第百七話【属性は火と影、得物と魔法のぶつかり合い!】
鳳華音と常夏海の武器による格闘は一進一退。
しかし式神チャクラムを鳳華音が使い始めた頃から試合は動きを見せ始めるのです。
鳳華音は警戒した。
(感じが…変わった…?)
「影の槍」を後方へと引き、その構えのまま微動だにしない常夏海。
その彼女から伝わる気配を敏感に感じ取った鳳華音もまた双剣を身体の前に構える。
「察するに、常夏海さんは何かを全力で仕掛けるつもりのようですわね。」
「私もそう思います、そして鳳華音さんはそれを感じ取ったのか防御に徹するおつもりのようですが…果たして…。」
【これが武具だけによる戦いなら鳳華音の判断は正解なんだろうな。】
(ですわね、しかしこの戦いは魔法を使用前提の試合ですから…鳳さんが相手の魔法に対してご自分の魔法でどれだけ対応出来るのかがポイントかと思いますわ。)
(鳳さんの魔法技術と魔力量が常夏海さんのそれに優るか否か…。)
俺達はどちらを応援するワケでもなく、ただ黙ってこの試合の行方を見守った。
すうっ、と息を深く吸い込んだ常夏海。
そして彼女はこう告げた。
「目覚めよ、海蛇。」
その声に反応したかのように、影の槍が伸びた。
そして鎌首を上げ、槍の先端が割れた。
二つに割れたその刃はさながら蛇の口のようだった。
そして目のような白い光をその刃に宿すと、その目は鳳華音を見詰めて「ニヤァ…」と笑ったように見えた。
俺だけの錯覚か?
いや、どうやらそうじゃ無かったようだ。
その証拠に
「いけません、あの妖気は…!」
白百合のプリンセスが何かヤバイモノを見てるかのように言った。
「ええ、あの槍、尋常ではないですわ!」
そのヤバさは美鈴にも伝わったようだった。
と、その時。
〔シャアアアアア〜〜〜ッ!〕
影の槍が型どった海蛇が、まるで生きているかのように鳳華音を威嚇した。
思わずその鳴き声にビクッとする鳳華音。
それを見た美鈴は突然観客席から身を乗り出した。
「いけません!」
「美鈴さん?」
【どうした美鈴?】
この時の俺達は美鈴が本能的に感じた直感をまだ理解出来ていなかった。
「行けっ!」
常夏海が命じた途端、海蛇となった影の槍が鳳華音へと襲いかかる。
「くっ?!」
鳳華音は身を翻す。
ガン!
ガンガンガン!!
ガガガン!!!
目にも止まらぬ動きでその口を地面へと突き立ててくる海蛇…いや、影の槍。
勿論これは鳳華音を狙ってのものだ。
だが彼女が絶妙な動きでこの攻撃を躱し続けているので影の槍は地面を突き回ってるのに過ぎない。
華麗な側転を繰り返し影の槍の連続攻撃を躱し続ける可憐な鳳華音。
その動きに観客席からは拍手と歓声が挙がった。
「いいぞー、鳳華音ー!」
「素敵〜♪」
パチパチパチパチ………!
「誰も気付いてらっしゃらないのですわね…アレは呑気に観てるようなシロモノではこざいませんのに…!」
美鈴は苛立つようにそう言った。
【おい、一体何がそんなにヤバそうなんだ?】
(名尾君は気付きませんの?アレは…生きておりますわ…!)
【生きてる…影の槍は海蛇への擬態してるんじゃないって事か?】
(待って下さい?では先ほどから感じる妖気はまさかあの槍から…!)
(ええ、アレは鳳華音さんの扱う式神等というレベルではございませんわ!)
(そう…妖かしの眷属…妖怪の類を憑依させておりますわ!)
…?
【白百合のプリンセスでもそこまで分からなかったというのに何で美鈴が?】
(…多分、今の彼女は聖霊の仮面の加護を私よりも受けているのでその分霊感が研ぎ澄まされているかと思われます…。)
【なるほど…まだまだ仮面の聖霊を任された俺にも分からない事が多いんだなあ…。】
…試合は鳳華音が海蛇となった影の槍の攻撃を巧みに躱し続け、常夏海は手をこまねいていた。
「…チッ、中々やりますねえ…。」
これ以上この攻撃は無意味と判断したらしい。
常夏海がパチッと指を鳴らすと、影の槍は連続攻撃を止め、海蛇形状から元の槍の姿へと戻った。
「あら?…もう、お終い、かしら…?」
余裕そうな言葉を浮かべる鳳華音だが、やはり少しは息が切れていた。
まああれだけ動き回ればそれも当然か。
「さあ〜、今度はそちらからいらしてくださいなあ?」
「私ばかり手の内見せるのもアレですから〜、今度はそちらにも気の利いた攻撃を見せて下さ〜い?」
「言うわね…では、ご覧になられるとヨロシイです。」
鳳華音が腰のチャクラムに手を伸ばす。
「行け、式神チャクラム!」
鳳華音がベルトのバックル近くのチャクラムを掴んで投げる。
するとそれに続いてベルトに装着されていた残りのチャクラムも繋がるように飛び出して行った。
シュバババババッ!!!
美鈴との試合で壊れたチャクラムを直したのか、それとも新しいチャクラムを用意したのかわからないが、今度は計二十騎もの式神チャクラムが常夏海目掛けて一目散に飛び掛かっていった。
「どうやら今のところ一進一退の攻防が続きそうですね、美鈴さん。」
白百合のプリンセスが観客席から身を乗り出したままの美鈴に向けて話しかけたてのだが…。
「…感じませんか…?」
「え?…まだ何かあるのですか…?」
「では…私だけですの…?」
何やらブツブツ呟き始めた美鈴を訝し気に見詰める白百合のプリンセス。
(仮面の聖霊さん、美鈴さんの様子がさっきからおかしいのですが、一体何なのでしょう?)
【いや…俺にもわかんねーよ…。】
コイツ一体何に気付いたってゆーんだ?
【なあ美鈴、さっきからオマエ一体何を…】
俺が美鈴にそう念話で話しかけたその時。
ワアアアッ!!
会場内が沸いた。
【何だ?】
ガキキキッ、ガキキキン、ガキイン!!
式神チャクラムの猛攻が始まったようだ。
「行け、切り裂けチャクラム!」
鳳華音は今回は美鈴の時とは違い自らは斬り込んで行かなかった。
だがその分、式神チャクラムは余計な回避物が無いのでより自由に動ける範囲が広い。
よって、前回よりもチャクラムの攻撃はより激しいモノとなった。
【美鈴の時よりもチャクラムの動きが…】
「…ええ、確かに私の時よりも凄まじいですわ…。」
「しかしあの激しさは武具であるチャクラムの損耗も激しいかも知れません…それだけこの試合はなりふりを構ってはいられない、という事でしょうか。」
「それだけ常夏海は手強いと判断されたのですね。」
ごくっ。
俺達は唾を飲み込んだ。
【なあ…このまま鳳華音が押し込んじまうんじゃね?】
「だと…ヨロシイですわね。」
「あら、美鈴さんは鳳華音さんに勝ってもらいたいんですか?」
「そ?そう言うワケではございませんけど…。」
【美鈴は可愛いコに弱いからな〜】
(何かおっしゃいまして?名尾君?)
(どんな意味でしょう、仮面の聖霊さん(笑)?)
俺は美鈴から凄まれた上に白百合のプリンセスからは笑顔で無言の圧力を向けられてしまい、そのまま押し黙るしか無かった。
ガキガキッ、ガキガキガキキキン…!!
四方八方から襲い来るチャクラムの連撃を辛うじて影の槍で躱し続ける常夏海。
だが…。
「そらそらそら!」
今度は鳳華音の方が防戦一方の常夏海に対して気を良くする番だった。
「こ、これ、は…流石、に…?」
眉を顰める常夏海から観客席にも彼女の不快感が伝わって来た。
圧倒的だった。
常夏海は技の威力がどうとかと言うよりも、単純に数…物量で圧倒させられていた。
物量のみならず、巧みに死角に回り込まれての攻撃、そして続けざまのタイミングで放たれる意思を持って連携して来る式神チャクラムからの連続攻撃。
幾ら槍の間合いがあるとは言えど、その間合いを無視し数で仕掛けて来るチャクラム軍団相手に防戦一方となる常夏海だった。
これで完全にさっきとは形勢が逆転した。
ただ一つの懸念を除けば。
それは…。
「…やはり、あの攻撃の仕方には無理があるようです。」
白百合のプリンセスが気にしていた事を指摘した。
「良く見て下さい、常夏海さんの足下を。」
「…微かですが銀粉が落ちてますわね…。」
「はい、おそらくチャクラムの欠片ではと。」
「それに対してあの影の槍とやらは刃こぼれ一つしていないように思われます。」
【そりゃあ影だから…ていうか、あれってホントに影で出来てるのか?】
「それはわかりませんませんが…。」
「いえ、私は影だと思いますわ。」
「何か根拠が?」
「あれが普通に「影だけ」だとしたなら物理的に武具として叩いたり斬り裂いたり相手の武器を受け取めたり、なんておそらく不可能でしょう。」
「ですが、何らかの魔力…または呪力などで仮初めながらの実体を与えられていたとするなら話しは別ですわ…。」
「影の…物質化、ですか?」
「実際のところはナゾですけどね。」
試合は徐々に疲れを見せ始めた常夏海が押されてるように見えていた。
が、ここに来て鳳華音はチャクラムによる攻撃を緩めつつあった。
「流石に鳳さんもチャクラムの摩耗に気が付いたようですね。」
白百合のプリンセスの言う通り、さっきまでイキイキと攻撃を続けていた鳳華音の表情に若干ながら翳りが感じられた。
「ここまで相手を追い詰めて来たのです…おそらく彼女は次の一手で一度勝負を仕掛けてくるかも知れませんわ。」
「では、何か魔法による大技を?」
「…私との対戦では中々本気の大技をお出しにならなかった彼女ですが、果たしてどんな手を隠しておられるのやら?」
ニヤリとする美鈴。
けどこの時のコイツはそれで常夏海が簡単に負けるとまでは思ってなかったかも知れない。
「影の槍…そしてまだ見ぬ彼女の魔法…さあ、常夏海さんはどう鳳華音さんを迎え討つおつもりなのでしょうか?」
そんなもん、鳳華音の技とやらを見なきゃわからないんじゃないか?
と、俺が反論したくなったその時。
「ハアアアアーッ!」
鳳華音が双剣を天に翳した。
「舞い踊れ、炎の鳥よ!」
式神チャクラムが炎に包まれる。
そしてチャクラムが陣形を組むと、そこには大きな火の鳥が出現した。
「ファイアー・バード…スマッシュ!!」
何とカタカナ横文字の技名かよ?
(まあそもそもが技名なんて何処の国の何語で決めなければならない、なんて決まりはございませんものね。)
そう言われりゃ身も蓋も無いか。
『ケエエエエン!!』
まるで孔雀のような鳴き声まで放ったその火の鳥が常夏海目掛けて突っ込む。
「そう来ましたか〜♪」
常夏海がまるで待ち焦がれたかのように呟くと、影の槍を地面へと突き刺す。
…いや、これは地面と言うより自分の影へと突き刺したのか?
「シャドウステーク・バインド!」
すると、彼女の影から数本の影が生えて鳳華音の放った火の鳥へ向けて伸びていった…!
…ていうか、コイツの技名もまさかのカタカナ横文字かよっ?!
(いちいちと細かいですわねえ、人間が小さいですわよ名尾君?)
…何かコイツに言われるとムカつくんだが…?
両者による大技の応酬!
これで決着が着くのか、それともまだまだこれは序盤戦に過ぎないのか…?