第十一話【安月夜(アン・ユーイー)先輩の秘密】
楽しいお昼休み。
それも仲の良い友達同士なら尚更。
しかし、そんな憩いの場所もとんでもないトラブルの場所へと変わるのでした。
お昼休み、保健室で寝ている愛麗を起こしてから四人で食堂へと向かった美鈴達。
「お昼休みを寝過ごさずに済んで助かりましたー。」
ぐっすり眠った愛麗は元気いっぱいだ。
「でも貴女を起こしに行ったから出遅れてしまいましたわ。四人座れるだけの空いてる席、もう無いかしら?」
「そ、そそっ…それはお嬢様が私に魔法をかけたから………!」
「シャーァラップゥッ!」
「貴女の変態を止める為に手段を選んでおられますか!危うく黎家の恥を学園中に広めてしまう所でしたわ、このたわけ者っ!」
スリッパで愛麗のお尻をスパーンと叩く美鈴。
因みに頭を叩くとただでさえおかしな頭が更におかしくなるという理由からお尻を叩く事にしたそうだ。
「いったあ~い♪」
嬉しそうにお尻をさする愛麗。
「何故そこで『♪』が付くんですか、愛麗さん…?しかも嬉しそうに…。」
聞くだけムダな質問をする芽友。
「こういう主従関係もあるのですね。」
フムフムと関心を抱く明花。
「明花さん?これは愛麗限定のかなり特殊な例ですので参考にはならないと思いますわ。」
美鈴が疲れたような笑顔で本当に参考にしかねない様子の明花を押し留めた。
(こんな事で可愛い明花ちゃんと真面目な芽友さんが変な性癖にでも目覚めてしまわれたらたまりませんわ!)
「明花ちゃんには、素直で純心な乙女であって欲しいのですわ!」
「メ、美鈴さん…?」
ポッと頬がピンクに染まる明花。
「おおー。これはこれは。美鈴様、とても良い傾向でございますわね?」
眼鏡の弦をクイッと上げてニヤリと笑う芽友。
「お、お嬢様ぁ。そんなに明花様がお好きなのですかぁ?」
瞳をうるうるさせながら嫉妬する愛麗。
(はっ?!)
(しまった、途中から心の声が口から出てしまってましたわ~っ(汗))
「さ、さささ皆様?早くお食事に参りせんとね?オホホホ~~~☆」
とにかく強引に食事に押しきって誤魔化そうとする美鈴だった。
「それもそうですね、早くしないとお昼休みが終わってしまいますもの。」
「ホラ愛麗さん?イジケてないで参りましょう?」
芽友が愛麗の手を取る。
「あ、ありがとう、ございます…。」
芽友に手を掴まれた愛麗がポーッとする。
「おや?…これはもしかして?」
「まさか、愛麗さん…。」
ヒソヒソと話す美鈴と明花。
側仕えの二人は手を繋いだままお嬢様達の前を歩く。
前を見て歩く芽友を何度もチラ見する愛麗。
そんな彼女を時折見てはニコッと笑う芽友。
「美鈴さん、これはひょっとするとあの二人…。」
「ええ、明花さん。かなりいい雰囲気ですわね?」
微笑ましいお互いの側仕えを眺めながらお嬢様同士もまた自然と手を繋いでいた。
無自覚にいい雰囲気な主のお嬢様達を振り返り、満足しながらも芽友は思った。
(ああ、このままだと私、変態な友人が一人出来てしまいますねえ…もう遅いですが。)
そして愛麗は。
(…この側仕えさんも柔らかいお手手ですねえ。
グフッ、やはり美少女は良いです!)
思いっきりゲスな感想だった。
だが、互いに
(こんな美少女とお近づきになれて、ラッキー♪)
と、満更でもなかった。
そんなこんなで食堂に到着した四人は、たまたま入れ違いに席を立った四人のいた空席に座る事が出来た。
主従コンビが隣に座る格好で席に着く四人。
美鈴は明花と、そして愛麗は芽友と向かい合う。
四人とも目の前の相手を少し意識して、顔が上気する。
「さ、手早くメニューから選びましょう。あまり時間も無い事ですし。」
「はい。では軽めの物がいいですね。」
「そのメニューの内容なら予め頭の中に入れてあります。」
芽友がメニューを開くと素早く4つの品を指し示す。
「私達四人の好みの料理で軽めで早く来そうな料理がこれ、これ、これ、そしてこれです。」
「や、芽友さんて有能。」
愛麗から尊敬の眼差しで見つめられ、芽友の気分が上がった。
それから10分後。
注文した料理に軽く舌鼓を打ちながら和やかに食事する四人だったが。
ガシャアア~~ン!
突然遠くの席から食器がぶちまけられるような音がした。
何事かと目線をそちらに向ける四人。
周囲もざわめき、音のした方を見ていた。
その視線の先にあったものは。
一人の女子生徒が散らばった食器と一緒に床に倒れていた。
「あ、あの方は確か今朝…。」
明花がその倒れた生徒が誰なのか気が付いた。
「まさか、安月夜先輩?」
美鈴は声を出すと同時に安月夜の側に駆け寄った。
「明花さん、こちらに!先輩の容態を調べてください!」
「はい!」
「芽友さん、保健室の先生を呼んでください!」
「わかりました!」
「愛麗もこちらへ!場合によっては貴女に先輩を運んでもらいますわ!」
「か、かしこまりました!」
「明花さん、どうですか?今のところの先輩の状態は。」
「はい。やはりこれは例の修行による悪影響かと思われます。」
「では?」
「…………ここでは治療は無理ですね。膨大な魔力を注ぎ込める人でないと。そして宿っている霊獣を鎮められる人が必要です。」
「霊獣を鎮められる人と言えば…。」
「それなら私が可能だ。」
范燕巫がそこに立っていた。
「范先生?」
いきなり背後に立たれていたので明花が驚いている。
「私の持つ魔法は三つ。その中でも自信があるのが魂鎮めだ。」
「確か先生が自己紹介で語られた実家の家系が巫女でしたね。」
「そうだ。私の家系は神道と密教、それぞれの流れに魔法がミックスされて派生しているのだ。」
「なかなか珍しいですね?」
「この国、いやこの世界は様々な国の様々な魔法や霊術、宗教が混ざりあい今の魔法を形成している。それを考えればさほど珍しい事ではないさ。」
「お二人共、今はそれより先輩が!」
「そうでしたわね、先輩、私達の声がわかりますか?」
「…あ、……め、………美鈴さん……?」
「良かった、意識はあるんですね?」
「その、声は…明花、…さん?」
「よし、応急処置だ。今から私が魂鎮めを行う。黎美鈴は彼女に魔力、霊力、気、何でも良いからパワーを送り続けてくれ!」
「わかりましたわ!」
「美鈴さん、大丈夫ですか?相手の霊獣がどれ程の存在かわかりません、要求されるパワーの量が果たしてどのくらい必要なのかさえも…!」
心配する明花の手を握り、落ち着かせる美鈴。
「大丈夫ですわ。私を信じてくださいまし。」
「め、美鈴さん…。」
「…コホン。」
咳払いする范先生。
それに気が付きパッと離れる美鈴と明花。
「イチャイチャは事が終わった後で頼む。」
「し、失礼いたしましたわ。」
「で、ではまた後で…。」
明花が上気した顔で上機嫌になっていた。
(い、いけません!このところ明花さんとばかり仲良くし過ぎのような気がしますわ!)
【そうだな、もう少し先生や先輩ともイチャイチャしないとな?】
(べ、別に私、女同士でイチャイチャなんて…!)
【してないと?】
(…………し、してる、のか、な………?)
(ヤバいですわ。これはもしかすると、明花さんの百合パワーにとりこまれそうになっているのやも知れませんね!)
「…しかし、私のパワーを全開にすれば、どんな脅威であれ敵ではありませんわ!」
【お、おい?そのパワーはそこで倒れてる先輩に優しく注ぐんだぞ、今はな?】
(あ、そうでしたわ。)
美鈴は両手を先輩に向け、柔らかな光を注いだ。
「…よ、良かった。あの勢いだとその子を床ごと吹き飛ばすかと思ったぞ。」
范先生が本気で安堵していた。
「ご心配要りませんわ。ちゃんと先輩の生命を維持出来るよう注意しております。」
「よし、なら始めるぞ。」
范先生が真剣な表情になると周りで見ていた生徒達も静かになる。
食堂中に詠唱が奏でられる。
范先生の爪弾く言霊が空気中で光を帯び、次々と実体化してゆくと安月夜先輩の体内へと入って行く。
「これは…………。」
「先生、どうしたんですか?」
「いや。何でもない。」
「取り敢えず、霊獣を出すぞ。」
「え?大丈夫なんですか、そんな事して!」
明花が心配する。
「取り敢えずコイツは大丈夫だろう。」
范生徒が両手を天に掲げると、空気中から溢れた光から一体の霊獣が現れた。
「これは………ユニコーン?」
小さな子供のユニコーンだった。
時折怯えたように身体を震わせる。
「この子は天に返すとしよう。」
范先生が再び詠唱を始めるとユニコーンの子供の姿は消えていった。
「先生、先程のユニコーンの子供が安月夜先輩に宿っていた霊獣なのですか?」
美鈴が納得いかなそうに范先生に聞いた。
「やはり、君もそう思うか。」
「ええ、先輩のあの苦しみ方、とてもあんな子供の霊獣が暴れたくらいとは思えませんもの。」
「残念ながらその通りだ。」
「その子を救うにはもう少し安全な場所が必要となるだろう。」
「と、言うことは…!」
「ああ。恐らく彼女の奥底には…ドラゴンが植え付けられている!」
「ど、ドラゴン?!」
明花と愛麗は、思わず美鈴にしがみつくのだった。
そして美鈴は。
(フッ…。相手にとって、不足無し!ですわ!)
【流石は前世男のTS令嬢だな。】
(せからしかーっ(お黙りなさい)!)
安月夜を襲ったアクシデント。
彼女の行う危険な修行は彼女の命を奪ってしまうのか?
范先生と美鈴は、月夜を救えるのだろうか?