第百六話【季節外れの常夏娘!】
南貴族学院代表が入場すると、観客はみんな面食らいます。
当然、対戦相手の北貴族学院代表の鳳華音もこれを苦々しく思うのですが…。
北貴族学院代表の鳳華音は自分の居る場所とは反対側のゲートを見た。
自分に向けられていた歓声の対象がそちらに移ったからだ。
そのゲートが開かれた。
『南貴族学院代表、二年生…常夏海入場。』
次の瞬間、何処からともなく陽気なリズムのサンバが聴こえてきた。
と、共に胸の谷間やお尻の肉も少し露わなビキニ姿で陽気なダンスを披露しながら褐色で豊満なスタイルの美少女が槍を手にしながら現れた。
…その背後を歩く従者は普通の格好でおそらく常夏海が試合前に着るであろう甲冑を背中のカゴに背負っていた。
「な、何ですかこの曲は?」
「そ、それにあの格好、は、恥ずかしくは無いんですの?!」
白百合のプリンセスと美鈴は唖然とした。
「か…格好もですけど…こ、こんな騒々しくて名門学院に相応しく無い曲が何で流れておりますの?」
普段から騒々しさの権化みたいな美鈴の口から、一体どの口が言うか?と疑いたくなるような台詞が溢れた。
とにかく観客達はこの二人の感想と同意見らしく、観客席全体がざわめき始めた。
『え〜、今流れています曲は常夏海選手たっての希望の入場曲だそうです。』
「な、何ですって?」
「運営側は何でそんな要望を受け入れたのかしら?」
美鈴と白百合のプリンセスが疑問を口にすると、周りの貴族達(要するにモブ達)が親切に教えてくれた。
「あら、常夏海さんと言えば前回優勝者の一つ違いの妹さんよ?」
「代表選抜戦の決勝大会で姉と対決し、判定の結果、紙一重の差で代表の座を譲ったという曰く付きの選手ですもの。」
「ああそれなら私も知っておりますわ、オマケにお姉さんが優勝者の権利を行使せず、来年妹が代表選手になったら彼女の願いを一つだけ叶えて欲しいと申されてましたから、その願いとやらがこれではなくって?」
彼女らはそんな事を口にしながらも、常夏海の豊満なビキニ姿を扇で顔を隠しながらもチラチラと見て赤面していた。
…………ご説明ありがとうモブ達。
おかげで俺から説明する手間が省けたってもんよ。
「なるほど…なら仕方ありせんね美鈴さん。」
「良くございませんわ!」
取り敢えず白百合のプリンセスは納得したのに美鈴は腑に落ちないといった表情だ。
「え?」
「あの、美鈴さん?何をそんなに怒ってらして…。」
「だって、私の代表対抗戦には入場時にこんなテーマ曲流してもらえませんでしたのよ?!」
その言葉に白百合のプリンセスは目をパチクリさせた。
「え…と…?」
「オマケにこんな立派な闘技場でしかも実況アナウンス付きではございませんか、何で他学院同士の試合だけこんな優遇されておりますのお〜?」
【要するに羨ましいだけか。】
(そのようですね…(汗)。)
【ま、さすがにあの格好の方だけは羨ましくは無さそうだけどな。】
(…私は、ちょっとだけ見たいかも…)
【えっ?!】
(な、何でもありません…!)
どうやら白百合のプリンセスもお年頃らしい…。
俺と白百合のプリンセスは駄々を捏ねる美鈴を生暖かい目で見守る事に徹した。
もっともサンバに乗って入場して来る常夏海に対して面白く無かったのは鳳華音も同じだったようで。
(な、なんて破廉恥な衣装で、しかもド派手な音楽付きで入場なんて…馬鹿にしてませんか、この大会を!!)
鳳華音は剣を持つ手をグググ…と強く握り締めるのだった。
ようやく闘技場に表示された所定の立ち位置に辿り着く常夏海。
騒々しいサンバもやっと鳴り終えた。
お陰でこの楽曲を苦々しく思っていた高位貴族達は溜飲を下げた。
だが低位貴族や庶民の中には結構このサンバのリズムのノリが好感だってようで少し曲が終わって残念そうにも見えた。
そして従者かわ手伝いながら、常夏海はビキニの上にアンダースーツと思われる身体に足元から着込み始めた。
その光景に会場の至るところからは残念そうなため息が聴こえた。
とはいえその甲冑は、どういう素材かは知らないがまず肌にピッタリとフィットするピチピチのアンダースーツだったので、身体のラインが丸見えだった!
これはこれで中々にそそる♡
落胆していた観客達もこれには「おおーっ♪」とどよめいた。
………あのさ、一応ここは百合ゲー世界で女性同士でイチャイチャしてくっつく関係ってのは知ってるよ?
だけど君ら、一々同性の身体に反応し過ぎじゃね?
(何言ってますの?同性同士とはいえあんなセクスィーな凹凸見せられたら興奮するに決まってるじゃ有りませんの!)
【お、女同士に抵抗ある美鈴でもか?】
(で、凸凹してなくても可憐な美鈴さんなら私は…ポッ♡)
【しっかりしろ白百合のプリンセス、君までそんな百合思考になったら俺は共感するヤツが居なくなるじゃないかあ〜っ?!】
…等と俺達が念話で阿鼻叫喚地獄に陥ってる間にも常夏海の着替えショーは続いていた。
常夏海は更にそのピチピチスーツの上から甲冑を取り付け始めた。
「ご、ご覧になって!あの甲冑のお姿…!」
誰かが指差して喚いた。
そりゃ驚くわな。
なんせ、甲冑とは言いつつもその甲冑姿は、どう見ても俺が前世で見たビキニアーマーそのものだったからだ。
手足、肩と腰。
そして胸、股間、尻を覆うだけのその甲冑はアンダースーツが無ければかなりヤバイ見た目だ。
これには対戦相手となる鳳華音も呆気に取られ、そして思わず赤面した。
というか、彼女の存在はすっかり常夏海によって霞んでしまってた。
そして完全に甲冑を纏った常夏海の傍から甲冑装着を手伝っていた従者が会場の外へと歩いてゆく。
「必要無いかと思いますけど…お嬢様、ご武運を。」
去り際、その従者は常夏海の方を見ながらコクリと会釈してそう告げた。
それに対して常夏海はサムズアップで答えた。
…一方、従者の言葉にイラッとした鳳華音はギリギリと歯軋りしていた。
そんな鳳華音の方を見て、やっと彼女を意識したらしい常夏海は無駄に眩しく白い歯を光らせながら「ハ〜イ♪」と片手をヒラヒラさせた。
「貴女が今回のお相手ですね〜?楽しく戦いましょ〜♪」
「…楽しく、ですって…?」
鳳華音はかなり機嫌が悪そうだ。
「貴女はその剣が得物ですか〜?私はコレで〜す!」
手に持つ槍から一旦手を離す常夏海。
その槍は地面に映る彼女の影の中へと消えた。
そして常夏海が地面をトン!と踏むと、彼女の影の中からニョキニョキと一本の影が伸びて来た。
その長い影は先ほど常夏海の手にしていた槍とは違い、禍々しい形状をした漆黑の槍へと変わる。
「私の得物は、この『影の槍』、で〜すっ☆」
「影の…槍…?」
鳳華音は訝し気にその影の槍を見た。
「そうで〜す、この槍は…そうですねえ、ま、やって見れば良くわかるで〜す♪」
「へえ…それは楽しみだわ。」
両者の目線がぶつかり合い、バチバチと火花を散らした。
『…チェック問題無し、両者定位置にて待機!』
闘技場中央に北貴族学院代表・鳳華音と南貴族学院代表・常夏海が並び立ち、そして睨み合う。
「いよいよですわね。」
「はい…」
「魔法はともかく武術では鳳華音さんは中々のモノでしたわ。」
「そのようですね、彼女は身体の運び方が綺麗で無駄がございませんからかなりの実力者で有ることが伺えます。」
「対する南貴族学院の常夏海さんは良く知らない選手だけに底知れないですわ。」
「昨年の南学院代表選抜戦のデータは無いんですか?」
「姉妹決戦で僅差だったと聞いておりますわ。」
「その姉の方が昨年の優勝者だっただけにこのお方もかなりお強いと見て間違いありませんわね。」
「そうですね…滲み出る魔力が中央学院選抜戦の生徒とは桁違いです。」
白百合のプリンセスはその常夏海から感じる存在感に圧倒された。
(果たして…聖霊の仮面の加護を受けていない今の私が彼女を相手にして勝てるのでしょうか?)
少し自信を失っている白百合のプリンセスは後ろ向きな考えに囚われていた。
そんな彼女の眼の前にいきなりポップコーンが現れた。
「ポップコーン食べまふか?」
いつ何処で買ったのか、美鈴が両手に持ったポップコーンのうち片方を白百合のプリンセスの眼前に差し出してた。
「あ、ありがとうございます…。」
オズオズと目の前に差し出されたポップコーンを受け取ると、とりあえず一口食べてみる白百合のプリンセス。
もぐもぐ…。
「…あ、これキャラメル味ですね?」
「ええ、因みに私はプレーンな塩バター味ですわ♪」
「ありがとうございます、私この味が大好きなんです!」
白百合のプリンセスの表情が綻んだ。
「うんうん…その笑顔、やっと見れましたわね。」
美鈴は満足気だった。
「貴女はとても可愛い美少女なんですもの、難しい顔していてはせっかくの愛らしさが台無し!勿体無いですものね?」
「お、お上手ですね…美鈴さんの方が余程お可愛いですよ?」
「いえいえ私なんか、プリンセスさんの方がずっと素敵ですわ♪」
「違いますう、美鈴さんの方が私より何倍も素敵で…」
等とやっていると。
「あの…折角お二人の世界にいらっしゃるところ申し訳ないですけど…」
「ええ、今は試合中ですので…」
「「あっ。」」
周りから優しく窘められ、二人は赤面して黙った。
「し、試合を楽しむ事にいたしましょう…!」
「そ、それがヨロシイですわねっ?!」
二人が闘技場で行われている試合の方へと意識を向けると、既に鳳華音と常夏海は互いの武器で斬り結んでいた。
鳳華音は早くも一振りの剣を双剣に分離させて使っている。
美鈴の時よりも早目な本気モードだ。
それだけ相手を警戒してるのか、それか常夏海の入場シーンに怒り心頭なのかも…?
対する常夏海は意外そうな顔で鳳華音の双剣を影の槍で受け止めていた。
ガキン!
ガキッ、ガガガッ、キイインッ!
鍔迫り合いとなり、一旦離れる両者。
「これはこれは…?」
「…ふう〜ん、中々におやりになられますねえ〜。」
これは油断ならないと判断したのか、常夏海の顔がキリッとなる。
「フン!貴女こそね!」
対して鳳華音の顔には笑みが浮かぶ。
美鈴達が話しに夢中で解説出来なかったが、最初のうちは鳳華音は常夏海の操る影の槍が初見だった事もあり、それがどのような武器なのか手探りで戦っていた。
常夏海の身長を上回る長さのその槍は刃の部分が鉈のようになっており、更にノコギリのようにギザギザの歯が付いている。
そして鉈の部分は矢印の片側が切れてなくなっているような形状となっており、全体が真っ黒で刃から下は少し歪に曲がりくねった一本の棒だ。
これが刃の部分か細長い突起であれば視認が難しく突き技で来ればその意味においては躱し辛い。
反対に刃の面積が少ない分物理面積的な意味では躱し易い。
刃の面積が多いこの影の槍の形状はその意味で物理面積的には当て易い。
しかしその分刃の面積が広いので視認し易く、その意味では躱し易くなる。
鳳華音は視認し易いこの槍の形状は躱し易く感じたようだ。
実際、これまでの手合わせの時点では双方の武具を操る技量にあまり差は無かったようだ。
まだ互いに手探りで本領を発揮していないという事もある。
だが基本的な能力や技量において差が認められ無かった。
と、いう事はそこから先はそれぞれの戦略と魔法が大きな差となって来る。
「試合が動くとすれば、ここからですわね。」
「ですね…あの影の槍とやら、その本性とは如何なるものでしょう…?」
美鈴と白百合のプリンセスの二人はお喋りに夢中だったさっきまでとは違い、真剣な表情でこの試合の行方を見守るのだった。
サンバのリズムに乗って陽気に現れた南貴族学院代表・常夏海!
手に持つ得者は彼女のキャラクターとは真逆な印象を与える「影の槍」。
果たしてその真の力は?
鳳華音に危機迫る?!