第十二話 事実
「待っていた。夢乃あゆむ」
目の前にいる魔女にそう言われた。選ばれしものということや待っていたということ、つまりは俺自身を彼女は知っているということがわかった。だが、俺は彼女を知らない。混乱のさなか魔女は次のように話す。
「ここでは気が休まらない、別のところでルーク含めて三人で会話するとしよう」
そう言い、俺はルークに導かれるままに別室に案内された。そこは現代でもよくあるような社長室のような作りの場所であった。高貴とも言えるその風景に俺は圧倒されるばかり、ソファーもこの世界に存在しているのも含め、何もかもが今までと別次元の領域に存在していると感じる。
国が違えば、ここまで文明の発達も変わっていくのか……
俺のいた世界とは何ら変わり映えのしないような光景、嫉妬の魔女討伐の際に共にいた。アーロン、リアム、フローラの三人にも来てほしかったとさえ思えてくるほどだ。
俺がソファーに座り、ルークは別の扉からやってくる魔女のお供のような感じで導いていっていた。
魔女が俺の目の前に腰かける。机を挟んだ状態になっている。ルークはその後ろに立っている。そもそも彼が何者かというのは、薄々感づいてくる。たぶん、魔女の従者だろう。
メイドが持ってきたココアを少し飲み、魔女は話始める。
「今までの旅ご苦労だった。まさか、最初が嫉妬の魔女のところだとは思いもよらなかった。非常に申し訳ないことをした」
「何を話しているのかさっぱりなんだけど、俺をこの世界に呼び寄せたのはあなたなのです?」
「厳密にいえば、違う。だが、君がここにやってくるということは誰もがわかっていたことであり、誰もが喉から手が出るほど欲しい存在でもあった。それを複数の魔女が守り抜いたのだ」
「余計わけわからないんだけど、俺にわかるように説明してくれないか?」
「あはは、すまない。その前に私の名前から伝えよう。私は憤怒の魔女、サイス・ラスティ。こちらが従者のルーク、これからは共に助け合うことを誓う」
「俺は夢乃あゆむ。知っているだろうけど、この世界ではないところからやってきた」
憤怒の魔女、サイス・ラスティ、やはりルークはその従者であった。魔女の見た目は少女と言えるような背丈であり、顔立ちだ。髪が薄水色であり腰まで長く垂れ下がっている。手入れをしているというのがわかるほどに、髪が輝いて見えた。ただただ幼さというのが一番顔に出ているし声のトーンも、例えるのならば小学生高学年レベルだ。ただ口調やしぐさに関しては、大人顔負けのレベルで、俺は終始緊張の中にいる。
これは、嫉妬の魔女とは違った種類の緊張の仕方だ。特に憤怒の魔女は、白と水色を基調とした服装をしており、城も大体がそれに沿って作られている。憤怒であれば、もっと赤赤しいものだと想像するだろうが、まったくもって違う光景が目の前に広がっていた。
憤怒の魔女、サイス・ラスティは俺が別の世界から来たことを知り、事情も知っている。俺の知らないことまで知り得ている。俺はすぐさま、この世界に来たことに対して尋ねた。
「一番最初に聞きたい。俺がこの世界に来た理由を」
「焦るものではない。ゆっくりとお話をしようではないか。まだ時間はたくさんある」
「まあそうだけど……」
魔女の回答に腑に落ちないでいる俺。何か手の平の上で転がされているそんな感じを今味わっているとさえ思えてくる。何が見えて何が見えてないのだろうか? そもそもすべてが見えているからこその余裕なのだろうか? 考えれば考えるほど謎多き人物だ。
「お主がこの世界に来た理由は、この世界のこれから来る《事象》解決ができるからというのが大きな理由であり、私たち魔女と従者もそれに立ち向かわなければいけない」
「事象? そういえば、嫉妬の魔女の時にであった子から、魔女も従者も元はそんなに力を持ち合わせてないとかいってたな。どういうことだ?」
「私たち魔女やルークたち従者は、元は普通の人だった。単純にそこらにいる人々と同じように魔法を日常生活レベルで使えるものだった。しかし、突然大きな光が流れて来た。それにぶつかったものが、全員このような大きな魔法を持つようになった」
サイス・ラスティはそう言い、俺に手の平にゴルフボールくらいの水の塊を召喚させた。魔法というものを本格的に見た瞬間だ。嫉妬の魔女やその従者スーでも、同じようなものは見たが、ここまで本格的に見たことは今回が初めてだ。
やはり、魔法というものは素晴らしい。光に乗って彼ら彼女らにぶつかり力を与えた。それだけでも超次元の世界になっている気がするのだが……
「魔女や従者は力を得るのが、非常にまばらでな。一番最初に力を得たのが放漫の魔女ルーシィであり、最後が私になる。下手すれば、嫉妬の魔女の従者スーよりも私は魔法歴は若いかもしれないかな」
「驚きです。ただ、その光は誰がやったのかは、わかっていたり?」
「魔女や従者は、その光と共に手を取り合い事象解決するべし! と夢の中に出てきた少女に言われたのだよ。同時に名前は当時でていなかったが、救世主というもう一人がやってくることを話された」
「それが俺なのか……」
「可能性としては非常に高い。もともとこの世界にいないというのが何よりの証拠になってしまう。ただ、魔女七人、従者七人というのが夢の少女が話していることだから、君は誰かの魔女の従者になるというわけだ」
まじか……俺はそう小声でつぶやく、まさか魔法が使えない俺が、誰かの従者なんていうことがあるとはおもわなかったからだ。
そもそも普通に日常レベルの魔法が使えない従者をどこの魔女が欲しがるっていうんだよ。知ってて放置している可能性も高いのかもしれないな。魔法使えないということを。
自ら裏切りを勝手に想像して落ち込むが、サイス・ラスティの話はまだ続く。
「俺が来た理由も嫉妬の魔女たちも、これから来る事象解決のためのもの。何なんだそれ」
「事象というのははっきりとわかっていない。しかし、今現時点で来られれば、いくら君という救世主が来てもなすすべなく終わってしまう」
「どういうことだ?」
「簡単なお話さ。放漫の魔女ルーシィは現在凍結中だ。だから全員が一丸となって事象解決をする目的を遂行することはできない」
「なんでだよ。一番最初に手にしたということ……まさか俺か?」
「あたりでもあるし、外れでもある。過去に魔女同士の争いというのが起きてしまってな。それが一度ではなく、いくつもだ。その中で魔女ルーシィは魔女制約を付け、他の魔女が抗えないほどの強い力で縛り上げた」
サイス・ラスティの話すことはつまりはこうだ。
強大な魔法というものを得たばかりに、自分勝手に行動し騒ぎを大きくし、最悪な結果が続き、最終的にルーシィの堪忍袋の緒が切れ、縛ったというもの。
そのうちの二つが異常なまでに大きなものであり、一つは特定の魔女同士での戦い、正義と悪のような感じだ。もう一つが俺という存在に関する戦い。
俺という存在が来ることが確定している状態であるため、誰が人権を持つか? 誰がそれをうまく使えるか? といったことで争いになったそうだ。
正直傍から言わせれば、非常に嫌な戦いではあるが、それほどにまで俺対する期待や欲が強かったということがこの話を通してわかった。そして、他の魔女たちは俺の力を知らない。それゆえにその戦争は激しさをより増すことになり、最終的にルーシィが魔女条約なるものを作り、他国介入や魔女同士の争いを全面禁止にすることにした。
サイス・ラスティは、特定の魔女同士の争いの話になると声が震え始めてくる。俺はそれに気づき、困った顔をしつつも彼女を見つめる。
「魔女同士の戦い、君が来る前のお話で、七人の魔女が何分割に別れ争いが始まった。それは非常に大きなものであり、君をめぐるものよりも大きなものだった。こちらは私、ルーシィそして一番仲良くしてくれた色欲、怠惰の魔女が付いた。相手側には暴食、強欲、嫉妬の三人が集結し、争った。結果としては、両者ともに疲弊し、終焉となった」
「えぐいな……」
「その後終わったかと思った戦いは実は終わってはなく、三人の魔女は裏で秘密裏に小細工をしていた。結果としてルーシィは深手を負い、怠惰の魔女は外に出ることができない魔法をかけられた。私は当時強力な魔法を得て月日が経っていなかったこともあり、見逃され、アスモがすべてを背負った。唯一といってもおかしくないのかもしれないが、彼女はこれを機に行方をくらましている」
「魔女は国を作ったと、なら色欲の魔女が統治する国にいるんじゃないのか?」
「今その国は、私が見ているよ。どこにいるかもわからない。もしかすれば、もうこの世にはいないのかもしれない。大切で、かけがえのない、私からすればお姉ちゃんのような感じだった」
「そっか……それはきついな……」
結構な大事ということだ。ということで占めてはいけないのだと俺自身思うのだが、あまりにも大きすぎて、脳内の処理がそこまで追い付かないでいた。あまりにも壮絶な戦い。聞く話だけで、現場はもっと悲惨なものだったのだろう。みなそろって世界の事象を解決する。これを願って魔法を渡されたにもかかわらず、自分勝手に争いか……俺も魔法を持ったらもしかしたら可能性としてあるのかもしれないのかな……
俺は、実世界での宝くじを当たった感覚となんか似ているのかもしれないと少なからず思っていた。しかし、そんな簡単なものでもなければ、難しく考えても意味がないとさえ思う。俺自身、それを聞いてよく嫉妬の魔女討伐ができたな。と心の底から思えた。
ただ、一つ俺の中で新たな疑問が一つ浮かんでくる。
「一つお聞きしたいのですが、魔女は死ぬことはあり得ますか?」
「……?」
かなりぶっ飛んだセリフを吐いてしまった。だが、それが聞きたかった。どうしてだろうか? いや単純なお話だ。どこかの誰かさんが、魔法を渡し事象解決に乗り込めと話す。それは全員の力を一つに! というのが何よりの条件になっていた。だからこそ聞きたいことだった。
魔女は実際死ぬのか? ということを、下手すれば嫉妬の魔女を殺したことにより、事象解決をすることができなくなってしまうのではないのか? といった不安だ。
同時に、俺は悪寒がする。なぜだろうか、もしかしたらという可能性のお話だ。俺はもしかすれば、あり得ないことをし、絶望をもたらしたのかもしれないということ。
嫉妬の魔女を倒すのならば、俺はまだいいとさえ感じる。だが、もし彼女が生きていたのなら……あの攻略はすべて裏から意図を引いていたものだとしたら、アーロンやリアム、フローラは……
サイス・ラスティは俺の顔色が悪くなっていることに気づく。
「何かあったのかい?」
「俺はここに来る前に嫉妬の魔女討伐をしていた。それがもし魔女を殺すことができないのならと考えると、一緒に攻略したものたちの命が危ないと……」
俺の焦りを感じたのか、落ち着かせるように言葉を発する。
「確定ではないけど、嫉妬の魔女レヴィアは、遊びがとても大好きな少女です。討伐をしたということならば、それも意図を引いていたことは確実にある。だけど、待ってほしい。今君がいったところでどうなるというんだい?」
「だけど、俺は攻略を共にした者たちの安否を……」
「平気だ。今は平気と考えること。同じ攻略組であるのならば、そう簡単にやられることはないでしょう。今君がここにいることが何よりの証明さ」
「そうだけど……」
「先ほどの回答をしよう。魔女が死ぬかどうか? であるのならば、答えはNOだ」
「なら! 余計に!!」
「まて! 夢乃あゆむ!」
俺の慌てふためく様子に、今まで何も話さなかったルークが制止の言葉を発する。
「夢乃あゆむ、君には助けられた恩もあり、あまり言いたくないが、今がどういった状況なのか? を少しは考えてみてくれ。情報がなければ、人は動けない。やみくもにかかっても、解決の意図は見えてこないものだろう?」
ルークは優しくこちらに向かって話す。俺は仲間を思うあまり、躍起になってしまうタイプなのかもしれない。俺の人生の中で、躍起なんていうこと起きたのそう何回もないのにっと内心笑いが込み上げてくる。
落ち着いたように見えたのだろうか、サイス・ラスティは話を続ける。
「私たち魔女は力を得てから、年などの成長、怪我や病気に対する治癒力が非常に高くなっている。君はどのように嫉妬の魔女を倒したのかわからないけど、心臓刺しただけでは私たちを倒すことは不可能だと思ったほうがいい」
「ただの不死じゃないか……」
「そう。不死よ。不老もある。不老不死、幼さも変わらず、私はこの見た目のまま強大な魔法を持つようになったのよ」
「だから、嫉妬の魔女もあんな小さくなっていたのか……」
選ばれしものという光を落とされ、彼ら彼女たちは、力を得た。それは不老不死ともなるものであり、同時にどんなものでも治癒できるといったものだった。あまりにも深いものや吹き飛ぶ、粉々にしない限りは永遠と続く命、魔女という存在に恐怖さや強靭さが、サイス・ラスティとの会話で知ることができた。
非常に知り得ないことを知り、俺はこれから先に対する不安や恐怖がさらに増していくと同時に、心強い味方が他にもいることも知ることができた。
一人ではないし、俺自身これでいいのかもしれない。そう考えることができるようになった瞬間だった。