第三十二話 脱出
くまのぬいぐるみによって、女王の部屋を逃げるように立ち去る。俺はクマのぬいぐるみの背中から、なぜか生えている黒い手につかまれつつ城からの脱出を試みる。
今思うところがあるとするのならば、今俺をつかんでいる黒い手についてが一番知りたいことかもしれない。それ以外にあるとするのならば、突然のフローラの変化くらいなものだ。突然の出来事ゆえに俺は、自らかけられたはずであろう神の加護やら神の遺産やらは、記憶の片隅程度にしか保存していないように思えた。
ただ今しなければいけないことは、何としてもこの城からお脱出だ。
運よくくまのぬいぐるみが強力な魔法を駆使しフローラと力の拮抗をしていたのだが、くまのぬいぐるみも久々なことや様々な要因が重なり、一時撤退を推奨するくらいの状況だというのが今の走りを見ていてわかる。
ひたすら、出口めがけてかけていく。
周りにレジスタンスの兵士が力なく倒れているのがちらほら見受けられた。レジスタンス側もこれを想定できたのだろうか? そもそもこれらすべてが強欲の魔女の手の内であったことを知っているのだろうか? たぶん知らないのだろう、もしここでそれを知ったのならば、彼らはどのような反応を示すのだろうか? 考えたくはないことなのだが、現実は時として非常なものだ。特にレジスタンスをまとめているものたちに話せば、力なく膝をつき立ち上がることさえ、不可能かもしれない。似たようなことが俺も体験をしている。嫉妬の魔女レヴィアとの闘いで、無力であったことを痛感している。同じように彼らがなるのかもしれない。俺はそういった悪いことばかりをいつものように考え始めていた。
すべてを操り、未来さえも自分の思い通りにしていく、俺らは別の方向に進んだからこそ強欲の魔女に勝った! もしそれが、思い通りだとしたら……だからこそ、恐ろしい、心臓が握りつぶされるのではないのか? そう思うほどまでに恐ろしいと感じる。
レジスタンスは、今まで大きな被害を受けてこなかった者たちだ。今の状態を見て果たして、これからともに戦っていけるのだろうか? 俺は彼らとともに先が見えるものに向かって何ができるのだろうか?
いまだにフローラが敵に操られていることを考えることができない。もしかしたら、自分の中では考えたくないのかもしれない。
今まで難航不落の状況を打破してきた。だからこそ考えたくはない。過去に一度これが確かにあったのだが、それは操られていたように見せていただけの話。ヒントという名の答えをくれた。だが、今回は どうだろう? 答えどころか、今までとは全く違う行動ばかりしてきている。
挙句の果てには、くまのぬいぐるみによる戦闘が受けられた。思っている以上に今立たされている俺たちの状況は最悪なものだ。
強欲の魔女マリリンは非常に人を操るのがうまい。うますぎるといっても過言ないほどだ。魔法によるものなのかもしれないが、人をたくみに操り、思い通りにする力は本物だ。大体人を操ること自体容易なことではない。
さすがは女王様といったところなのかもしれない。
俺は今でも魔法など元居た世界の基準で見る特殊能力系は一切持ち合わせていない。だからこそ、必要以上に考えるのかもしれない。
それに今回は嫉妬の魔女とは違った戦闘スタイルだ。強欲の魔女は何度も言うが、人を操り自分の使えるように使っていく、それに操られた人々は、さも自分で考えたかのよう操作されていく、これは何をしても相手にとっては都合がよく、筒抜けであること他ならない。
何をしても相手の思うツボであると同時に、相手が知ることになる。これはどんな作戦であっても、向こう側は対策ができてしまう。むしろ対策しないで、見物さえも可能なわけだ。今回ばかりは、非常にこちらにとってはムリゲーである可能性が極めて高い。しかし、攻略の可能性が0というわけでは断じてない。どんなことにおいても例外は確実に存在する。
もし、強欲の魔女マリリンの想定外な行動が起きるとするのならば、確実に俺とくまのぬいぐるみだろう。
俺は後ろを見ると同時に不可思議な点が一つ浮かび、それが今考えた強欲の魔女のシナリオの一つである確証であると踏んだ。
フローラとの戦いのあと、扉を壊しその後疾走する。そのまま追いかけてくるのかと思いきや反応は逆で、まったく追いかけてこなかった。操る魔法の力の範囲がまだ遠くまで及ばないのか? そう思ったのだが、事実それはあり得ないのかもしれないと考える。それもそのはず、国全体に魔法をかけられるものが、果たして簡単に見過ごすことをするのだろうか? 答えは違う、俺がその位置ならばしないし、それは強欲の魔女であろうと同じはずだ。
相手が今までとは全く違ったスタイル。嫉妬の魔女レヴィアのように勧善懲悪であるのならば、まだ打開策がでてきたのかもしれない。しかし、今回の相手は違う。相手は精神的な何かを持ち合わせているものだ。
力の行使は自らはせず、操っている他者からの攻撃が主なスタイルだ。同時に今はフローラが手ごまにされている。魔女とされてるフローラが使われるとなると厄介ばかりではある。
解決策自体は最悪なものかもしれないが、考えてはいる。だが、それをいつ実行しようか? といった問題が発生する。今はただ体制を整えるための逃避に過ぎない。ここから新しい攻略法を見つけるべくしての行動だ。
前を走り続けていたくまのぬいぐるみが突然立ち止まる。何かと思い俺は質問しようとしや矢先……
ドカーン!!
突如振りまく爆音とともに目の前には壁が壊れたあとに出てくる土煙が視界を奪う。思うように前が見えないが、くまのぬいぐるみは俺とは違った反応を示していた。
「何か見えるのか……?」
俺は明らかに戦闘態勢になっているくまのぬいぐるみに向けて問う。
「何かがやってくる。魔法の力は弱いが何かが目の前にゆっくりと近づいてくる」
くまのぬいぐるみの回答は、ただ何かがやってくるということだけだった。しかし、魔法の力がフローラよりは弱いように話していたこともあり、俺は少しの安堵感を抱いてしまう。
「簡単に考えてはいけないよ。相手は魔法を持っている。いくらフローラが強かろうが、相手はそれなりに力を持っているんだよ」
それもそうだった。あまりにも軽率すぎた。先ほどの戦いが激しすぎるがゆえに、安心しすぎてしまっていたのかもしれない。相手は魔法を持っている。俺は持っていない。何をどう考えても、安心してはいけない領域に立たされている。まだまだ自分の思考の甘さには反省しなければいけないと痛感させられる。
目の前の視界を奪う土煙はからうっすらと人影が見えてくる。影であるからゆえに体格がはっきりとしない。
膨張したり、縮小したり、ふわふわしすぎており、はっきりと認識することは困難だ。
「誰だ! そこにいるのは!!」
くまのぬいぐるみは、影に向かって問う。
「誰ですかって? そうですね。今となっては、しがないゴミ従者とでもいいましょうか?」
声は、何やら絶望に落とされたかのように卑屈になっており、それに加えて何かに対して憎悪を抱いているような感じが取れた。
人影は、見る見るうちに人の体へとなし、煙は消えていく。
「お前は!!」
現れたのは、まぎれもなく強欲の魔女マリリンの従者であるマークだった。彼は、先ほどの俺との戦闘により、召喚兵をなくし、結果として大きな損失を受けた。何やら神の遺産がどうだの、神の加護がどうだのと話していたのだが、俺には全くもって理解不可能なものだったこともあり、スルーしていたのだが、今ここにいるということは……
「お前のせいで、ここまで落ちました。理由はわかります? 夢乃あゆむ」
「わからないといったらどうする?」
俺は何食わぬ顔で、返答をする。マークはそれを読んでいたのかあざ笑うかのようにして答える。
「あのあといてもたってもいられず、すぐさま魔女様のもとから去り、こうして逃げるあなたたちを捉えるためにこうして回りました」
「だからなんだ?」
「だから何だ? そう思われても仕方ないのかもしれませんね。しかし、正直な話、魔女様もそうですが、簡単にあなたをここから出してはいけないのですね」
「出してはいけないとは……俺に一体何をしたんだ……?」
マークは、俺が何も知らないことに対して喜んでいるのか? はたまた悲しんでいるのか? 表情や起伏が激しすぎることもあり、読むことできない。
「簡単なお話です。あなたには、神の遺産が宿っている。それはとても見過ごすことができない問題なのです」
俺の中に何かが宿っている。それは召喚兵がしたことにつながることは容易に想像できた。しかし、強欲の魔女も話していたが、よほど強力なものであることは間違いないみたいだ。一体何が……?
「あなたに宿った神の遺産は、神の加護なるものであり、絶対的な防御となりえる。これが何を意味しているのかわかるか?」
「まったくわからないよ。少なくとも知らない言葉をつらつら並べられても困る」
マークはそれを聞くなり満足げに語りだそうとする。だが、ここから逃避することだけを考えているため、そういった時間がないことをくまのぬいぐるみは、ジェスチャーする。
「神の遺産とはな……」
ドカーン!!
大爆発の音とともに、先ほどと同じようにそこには土煙が漂う。俺は視界が悪い中、くまのぬいぐるみに連れられて、その場から立ち去る。全くの似たような行動をしていく、名残惜しいことでもあるが、現時点では、下手に関与することはだめなのかもしれない。
「今その話を聞いても、時間稼ぎにすぎない。たぶん、そのことに関しては、いつかわかる日がくる。夢乃あゆむ」
「ああ……そうだな」
くまのぬいぐるみは、何かを知っているように回答をした。ただ、それを話せないのか、あるいは覚えていないのか、そのまま静かに口を閉じた。
「あゆむ!! おーい!! こっちだ!!」
それから何事もなく進んでいると、男性の声で俺の名を呼ぶものが現れた。
そちらの方に目をやると、そこにいたのは、レジスタンスのリーダーであるコールだった。彼はこちらを見るなり、呼びながら手招きをしていた。出口のある方向を指し示しているのも見てわかった。
俺とくまのぬいぐるみは、そちらに進んでいき合流する。
「平気か?」
「なんとなく」
俺は息を整えながら、コールに返答する。すると何かを察知したのか質問をしてくる。
「あのお嬢さんはどこだ?」
「問題あって、今は話すことができない。このままここにいれば従者がすぐやってくる。とりあえず、城から抜けよう」
俺の言葉とともに、そこにいたエブリンも頷き4人で出口へと向かう。
ところどころ行く手を阻む兵士もいたが、コールの身軽な動きによって制圧されていく、殺しはせず、ただ気絶させるように対応していた。
非常に頼りになる。俺もここまで身軽に動けるようになれれば、また世界が違うのだろうか? ふとそう考えてしまう。レジスタンスをみると、魔法がなかろうが、どうもならないことがよくわかってくる。それほどまでに、ここに来てからの変化が著しい。
難なく脱出をし、そのまま逃げるようにレジスタンス基地に戻った。
「なんだよ。これ……」
基地に戻ると、そこに広がるのは数多くの負傷者。レア率いるものたちが、総出で治療にあたっていたが、とても人数が足りているようには見えなかった。
コールはただ茫然と立ち尽くして、光景を見ているだけであり、エブリンもそれを横目に悲しそうに見ていた。
あたりにひたすら悲痛に叫ぶ者たちの声がこだまする。今まで体験したことない、見たことない。そんな声が、幻聴ではあるが聞こえてきた。
対応もどうすればいいのかわかっておらず、応急処置程度のものでしか、対応ができていなかった。
くまのぬいぐるみが、俺を連れこの場から離れる。
「これが事実か……彼らは、本当の戦争をしらない。ここからどのようにすればいいのか、立ち直ればいいのかわからないだろう」
「もしかすると、あのまま……攻略は……」
俺はふと不吉なことを口走ってしまう。あの状態を見るものならば、きっと心が折れてしまうことは容易に想像がつく、結果攻略は終わり、可能性は非常に高いと感じる。そうなれば、彼らはどうなってしまうのだろうか。
人の心配を今でもし続けている。ただ、ただそれしか今はできなかった。
「そうでもないと思うぞ」
「え?」
「今目の前に無力でひ弱なものがいる。ならば、そいつが先手に立ち申せばいい。全体を奮い立たせればよいと思うぞ」
「俺か……」
「うすうす気づいていると思うが、強欲の魔女マリリンは、あゆむをコントロールすることはできない。ならば、君だけしか頼れるものがいない。できると思う。やってくれないか?」
俺もうっすらそう感じてはいたが、事実そうであっても、今までとは違う様式だ。誰かの協力あっての問題解決が、今はそれがない。果たしてできるのだろうか……
いや、やる。やらなければいけない。出なければ、誰がやる!? すでに俺は俺だけで判断してはいけない領域に立たされている。後ろには数多くの人々が応援している。支えてくれている。ならばやるしかない。
俺は決心し、攻略案をくまのぬいぐるみに提示した。
「本気でそれをするのか? 君は平気なんだね?」
「これしか俺が考えられる方法が見当たらない。それに、ちょっと試したいこともある。何この世界では死ぬことはないさ」
「わかった。それを組もう。いわれた通りに動こう。無理はするなよ」
「ああ、大丈夫だ」
「では、あとで」
「ああ、あとで」
くまのぬいぐるみは、半ば心配そうに俺を見つめていたが、決心が確固たるものだということがわかったのか、それ以上言わなかった。
その後、俺の思う攻略に備えて、くまのぬいぐるみはどこかに駆け出した。
正真正銘の一人での攻略がこれから開始する。