第四話『公爵のお悩みは尽きない』
塩は生活必需品だ。
まずパンを焼く際に必須なこと。調味料として味付けに使うことに加え、塩漬け肉などでも塩は大量にいる。
冷蔵、冷凍の魔道具も存在するが、大変に高値で庶民がおいそれと手を出せるものではない。
その生活必需品の高騰に頭を悩ませていたフェズン=バルアミー公爵は、ノザルス執事の言葉を頭の中で一から纏め上げる。
「つまり、こういう事か」
事情はこうだ。
普段は高地に住む高地人の一人、ルコッチャが町に降りてきた。
首都であるガランシューでなければ手に入らない品物も多いために物々交換に来るのだ。
主な取引商品は魔獣の皮や爪、加工された魔獣の臓器、活性水。燻製された飛龍の臓腑は珍味ゆえに高値で引き取られる。
ただ今回、高地人のルコッチャは少しでもお金を稼ぎたくて、あまり高く売れないが一定の需要はある岩塩をもってきたそうなのだ。驚くべき体力だ。
もちろん、山奥に住むために情報から隔絶された彼女は連合内部で塩不足と値段の高騰に対しては全く知識がなかったらしい。
ルコッチャは普段扱っている商人にこれら岩塩を卸したのだが……普段よりも遙かに多くのお金を手に入れ、浮かれているところをならずものに襲われたらしい。
「岩塩か」
「エクエス様を通し、話を伺いましたが。十分な量があるそうです」
「ああ、朗報ではあるだろうよ。……現実的でない事を除けば、な」
フェズン公爵は深深と溜息を吐いた。
もしこれが、公爵領の都市の近くであったなら、諸手を上げて喜んだ朗報だ。
だが、連合全体における塩不足を解消するには大規模な輸送部隊が必要だ。しかし、高地人の生活圏は険しい山奥にある。当然、危険で獰猛な魔獣も多く生息している上、街道の整備も行われてはいない。
そして今から街道の整備や魔獣の駆逐を行ったところで、不満の爆発までのカウントダウンには間に合わない。
だが、そんな主人の内心を知ってか知らずか、ノザルス執事は真面目な顔で言った。
「シオン様の設計図の船を、スヴェルナ商会の方々が作っているのはご存知ですか?」
「あ? ……ああ。確かエンジン出力が280パーセント向上するバケモノのような高性能化に成功したのだったな。だがそれがどうした?」
「なんでもエクエス様がシオン様に聞いたところによると……その船は垂直離着陸機能とホバリング機能、なるものを備えているそうです」
フェズン公爵は、忠実な執事の言葉の意味が判らず首を傾げた。
「ある程度の平らな広場があれば、どのような陸地でも着陸させる機能と、空中で止まり続けることができる機能だそうです」
「…………は?」
意味が分からず鸚鵡返しに聞き返す公爵。
「……それは」
言葉が出ない。
元々頭脳明晰で、連合全体の戦略を立て続けていたフェズン=バルアミー公爵はその意味するところを正確に察知した。
そして喉奥から競りあがってくる驚愕を噛み殺すのに集中しなければならなかった。
これは『輸送』における『革命的』な発明だ。
広い場所があれば、どこにでも着陸させることができる船。
それは近くに飛翔船の発着場を持たない各村落を迅速に繋ぐことができる。
それは帝国にとっても、連合にとっても、群島諸国にとっても大いに利益となるだろう。
今回のケースに限っても――空中で制止し続けるという事は、地上に広場がない山岳であろうとも、ロープを下ろすなりすれば物資の提供、回収が可能となるに違いない。
まさしく、連合二度目の危機を救われた事になる。
「と、すればこれで帝国の策略の一つ、塩不足は自給で賄えるとする……」
だが……フェズン公爵はそこで、もうひとつの可能性に気づいた。
「経済執事を呼べ」
「はい。……気がかりでも?」
「ああ」
この懸念が正しいなら、帝国の打ったこの手口は実に巧妙だ。
「群島諸国の経済は……塩田で生産した塩の輸入に、どれぐらい頼っていたか、どうかだ。
我が連合が塩の自給が可能となれば、収入を塩の輸出に頼っていた村落は大打撃を受ける事になるぞ」




