第十八話 憤怒
気が付けば、俺はその少女の頭を抱きかかえ泣いていた。大声で泣き苦しんでいた。何も罪のない人をここまでボロボロにしていく魔女レヴィアあまりにも許しがたい、だが俺には何も力がない。
俺が膝を付き泣いている状態に向かって一人ゆっくりと足音を鳴らしながら歩いて来たものがいた。
「久しぶりだな。夢乃あゆむ。俺は覚えているぞ。あの屈辱を、お前は今それと同じものを見ているはずだ。滑稽だな。お前がそこまでボロボロになっているところを見ると、俺もうれしいよ。だから、この場で! なーに足だけさ。脳が生きていれば、それでいい」
嫉妬の魔女レヴィアの従者であるスーだった。彼は俺に憎しみを抱いていたのが見てわかるほど、それくらいに表情が怒りに満ち溢れていた。彼は俺の足を切断しようと片手に魔法を込め始める。
俺はスーの顔を見ながら話す。
「お前らは何もかわっちゃいねー!! スー!お前をあの時殺さなかった意味、それはお前に殺すほどの価値がなかったからだ。お前は一生変わらず、そのままだ。そのまま朽ちていくだけの魔女の奴隷なんだよ!!」
「貴様!!!」
俺は怒りに身を任せ、目の前にいるスーに向かって、後ろにいるレヴィアにも聞こえるほどの怒号でぶつけた。それを聞いたスーは容赦しないほどの高威力の魔法を溜め始めた。
彼も同時に怒りに身を任せた結果なのだろう。スーは一言発してすぐさま俺に魔法を発動した。
「今だから許そう。もう明日はない」
「く……」
終わったと思った俺は、目をつむり少女ミュールの頭を守るように抱きかかえた。今度こそ俺は彼らに敗北を期すのか……短い人生だった。この世界の王は俺に何を求めていたのだろうか? 事象解決なんか言われても、結果としてここまで劣悪な関係を解消することは不可能ではないのだろうか? 俺はやがて音が聞こえなくなった。
ッズシャ!!
「よくやった。夢乃あゆむ、よくぞ守った。あとは俺が何とかする!!」
「くっそ!! 貴様!!」
突然何かが切れる音がした。俺は頭の上で何か別のことが起きていることが瞬時にわかった。何が起きているのかはわからないが、ただ、助かった。それだけが頭の中に浮かんできた。
ゆっくりと頭をあげ目を開けた。するとそこには、ルークとラスティの姿がいた。
「大丈夫ですか!! あゆむさん!!」
後ろから大勢の兵士が俺にかけよってきた。頭を持っているということに対して彼らは、一瞬動揺したがそれをやった張本人が目の前にいる魔女レヴィアだということをすんなり納得した。
俺は兵士に肩を借り無理やり立つことに成功した。胸に少女の頭を抱えて目をつむらせた。
「ルーク、ラスティ」
俺は声にならない声を彼らに発した。二人はそれに気づき、顔を横に向き頷く動作をした。そしてレヴィアに話し始める。
「嫉妬の魔女レヴィア、あなたって人は」
「出てくると思っていました。これはこれは憤怒の魔女ラスティさまではありませんか」
「申し訳ございません。レヴィア様捕まえるどころか、手持ってかれました」
「知ってる。どうせ使えないゴミだと思ってたしなお前は」
「申し訳ございません」
両者互いに見合っていた。こちらから表情をうかがうことは不可能であったが、殺気があることは十分後ろ姿から感じ取れた。このままどうなるのかは、まったくと言っていいほど想像が付かない。魔法の戦いが始まるのか? とも思ったが、事実それが開始される。
「レヴィアさま、倒してきます」
「どうぞ」
瞬時に攻撃を開始したのがスーだった。ラスティに向かって脱兎のごとくかけてくる。姿が見えないレベルの早さになっており、肉眼で捉えるのが不可能だった。だがしかし……
ガキン!!
「ラスティさまには触れさせない。俺がお前の相手をしよう」
「ルークか……」
ルークがすかさず守りに入る。スーは後退し距離を取る。ラスティの目の前にルークは立ち、刀を両手で握りしめていた。数十秒の沈黙が経った途端行動を開始する。スーはまた姿の見えないレベルで移動しルークに向かって攻撃する。
「っち!」
だがそれを難なく刀でかわす。しかし、それはまがい物であり、一瞬にしてきりになって消えた。対象を見失い、どこから出てきてもおかしくない状態になっていたが、突然ルークは目をつむり、刀についた血を振り払う動作をする。
「ふぅ……」
呼吸をする。その後刀を逆手に握り上へと切払いをする。
「くっそ!!」
切られた音がし、そのまま地面に叩き落とすかのようにルークは振り下ろした。
ドガン!!
地面が円状に割れる。その中心にスーがいた。一瞬の出来事に俺も戸惑うばかり。何が起きているのかわからないが、スーはそのまま重い体をあげる。複数個所を痛めたらしく、足取りがおぼつかない。すぐさま後退する。ルークはそれを見るなり話す。
「腰抜けめ、その程度でこの国にやってきたのか?」
「く……さすがは、ラスティの従者といったところか、やっぱ強いわ」
ブオオオオン!!!
「「!?」」
突然スーの後ろから火炎放射の何倍ものレベルの魔法がこちらに向かって発射された。スーは間一髪のところで移動し回避した。その炎はたちまちこちらに向かってやってくる。
ルークでは無理と感じたのだろうか、ラスティが前進し手を前に出し自分の体長の半分くらいの魔法陣が展開される。そこから勢いよく水が放出された。
両方の力は拮抗し、大きな水蒸気とともに大爆発する。煙が徐々になくなり、前方には魔女レヴィアの姿があった。変わらずこちらを見てはにこやかにしている。ラスティはそちらめがけて怒り混じりの言葉を発する。
「どうしてですか!! どうして!? なぜ今自らの従者を巻き込む魔法を放ったのですか!?」
「知らないよ。やりたいからやっただけのお話さ。お前らをつぶせるのならば、一人生贄になろうがどうでもいい」
「自分の従者を何だと思っているのですか!?」
「僕の従者はこんなぼろ雑巾ではない。第一に何ができるのかわからないな。そこの刀使いに魔法を使っても勝てないし、何と言っても魔法を持っていない一般人にすら勝てないとか、欠損を超えて可燃物だ。可燃物は燃やせる。違うか?」
「あなたって人は……」
「まて……今魔法が使えないって……」
俺は嫉妬の魔女レヴィアの放つ一つの言葉に驚き、身震いさえ感じるようになった。
今魔女は確かに”魔法が使えない一般人にすら勝てない”と言ったはずだ。どういうことだ……?
レヴィアは俺の質問に答えるようにして同じことを言い放つ。
「そうだ。今話した通りだ。そこの一般人、夢乃あゆむは魔法が一切使えない。下級生命体であるものたちの日常生活レベルの魔法さえも使うことができない。そんなものに負けたんだ。こいつは!!」
「どういうことです!? あゆむさん……?」
レヴィアが話したあとに今ここにいるすべてのものが俺に向かって視線を向けて来た。俺は、なぜそれを知っているのか? といったことが何より気がかりであり、それに一番恐怖を感じていたのが、今まで魔法が使えるという嘘がばれたということだ。
これが知られてしまえば、どうなるかなんていうのはわかる。何もできない人は淘汰されるだけ。俺の世界での魔女なんていうのは、勝手な妄想ではあるが、あまり良い意味として広まっていない。だからこそ、今この瞬間にすべての立場が逆転した。そのように思えるようになってしまった。
それに追い打ちをかけるかのようにレヴィアは行動を起こした。
「今なぜそのことを知っているのか? といったことをお前はすごく知りたいと思う。だから、僕はこの場でその願いを果たしてあげようと思う。そもそも君に魔法の力がないなんて言うお話、僕もさっき知ったばっかりだ。そう、僕もある意味君に打ち負かされた者の一人だ。さすがだ。夢乃あゆむといったところか?」
「俺は……俺は……」
「夢乃あゆむ、貴様……魔法を持ってないのに俺をここまで……うそだろ……」
俺以上に落胆しているものが目の前にはいた。両手を付き力なくしては上がれないほどにまで落胆していた。その人物はスーだ。彼の顔には、今の俺と同じかそれ以上の絶望の表情をしていた。何かに怯えていたようにもとられることができるその表情を見ては、今の俺とあまり変わらない心の動きがあることがわかった。共感というものなのだろうか? はたまた、恐怖によるものなのだろうか? 詳しくはわからない。だが、ここから先に待ち構えているもので、スーの方が想像が容易につくことが可能だ。
嫉妬の魔女の国に戻れることが果たして可能なのか? そもそも入ることさえ厳しくなり、あの周りが魔獣のはびこんでいる森がうごめく場所に、一人置き去りにされ捨てられるのかもしれない。
その後の未来が予想できてしまうのも、苦渋なのだと俺は思った。
かといって未来が想像できない俺も恐怖や不安がある。ラスティからは事象解決なんか言われていたが、魔法がないことを知り、これからどのような判断が下るのかはわかったものではない。
はっきりいってお荷物には消えてもらうことが利益としては大きくある。俺は気が付けば地面に膝を付き兵士でも抱えることができないくらい重い体になっていた。
ラスティは一度こちらを振り向いたが、すぐさま嫉妬の魔女に向き直した。ルークに至っては最初からその様子が見られなかった。捨てられた。俺はその考えだけが今頭の中に強く漂っている。
やはり能力あるものだけが、どこの世界でも上位に立ち救われないのだろうか? 今の俺は本気でそう考えていた。
声にならない声で、俺は……としか話せないのをいいことに衝撃的な追い打ちをレヴィアはしてきた。
「これでラストだ。お前はより地獄を味わうのが良いと私は思う。さて、これを見てどのように判断するかな? でてきな。ミラ……」
ミラ……? 今レヴィアは確かにそういった。ミラというの言葉に覚えがある。確か前……
「なんで……なんでだよ……なんでよ……フローラ……」
俺の目の前に現れたのは、嫉妬の魔女攻略の際に一緒にいた。フローラの姿だった。彼女はこちらを睨みつけるかのようにして、お辞儀をした。
俺はこれでもかというほどに絶望をした。今までの考えや活動が何もかもが無駄であったということや秘密にしていたことがばれたこと。結果として俺は頭の中が真っ白になってしまった。
「あははは!! 素晴らしい! 今日だけで何回僕はこの至福の快楽に合うことができたのだろうか? これは今までにないものであり、なおかつアーロンやリアム惨殺と同じかそれ以上のものだ。はぁ~だけど悲しいな~ここまで来てしまえば、今までのようなお遊びでは満足いかなくなる。そうだろ? ミラ?」
「はい、なのでこれからはこの私があなたの従者としていますので、平気かと思いますよ」
「遊びもお前と共にしてみようか。それでいい。この可燃物とはおさらばだ。あははは!!」
「なんで……なんで……フローラ……」
俺は足取りがおぼつかないまま、目の前のフローラめがけて歩き始めていた。理由を知りたかった。とにかくどうしてレヴィアの味方についたのか? それだけが知りたかった。
目の前の両側にいたラスティやルークの制止さえも振り切って、俺は走り出していた。だが、その足ではすでに思うように前に進めなかった。何もないところで躓き倒れた。
俺はひたすら、なぜと繰り返し発しているだけだった。それに気づいたのかフローラはこちらに歩みよってきて放つ。
「夢乃あゆむさん。あなたが人に嘘をつくように、私も嘘をつきます。私は魔女の味方です。あなたの味方ではありません」
俺はその一瞬ですべての時が止まったかのような体験をした。後ろではレヴィアの甲高い笑い声が聞こえてくるだけだった。絶望に絶望をし、いつしか視界が真っ暗になっていた。
気絶していたのか、はたまた現実逃避を体からしてきていたのか、俺にはわからない。
ただ、もう目を開ける気もなくなっていた。様々な絶望が今この一瞬で起きたことによる心身の喪失があり、自分でもわかるくらいに疲弊していた。体ではなく精神が。
体には目立った外傷はなく問題はないが、精神の壊れ方が異常をきたし、それによって免疫も低下、体の至ところに痛みが生じる。
その後レヴィアは満足したようで、自らの国に帰った。ラスティの国はかなり痛手を負ったらしく修復に時間をかなり使った。
俺は何も感じず何も考えず。ただ、そのまま寝込んでいる状態が何日も続いた。自らそうしていたのかもわからないが、目を開けることを拒んでいるようにし、そのまま時を刻んでいった。