日は棄権するらしいですよ?なんでも相手が美鈴さんでは勝てっこないと言われてたそうです。」
「ええ〜?そうなると私、不戦勝となってしまいますの〜?!」
美鈴としては試合が出来ないのが不満気だ。
「美鈴様は戦いたいかも知れませんけど向こうはもう御免被りたいんじゃありませんか?」
「なんせ最後の対戦相手がウチの美鈴お嬢様ですから、心が折れちゃっても不思議じゃありませんよね〜。」
ウンウンと頷き合う側仕えコンビに美鈴はイラッとした。
「月夜生徒会長からの話しでは東学院代表の木土工さんは元々繰り上げで出場されたそうなので気後れされるのも無理は無いかも知れません。」
「繰り上げ?」
闘姫からの情報に明花からは意外そうな声が。
「はい…何でも最初の代表の方か闇討ちに遭ったらしく、たまたま準優勝された選手もその場で被害にあったとか。」
「でも多少の怪我なら回復魔法で試合に出場出来る程度には治せなかったんですの?」
「それが怪我だけではなく脅迫もされたらしいんです。」
「「「「脅迫?!」」」」
美鈴、明花、愛麗、芽友が驚いた。
「それは…ただならぬ事ですわね。」
「ええ、事態を重く見た東学院側は大会優勝の可能性のある優勝者、又は準優勝者の出場を差し控えたものの出場そのものを取り止めるわけにもいかず、苦肉の策として第三位の選手を出場させる事にしたそうなんです。」
「しかし第三位とはいえそれなりに実力があるのでは?」
「ところがこの話しを知った第三位はおろか第四位の選手までが辞退してしまったそうなんです。」
「…では、木土工さんとやらは第五位の選手でしたの?」
「順位だけで判断するのもアレやけど、それは流石に…。」
美鈴と土門竜は顔を見合わせた。
「お二人が驚かれるのも無理はないですね、けれど最初彼女も巡って来たチャンスを喜んで頑張ったそうなんです。」
「それでそれから脅迫した輩からの妨害や警告は無かったんですか?」
明花は事件を起こし脅迫して来た犯人の動きを心配した。
「いえ、それが…。」
第五位の木土工の対戦相手は全員代表選抜戦優勝者ばかり、流石にその差は歴然としていた。
「彼女の他の出場者との実力差を見たからか、犯人からは何の反応も無かったようなんです。」
「それは…被害が無いのは何よりですけど…。」
美鈴は言葉を失った。
「…まあ、それなら棄権しても誰も文句は言わないんやおまへんか?」
「私なら寧ろ、その選手の方に果てしなく同情いたします。」
「…ですね。」
またしてもウンウン、と頷き合う側仕えコンビだった。
「二人とも、何かひっかかりますわねえ。」
美鈴がそう言うと側仕えコンビは明後日の方を向くのだった。
「まあまあ。」
そんな美鈴を苦笑しながら明花が宥めた。
「では美鈴さんは明日は試合が無いのですね?」
「そうなりますわね、不本意ながら明日はフリーですわ。」
「それじゃ」
「明日の試合は午後からの南学院対西学院の試合のみ。」
「つまり私と常夏海さんですけどお…私も優勝出来ないなら辞退しましょうかあ?」
「何を言われますの?」
「ここで貴女が常夏海さんに勝てば彼女とは二敗同士のイーブンじゃございませんの!」
「そやかて美鈴さんと鳳さん二人だけ無敗やおまへんかあ?」
「つまりお二人同士の決勝戦になりますやん。」
「そ、それはそうですけど…。」
「あ、でも三位決定戦は組めますわよ?」
「リベンジのチャンスじゃございませんこと?」
「いえ、それは日程上無いですよ美鈴さん(笑)。」
闘姫は笑って否定した。
「でも二人とも棄権となると明日は試合が無いと言うことになりませんか?」
「そうなれば一日日程をずらす事になりますね。」
「じゃ、残る試合は…」
皆が試合日程表を見た後でジロッと美鈴を見た。
「…ええ、わかってますわ。」
「午前に私と常夏海さん、午後から私と鳳さんとで決勝ですわ。」
「今大会の強敵と二連戦?大丈夫なんですかそれ?」
明花が美鈴の身を案じた。
「前回の鳳さんとの試合は今ひとつでしたから再戦は望む所ですわ。」
「寧ろ問題は…あの得体の知れない常夏海さんの方ですわね。」
「影の魔法はあんなものではございませんでしょうし、ソレにまだ何か魔法や手を隠してらっしゃった事はミエミエでしたから!」
【いや…それはオマエも他人の事は全く言えないけどな?】
(ならどこまでお互いの引き出しを引き出させるかお楽しみですわ。)
クククッと笑う美鈴。
それを見て俺は思った。
(ウン、やっぱりコイツは悪役顔が板に付いてるなあ…。)
俺と同じ感想だったのか側仕えコンビも若干引いていた。
…………。
そんなわけで翌日の試合は一日前倒しとなった。
東学院の木土工の試合辞退は同情の声も多かった。
土門竜の棄権はの方は少しブーイングが飛んだが。
でもまあ、優勝の可能性が消えたんだからそれも有りと考える人達も少なくは無かった。
次回からはこんな事が無いようにトーナメントにすればいいんじゃ無いかな?
でもたった五学院の試合の組み合わせだからなあ。
大会試合の消化が早くなったのはスケジュール的には良かったかも知れない。
あと。
「土門はん、なんやのコレは?」
炎龍は苦痛に歪んだ土門龍に気が付き、擦っていた足首を確認した。
「アハハ…見つかってしもうたか…。」
「見つかってしもうた、やないですよ?」
強引に土門龍を背負うと炎龍は医務室へと連れていった。
「こ、コラ?下ろしなはいな?!」
「医務室に着いたら下ろしますっ!」
医務室に運ばれた土門竜の足の甲の骨にはヒビが入っていた。
「鳳はんのチャクラムが一個だけ当たってたみたいやな〜、あまり痛くなかったよってまあええわと思っとったんやけど(笑)。」
「…今までずっと我慢してはったんですか?」
「せやかて、何で正直に怪我したから辞退したといわんかったんです?」
「…だって、何や悔しいやん?」
「怪我させられて辞退したなんて屈辱やないの。」
「こんくらいの怪我、回復魔法でチョチョイのチョイやおまへんか?」
この炎龍からの問いに医務室の先生は首を横に振った。
「いや…いかに回復魔法といえど、単純骨折ならともかく複雑なヒビのコレは完治には少し時間がかかるんだ。」
「昨日怪我したとして、少なくてもに今日中に試合は無理だね。」
「そ、そんな。」
「ええんや炎龍、どのみち今の私の技量じゃあの三人には勝てまへん。」
「せやから今年の私の分、アンタに仇取って欲しいんや。」
「先輩…。」
「今年は慣例で一年生のアンタは西貴族学院からは出場出来へんかった。」
「でもアンタは私より強い。」
「少なくとも中等部学時代にあの美鈴さんとライバルやったアンタなら…。」
「土門先輩…。」
炎龍は目に涙を貯めてウルウルしだした。
「何泣いてんのや、アンタの他にも来年の出場候補はワンサカおるんやさかい頑張らなあかんで?!」
「はいいっ!」
炎龍は医務室でワンワン泣いた。
ソレはもう女とは思えないような男泣きで。
傍にいた土門龍は
「恥ずかしいなあもう!」
と迷惑そうだったが。
…で、この西貴族学院の先輩後輩コンビが感動の青春群像を熱血に展開していた頃。
闘技場では既に美鈴と常夏海が対戦の時を迎えて睨み合っていた。
「私との試合では手抜きは為さらないで下さいな?」
「勿論でーす♪」
「貴女は、全力で倒しにかかりますからご安心を…♡」
「それは…願ってもないでございますわ…!」
二人は凍てつくような視線を互いに向けていた。
とりわけ常夏海はそのイメージとは正反対の凍てつく北海のようだった。
【もしかしてコイツが前回実力の出し惜しみをしたのってヤッパリ美鈴が標的?】
(さあ…それは戦ってみればわかる事ですわ…!)
『両者前へ!所定の位置で待機!』
二人は身体検査魔法のある目印へと歩みを進めた。
そして1分後、試合は開始された…!
熱血な西貴族学院コンビのドラマが裏で行われていたとも知らず美鈴はいよいよ常夏海との試合に臨みます!