過去編1部−生きているという事
『行君…私ね、最近になって気が付いた事があるの。』
私は、後ろで車椅子を押してくれている行君に話しかけた。
『気が付いたこと? 何だい、それは?』
行君は車椅子をゆっくりと押しながら返事をしてくれる。
私は、彼方が少し離れた所で一人丘に向かって何かを話しているのを眺めながら、気が付いたことについて話し始めた。
『私ね、私達の【死】には………二つの種類があると思うの。』
私は少し間を置いてそう言った。
『おいおい、急にどうしたんだい夕乃。ここに来てまでそんな話は止めようよ。』
私が真面目に【死】について話始めたものだから行君は慌てて止めさせようとしてきた。表情は少し硬く、強張っていた。
『駄目だよ。お願い行君、ちゃんと聞いて………聞いて欲しいの。』
私は後ろを振り返り、行君の目を真っ直ぐに見据えてそう言う。
行君もまだ表情は硬いままだったが、私の目をしっかりと見据えてくる。
すると、行君は車椅子を押すのを止め、
『ふぅ。分かった、話を聞くよ。夕乃がそんなに真剣な目をして見つめてくるのは、本当に大事な事を言う時だけだもんな。』
そう言ってようやく少し表情を柔らかくしてくれた。
私は姿勢を正す。
行君もしっかりと聞く体勢を取ってくれている。
彼方は……何故か丘にお辞儀をしていた。
ほんの少しの間、私達の間に沈黙が訪れる。
私はしばらくして、ようやく口を開いた。
『私達にいつかはやがて訪れる【死】それは、【存在の死】と【記憶の死】。この二つだと思うの。』
『どういう意味だいそれは?』
行君は少し難しい顔をして尋ねてきた。
『えっとね、そう難しい事ではないの……何て言ったら良いのかな……。』
私は行君がなるべく分かり易いようにするにはどうすればいいか考える。
そして、
『そうね………一つは、私達がこの世界に生きているという【存在の死】。これは亡くなるという事でもあるの。』
『そしてもう一つは………私達がこの世界に生きていたという【記憶】、【思い出】の死。』
『これは、自分の中じゃなくて相手の中に有るものなの。例えば…行君や彼方の中の記憶、思い出になるの。何となくは分かったかな?』
私がなるべく分かり易くと考えて伝えると、行君は空を見上げて何かを考え込んでいるみたいだった。
『…うん、何となくはね。』
そう言うと行君は視線を下ろし私の方を向いた。
『つまり夕乃が言いたい事は、例え夕乃が居なくなったとしても俺や彼方が君の【記憶】と、君との【思い出】が有る限り………そう言う意味で生きているという事なんだろう?』
私は驚いた。行君は私の伝えたい事を正確に捉えてくれていたのだ。
『…凄いね……やっぱり行君は凄い。』
『だから私、行君の事………大好きだよ!!』 私は嬉しくて自分でも気が付かないうちにポロポロと涙を流していた。
涙が零れ落ちないように顔を上げたけれども、溢れ出てくる涙はその位では止まらなかった。
私は恵まれている。行君。彼方。
私が生きてきた中で二人と過ごした時間は本当に短い間だったけど、二人に出会えた事を心から感謝した。
私は顔を上げたまま空に向かって両手を伸ばす。
『…ありがとう。』
『今まで………本当に………ありがとう。』
感謝の言葉は風に乗り、空へと舞い上がっていった。
蒼く広がる空は、私の感謝の気持ちを優しく受け止めてくれるようだった。