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過去編1部−訪れる別れ、辛すぎる現実

【線香花火】

 ここ数ヶ月の私達家族が過ごしてきた時間は、例えるなら線香花火のようだったと思う。

 夜空に大きな音と共に咲く大輪の打ち上げ花火。

 手元で綺麗な色を撒き散らして踊り咲く花火。

 その中で線香花火は真夏の夜にひっそりと、静かに綺麗に小さな花を咲かせる花火だと思う。

 ほんの少しの時間しか咲かないけれど、その花はとても綺麗で見ていて愛おしいと思う。

 そして、それは消え落ちる前の一瞬の刹那に何よりも綺麗な花を咲かせる。

 私は思う。

 線香花火には、楽しかった時間を慈しむような、この刹那の時を胸に刻み込むような、そんな不思議と温かくて何処か愛おしいような大切な気持ちを与えてくれるものがあると。




 私は今、空を見上げながらそんなことを考えていた。

 そこには、空の蒼と夕日の紅がさらに溶け合い、一日の中で一番色濃く、何よりも綺麗な茜色の夕暮れ時の空があった。

『ここ数ヶ月の私達家族の過ごしてきた時間は、似ているのかも知れないな…。』

 私は茜色に染まる空から視線を戻し、少し離れたところで空を見上げている夕乃と彼方に目を移す。



 彼方が生まれ時、いや…夕乃と出会った時が始まりで、今日という日にいたるまでそれは数多くの出来事があった。

 人の一生から見ればそれはそれは短いものではあるけれど、この時間にはとてもとても大切でかけがえのない事が、思い出が沢山あるのだ。

 辛い事も悲しい事もあったけれど、それも大切な事だったと思う。

 目を閉じて振り返ってみれば今でも鮮明に思い出せるような大切なものばかりだ。

 つい最近のような、あっという間に流れてきた時間。

 でも、この幸せでいられた時間はおそらく、近い未来に失われようとしている。



 最近の私達は、みんなが家族の事を考えて生きていたと思う。

 私は夕乃と彼方の事を。

 夕乃は私と彼方の事を。

 彼方は私と夕乃の事を。

 悔いを残さないように、出来る限りの事を精一杯やって。

 そして、家族みんながそれぞれ考えて、出来る限りの事をして得ることができた今この時間は、何より中身が詰まっていて大切な意味を持っている。




 今、ここで家族三人でこうして空を見上げていられること。

 世界中の何処よりも綺麗な空の見える丘で、何よりも綺麗な空を見上げていられること。

 全てが繋がって、きっと今に至ったのだと思う。




 そして、私、夕乃、彼方それぞれが今伝えたいこと、今伝えなければならないことを伝える。

 何処よりも特別な場所で、誰よりも大切な人に。

 最初で最後の時間の中で。


『だから……今が一番大切な思い出として心の中に残せる時間なんだ。』






 夕乃との別れの時が迫っている。

 その中でみんなが最後の時間を大切に過している。



 だから私は線香花火に例えた。例え散ってしまう運命だとしても、どちらも最後の輝く様な時間は胸が苦しくなるくらいに似ていると思うから…。






『空の蒼は今日の色。』

『夕日の紅は明日の色。』

『そして、蒼と紅が溶け合ってできた茜色は、今この時の色。』

『今一瞬のこの時間を忘れないでね。』

『ねっ、彼方。』

 夕乃は空を見上げながら彼方にそう言った。

 夕乃の放った最後の言葉が空に届くのと同時に、空に広がっていた三色の色は霧散するように徐々に消えていった。


 次に訪れたのは夜の闇。

 宵闇の黒だった。




 どんなに楽しい時間にも、大切な時間にも終わりが来るように、運命の時はやって来る。

 生きているものにはいつかは必然として訪れるもの。



【夕乃の死】



 まだ小さい彼方は夕乃の死を受け入れる事が出来ないでいた。

 いや…受け入れろという方が無理があるのだ。

 覚悟が有れば悲しみはあるが乗り越える事が出来るだろう。前を向く事が出来るだろう。

 だが、覚悟がなければそれは簡単には受け入れる事など到底出来ない。

 何よりも大切な人を突然失うという現実を…。






【悪い夢】

 夕乃のいない現実は悪い夢なのだと、目を覚ませば夕乃は直ぐそばで笑いかけて頭を撫でてくれると…。

 だが、現実は目を覚ましても彼方のそばには夕乃の姿など無い。

 いくら探しても夕乃を見つける事など出来はしない。

 病院にも、家にも、夕乃の部屋にも。

 何処を探しても夕乃の姿などありはしないのだ。



 何故なら夕乃はもう………この世界にはいないのだから…。




 それでも、彼方は夕乃を探すことを止める事はしなかった。必死で夕乃の姿を探す彼方。

 そんな姿を見てしまった私には、

『夕乃は死んでしまったんだよ。』

『もう会うことが出来ない位遠い所へ行ってしまったんだよ。』などと言うことは出来なかった。


『どうして?』

 この言葉を聞きたくなかった、答えたくなかったからなのかも知れない。


 今の彼方は現実に目を背け、夕乃は何処かで生きている、という偽りの現実を見ている。

 今の彼方には私の声など届かないだろう。

 夕乃は、母親という存在は彼方の中では何にも代えられない特別なものだったのだ。






 私は線香花火に似ているのかもしれないと言ったけれども、一つだけ違っている所があった。

 それは最後に残るものの違い。

 夕乃が亡くなって残ったものは、埋めようの無い喪失感と、彼方には受け入れる事が辛すぎる現実だった。



 彼方は今日も夕乃を探しに行った。今は学校にも行ってはいない。

 行くようには言ったのだが全然聞いてはくれなかった。

 その時の彼方の表情は、無表情だった。そして、焦点の合っていない視線を宙にさまよわせていた。

 まるで心を無くしてしまったかの様に…。

 その目はもう、色を失ったかのように輝きが無かった。

『ごめんな…夕乃。彼方にはやっぱり、君が必要だったよ。』

 私は唇を噛み締め悔しさを滲ませる。

『どうして……どうして……俺達を残して……逝ってしまったんだよ…。』

 声が震えている。視界も何故か滲んでいる。

『…なぁ……夕乃ぉ。』

 やっと絞り出すことが出来た声は驚くほど小さかった。

「ポタッ ポタッ ポタッ ポタッ」

 地面には小さな滲みがどんどん増えていた。

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