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第2話 狂乱のウェイストランド



アレンを包み込んでいた強い光が徐々に弱まっていく。


目に光が刺さった時に感じる痛みが消え、ゆっくりと瞼を開く。


1人崖の上に佇んでいることに気が付き、辺り一面の景色に言葉を失った。


そこは何処までも続く不毛の大地。

雲ひとつない濁った灰色の空からは、朝日だけがその存在感を独占している。


また死の世界はとても静寂であり、聞こえるのは風が砂埃を運ぶ音だけだ。


アレンはそこで理解した。自分が異世界に転送された事を。


乾き切った空気を肺に取り入れた瞬間、ヒリヒリと乾燥し切った喉の痛みが湧き上がってくる。


「う゛あ゛あ゛あ゛!!!、ベルゼブーっ!!!」


突然の出来事にどう対処して良いのか理解出来ず、宿敵の名を叫びながら怒り狂って、その狂人は何度も地面に頭を打ち付ける。


また、灼熱の太陽に照らされ続ける暑さと喉の乾きが、アレンの怒りをさらに鼓舞した。


「はぁ………はぁ……ベル、ゼブ……」


頭は既に血塗れで、地面に怒りをぶつける行為にも気が済んだ頃、時刻はとっくに夕暮れとなっており、目的も無く途方に暮れたアレンは荒れた大地の世界を放浪し始める。


最初に襲いかかって来たのは巨大な砂嵐だ。

嵐の中は雷が何度も鳴り響き強風の為に悪路が続く。

これはアレンが転送された終末の世界では頻繁に発生する異常気象の一つ「サンダーストーム」という現象だ。


爆風を全身で受けながらも、それに耐えるようにゆっくりと進み続ける。


この先の事を考えると、干からびて死ぬか、砂に埋もれて死ぬかのどちらかだろう。


とてもじゃないが、生命が活動出来るような環境ではない。


だが理性を失った狂人に、そんなことはどうでもよかった。


アレンはただただ歩き続けた。

それはまるで止めの効かなくなった故障したロボットのように、無心のままに。


ベルゼブを殺したいという本能が消えない限り、これは永遠に続くと思われた。


そして歩き続けて半日、この終末の世界に来て初めて人工物を発見した。


それはただの廃墟だが。


廃墟の中へ入ると、そこで夜を明かす事にする。


そして早朝、再び暑さが全身を蝕み始めると、魘されながら目を覚ました。


「う゛あ゛゛!っく!」


頭を抱えて苦しみだす。


喉が渇き、腹も減っているはずだ。そんな最悪なコンディションの中、これ以上悪くならないものがあるとしたら、この苦しみを打ち消してしまう程の怒りだろう。


ここまでの怒りと苦しみが、生き絶えるその時まで続くのだとしたら、いっそあの時奴に殺されたままの方が良かったとさえ思える程だ。


だが、死の世界はそんな悶え苦しむアレンを見て、哀れむ事はせず、寧ろ追い討ちをかけるように踏み潰しに来る。


世界はアレンに新たな試練を与えたのだ。



バイクのエンジン音が聞こえてきた。それも複数。



数は5、6。乗っている人数は最大で6人、2人乗りを考慮すれば12人。


終末の異世界で初めて耳にする人工物が生み出した音に、アレンはこの世界で生きているのが自分だけではないのだと理性が欠けた中、本能でそれを理解した。


他者の生存が判明した事で、安心感は顔を出す程度に感じ取る事は出来たが、警戒心の方が本能を揺さぶった。


これは恐らくアレンが幾度となく死地を生き延び学んで身に付けてきたものだろう。常に誰かに守られる身ではあったが、父とアレンは勇者から命を狙われる事は多かった。また自分の判断が時に仲間の命に直結している事をアレンは知っている。


時折危険な世界とは、敵味方の判断を誤ると、命を落とす事にも繋がる。自分自身や仲間をあらゆる危機から守る為、前の世界で学んだ事だ。それは本能として残り、それが今こうして自身を呼び覚ましているのである。


そう、彼等は間違いなく害を被らせる敵なのだ。


バイクのエンジン音は次第に大きくなる。

その為、こちらに向かって来ている事は間違いなく、アレンが居る廃墟の手前まで来た所で、エンジン音は一斉に止んだ。


「見ろよ!。足跡だ!」


廃墟の入り口付近を調べた男が仲間に伝える。

彼が見つけたそれは、言うまでもなくアレンの残した足跡だ


「へへへ………こいつはまだ新しいな。昨日頃にでもつけられたような跡だ。しかも足のサイズからして………ぐへへへへ!」


その直後に大袈裟な程の舌なめずりの音がして、男は続けて話した。


「女ダッ……!。しかも1人!」


「「うっひょおおーーー!!!」」


男3人程の声が重なる。


「いっっっやあああああ!。今日はついてんなああ!マジでっ!今朝のガキといい!、女といい!」


気が狂うくらいにハイテンションとなった男は、背筋を反対に曲げながら息を荒くしてそう叫んだ。


「まずは俺な?。さっきのガキは譲ってやったんだからよう」


「へいへい」


そう言って彼らは釘付のバットやコンバットナイフなどの武器を装備して準備を終えると、廃墟の中へと入って行く。


「キヒヒヒヒ……匂いでわかるぜ?。………居るんだろ?」


忍び足で廃墟の中を進む男達。人数は6人だ。


物音一つしない廃墟の中は狭く薄暗く、長い階段が地下深くまで続いている。

それはまるで獣の巣穴のようにも見えた。


しかし彼等は腹を空かせて怒り狂っている獣が、まさかこの中に居るなどとは思いもしないだろう。


もし連中の中に強い殺気を感知する者が居れば、ここで足を踏み留めて、懸命な判断を下す事も出来たはず。


しかし彼等は進み続けた。



「うあ゛あ゛っ!っく!」


突然の呻き声、そして何かが倒れた音に、襲撃者(Raider)達は耳を研ぎ澄ませる。

通路の先頭に立っていた男が振り向き、口元に人差し指を当てた。


そして突き当たりまで進むと、次の部屋に繋がるドアが左右にある。


時折聞こえて来る呻き声を頼りに、彼等は右のドアを開けて進んで行く。


そしてドアの向こうは大広間となっていた。


朽ち果てて砂を被った天井を支える柱、コインロッカー、改札口。


ここはかつて、まだ世界が息をしていた時、地下鉄として利用されていた施設なのだろう。


そして広間の奥から聞こえてくる呻き声が次第に大きくなってくる。


また、それに続いて地べたを這いずる音も同時に聞こえてくる。


遂に怪物は動き出した。

その乾いた喉を潤たすため、生き血を求めて。

また空腹を満たすために、獲物の血肉を求めて。


逃げるにはもう遅い。何故なら彼等はたった今、怪物の縄張りに足を踏み入れてしまったのだから。


「う゛あ゛あ゛あ゛ーーー!!!」


怪物は動く標的を捉えた瞬間、咆哮を放った。


しかし彼等は自分達が見つかった事にすら気が付かない。


闇の中から彼等の様子を伺っている不気味に赤く光った瞳。


それは彼等を殺して奪える物を吟味しているようにも思えた。


男達は怪物の咆哮を聞いた途端、身構える。


「おい……女だって言ったよな?。グールの間違いじゃないか?」


「そんな可愛い奴で済むのら、何も問題ないんだけどな、グールの声はもっと枯れているはずだ」


「ちっ!、おい……ケイキ。そんな離れてっと危ねえぞ?、陣形を組め、陣形を……」


先頭を進む男はそう警告したものの、「ケイキ」と呼ばれる男からの返事はない。


「おい!、聞いてんかこのアホ!」


そう言って残りの5人が後ろを振り向き、ケイキの様子を確認した。



「グフッ!……すまねえ、それは出来ねえみたいだ……」


その男は吐血してそう答える。自分が今どのような状態にあるのかすら理解していないようで、ケイキはただただ目の前に差し出された自分の物と思われる脈打つそれを呆然と眺めていた。


彼を見た5人は驚きのあまりに言葉を失う。


その男の上半身からは血塗れの腕が飛び出ていたのだ。


胴体を貫通したその手が握っていたものは心臓で、それは主人から離れた今でも尚その役目を果たそうと、不気味に脈打ち続けていた。


男達は皆、目を大きく見開く事しか出来ず、恐怖の余りに誰一人として動ける者はいない。


そしてケイキの背後に闇の中から彼等を睨む紅く不気味に光を放った視線。


そこには1人の女性が隠れていた。


それは嘗て異世界へと転生し、魔王となる筈だった1人の女剣士アレンの成れの果てである。


「────っかは!」


上半身を貫いた腕を一気に引き抜くと、大量の血が穴から噴き出して、ケイキは倒れる。


「おい……マジかよ」


男の1人がビクビクと震えながら言う。だが本当の恐怖は今この瞬間から始まった。


アレンはその引き抜いた心臓を見つめると、突然食べ始める。


それも気に入った為か、徐々に喰い散らかす勢いが早くなっており、心臓を食べ尽くすと、目の前にあったケイキの屍に喰らいつく。それはまるで腹を空かしたハイエナように、勢いよく豪快に、血肉を食い千切り貪った。



「あは……!。アハハハハハハハッ!」


1人がその光景を見て狂ったように大声で笑い始める。また嘔吐する者も居た。


「こいっつぁあああさいっこうにイカれてやがんぜ!」


「人を食っているが、グールではなかったな。食人の奴らか」


仲間が食い荒され無残な姿と成り果てている事に、それを心配する者は誰1人としていない。


終末の世界は、ただでさえ資源が枯渇しているため、人間の肉を食べる事に抵抗のない者も多いと言う。


この世界では、こういった事が起こるのも珍しくはないのだろう。


それどころか男達の中には、この光景を見て楽しんでいる者も居るようだ。


彼等の事を指す襲撃者(Raider)とは、人殺しを好む極めて悪質な無法者の集団の事を指す。


殺し方に拘りのある者や、今のように過激で狂った行為を好む者が多い。


そしてレイダーである彼等にとって「凶暴性」が美徳であり、レイダーの中から選ばれるリーダーはカリスマ性も勿論必要ではあるが、凶暴性が最も高い者がリーダーとなる。


「ハハッ!、決めたぜ!。この女は調教して俺のペットにする!。その人肉の喰いっぷり!、超ー!イカしてやがんぜ!。それに身体も顔も整ってやがる。これなら毎日死ぬ酷犯せそうだぜ!、ハハハッ!」


そして男達は血肉を貪り喰ってる最中の怪物を取り囲む。


「切り傷は付けんなよ?。滅多に会えねえ完璧な形の人間なんだからよ。どんな手品使って心臓抉ったのかはわかんねーが、もう大丈夫だ。一斉に蹴り続けて、くたばるまでそれを続ける、いいな?」


姿顔立ちが整っている人間はこの世界では珍しく、核戦争後の影響で核物質に汚染された終末の世界では、その影響により、欠損した遺伝子を持つ人間が殆どであった。


例えば、五体満足で生まれた事は運の良い方だと言える。

生まれる赤子の中には手足の位置がおかしかったり、人体を構成するパーツが不足していたり、あるいは多かったりと、それはもう悲惨なものである。


またそれ以外の原因で言うと、突然変異という人体の構成に変化が生じる現象があり、こういった種の進化は人間にも齎された。


突然変異は大量の放射能を浴びたり、何らかのきっかけで適正が身に付いたり、異種族の間で子を設けるなど、起こる原因は様々で謎の多い症状だ。


「オラッ!」


そして男達は一斉に蹴り始める。


「う゛あ゛あ゛っ!」




アレンは四方八方から入ってくる蹴りに、たちまち頭を抱えて震え始める。不意打ちの効果はあったようだ。


「ハハハッ!。見ろよ!喰うだけが取り柄でたいした事ねえっ!」


咄嗟に前の世界で得た勇者スキルを使用しようと試みる。しかしアレンの反撃は理性からではなく、本能によるものだ。気が狂う中無意識の内に防衛本能がそれを選んだのか、スキルの使用条件も満たしていない中で、無理にでもスキルを発動させようと必死になる。


だが上手く作用するはずがない。このスキルはアレンが眠りについた先の夢の世界でしか使用する事が出来ないのだから。


『スキルツリー《勇者》は現在ロックされています』


アレンの頭中に表示された警告文。


彼女は警告を無視して無理にスキルを導き出そうとした時、頭の中が割れたような激痛に襲われる。


「う゛あ゛あ゛あ゛!ーーーー」


それは理に反した者に与えられる罰。


彼女に下された罰は激痛となり、頭から始まり身体全身を蝕んで行く。

蹴られる痛みなど忘れてしまうくらいだ。


男達に囲まれて袋叩きにされる事もそうだが、彼女は限界に近かった。

しかし痛覚の限界ではない。

痛みを忘れる為に暴れ始めた怒りの限界だ。


遂に怪物の本性が露わになる。


「ん゛ぬ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーーー!」


突然立ち上がり、叫び出す。


男達が一斉に身構えようとするが、もう襲い。


怪物は目にも止まらぬ速さで、包囲網から抜け出すと、片腕を男の胴体に突き刺した。


そのまま引き抜き、次の標的に狙いを絞る。


2人目を殺したと言うのに、男達はまだ皆身構える途中だ。


それほどアレンの移動速度は人間離れしていた。

この異常な程の身体能力の高さは、アレンが以前から持っていたものではなく、皮肉にも、ベルゼブによってアレンに与えられた異世界転移特典の影響だ。


動体視力の高い者でさえ、高速移動中に彼女の目から反射する紅い光の玉を目で追うのが限界だろう。


3人目が刺されて吐血した時、ようやく男達は次の行動に出る。


「散開だあっ!散開!」


男がそう叫んだ瞬間、地下鉄のホーム中を散り散りになって逃げ始める。


逃げたのは3人で、1人は既に喰い荒らされて肉片に。胴体に重傷を負い、身動きが取れない残りの2人に怪物は近寄ると、片方を喰い始める。


喰われずにそれを眺めている男は、目から涙を浮かべて、狂ったように不気味に笑い、仲間が悲鳴を上げながら原型を留めない状態になるまで喰い殺される様子を見ながら、次は自分の番だと悟るのだった。




それから3体の獲物を平らげた怪物は再び眠りに着く。


そして時折寝ている最中、彼女は人間のように涙を流すことがあった。


それはかつて前の世界で人として生きていた事を思い出しているのかもしれない。


しかしそれは、まだ彼女にその頃の記憶が残っていればの話だが。




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