過去編1部−僕とお母さんの大切な思い出
読んで下さる人の心に響くような話になればと作りました。どうぞ、お読み下さると嬉しいです。
お母さんはいつも、真っ白な部屋の中に一人でいた。
悲しげな目で窓の外を眺めていた。
僕は、部屋の前で扉を少し開けて中の様子を伺っていた。
周りに誰もいない時のお母さんは、いつも寂しそうな、悲しそうな顔をしていた。
僕は、そんなお母さんを見ているのが辛く、苦しかった。
だから、僕はいつものように
彼方
「ただいま!お母さん。僕の事待ちくたびれてたでしょ。えへへぇ(笑)。」
そう言いながら、僕は明るく笑顔で病室の中に入った。
母
「あら?今日は早かったね来るのが。お帰りなさい、彼方。」
僕の方に振り返ったお母さんは、いつもの優しい顔に戻っていた。
彼方
「うん、ただいま(笑)。そうだ、今日は、お母さんに見せたい物が有ったから急いで来たんだった。」
母
「そうなの?いったい何かしら。でも…彼方が楽しそうな顔をしているから、きっとすごく、良いもの何でしょうね(笑)。」
お母さんは微笑んでそう言ってくれた。
彼方
「うん!!見て見て、これだよ♪」
僕は、病室に入って来てからずっと、後ろに隠していた物をお母さんに見せた。
■母親視点■
彼方
「これだよ♪」
そう言うと、彼方が私に見せてくれた物は、大きな画用紙に描かれた一枚の絵だった。
私
「あらあら、上手ね彼方。とても綺麗に描けているわね。」
私は、彼方の頭を撫でて褒めてあげた。
彼方
「えへへぇ(笑)。」
彼方は、褒めてもらえて嬉しかったのか、頭を撫でてもらえて嬉しかったのか、とろけるような笑顔を見せてくれた。
私
「でも…あら?この絵に描かれている女の人は……ひょっとしたらお母さん…かしら?」
私は、彼方の頭を撫でてあげながら問いかけた。
彼方
「うん!そうだよ。お母さんだよ。上手に描けてるでしょ(笑)。」
彼方が、溢れんばかりの笑顔で頷いた。
私
「クスッ(笑)。」
私は、彼方の顔が笑顔でふにゃふにゃになっているのを見て少し笑ってしまった。
彼方
「それでね、僕、お母さんの病気が早く良くなるように、治りますようにって願いを込めて描いたんだ。先生にも、すごく上手に描けたねって褒められたよ(笑)。」
『早く良くなるように願いを込めて』私は、その言葉を聞いて思わず涙ぐんでしまった。
私
「そうね…ありがとう彼方。彼方は、本当に優しい子に育ったね。」
私
「…本当に…。」
私は、もう一度その絵を見た。 その絵に描かれていたのは…元気な姿で彼方と手を繋いで歩いている私の姿だった。
■彼方視点■
母
「…本当に…。」
僕が絵を見せて自慢げに話すと、お母さんは目にうっすらと涙を滲ませながら、それでも微笑みを絶やさずに頷いてくれた。
彼方
「どうしたの、お母さん?ひょっとして泣いているの?」
おかしいな?喜んでくれたと思ったのに何でだろう?どこか、駄目なところでも有ったのかな?
僕は少し不安になってしまい、そのためか、僕も笑顔が曇ってしまっていた。
そんな僕を見てか、心配してか、お母さんは
母
「安心して、彼方。この涙はね、彼方の絵が駄目で出てきた訳ではないの。ただ、あまりにもこの絵がお母さんには眩しかったから…彼方の気持ちが…思いが…願いが嬉しかったからなの…。」
そう言うと、お母さんはまた、僕の頭を撫でてくれた。
彼方
「本当に!よかったぁ〜。」
僕は安心した。お母さんを喜ばせる為に描いた絵なのに、悲しませてしまうことになるなんて嫌だったから。
彼方
「えへへぇ(笑)。僕、お母さんに頭を撫でてもらうの大好きだよ。」
母
「そうね…彼方はずっと小さい頃から、私に撫でてもらうのが大好きだったものね。」
僕とお母さんは二人とも笑顔に戻っていた。
彼方
「うん!大好き!!」
そして僕は、いつものようにお母さんに、今日の学校での出来事を身振り手振りで大袈裟に話した。
お母さんは、ベッドの上で笑ったり、頷いたりしながら楽しそうに聞いてくれていた。
そして、いつものように楽しい時間にも終わりはやって来た。
母
「彼方。そろそろ帰らないとお父さんが心配すると思うわよ。」
お母さんの声で僕は時計を見た。
彼方
「あっ!?本当だ。そろそろ帰らないと、お父さんに『また遅くまで』って怒られちゃうや。…んー、もっとお母さんと話をしていたいけど…」
僕はわざと頬を膨らませて不満さを表した。
母
「駄目よ、彼方。その位でむくれないの。また明日も、明後日も会えるのだから。今日はいい子にして帰りなさい。」
彼方
「はぁい…うん、それじゃあ今日は帰るよ。」
僕は、最初はわざとむくれてみたけれども、あまり駄々をこねてもお母さんを困らせるだけなのを知っていたので素直に頷いた。母
「うん、いい子ね彼方。それじゃあ、また明日会いましょう。またね、彼方。」
彼方
「うん、また明日も来るよ。またね、お母さん。」
僕は、大きく手を振って病室を後にした。
彼方
「うわっ、痛っ。」
『ゴトッ。』
彼方が、車椅子にぶつかっていった音がした。
■母親視点■
『ゴトッ。』
扉の近くに置いていた車椅子に、彼方がぶつかってしまったようだった。
私は、車椅子が置かれている方を見てから、彼方が置いて帰った絵に目を向けた。
そこに描かれていたのは、やっぱり元気な姿で彼方と手を繋いで歩いている『私』の姿だった。
私
「……グスン……。」
駄目だなぁ。私はまた泣いてしまっている。最近は、どうもに涙もろくなってきているような気がする。
それに何だか、私の周りの世界が眩しく見える気がする。
彼方の絵が嬉しいというのは別にしてだけれど。
多分それは、私にもうすぐ訪れるであろう事が原因なのだろうけれども…
私
「…グスン…。」
私
「彼方を置いていきたくはないなぁ。彼方を悲しませたくはないなぁ。…だって、彼方はお母さん子だものね…。」
私
「もし、もしも…私が居なくなったら…彼方は…大丈夫なのかな?」
私
「…今までどうり、普通に笑って生きて行けるのかな?」
私
「…大丈夫…大丈夫だよね。お父さんもいるし……あはっ。あははははっ。」
私の乾いた笑いと伴に、何度目かの涙が頬を伝って毛布に落ちた。
『ポタポタ、ポタポタ。』
止まらない涙だった。
ベッドの上には所々に染みが出来ていた。
毛布をギュッと握り締めていた私の両手は小さく震えていた。
私はもう、立つことさえも出来なくなっていた。ベッドの上で起き上がるのでさえも、精一杯なのだ。彼方には、悟られないように気をつけていたのだけれども。
医師からは、保って6ヶ月だと言われたけれど…私には分かる。もう、私の命はそんなには長く保たないことは…だって私の身体なのだから…
でも、
私
「まだ…駄目。…まだ、私にはやらなくては成らない事があるから。」
私
「彼方に…伝えなきゃいけない事があるから。」
私
「…お母さんはずっと、ずっと…彼方の事を見守っているよって…」
私
「ねぇ…彼方っ…。」
私は、ちょうど病院を出て行く所の彼方を窓から眺め、そして、微笑みを投げかけたのだった。