第二話『キケンのケハイ!(上)』
シオンとエクエスが向かった先には喧騒の中心らしき人だかりがあった。
その中心に視線を向ける。
大勢のならずものらしき男達。既に焦った様子で刃物を抜いている。
そしてその真ん中で男達に囲まれた――蛮族然とした褐色の肌の女性がいる。
チョコレートのような肌にうっすらと赤みのさすほっぺた、頭にはキツネ耳の縫い付けられたフードに、紺色の長めな髪。意外に幼い顔立ち。
頬の上に走る、赤い染料で刻み付けられた模様。唇を隠すようなマフラー。あと露出が多い。おへそが出ていてうっすらと腹筋が浮いている。
大腿は太いが、山野を俊敏に駆けることに特化したソレは筋肉の塊だ。
あと特筆して背が高い。僕の知る中で一番の長身はギュスターヴだ。彼は190ぐらいあるだろう。
だが彼女はそれより少し低い程度。そして胸もまた大きい。僕の知る中で一番胸が大きかったのは帝国皇女だったが彼女はそれとどっこいどっこいか、あるいは上回っているだろう。
読めないのは年齢だ。間違いなく成人している……と断言できそうな成長した体つきだけど、不安そうな、困ったような表情は幼い子供のようにも思える。
あれだ。雰囲気としては小中学校時代で、内気で根が暗くて苛められそうな子。背丈も体格も恵まれているから遠巻きにされていそうな明るさとは無縁の、しかしきれいな子。
彼女は周囲を刃物で取り囲まれたにも関わらず……少しだけ困ったように周囲を見ていた。
刃物を抜かれて生命の危険に怯えた様子を見せているなら、僕もエクエスも四の五の言わずに助けに飛び込んだだろう。
だが彼女の困惑は、たぶんそれとは質が違う。例えて言うなら、物の道理の分からぬ子供が包丁を振り回していて、それをどうやって注意したものか考えあぐねているようであった。
彼女にとっては武力で解決するほうが遙かに簡単だろう。大きなお尻の上に吊り下げられた剣鉈と手斧が、無骨な威圧感を放っている。
「あ、あの。やめましょ」
「あ?! ああぁ?!」
「こんなので怪我するなんてつまらないですよ? ほら、そっちの気絶した人も、きっとそう思ってます」
「て、てめぇ……」
「や、山の魔獣と違って人相手は難しいんです……て、手加減」
「こ……の、デカ女がッ!」
嘲る様子はない本心からの言葉らしかったが、男はそれを挑発と受け止めたようだった。
彼女が指差す先には、ならずものの仲間らしい人影がいくつか、地に這いつくばっている。既に数名叩き伏せられた後だったか。
たかが女一人相手と侮った獲物の思わぬ抵抗に腹を立てたのだろう。男達は険悪な視線を強めるばかり。
「あの子、高地人ですね。きっと山奥から降りてきたばかりなのでしょう」
「んん?」
僕はそこでようやく……僕の考える天上人と、エクエスのいう高地人の差に気づいた。
そりゃそうか。普通に考えれば、高いところに住む人という意味なら、山に住む意味で考えるのが普通だよな。まぁそれはそれとして。
「助けよう」
「正直不要でしょうけどね。分かりました」
エクエスの言葉に僕はん? と首を傾げる。
そんな僕の不思議そうな様子に、エクエスは「ああ。そういえば記憶があやふやとメーコが言っていましたね」と納得してくれた。
助けが不要……といえば、そうかも知れない。
蛮族の彼女は周囲をならず者に囲まれているというのにまるで怯む様子を見せない。むしろ気圧されているのは周りのならず者か。
しかしエクエスのこの磐石の信頼はなんなのだろう。
「シオンは頭がいいのに、時折初歩的な常識を忘れますよね。
……いいですか? 彼女は高地人ですよ?
そしてマナの基本的な振る舞いは『マナは高い位置であればあるほどその密度を増す』のです」
「あ」
「ハイランダーは伝説には『火を吹き、黒煙を操り、剣爪で鎧を引き裂き、雷を発する』とまで言われた人々です。普通の人と同じに思う必要はありませんよ?」
それで納得できた。
あの高地人の肉体に作用しているのは、かつての僕と同じことだ。
高密度のマナによって生み出される水を産湯として浸かり、高地の水で生活をすれば肉体は豊潤なマナを取り込み続けることとなる。それは地上に住んでいる人間よりも優れた能力差として現れるのだ。
「そう言うことか」
「ええ。……そこで止まれ、何の騒ぎですか!!」
エクエスが制止の声をあげる。
恐らくは……ならず者たちも彼女が自分らの手に負えない相手であるとうすうす気づいたのだろう。制止の言葉に……むしろほっとした表情を浮かべたのはならず者たちのほうであった。
「ひぇっ、『凍光』エクエス?!」
「飛翔甲冑がない今なら倒して武名を上げることができるかもしれませんよ。試しますか?」
「めめめ、滅相もない!」
魔女騎士は軍のエリートでもある。飛翔甲冑がなくては戦えないような柔な鍛え方はしていない。
エクエスのほうは男達の武装を解除し、また駆けつけてきた衛兵の指揮をし始めたらしいので、こっちの蛮族然とした子は僕が面倒を見るか。なんだか不安そうにきょろきょろしてるし。
そうだ。僕は既に成人男性なのだ。エクエスに頭を撫でられるのが似合いの子供ではない。見てろよ高地人のお姉さん。大往生したお爺ちゃんにしか醸し出せない大人の男性オーラと今世で培った男パワーを見せてやる!
そう決心すると、僕はお姉さんに話しかけるのであった。




