第二十二話 価値
今までの戦いとは一味違う。俺は幾度ともそういった争いをしてきた。しかし、今回は……いや、これからは更なる大きなものだと確信せざる負えない情報が多かった。
何より憤怒の魔女ラスティの話していた強欲の魔女、暴食の魔女に関すること。彼女たちがそれ相応のレベルのものであれば、嫉妬の魔女なんかいう存在は小さきものなのかもしれない。そう考えているうちに、不安や恐怖が自然と込みあがってきていた。
だが、それも理解し前に進まなければいけないとそう考えるのも一つだ。この世界を変えなければいけない。それほどにまで、不条理な世界だ。それができるのは俺だけだ。能力は何もないが、それでも難攻不落を突破してきたからこそ、これからも攻略し続けなければいけない。周りの笑顔のためにも、そして何より自分自身の転生してきたことを知るためにも。
馬車に乗り、揺られながら時間は過ぎていく景色は一辺森が多く先が見えないほど闇が深かった。そこから、魔獣がこちらを覗き込んでいるのかと思えるほど不気味さが際立っていた。
今は昔とは違い心強いものたちがここにいる。自称色欲の魔女のクマのぬいぐるみと愛する過去の記憶をなくした色欲の魔女かもしれないフローラの二人がいる。なんとも今までにない心強さだ。魔法という俺には持ち合わせていない力を巧みに操ることができるものが目の前にいる。そして、共に旅をしている。それだけで得れるものは多いし、安心していられる。
ただ、ルークとは違い言うて変な生き物と女性だ。俺の世界では、男性が女性を守る生き物であると教えられているからこそ、腑に落ちないところもある。しかし、考えても仕方ない。嫉妬の魔女や憤怒の魔女と会いそこで知り得た経験則に基づけば、言葉悪いが使えるものは使っておく方が何かと好都合だ。適材適所という理にかなった言葉もあり、それを使う方が望ましいのかもしれない。それでも、いることには変わりない。俺は、今まで以上に心地よい風を感じながらフローラを見つつ今を走り続けていた。
馬車は道なりに進んでいく、運転手は熊のぬいぐるみだ。手慣れた捌きで馬を転がしていく。舗装されている道でも、俺のいた世界とは大きく違う道だ。やはり、がたがたとしていたりと普通乗用車で、ここを進んでいると車体はボロボロになるのではないのか? っと思うほど入り組みや石などの障害物が多い。贅沢は言ってられないが、酔い止め薬なんかあれば最高なのかもしれないと思いつつぼーっとしていた。
俺がボーっとフローラを見るものだから、向こうが俺が見ていたのに気付いたのか、こちらを振り向き首をかしげる。そのしぐさがとてもかわいらしく、俺は頬を赤らめ、少し咳をし、目をそらした。それを知ったのか、こちらによって来る。
「どうしました?」
「どうもしないさ」
思わず返答が素直になれずにいた。嫉妬の魔女以降、彼女との距離が格段に近くなった。だが、それ以上の進展はない。俺の中で納得ができないものがいくつかあったからだ。そのうちの一つに、相手は魔女であるということ。それはつまり、どこの馬の骨ともわからないものとは相容れない。それが強くある。そして何より、俺は自分自身のことだけを考え人のことを、そこまで深く考えれるのか怪しいといったところだ。
ここまで人助けをし、周りからは救世主などと言われるが、それでも俺は自らの意思での選択よりも世界がそれをさせた。と思うところがあり、いかんせんそれが理由で強い自信が持てずにいた。いくら自分自身を励まし次に生かせと行動しようとしても、結果として人間はまた戻ってしまうことがある。
俺は特にそれが強い傾向にある。ここに来る前と照らし合わせると素晴らしく急成長したとは思うが、それでも本質は何も変わってはいないのかもしれない。俺は、なあなあでここに来ている。救っている。そうとしか思えないことが数多くあった。能力があるのか、ないのかそれすら怪しいレベルの俺自身で、ここまで動いたというのが何より素晴らしいことなのかもしれない。周りがそれを知り、行動力として持てるのかもしれない。だが、結果としてすべてにおいて自分に返ってくることはないと思っていた。
我ながら悲観過ぎるほどにネガティブ思考だ。今までの人生が今までの人生である以上、それをぬぐい捨てるには、もう少し時間が必要なのかもしれない。
そうこうしているとフローラから、こちらに詰め寄ってくる。
「暗いですね。これから先のことについてお悩みなのですか?」
「悩みではある。だが、それがどうしても言葉で伝えられないんだ」
「そうですか……なら!」
「お……?」
フローラは俺の反応を聞いた瞬間に無理やり抱き寄せてきた。抵抗虚しく強く寄せてくる。フローラの心臓の鼓動をまじかで聞こえるほどの距離となった。色々な感情が押し寄せてきたが、それよりも驚きが一番増していた。
「こうすれば、言葉発することせずとも安心はできるでしょう?」
「ありがとう。助かる」
フローラ自身は何かを感じ取っている。もともと俺が魔法を使えなかったことを知ってもなお伝えず、伝えたかと思ったら、作戦の一環として組み込んでくる。これほど優れた女性もそうそういない。
俺はそれよりも今感じるぬくもりを逃さず、体の力を抜いた。好きという感情があるのかもしれない。相手が色欲だからなおかもしれない。確信はないが、もしそうだとしたら愛に関することは人一倍長けている。それでも、こうして守ってくれること自体は、良いことなのでないのか? 俺は自然とそう考えていた。
ゆっくりとその時間に吹けていると、操縦者の熊のぬいぐるみはこちらを見るなりにやにやと見つめていた。慌てて、俺は離れ照れる。
「いいなーお二人さん。素晴らしいなーお二人さん」
「ん……」
「ところで、熊さんは何者なのですか?」
「唐突過ぎるね?」
「気になったので」
フローラは何も思わず、熊のぬいぐるみに話しかける。それもそうだ。どこからどう見ても不思議としか思えないフォルムに話まで付いている。自立しているのもおかしなお話だ。
事情自体は知っているが、知っていたらなおさら混乱する。色欲の魔女が二人いる状態だからだ。俺の考えでは、記憶を保持ている方が熊のぬいぐるみで、保持していない欠けた純粋が実体あるフローラだと推測している。事実どうだか知らないが、それで無理やりにでも納得はしている。
熊のぬいぐるみは、首を横に傾げ話した。
「僕もよくわからないのよね。幽霊とだけ思っていただければ、それでいいさ。夢乃あゆむと共に自分自身の本質を知るために同行している。なので、申し訳ないね。事実語れないが本音だ」
「そうですか……それは残念です。私と一緒なのですね」
「そうかもしれないね~ まあ記憶のないもの同士仲良くしようじゃないか!」
「それもそうですね!」
この二人の関係を見ているとなぜか和むように思えた。
そうこうしているうちに疲れがやはり来るので、一度休憩することにした。近くに湖が発見されそこで休息をとる。馬はそこら辺の草を食べ、熊のぬいぐるみは馬車自体の整備をしていた。
俺とフローラは湖を見ながら綺麗な景色が、水面上に映し出す自然現象に目を奪われていた。同時に水面の下まで見えるほど透き通った綺麗な湖であることも同時に素晴らしいとさえ感じた。
二人で隣通しで座っているとフローラから話しかけてくる。
「こういった濁りのない透き通った綺麗な湖、これを見ていると今私たちが住んでいる世界の醜さを垣間見ているように思えます。これくらい綺麗であれば、もっと楽しいのかもしれませんね」
フローラが久々にネガティブに話すものであるから驚く俺。
目の前の湖を見つめるその表情には曇りがあり、この世界と湖の反面的なことに対して嫌悪感があるのだと感じた。じっとしてはいられず、すぐさまフローラに対して返答する。
「俺はここと自分の元居た世界とで違いを考えるが、はっきりいってどこも変わらない。みすぼらしい光景が広がっている」
「期待ができないということですか? 世界変わっても」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。いくら世界が平和だろうが、満たされることはない。いくら便利な世の中になろうが、かえって人は苦痛の毎日を繰り返す日々になるかもしれない。でも、どんな世界であっても良いところは確実に存在するし、何より境界を越えて必要とするものが、俺には理解できた」
「どういうことですか……?」
「愛や絆だ、俺にかけていたことだし、今俺の世界でも問題となっていることだ。それがあるからこそ、存在意義や価値を見出すことができる。何より、お金で買えない唯一のものだ。君にそれを証明してくれた」
「え……」
「なんか、唐突で申し訳ないし、きはずかし……!?」
胸の高鳴り、心臓が飛び出るほどの高圧を俺は食らった。一瞬の出来事だった。言葉を発することができなくなった。それは、今までとは違う。なんとも受け入れがたいものだった。しかし、目の前で起きている。色欲の魔女だからなのかもしれないが、俺はそれを捨て去り、一人の女性として彼女がしてくれたことに感謝したいと思う。
俺は今の発言に彼女の行動が相まって、何かに解放される感覚が俺の中で起きた。今まであった鎖や殻が外れる感覚。彼女は、俺の言葉をすべて聞く前に察したのか、表現なのか、受け入れなのか、自然としてきたのだ。今回ばかりは、今までと違い長く、それでいて安心する時間が俺を包み込んでくる。
そして、俺は一つ気づいたことがあった。終わりその後すぐさま、違う方向を向いたフローラ、涙を流している姿が見て取れた。言葉をうまく発することができないのか、ごめんなさいとこぼしながら、涙を拭いていた。俺は今までしたことがなかったが、男たるもの下手に放置してはいけないと思ったのか、体が勝手にフローラを抱き寄せていた。彼女はそれを知り、自然と腰に手を回し始め。
「ごめんなさい、ごめんなさい。このままお願いします。少しの時間でいいのでこのまま……」
「いいよ。何時間でも付き合ってやる。俺は君が好きみたいだし、放ってはおけないしね。第一に俺の世界では、泣きたいときに泣くのが一番いいって聞いてる。誰もいないし、思う存分受け入れてやるよ」
「うう……」
彼女はそれを聞いた矢先、声を押し殺しながら泣いていた。今までの体験から来る価値、そして意義に関することだろう。記憶がないこと、虐げられていたこと、自虐し、思っていることを表に出さないような性格であるため、言葉を発することもできず、素直な行動ができない。だが、それでも精一杯彼女は、自らのコミュニケーションを俺にとってくれた。俺はそれを素直に受け入れた。
やっぱり人助けも悪くないな……
心の中でそう考え、今の自分の彼女に対する思いと人とのかかわりについて自らで解決した。
そういった楽しい時間はすぐさま過ぎ、フローラはこちらを見るなり顔真っ赤にしてありがとうと答えた。
熊のぬいぐるみは、こちらをじーっと見るなり、馬と一緒ににやにやしているのが、すぐさま伝わった。
「いつから見てたんだよ……」
「結構前から見ていたさ。いや~青春だね~いいね~ で、いつ子ども作るの?」
「この世界は、それもはえーのか」
「互いに愛し合えれば、そういうものだよ」
「そうですか……」
フローラは俺と熊のぬいぐるみの会話を見て、クスリと笑って反応していた。
熊のぬいぐるみは、ひと段落が付いたと思ってか、出発の合図を出す。俺とフローラは互いに湖の透き通った水面と映し出される光景を目に焼き付けながら、結びながら馬車へと入る。
馬車は目的地まで出発を開始する。ある程度進み、ようやく崖から見下ろせるほどの位置に国が見える場所まで付いた。円形になっていたその国を見て、俺は自然と何かよからぬことが起きていると思えるような雰囲気を捉えていた。それは今までとは大きくことなったこと。威厳というものを最大限に発動させるために人々の思考を書き換えているからなのか、それともまた違った何かなのか。
その不穏な空気は、俺だけではなくフローラと熊のぬいぐるみまでもが読みとっていた。重いそう感じる光景に誰もが口を開かず進むことを選択した。
これからはより悪戦苦闘な日々がやってくる。それをどのように対処するかは、俺ら次第。簡単に言葉で通じるとは思えない。だからこそ、肝に免じて進んでいった。