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過去編1部−夕乃の願い

『……行君………お願いがあるの。』

 私が仕事を終えて面会に来ると、夕乃ゆうのが頼み事をしてきた。

『…ん、何だい? 言ってごらん。』

 私はベッド脇にある椅子に腰掛け、宵闇が迫っている空を窓から眺めながら促した。

『…あのね…私…。』

『…ん?』

 変である。いつもの夕乃ならば言いよどむ事など無いからだ。

 いったい何を躊躇っているのだろうか。

『遠慮しないで、いつもの夕乃らしくないぞ。』

 私は出来る限り優しく微笑んで話しかける。

 すると、

『…私…私…丘へ行きたい!! 私と行君と彼方と三人で。』

『!?』

 私は驚いた。しかし、すぐに言葉を返した。

『それだけは駄目だ! 今の君の体ではとてもじゃないが無理だ。それにそんな無茶をしたら体が…。』




 そう言って私は夕乃の体に目を移す。

 彼女の両手には点滴が打たれ、顔には酸素吸入器が付けられている。

 体は前に会った時よりもやせ細り、顔色も少し白くなっている感じがする。

 今日は彼方から夕乃が呼んでいると聞いてから一週間近く経っていた。

 本当ならすぐに会いたかったのだが、あの後病院から連絡がきたのだ。

『現在、水無瀬さんは何とか容態は安定しましたが意識が回復していません。』

『集中治療室に移り、回復を待っていますが……今回が峠かと思います。』




 それから一週間。夕乃は面会謝絶となり、私と彼方は祈ることしか出来ないでいたのだ。

 そして昨日、意識が戻ったと連絡が入り、私は急いで会いに来たと言う訳なのだ。




『待って!!』

『行君の言いたい事は分かっているつもり。でも、それでも私は三人で丘へ行きたいの。私がまだ生きていられる間に!!』

『…夕乃。』

 私は鬼気迫るような夕乃の必死な覚悟を見て何も言い返せないでいた。

 それに夕乃だけではない。

 今日会って、夕乃の姿を見て私も、もう長くは保たないのかもしれないと感じてはいたのだ。

 ただ、それを認めたくないだけで…

『どうしても……行きたいんだな?』

 私も覚悟を決め、真剣な眼差しで尋ねる。

『はい。お願いします。行人ゆきと君。』

 夕乃も私の目をしっかりと見つめ、そう答えた。

『…分かった。医師には私から外出の許可が出るようにお願いしておく。それと、彼方にも伝えておくよ。』

『…ありがとう。お願いします。』

 今日、彼方は連れて来てはいない。

 夕乃が今の姿を見せたくないと言っていたからだ。

 まあ、彼方は随分と駄々をこねていた訳なのだが…。




 一通り話を終えて私は病室を後にしようとしたが、もう一度夕乃の方を向いて、

『夕乃。君に生きていて欲しいと思っているのは私だけじゃない。彼方だって、君がいなければ駄目なんだ。』

『その事だけは分かってくれ。だから約束だ……急に私達の前から居なくなるという事だけはしないでくれないか。……お願いだ。』

 私は精一杯の正直な気持ちを伝える。

『ふふっ(笑) ありがとう。』

 夕乃はニッコリと笑ってくれた。どこか儚い、そんな笑みだった。

『……では、医師の許可が出たらなるべく早く行けるように準備をしておくよ。それじゃあ夕乃、また。』

『またね、行君。楽しみに待っているよ。』

 私は病室を後にした。

 後ろでは、夕乃が小さく手を振っていた。




 家に帰る途中、両手の握った拳に血が滲んでいた。

『私には…もう、夕乃に何もしてやれないのか……。』

 今日会って分かった。夕乃はもう自分の寿命を悟っている。

 私が何かを言ったところで、おそらく、

『ううん。いいよ、私は。もう十分だから。』

 きっと、きっと、笑ってそう答えるのだろう。




『……くっそおぉぉぉ!!!』

 悔しさを押し殺した叫びが宵闇の空に響き渡った。

「ゲコゲコゲコゲコ  ゲロゲロ  ゲコゲコゲコゲコ。」

 人の気も知らずに畦道の脇の田んぼでは蛙達が鳴きわめいていた。






『………ふぅ。よし。』

 私は気持ちを静めて、一つの決心をした。

『せめて、せめて、夕乃の最後の願いだけは叶えてあげよう。』

 そう、心に誓ったのだ。

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