第五話 嫉妬
「待っていたよ。遅かったね。夢乃あゆむくん」
暖炉の前で椅子に腰かけていた魔女。こちらを見ることをせずして、誰だか当てることができる。さすが魔法が使えるといったところだろうか……人の気配さえも瞬時に理解し、誰だかさえもわかってしまう。有能というものを超えた何かだと俺は思う。
「改めて自己紹介するよ。僕の名前は《嫉妬の魔女 - レヴィア - 》この国を統治しているものさ」
「俺は夢乃あゆむ、嫉妬の魔女あなたにお話をしたくて、ここまでやってきた」
後ろにいた従者スーは、魔女の部屋まで入ってくることはなかった。だからこそ、今はこの部屋には俺と魔女の二人だけしかいなかった。前とは違う環境であり、非常に内心ビクビク震えてはいたが、それを悟られてしまえば、瞬時にあの世逝きとなってしまうために、必死にこらえていた。
今回ばかりは、味方と言える存在が誰も近くにいない。前いた手を握ってくれて励ましてくれたフローラはいない。だからこそ、より緊張感にも包まれる。何度見ても、恐ろしい見た目をしている。単純な少年の見た目ではあるが、そこから繰り出される、なんともやばそうな雰囲気が魔法の力のない俺でも、感じる取ることができるほどだ。
「僕に話とは何かね? 君のような選ばれし者たちと情報の共有ができるチャンスだから教えて欲しい。それに賛同できるのならば、僕からもお願いしたい」
俺は目の前の嫉妬の魔女に対して、これを言うべきなのかどうなのか? を今になって考え始める。世界をこんなにも悲惨なものにした張本人に、それを言って納得するかはわからないし、そもそもしない可能性の方が高い。それでもやってみる価値はあるのかもしれない。
そう思い、勇気を振り絞り魔女に問いかける。
「今の国の状況が悲惨なことはあなたが十分ご存知かと思います。外部の人間がとやかく言うこと自体間違っているのは十分承知ではあるのですが、国を変えること、裕福な笑いの絶えない国に創り変えることはしませんか?」
「ふははは……そうだね。今この国は荒れている。私の支配区域はすべてが荒れ果てている。民衆も明日が命日である。そんな日々を毎日過ごしている。とてもかわいそうだ。僕も彼らが悲惨な日々を過ごしているのに、こうして悠雅にワインなんか飲んでいると、心がとても痛くなりそうだ。あ~痛い。痛いよ」
どうやら俺の話していることに疑問を持たない様子だ。これならいける可能性が先ほどよりも増した気がした。このまま俺の考えを嫉妬の魔女に話せば、国が良い方向に変わることになるのではないのか?
俺はすかさず、説得を続ける。
「その感情、今住んでいる人達も同じだと思わないか? 痛い、苦しいと日々感じながら生きている。今あなたが感じている感情を国に住んでいる人々が……!」
バリン!
それは一瞬の出来事だった。俺も今の一瞬で命あったことが何より良かったと感じる。魔女は今の俺の発言の途中で持っているワイングラスを握りつぶしたのだ。怒りと言う感情が魔女にあったことを知ることになった。
それから、魔女は手を顔に付け上にあげ甲高く笑った後に表情が一変する。
「あははは!あははは!あはは~あ……僕は君とそのようなお話をするために招待したわけではないのだけど、それは理解している?」
やっぱりだめなのか……この魔女には伝わらないのか? いや同じ人間だ。伝わるはず。はずだ!!
「待ってくれ! 話を聞いてくれ! 今のままでは、これからレヴィアあなたの命も危ぶまれることになるんだぞ? 例えば食料がなくなったり、民が怒りを募らせ襲い掛かってきたりと! それくらいわかるだろ?」
「うるさいんだよ。黙って聞いていれば、国だの、民だの。僕は知ったことではない。僕は僕だ。楽しければそれでいいし、力亡き者は力ある者に従うのが礼儀というものだろう? 生きているだけで、魔獣から救ってくれているだけで、ありがたいと思わないのかい? その対価をもらっているだけさ。子どもでね?」
子ども……? どういうことだ? フローラが言っていた生贄のことか? そもそも何のために、こいつは生贄なんかを欲しているんだ? もしかして……そんなことは。
俺は今恐ろしいことが脳裏に焼き付くことになる。スーの兵士の殺し方や魔女の生贄の件、それら踏まえて考えるに、もしかすればこの魔女は、とんでもないことをしているのかもしれない。そのまま半ばギリギリのラインを攻めていこうとする。
「ひとつ聞かせてほしい、間違っていたら俺が謝る。もしかして、お前は生贄を使って奴隷のようなことをしていないよな?」
「半分正解で、半分不正解といったところだね。ただ勘が鋭いというのはわかった。もうわかるだろう? 君は実のところ、僕がしていることを知っているのではないのかな?」
俺に向かって、にこやかに話す嫉妬の魔女レヴィア、一体何の笑顔なのかわからないが、非常にその笑顔を見ていると、おどろおどろしいものを感じる。そもそも、奴隷が半分正解というのが気がかりなのだ。
それ以上ということが全くと言っていいほど思い当たることがない。もしかすれば、奴隷のような見た目で裕福にしているのかもしれない。考えれば考えるほど納得できる答えがでてこなかった。
「たぶん、夢乃あゆむ、君が思っていることはもしかすれば、相当幸せな考えなのかもしれない。ただね、僕は彼ら民衆が望むことをしているだけに過ぎない。王である僕に仕えることや役に立つことがある。それだけで十分でしょう? 別に国なんかどうでもよい、今ここは国として成り立っているというよりかは、僕の家として成り立っているんだよ? 主人に従うのは普通であり、幸福なことだ。君も考えを改めないといけない。それが普通ではないということをね?」
普通ではない。俺の考えが普通ではない。この国に住んでいる人々を見て、俺の考えが普通ではない? そんなことの方がおかしい。今にでも飢餓で苦しんでいる人々を野放しにし、十分すぎるほど裕福な生活をしている嫉妬の魔女、それでも生贄がほしいだのなんだの。どうしてそんな考えになるんだ? この世界がそうさせているのか? はたまた、これが本当に普通のことなのか? わからない。
だが、一つだけはわかる。レヴィアの考えていることは間違いなくおかしい。これだけは確実に今の俺でもわかることだ。言おう、もうするなと。
俺は思うがままに嫉妬の魔女に言うと決める瞬間だった。
「このままだらだらと話していても切りがない」
「何?」
「お前の今やっている行為はすべてがおかしい。納得できることが何一つありはしない! もしかすれば俺が間違っているのかもしれない。だがな、もっと周りを見てひとりひとりを見てみろ! お前が主人なら、この国に住んでいる人の体調や生活を保障するのは何より大事なことだろう? 明日にでも! いんや! 今日この日、この時間で命を亡くしている存在がいることに気づけ! お前は間違っている!!」
言ったぞ、どうしようか……これから……
魔女は俺の発言の後下を向きぶつぶつと何かを言い始めた。言い過ぎたのかもしれないと思った矢先
ドガン!!
俺の真横をポルターガイストのように先ほど座っていた魔女の椅子が飛んでくる。間一髪だったが、当てることは確かにできた。二度まで俺の命を奪わなかった。何かあるのかと思ったが、細かく考える時間を当たることは今の魔女を見てないと察した。
「何が貴様にわかる? 何が……美しいもの身を着飾ったものに……何がわかる? お前は裕福だ。お前は私とは違う。私の欲しい存在の一人だ。欲しい欲しい欲しいほしいほしいホシイホシイ、お前の能力が欲しい、お前の能力がここにはない。スーとかいうガラクタとは大きく違う能力、欲しい、まだ見せてないその能力が欲しい……」
何かがおかしい、明らかに先ほどまで話していた魔女とは大きく違う何かがある。魔女はこちらを睨みながら欲しいと話すことしかしなかった。だが、それが不気味さをより際立てるものとなり、俺自身もこれから何が起こるのか全くと言っていいほど見当が付かない状況だった。
すると……
「あゆむさん! 伏せて!!」
「え!?」
ズザアアアアン!
俺は何か妙な力により、無理やり膝をつかされる。何が起こっているのかわからなかったが、そのまま立っていたら魔女の黒い手のようなものに捕まえられていたと、瞬時に理解する。
まじで何が起こっているんだよ。これ!!
「夢乃あゆむ! 君はわかってはいない! 僕がどれだけ、この下劣な者たちに居場所を与えたか? どれだけ存在意義を見出させたかことか、何一つわかってはいない。これがあるべきすがた。限界を超えれば、反対運動さえも、ゴミどもができるはずがない!! 彼らは僕のおもちゃでしかない。おもちゃがおもちゃであるべき姿、それをどのようにしようが僕の勝手だ」
「お前は、一体お前は何なんだ」
「僕は魔女だ。嫉妬の魔女レヴィア、君を殺さず生かしておいて、能力を判断しスーを殺し、新しい従者にしようと思ったが、無理みたいだ。調教が必要みたいだな。今ここで殺してやる」
くっそ! 最悪な状況にでた。実力行使ってやつか、能力ないのバレるとか以前の問題だろこれ。
そうこうしているうちに、後ろのドアが勝手に開く、まずいと思い後ろを見る。
「レヴィアさま! 私も加勢します! この世界にふさわしくない夢乃あゆむの処刑、私も参戦します!」
状況はさらに悪化する。前にはレヴィア、後ろにはスーがいた。二人して魔法を使えるもの。その二人が同時に攻撃するのは、能力あっても厳しいのに、俺一人だと余計きついじゃん。なんだよこれ……
ドガアアン!!
どこからか爆発音がする。次はなんだよ!!
「あゆむさん!! こっちです!!」
なんかよくわからないけど、呼ばれた方向に向かって走っていく、土煙があり視界を遮っていた。魔女の部屋の壁を壊し、そこから出てくる俺。それを知ってか知らずか、何者かに手を握られその場から逃げ去る。部屋から聞こえてくる声は、あゆむを殺せ! という声のみだった。
かなりの距離を走り、呼吸を整えるためにいったん止まる。
「まだ危ないのですが、ここらへんでよろしいかと」
「助けてくれてありがとう。君はどちらさま?」
茶色い布から出てきたのは、フローラだった。まさかの再開であった。同じように城に潜り込んでいたとは知らなかったため、内心変な驚きをする。
「出口を探します。ただ、城内には今あゆむさんを見つけるために兵士が活発に動いています。裏口を探します」
結構大事になり、城内はフローラの言うようにかなりの数の兵士の足音が聞こえる。ここまで死と隣合わせな状態もないので、驚くのもあるのだが、少し面白いと感じる自分もいる。感情がめちゃくちゃな状態になっていた。
フローラは監視兼道案内のような役目をして俺と一緒に城内を探索し始める。運がよく、兵士と会うことがないまま一つだけおかしな色の扉に出くわす。
大きさはいたって普通ではあったが、なぜかどす黒く鉄でできていた。鍵と言うものが見当たらなく、扉を容易く開けることができた。怪しさ満点の扉であったが、逃亡の身であるため、何が何でも出口に行ければよいと考えていた。
扉を開ければ、そこに広がるのは地下に通ずる道だった。薄暗く両側に松明が置いてあるのみであり、足元が見えずらい。道なりに進んでいくと、また頑丈な鉄の扉に差し掛かる。
「なんか恐ろしいな。こういった扉は」
「それでも今は開けるしかないです」
「そうだな……」
内心何が起こるのかわからずビクビクしていたが、出口のためにと扉を開ける。俺とフローラはその先で見たものに驚愕する。開いた口がふさがらないというのが、こういう時に使うのかもしれない。
「うそだろ……」
そこにいたのは、檻の中に収容されている子どもたちだった。俺よりも幼い子もいれば、同い年のような子もいる。フローラはそれを無言で見つめる。
奴隷と全く一緒だった。だが、半分正解で半分不正解というのがいまだに気がかりでいた。単純に見た目や薄暗いからまったくと言っていいほど詳しくは確認できないが、見える範囲での傷は重い荷物などの重労働の時につけたときに近いものだった。
そこにいた者たちは見ただけではあるが、約30名ほどだった。全員が男女の性別がわからないような見た目をしており、短髪にされており、中にはフローラと同じように眼帯を付けていた子や一つ指のない子もいた。
生贄が、なぜ大人ではなく子どもなのか? も少し疑問に生じる。だが、今はそれよりも逃げることを優先的に考えた。そして、俺はある質問をフローラにぶつける。
「フローラ、俺はここにいる子たちを解放したいが、一緒に逃げれるか?」
「厳しいですが、あゆむさんとならいけると思います」
「サンキュー」
こんな状況でも信頼を置いてくれるフローラ。俺も一斉に30名を魔女の手から遠ざけることを考えるあたり、恐ろしいことなのだが、置いていくことはできない。
俺はそこにいる者たちに問いかける。
「君たちを解放しに来た。ここにいては危ない。今すぐ外に出る手段を考えるから、みなで脱出しないか?」
沈黙が数分続いた。どうしてだ? 疑問に思うことがまた一つできた。フローラもそうだったが、やはりここの国の人々はかなり調教されている。きついな。
それになぜか、一つ気がかりなことがあった。なぜか、フローラを見るなり怯える子がいたのだ。それも一人二人の話ではない、複数だ。その怯え方に違いはあるにしろ、怯えているそう感じ取れるほどだった。
疑問がさらに増えていくのだった。