第二十五話『ナニモオボエテナイ』
「さて。本日お三方に集まっていただいたのは他でもない。シオンのことだ」
話をするための場所として食堂に招かれた三人は、真剣な表情のギュスターヴに何かあったのだろうか、と身構えた。
なお、近くに大きな箱が鎮座していて時々ガタガタ言っていたが三人は気づかない。
「シオンの奴が悩んでいたので話を聞いたわけだが。
あいつと俺達の常識に、かなり大きい違いがあることがわかった」
「「「???」」」
三人娘は仲良く頭の上に疑問符を浮かべる。
ギュスターヴは言った。
「あいつの生まれた国の常識では……結婚する場合、基本は一夫一妻制らしい」
「えっ……」
エクエスが、少し困ったような声を溢した。
確かにそれは――酷な事かも知れない。彼女達は相応の財力や権力を持つ男性が、大勢の女性を娶ることが普通という常識の元で生活をしてきた。実のところを言うと……メーコも、エクエスも、ルコッチャも、一夫多妻制にそれほどの嫌悪感を持ってはいない。
自分以外の女性が増えれば悋気から少しは嫌な顔をするが、そういうものであると納得もしている。
一番愛してくれるのが自分であったならなお良し、だろう。
「それは……つまりシオンくんはウチらの中から一人だけ結婚相手を選んで、他の二人とはサヨナラするつもりなん?」
「そ、それはいやっ!!」
メーコが愕然とした様子で呟き、ルコッチャは慌てて大きな声を上げる。
一人冷静なエクエスが、ギュスに尋ね返した。
「シオンは……なんと?」
「お前の国ではどうかは知らんが、こっちの国じゃ稼ぎがデカイ奴は大勢の女性を娶っても構わないと説得はしたんですがね。
『それだと愛人関係にならないかな?』と言いましたよ」
「あ、愛人ですって!? 失礼な!」
エクエスは憤然と怒りの声をあげる。
……前世の記憶を持つシオンからすれば、正式に役所に届け出て親戚や家族に祝福された『たった一人の相手が正式な妻』。それ以外が愛人という感覚だった。しかしエクエスらこの世界の女性からするとそこは違っている。
正式な妻とは『正式に婚姻のなされた女性。ただし人数に上限なし』で、愛人は『正式な夫がいるにも関わらず、不義密通を重ねている相手』という感覚だ。
エクエスからすれば、『貴方が一番好き』とはっきり宣言したのに。まるで愛情を疑われているかのようで噴飯ものだった。
そして、ギュスは少し口ごもりながら続けた。
「で、もう一つ奴が悩んでいる理由なんですが。
……あいつが三名から逃げ回っているのは、顔を合わせたら返事をしなければならないからだそうだ」
「返事?」
メーコが全員の疑問を代表して尋ねるように首をかしげる。
「――その……奴の故郷の常識だと……『告白を受けたら、付き合うか、告白を断わり距離を置くか、その決断を長くても一週間以内に返事しないと最低な男になる』という常識があるらしいんだ」
「ふぇぇ?! な、なんやのその無茶な常識はぁ?!」
「一週間って……わたし達は別にシオンに返答の期限を切ったわけではないのですよ?!」
「そ、それにその言い方だと……断わった相手とは距離を置かれるってこと?! い、いま、今までどおりの、と、友達でさえなくなるの?!」
メーコが驚きで大きな声を上げる。
エクエスが思わず立ち上がる。
ルコッチャが涙声で呟く。
三人はびっくりした。
彼女たちの告白の観念は――シオンの前世、日本のものよりも、外国での男女関係に近い。
告白をしたならそれ以降はおためし期間の恋人同士。それから相性の一致不一致を探り、そこでウマが合えば正式な恋人となるし、そうでなければ普通のお友達となる。
三人ともそのつもりであった。ボアレス族長の計略でシオンと結婚するということになったルコッチャでさえ、しばらくは相性を見る期間であるという認識だったのに。
けれど彼にとって告白が『付き合うか、友達でさえなくなるか』という厳しい選択を突きつける内容だったとは、想像もできなかった。
「……つまり、シオンくんがウチらとの接触を避けてるんは、その決断ができないからなんよねぇ」
「そういうこった。……で、一応聞くんだが三人とも。
別にシオンの奴が三人全員とまとめて結婚しても構わんのだよな?」
「……正直、そうなると思っていました。
いえ、もちろん他の貴族との兼ね合いもあるので、わたしが第一夫人という形になってしまうかもしれませんが……メーコ、ルコッチャ。そこは構いませんか?」
「シオンくんの傍にいられるんなら、その辺の形式的なことは別にええよぉ?」
「わたしもいい」
こくこくと頷く三人娘に対してギュスターヴは満足したように頷いた。
そして席を立ち、その辺にあった大きな箱をがたん、と開けた。
中には、シオンがいた。
先ほどからの一部始終を聞いていたためだろう。真っ赤な顔のまま正座してぷるぷると震えている。
三人娘はしばし顔を見合わせた後、無言のままで意見を交わすようにこくこくと頷きあう。
そして無言でじりじりとシオンに近づいていった。告白をして、好きだと伝えた直後に避けられていたのだから、なんだか一言ぐらい言ってやりたいのだろう。
シオンは真っ赤なままで何もできない。そのまま一番の力持ちであるルコッチャに後ろから抱きすくめられ。左右からメーコとエクエスに手を取られる。
その時であった。カルサが食堂に姿を現し、青褪めた顔で中を見回す。
「おうギュス。シオン。ちぃっと困った奴が来……あれ? なにしとん?」
「遠くからでも『愛してる』とか『好き』とか『抱き締めたい』とか『三人まとめてでいい』とか『見せてあげる』とか、シオンの奴への囁きが聞こえるだろ、姉貴。
今まではなれていた分を取り返すみたいに密着したがる姪や女性陣からの恨みを、俺は買いたくない」
「せ、せやけど相手はカマスの……」
がっくりとした様子の三人に、ギュスターヴは言った。
「じゃあ、俺が代表して言ってくる」
こうして。
シオン=クーカイは耳元で愛を囁かれ、今まで距離を置いていた事を拗ねられ、なじられ。
手を出してくれるまで許さないとか、優しくしてとか、いじめたいとか、糖分を耳から摂取するような甘いささやきを受け続けて。
前後不覚になった。
そしてカマスのラゴンはギュスターヴに『ほら。あいつ火蜥蜴の氏族から嫁もらったんだ。つまり、その……昼間から、まぁその、なんだ。わかるだろ』と曖昧に言われて。
実に納得したような顔をした後、改めて会談の予約を入れて大人しく帰っていったのであった。




