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第3話 新たなスキルツリー《終末の生存者》



『更新プログラムのインストールが完了しました』


そして朝。


システムメッセージが頭の中に表示され、彼女の睡眠を妨げる。


『新世界のスキルをセットアップしています………』


『新スキルツリー《終末の生存者》が解放されました』


『スキルツリーから新たなブランチを派生………』


『スキル:同族喰いが解放されました。スキル詳細を表示します。』


[同族喰い Lv.3]


同じ種族を喰べる事で、空腹状態、渇き状態を解除します。


またスキルレベルが上がる事により、以下のボーナスが加算されます。


・空腹解除までに必要な摂取量が減少する。

・渇き解除までに必要な摂取量が減少する。


次のレベルアップまで残り 0/5 体


TIPS:終末の世界を生き抜くには、空腹と喉の渇きは避けられない苦しみです。時に同族の血肉を食する事もあるでしょう。食わず嫌いな者に終末を生きる資格はありません。さあ!今晩の夕飯となってくれた兄弟に感謝して、肉で腹を満たし、血で喉を潤しましょう!。


『スキル「同族喰い」を獲得したことにより、チャレンジクエストが発生しました。達成後に以下のスキルを獲得出来ます。』


獲得スキル: [蛆喰いLv.1]


『チャレンジクエストの達成条件は以下となります。』


・食べた遺体の残骸を腐敗させ、蛆を育成し、それを食べる。

達成まであと 0/100匹


「う゛あ゛あ゛あ゛ーーー!」


頭の中で暴れ出すシステムメッセージに嫌悪感を抱き、彼女は呻きながら何度も地面に頭を打ち付ける。


もはや文字を読む事すら出来なくなる程に、彼女の心は復讐心と怒りに駆り立てられた本能によって汚染されてしまったのだろうか、今はただただ事切れるその時まで、悶え苦しむ事しか出来ない。


それも朽ち果てた世界で誰かに救いを求める事も出来ず、永遠に。


終末の世界は彼女に囁く。


これがこの世界に辿り着いた者の宿命であると。


怒りと苦しみに終わりは無い。

それを共に背負う者は誰1人として居ない。


この先、自身に降り注ぐ数々の災難の責任を世界に背負わせるのは容易な事だろう。


だがこれは、この終末が齎す全ては、お前達人間が選んだ結果だ。


愚かな人間共よ。


せいぜい孤独の中で永遠に踠き苦しむがいい。


これがお前達の欲していた世界なのだから。


核戦争という人間が犯した過ちは、星を死の猛毒で蝕んで行く。


この世界の事情など知った事ではない。


終末の世界の問いに答えた途端、復讐と怒りの本能が支配する彼女の心の中で、僅かな理性が芽生えた気がした。


それは怒りと憎しみの闇を貫き、光となって心の奥底から徐々に込み上げて来る。


────私はアレン。かつて救いたい世界、仲間があった。


そう思った途端、彼女は涙を流す。


怪物の心にも、僅かであるが消えないものがあったようだ。


そう、アレンは1人ではなかった。


彼女の首からぶら下げている真紅の宝石がはめ込まれたペンダントが、急に光を放つ。


そして光の強さに耐えきれなかった宝石はひび割れて行き、破裂すると同時にそこから妖精が現れた。


澄み切った青空を思わせる水色の髪と瞳、それはポニーテールとなっていて、毛先は腰まで届いている。

眠から覚めると身体を伸ばしてあくびをする。

その時に八重歯が見えた。


彼女の名はソフィー。

かつてアレンが前の世界で共に旅をした妖精であり、仲間が次々とベルゼブに殺される中、彼女の命だけはと思い、アレンはソフィーを宝石の中に封印した。


妖精族は小瓶に収まる程小さく、羽が生えているのが特徴的だ。


また、謎の多い種族でもあり、他種族との関わりを持つ者は少ない。


アレンはかつてソフィーを含む妖精族を密猟者達から救い出した事があり、それがきっかけで親しい仲となった。


「アレン!」


ソフィーは自分が目覚めた事を理解すると、目の前で地面に腰を下ろしていたアレンを見て涙を浮かべる。


そして即座にアレンのアホ毛にしがみつく。


このアホ毛は彼女のチャームポイントでもある。

シルエットを投影すると、頭の天辺で存在感を放っている半回転までカールのかかったそれがすぐ目に止まる、また同時に本人であると伝えているようにも思えた。


藍色をした彼女の髪型はセミロングで、長く手入れをしていない為か自然な状態を保っており、片目は前髪で殆ど隠れてしまっている。

美女を思わせるのも確かだが、中性的にも見える。


それは恐らく、前の世界の影響がある。


彼女は男として生きる事を強要されていた。

自分は次期魔王となる者だから。

男女格差の大きい世界で生まれて、それなりの身分を持つ者にとってはよくある話だ。


そんな彼女が朽ち果てた終末の世界を放浪する姿を想像すると、残酷な世界と一体化したそれは、あまりにも美しすぎた。


「───アレン!、よかった……本当に……よかった。ありがとう、生きていてくれて」


恐らくあの「魔族の王位」を奪った虐殺者にも勝つ事が出来たのだろう。最愛していたアレンが生き残っていた事にほっと胸をなで下ろしながら、ソフィーはそう思うのだった。


しかし先程からアレンが一言も口に出していない事に違和感を感じ始める。


気さくで明るい性格を持つ彼女にしては、こんな事は珍しい。私と目を合わせる事もなく、俯いたままだ。


「ねえアレン、どうしたの?」


ソフィーはアホ毛から離れると、アレンの様子を伺う為に羽を羽ばたかせながら彼女の膝の上に移動して顔を見上げる。


「………───アレンッ!」


彼女が正気では無い事はすぐに理解出来た。

生気の抜けた目、表情。

何よりも彼女の表情から伝わって来たものは、無心の底からこみ上がる『苦しみ』だった。


ソフィーは彼女の身に何が起こっているのかを模索する。

そして思い付いた事は。


(………精神破壊魔法!)



「我!汝をあるべき姿に正す者なり!マインド・デタッチメント!」


…………



「う!、嘘!何も起こらない!あたしの魔法じゃ無理って事!?」


アレンは精神破壊魔法にかけられている訳ではなかった。

また、彼女に精神破壊の魔法は殆ど通用しないと思って良いだろう、何故なら彼女の心は既に壊れてしまっているのだから。


(だったら……ローラン!ローランよ!、あのじじいだったらアレンにかけられた精神破壊の魔法を解除する方法だって知っているはずよ!)


ローランはアレンの仲間であり、ジョブはウィザードである。

年齢は70代前後。

彼は魔力こそウィザードにしてはそこまで高くはなかったものの、使用する魔法の種類、属性が多彩であり、魔法の威力はともかく、彼より魔法を習得出来たものは居ないとされており、ウィザードにしてオールラウンダーの肩書きまで持つ。賢者ローランとも呼ばれており『魔術の探求者』という異名を持つ。


アレンの身を考える中、咄嗟の思い付きでローランを探そうとしたソフィーだったが、その顔は突然悲しみへと変わって行く。


(ローランは………あのとき)


そう、既にローランはベルゼブに殺されている。


「ううう!………どうすればいいのよ、このままじゃ……アレンの精神が!」


先程から状況が全く掴めていないソフィー。

自分達が今何処にいるのかも、何と戦っているのかも不明なままだ。わかっている事は1つだけで、彼女にかけられた、なんらかの精神破壊状態をどうにかして解除する事、それだけだ。


だがそのような状況をさらに困惑させるかのように、理性のかけらを集めていたはずの彼女の心に、再び怪物が顔を出し始める。


「う゛う゛う゛!あ゛!っが!」


頭を抱えて苦しみ始める。怪物が自身を呼んでいる。

怒りと憎しみが心を満たすと、ぐちゃぐちゃに混ぜ合わさる。そしてその結果は本能として形成され、彼女は抑える事も出来ず苦しみ始める。


「アレン!?、どうしたの!?痛いの!?」


不安のあまりにソフィーは彼女の頰に手を触れて、様子を伺う。


「う゛う゛う゛あ゛!」


怪物は腹が減ったのか、以前喰い殺したレイダーの遺体に近づき、再び食事を始める。それは既に腐っており、蛆が湧いていた。


「ア……レ……ン」


ソフィーはその狂ったとも言える程に恐ろしい光景を目にし、両手で口を抑えながら恐る恐る彼女の名を呼ぶ。


そして彼女が今口にしているそれらに目を向ける。


「────っひ!」


もはや原型を留めていない肉片とは言え、しゃぶり尽くされた骨の形状からして、アレンが食しているものが何であったのかは容易に理解出来た。


「だめええええ!アレン!そんなの食べちゃだめだよ!ばっちいよ!お腹壊しちゃうよ!」


ソフィーは泣き叫びながらアレンのアホ毛を後方に向けて全力で引っ張り始める。


だがアレンは空腹と喉の渇きを満たす事に精一杯なようで、彼女の声は届いていないようだ。


いや、それ以前に言葉を理解出来る状態ではないのだろう。


それは理性を完全に忘れ、再び本能が支配権を握ってしまったのだから。


ソフィーはそれでも、何度もアレンに呼びかけた。

力の限り、何度も…何度も。



『スキル「蛆喰い Lv.1」を習得しました。スキル詳細は以下となります』


蛆を一定量食べる事で、空腹状態、渇き状態を解除します。また、スキルレベル上昇により、以下のボーナスが付与されます。


・空腹状態の解除に必要な摂取量が減少する

・渇き状態の解除に必要な摂取量が減少する


TIPS:終末飯の筆頭の1つである蛆は栄養がそれなりにあり、遺体を腐らせるだけで勝手に繁殖するため、栽培も簡単です。食べきれない物はこの際、蛆を育てる為にとっておくのも有効な手段でしょう。



怪物が腹を満たして、再び眠りについた頃、大広間の片隅に座り込み、シクシクと泣き続ける妖精が居た。


「アレン……アレン…グス……一体どうしちゃったのよ……」


ここまで酷い症状は見た事も聞いた事もない。

精神破壊の魔術は、果たしてここまで強力なものだっただろうか。


そんな疑問がソフィーの頭の中を過ぎった。


考えられる可能性としては、強力な魔力を持つ魔術士の仕業か、精神破壊に特化した魔術士の仕業だろう。


だがそこまで強力な魔術であった場合、必ず魔力の痕跡が術をかけられた対象に残る筈だ。


しかしアレンからは一切それが感じられない。

そもそも感じ取る事が出来ないのがおかしい。


(………そうだわ!)


ソフィーはようやくここで気が付いた。


(これは………魔術によるものではない。だとすれば、あたしの魔法が全く通用しないどころか、作用すらしてなかったようにも思えたあの不可解な現象の説明もつくわ!)


さっそく大の字で寝転んでいるアレンの所へ飛んで行く。


「我!汝の真理に触れる者なり!。リサーチ・ステータス!」


「───これはっ!」


アレンのステータスを確認する為の魔法は成功したが、表示されているステータスのそのどれもが、以前見たものと全く違うものに変わっている事が一目で理解出来る。


HP、STR、DEF、INT……ソフィーの目に映し出されていくそれらは、異常に高かったり低かったりと、色々と不安定だ。


以前のアレンはステータスに関してはバランスに長けていた。


よくも無ければ悪くもない、正にそんなところだ。


しかし今のアレンはSTRが異常に高くINTがとても低い。


STRとDEXに関しては人間離れと言っても過言ではない。


このようなステータス構成が適応されるのは、怪物を除いて他に例がない。


「アレン……」


ソフィーは心配そうに彼女を見つめる。


これらの異常は今のアレンの放心状態の症状と何か関係があるのだろうか。


(人を怪物のように凶暴化させる魔法……バーサークかしら?)


ソフィーは腕を組み1つ1つの仮説を導き出して行く。

だが魔法の仕業だとは考え難い。バーサークだろうと、ここまでステータスが変動する事は無い。

それにやはり魔術をかけられた痕跡が無いのだから、すぐにそれは間違いだとわかる。


(だとすれば………)


そして表示中のステータスウィンドウのページを「バフorデバフ」ページに切り替える。


「………!はぁ……。やっぱり」


アレンが現在バインドされているバフとデバフは「睡眠状態」を除いて1つも無かった。

隠しパラメータの存在は気になるが、それを調べる術はない。


とりあえずこれで精神破壊の魔法が原因だという可能性は概ね無くなり、ソフィーは一安心する。


(だとしたら、一体何なのかしら………?)


(とりあえず、行動ログを見たら何かわかるかも。

正直……見るのには勇気が必要なんだけど。この際仕方ないわよね)


行動ログには、アレンが今まで行って来た数々のイベントが記録されている。ただアレンの場合、アレンパーティのパーティリーダーである為、パーティメンバーの状態についても記録される。


つまりソフィーが恐れている事は、仲間が死んだ時の記録を目撃してしまう事だろう。


パーティリーダーのログには、仲間がいつ何が原因で死んだかに関しても記録される。


まず目に入ったのは、アレンがレイダーの死体を食べて、空腹と渇き状態を解除したという記録。


「ううう!、こんなのアレンなんかじゃないんだからっ!。私のアレンはいつも優しくて明るくて可愛い子なのっ!」


そう文句をぶつぶつと言い続けて、ログウィンドウのスクロールをスライドさせて行く。


そして、このレイダー達と戦闘が起こっていた事をソフィーは知る。


(アレン……この人達と戦ったんだ。食べちゃいたいくらい、嫌な人達だったのかな……それも、夢の剣も使わないで一撃で倒しているし。本当にどうしちゃったのよ……アレン)


再びアレンを心配しながら、彼女を見つめ始めるソフィー。


だがすぐに首を左右に振り、自分のほっぺをパンパン叩いて我に返る。


(あたしが悲しんでたって、アレンがよくなるわけじゃない!、アレンに頼れないこんな時だからこそしっかりするのよ!ソフィー!)



そう自分に言い聞かせて、再びログウィンドウをスクロールさせて行く。


そして彼女はとうとうそれを見つけてしまった。


ここは何処なのか。

この世界に来る前に何があったのか。


───そして


アレンが何故こうなってしまったのか。














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