4.初めての奴隷契約
第4話を投下します。
この辺の話は節としては独立させていますが、一つの流れの中の一部となります。
区切りの部分までなるべく短期間で投稿いたしますので、今暫くお付き合いください。
ネテリアさんへの挨拶が終わると、ダーレス氏は徐に、
「それではこちらの契約書にサインをお願いします。」
と一枚の紙片を差し出してきた。
「これは?」
その紙片を受け取って、覗いて見ると、こちらの文字で色々と書き込まれている様だ。
内容を確認しつつ、そう尋ねると、
「使徒の方々は、我々の様な通常の信徒に秘さねばならない事情を多くお持ちだと伺っております。
我々にいたしましても、協力させて頂く側の立場として、口止めされた物事を安易に漏らす様な
無作法な真似はいたしません。
しかし、何分人のする事、思わぬミスで漏らしてしまう、等と言った状況も考えられます。
そこで有効となるのが、この隷属契約です。
この契約を主となるべき方と交わした者は、契約の内容に沿って主に隷属する事になり、
それが契約に反するもので無い限り、主の命令に逆らう事が出来なくなります。
例えばですが、あなたに従っている際に知りえた物事について、
他者に漏らす事を禁じる事とします。
すると、禁じられた物事に関しては、潜在意識レベルで禁則処理が行われ、
例えうっかりであっても、他者に漏らす事が出来なくなります。
また、意図的に漏らそうとすると、その違反レベルに応じて、罰が科せられる事になります。
例えば、比較的軽い禁則事項への抵触があった場合、
その場限りの軽い痛みや頭痛程度の体調不良レベルの罰が科されます。
抵触の度合が高かったり、違反の頻度が多かったりすると、かなり大きな苦痛が、
しかも状況に応じて断続的・継続的にもたらされる事になります。
更にその種の抵触行為が改められなかったり、明確な意思を持った裏切り行為が行われた場合、
恒常的な四肢や五感の機能不全に至り、
遂には、意識を維持出来ないレベルの激痛や、死自体がもたらされる場合も有る、
と聞き及んでおります。
勿論、この者がその様な真似をすることはございませんが、
この者をあなたの専従に就かせるにあたり、
決して裏切る事が無い事を示す為にも、
この者とご契約を頂いた方が良ろしいだろうと考え、
この様なものをご用意させていただきました。
この件については、ネテリア本人も同意済みです。」
そう言って、彼は彼女の方を伺った。
彼女は、それを受けて、了解済みであると事示す様に俺にはっきりとうなずいて見せた。
契約書に記載されている内容をざっと確認したが、確かに説明通りの内容となっており、内容的にも妥当なものだと思われた。
曰く、隷属者は使役者に隷属し、能う限り尽くし従う義務を負う。
曰く、隷属者は使役者の保護を受ける権利を持つ。
曰く、使役者は隷属者を自らの判断に基づき使役する権利を持つ。
曰く、使役者は隷属者を庇護下に置き、適正なレベルで衣食住の面倒を見る義務を負う。
等々…。
隷属と言う表現がやや気にかかるが、確かに、こちらには秘密にしておかなければならないあれやこれやがそれなりにあるし、こちらに慣れるまで、傍らでフォローしてもらえる、と言うのであれば、それは確かに有難い。
この契約がどの程度拘束力を持つものなのか、現時点で今一つわからないが、少しでも機密保持が容易になると言う事であれば、それは願ったり叶ったりの状況と言って良いだろう。
少しの間、そんな事を思案した上で、契約を交わす事にした。
先ず、契約書の主(使役者)の欄に自分の名前を記入した。
続いて、ネテリアさんも僕(隷属者)の欄に自分の名前をサインした。
更に、彼女はナイフを取り出し、軽く左の親指のはらを傷付けた。
少しして十分に血が滲んで来るのを待って、サインの一部に重なる様に指を押し付け、
ナイフの刃を拭った後で、俺に契約書とナイフを差し出してきた。
そう言えば、こちらでは重要な契約の際に、血判を押す習慣があったんだったな。
確か作法は…、
訓練を思い出しながら、こちらも軽く左親指のはらの部分を傷つけて、血判を押した。
これで契約は終わりかと思ったら、最後にダーレス氏が契約書への記載内容を確認し、
軽くうなずくと、おもむろに呪文の様なものを唱え始めた。
すると、契約書が光を放ち始めた。
この光は契約書自体がでは無く、契約書内で使われている文字が発している様で、
やがて文字は徐々に光を強めながら、
契約書から浮かび上がり、
緩やかに二重の円を描いて契約書の上を廻りはじめた。
光をは徐々に強くなっていき、
最後にひときわ大きく光ったと思ったら、
テーブルの上から契約書は消滅し、
それに換わる様に、
一つの指輪が残されていた。
ダーレス氏は、それを確認すると、
その指輪を俺の右薬指にはめる様に促した。
それに従って、俺が指輪をはめると、
それと同時にネテリアさんの額が強く光を発し始め、
やがて額の真ん中辺に収束する様に消えていった。
光が消えた後、彼女の額には、
円形の紋様の様なものが残された。
ダーレス氏は、彼女の額の紋様も確認し、
大きくうなずくと、
「無事、聖約が成立いたしました。
今この時を持ちまして、ネテリアはあなた様の従者となりました。
彼女はこれからのあなたの暮らしに必要になる事々物々について、十分に承知しております。
確認が必要な事などございましたら、万事、彼女にご確認ください。」
そう言って、何か言い忘れが無いか暫く思案した後、
「では、私はこれにて。」
「ネテリア、後の事は任せましたよ。」
そう、俺と彼女に声をかけて、家から出て行ってしまった。