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やつは聴覚が非常に鋭い。ならば、今手に持っている小銭を至る所にぶちまけながら、ゆっくりと進む。これさえすれば、下手なことをしなければつけるはず。そう思い、実践する。
チャリン! ドガアアアン!!
思った通りに攻撃を放ってきた。俺はそれを使い敵の近くまで忍び寄った。しかし、ここで大きなミスをおかす。同じく小銭を投げた矢先、突然もっていた小銭を茂みに落としてしまう。
ドガガガアアアン!!
「……あっぶない」
投げた小銭と別の小銭めがけて攻撃が放たれてきた。間一髪のところで多少なりともかすりはしたものの、木はそもそもが棘があり、左手はその衝撃により血だらけになる。痛みを我慢しながらも、その作戦が通用しないことに気づく。小銭を落としたからではなく、単純に目の前が草原だったということ。身を隠せる場所もなく、草原である以上、音は確実にする。見たところ、本体までは残り100Mほど。現状傷がある以上、思い切って行動をするのはできるのだろうか? 俺はそう考えてしまう。しかし、化け物は何かを感じ取ったのか、挙動が変わる。俺は一瞬にして青ざめる。
「俺の場所をわかられた……」
一つ大きな勘違いをしていた。化け物は五感が使えないのではなく、あくまで聴覚以外が鈍っているだけに過ぎなかったのだ。100M前で、化け物の顔は明らかに俺を見入る。相手は確実に獲物に狙いを定めたと確信した。
「ここまで来たのに……」
俺は唇をかみしめ、座りながらも、相手の顔を睨みつける。諦めモードに入りかけた途端。頭がものすごいスピードで回転し始める。
血だらけの左手には携帯が握られており、顔は動かさず、目だけで画面を見ては設定をする。ただボタンを押すだけの作業がこんなにも緊張したことは、この世界だけだと感じる。
そして、携帯を前方に投げる。
コン……
茂みの中で、携帯の落ちる音が聞こえた。たぶんこれは、幻聴の一種なのだろう。化け物は、俺の動作と共に木を使って左側めがけて伸ばしてきた。回避しようと飛んだが、遅く。
「ぐっ……!!」
衝撃で地面に倒れる。肩の肉部分は持っていかれ、白い部分が露出しているように見えた。力を入れることが出来るが、それがなぜできるのかはわからないでいた。同時に、俺は腹の違和感も抱く。
「嘘だろ……」
無理がたたったのか、お腹からの血は先ほどよりも流れているように思えるほど滴り落ちてきていた。さらに、追い打ちを食らうかのように、視界が散漫になっていく。血を流しすぎたのか、朦朧としていた。身体は立ち上がることを拒む。痛みは徐々に増していき、激痛へと変わっていく。唇をかみしめてはいたものの、そこからも流れてくるほど、痛みに耐えていた。もはや、どこが痛いのかわからない。だが、俺は、右手にモバイルバッテリーを握る。熱を帯びていたのか、熱くなっているのがわかった。
化け物はこちらが立ち上がるのを知ってか、攻撃を再開するように構えた途端。
ビリビリビリビリ!!
それは警報音のような不安にさせる音だった。音は大音量。俺は携帯を使いアラーム1分前の設定にし、警報音を響かせた。あまりにもうるさく、俺でも歯ががたがたさせるほど、不快な音だった。案の定、目の前にいる化け物は、その音を聞くなり、奇怪な動きをしだす。
「ぐあああああ!!!」
聴覚が鋭いという長所は、こういった場所では短所になりうる。間近で恐ろしい音を鳴らされれば、行動が出来ないことは間違いなかった。俺は、その一瞬を付き、携帯を拾いつつ、50M付近まで進む。しかし、その先は音を聞かないようにと動き回っている化け物の姿のせいもあり、進めなかった。
「ぐああああ!!」
ドガ!!
「ぐああああ!!」
俺はもがく化け物の木に当たり、思いっきり吹き飛ばされる。持っていたモバイルバッテリーが手から離れすうセンチ先に落ちてしまう。取りに行こうと立ち上がろうとした途端。
「あ……」
上がれない。どんなに、力を入れようと起き上がることができなかった。俺はようやく手にしたチャンスに対して焦りを感じていた。
「なんでだよ……なんでだよ……ここまで来て、勝てないのか? 負けるのか?」
アラームは鳴り響くが、それは永遠ではない。もうすぐで止まってしまう。俺は必死に右手を使いはってモバイルバッテリーを手にする。そして、妙な焦げ臭さがしてきていた。
「もうすぐだな……」
右手を使い、左腹に力を入れ無理やり座る。そばに置いていたモバイルバッテリーは、やがて火を噴き始めていた。このままでは本当に爆発すると思い。全身全霊で相手めがけて投げる。
コツン!
モバイルバッテリーは木に当たっただけで、地面に落ちてしまった。先ほどの火は衝撃に消えた。俺はそれを見るなり、言葉が出なかった。
終わった……この言葉が頭に浮かんだ次の瞬間。
ドガアアアアアン!!!
爆発の勢いにより、俺は腰が抜ける。あんなに小さい機械に関わらず、大きな音と共に火が辺り一帯に燃え広がる。たちまち火は、化け物に灯り、登っていく。
「ごああああああああ!!」
声にならない声を叫ぶ。動きはさらに激しくなり、辺りが壊され始める。しかし、それが火を消すよりもくべるようになっており、さらに大きな火へとなっていった。次第に相手は力付いたのか、中央の木もろとも倒れる。
呼吸を整え、俺は寝そべろうとした矢先。
ドスッ!! グシャッ……
「かっはぁ……!?」ビシャッ
大量の血を吐き、腹には枝が突き刺さっていた。目の前を見るとそこには、こちらを向き睨んでいるかのような化け物の姿があった。声にならない声を出し、最後のもがきでもあろうか、俺を突き刺した。空中に舞い上がる。
「あゆむさん!!……」
俺は誰かに名前を呼ばれ、そちらの方に目をやった。そこにいたのはこちらに駆け寄ってくるフローラだった。それも大勢の兵を連れてきて。
顔には呼吸器を付けられ、意識がもうろうとしている中、担架で運ばれる。
フローラとベルルの叫び声、共に他の隊員が必死になって走っているのが目に見えた。
最後に見えた光景は、彼女たちの泣き顔だった。