第二十六話 逃避
「あらきたの? まっていたわ」
魔女マリリンの元へと単身で乗り込んだ。歓迎ムードでこちらに話しかけてくる。情緒不安定なのか、話し方がまた変わった。そして、自ら階段を降り、俺の目の前に立つ。身長は俺より少し高い。ヒールを履いているからなのかもしれない。俺を見ては、表情が切り替わり突然抱きしめ始める。
「待っていた。あなたは私のもの。不安だったでしょう? これがあなたに対する私の愛なの。愛とムチは均等よく使わないとね~」
「ああ……」
俺は今までにないほどの幸福感を受ける。こうして受け止めてくれるのも魔女マリリンだけかもしれない。俺をよく理解しようとし、愛情を持って接する女性。前は身も心も捧げまいと考えてはいたが、二人があのような態度である以上、俺も考えなければいけないとさえ思ってきていた。
「身近にいるとは思わなかった。俺自身もあえてよかったとさえ思う。一緒に来たものたちは理解ができないと判断した。あなたは違う。」
「そうね。他はそう考える生き物なの。あなたはあなた自身の考えで行動しなさいな」
俺自身の考えでの行動。このように包み込まれる守られるというのが何よりよかったのかもしれない。魔女マリリンは、俺にこれからの国の在り方について話、魔法を使い目の前に今の国をリアルタイムで放映しているかのように投影しだした。
「このような大国になったこと、私も運用するにはとても苦戦したわ。それでも結果として、このように築くことができた。これは大成と思うのよ。あなたもこれから、この美しき世界を見ては一緒に未来へと進むこと。いいわね?」
「ああ……」
俺は魔女マリリンの話すことに耳を傾け、納得し永久的に平和の世の中という概念をこれからも維持するために尽力することとして話した。
ザザザザ……
「ん?」
「どうしたの?」
俺はなぜかまともに目の前の光景が脳に伝わらなかった。どういうことなのか? と思いつつ目をこすり、再度目の前を見渡そうとする。
「なんだよこれ……」
俺の目の前に映し出された映像に驚愕する。曇天の空の下、灰色の煙が辺り一帯からもくもくと映し出される場所が一か所見つかった。魔女マリリンは何かを察したのか、俺にその光景を見せまいと映像を消す。そして安心させてくれた。
「ごめなさいね。これは少し早かったみたいね。一度に詰め込むと脳がパンクしちゃうものね?」
「そうだな」
俺はただの勘違いだと思い魔女マリリンの話に納得した。それから、使用人から自室に連れていかれる。その場所は前に魔女マリリンと一緒にいた場所であった。何か胸に込み上げるものがあったが、俺も素直にならなくてはいけないと思い、次あれば受け入れようと心に決め始めた。
不思議な世界。国が違えば周りも全体的に変わっていく。雰囲気さえも環境さえもとれるものが違っていく。これは今までもそうだったが、こうして一人になると余計に肌で感じるようになっていく。
熊のぬいぐるみとフローラの二人が現在どうしているのか? そういった考えは特になかった。なぜだか、俺にはそれを気に留めることが脳にはなかったのだ。処理をしたくないのか? はたまた、失ってしまったのか? そういった感じで脳が回っていた。
椅子に座り、ただ茫然と窓の外に広がる美しき光景を目にする。どうして彼女たちは、これを見ては俺がおかしいと判断したのだろうか? ただその疑問だけが脳には残っていた。まじまじと見ているうちに一筋の光が目の前に突如現れる。
何が映っているのかわからず、興味本位でじっくりと見るために目をこする。だが、それはぼやけたままだった。だが一つ気が付いたことがある。それはこちらに向かってくるのだ。ゆっくりと音なくして近づいてくるのだ。
俺は驚き、椅子から落ちる。そう思った矢先すぐさま、その光が外ではないことを知る。
「この光り方、反射している……? まさか……!?」
「気が付いたのね」
俺は瞬時に後ろを振り返る。そこにいたのは、人型の光だった。まぶしさがないと言えばおかしな話だが、事実目の前にはそれがたって見えるように視認できた。
「誰だ……お前……」
「お久しぶりです。夢乃あゆむ」
その人型の光に向かって問う。しかし、相手は前から俺を知っていたかのようなふるまいで、お久しぶりと話す。記憶の方にこのような子がいたか必死になって思いだそうとする。
「お久しぶりすぎて、私を忘れましたか? 仕方ないとは思います。こうして会うのは初めてであり、声だけであれば、もっと前の話ですし」
少女のような声を出している目の前の人型の光の発言により、俺は思い出した。過去に何度も夢の中で表れた存在。名前はわからないが、確かに存在自体は知っている。
久々どころではないどころか、そもそも本体がでてきていない。俺は今考えている質問をする。
「前から思っていたが、一体何者なんだ? 魔女なのか? それとも事象に関する何かなのか?」
「今まで多くのことをあなたは見てきました。この世界の秩序なるもの、混沌なるもの。人々の幻想をよく見てきました。しかし、まだあなたには足りません。それが現実を見通す力です」
「お前も質問に答えてはくれないのか……? どいつもこいつも何なんだ一体。そもそも俺がここに事象解決なんて仕事を任されてきたこと自体意味がわからない。誰がそれを決定した? 俺の意思ではないはずだ」
ここに来る前の俺は、自堕落な生活をしていた。そんな自分自身にこのような世界を選択肢転生することなんてまずありえないと考えた。しかし、人型の光は思うような反応を示さなかった。むしろ逆の答えを告げた。
「なぜ、なぜそんな反応になるんだ……現実は見えているつもりなのに、なぜ? 何が足りない? まだ何が足りない!? 何が……足りないんだ……」
人型の少女のような光は、そのまま何も言わずいつの間にか消えていった。俺は腑に落ちず、ただ地面を見ることしかできなかった。自分では正しい判断をしていたと思っていたが、まさかの異なる反応。彼女たちが何をしてほしいのかわからないまま時間が過ぎるのみ、また何も得ることができず、無駄を過ぎると思った矢先。
ドガーン!!
振動と共に大きな音が聞こえた。それが異常ともいえるほどのものだったのか、城内から警報が鳴り響く。俺はドアの方に向かい音を聞く。
ドガーン!!
何やら発泡しているような音がかすかながらも聞こえてくる。まずいと思いドアを開けようとする。
ガチャガチャ
「どういうことだ……? 開かない?」
なぜか、扉が開かなかったのだ。体重をかけても開くことがなく、何が起きているのかさっぱりだった。しかし、ドアの向こう側では非常事態を示す警報が鳴り続いており、ドンパチ音もひたすら大きな音となって聞こえてくる。
俺は窓の方へと向かい外を見る。
「何だこれ……」
一面に広がる光景は、先ほどとは全くの真逆の光景だった。曇天の空の下、黒い煙がもくもくと空に上がっている個所が一つどころではなく、複数見られた。城周辺では特にそれが多く発見された。何より驚愕した光景が、この数分間の間の景色とは違ったことだ。突然のことにより脳の処理が追い付いていないが、確かに今まで映っていた光景は、美しい青空の下にある色とりどりなレンガの建造物だった。
俺はここで思い出す。曲がる思考を活用せよ。
「何やってんだよ……おかしいの俺じゃん……」
ここで理解する。今まで見えていたものは幻想でしかなく、実際は荒れ果てた国だということ。それを魔女マリリンの魔法の力によるものではなく、最初から言葉というもの。決して能力でということではなかった。俺は今までそこら中にヒントや答えがあったにもかかわらず、見向きもせず判断したのだ。熊のぬいぐるみやフローラには真実が見えていた。それは、単に彼女たち自身に能力があるからではなく、入ったときの最初の印象によるものだと推測した。俺は勝手にこの国に入った途端に、親切にしてくれた門番や住民に警戒などほぼせず接し、結果として飲み込まれたのだ。
浅はかなのはどちらか、なのは言うまでもない。俺はここに来て後悔する。
「なんつーことしてしまったんだ……今までとは違い安心できる環境だからより飲まれたのか……なさけねー」
俺がそんな状態であることを知ってか一人影に隠れながら姿を現す。
「気づくとはね。まあ、こんな状況だから仕方ないわね」
「俺は一度失敗した。あなたに心を捧げようとしていた。まさか、あなた自身が俺を叱り、現実を見せてくれるとは思わなかった。感謝はする」
「言葉というものは、時として毒よ? あなたをこちら側に引き込む策でしかないわ。今の考えでどう? こちらに来る気はない?」
それを聞くなり、心が一瞬揺れ動きそうになった。だが、自分自身の今ある考えを曲げることはできなかった。
「俺はどうしても、あなたに身を捧げることはできない。心から好きな人がいる。今から謝りに行こうと思う。一番最初に会っていたのがあなただったら、もしかしたら味方になっていたかもな。そのたわわな実や美しい果実を一度でもいいから味わいたかったよ」
「あなたは、経験なしでも語れることができるのね。どこかの真似事かのように。だけど、この状況どのように変化させようと思っているの? ドアは私の後ろ、鍵もかけている。この密室の中、助けが来る保証もない。むしろ来れたとしても、私は魔女よ? 簡単にはいかないけど?」
それもそうだ。今はむしろ絶対的状況の中に立たされている。だが、俺には一つ策があった。たぶん、誰しもが予想しないことだろうし、何よりこれをすることによって怒られるかもしれない。しかし、これしか方法がなかった。
「俺は、昔の引きこもりとは違う。そして、これからより強くなるために、運をも力にしてやる!!」
ドカ!!
「うっそ!? あの子ここ何階だと思ってるの!?」
俺は窓から思いっきり空へと飛び立った。何かの能力があれば、空中浮遊なんかもできたかもしれない。しかし、俺にはそんなことが一切できない。なぜならば魔法という能力がないからだ。それでも解決策を考えた結果。窓の下の茂みに落ちることだった。森のように木々も生い茂るところ。しかし、方向などを間違えればコンクリートに直下する。でも今できることはそれしかなかった。魔女マリリンに操られるのならば、いっそのこと死んだ方がましかもしれない。そう感じたからだ。
思考がなんだ。能力がなんだ。もう俺には一切考えはない。決断は命運を決めるものだ。食いはあるかもしれないが後悔はない。そして、現実世界のマンションの7階ほどの高さから身を放り出す。
魔女マリリンのその時の顔は聞こえてくる声から察するに想像が容易いなものだった。
そして……
ズザザザ……ドサッ!
ここは天国か、地獄かといった想像をする。そして目が開けれたので開けてみる。
「空は暗いな……」
視界が散漫だ。生きているのかもぼやけてわからない。ゆっくりと自分自身を確かめ始める。
手は動く、明日は微妙、現実っぽいな。痛みはない……
俺は運に勝ったのだ。絶望という状況から抜け出しはしたが、結果的にひどい有様だ。目の前の草木をどかしゆっくりと立ち上がる。
「まじか……これはやばいな……」
苦笑しながら、自分の体を見ては触る。身体のあちこちは傷だらけで、額からも血が滴り落ちているのがわかった。動けるには動けるが、左足は足首から骨が折れているらしく動かなかった。指もところどころあらぬ方向に折れ曲がっているのがあり、服もボロボロ。
しまいには、体に木の枝が付き去っている個所もあった。無理に抜くと出血大量になりかねないことを知ってか抜かずにおく。
ドカーン!!
ドンパチ音がする。痛みに耐えながらも、ゆっくりと音の方に向かう。
そこに広がっていたのは、内戦と呼べるほどの争いが繰り広げられていた。魔女軍と対する何かの軍、緑の軍服を着ていたそれをよくは視認することはできなかった。しかし、必死に戦っていたそれだけはわかる。俺は今ここからどうすればいいのか悩んでいた。下手に出れば、巻沿いを食らう可能性だってあり得る。絶体絶命の状況から抜け出しても、変わらないことにがっかりした。
それでも何としてでも、この場から回避し二人に会わなければと思い動く、しかし、思った以上に体が動かないせいか軍服の兵士に見つかる。
「誰だ!?」
やばい、そう思ったがもう遅い。軍服の兵士は銃を向けてゆっくりと近づいて来た。もうすぐそこの距離までいた。
「魔女軍のものか?」
「いいえ……」
俺は、素直に投降した方がいいと考えた。一筋の希望を添えてゆっくりと目の前にでる。
「なんだその見た目は!!」
「へへ……見たらわかるだろ……逃げて来たんだよ……」
「至急応援を要する! 魔女軍から脱獄してきた者がいる。怪我の具合がかなりのものだ」
軍服の兵士は俺の姿を見るなり哀れみ、すぐさまインカムで応援を要した。たぶんすぐわかったのだろう。敵ではないということが、まあ、爆弾もってるかもしれないということは考えないのかと卑屈にもなってはいたが、助かることが何よりうれしかった。
「肩捕まれ、すぐさま安全な場所へと非難する」
「ありがとう……」
俺の判断は正しかったというよりかは、向こうが自然と救ってくれたと思ったほうがいいのかもしれない。そのまま連れられ拠点に向かった。