第十五話『事業主は冒険したい』
冒険者という職業がある。
危険な場所や領域に複数名の特殊技能者で固めたチームで侵入し、貴重な『王国』時代の物品を回収したり、危険な土地を行く隊商の護衛をしたりするお仕事である。
細かく分類すると、古代王国の遺跡を探索する探索者、魔獣や盗賊から道中の安全を守る護衛者、町や旅人に危害を加えると考えられる魔獣を積極的に狩り、体内の核である魔石を集める狩猟者。
チームの人数はだいたいが四名から六名ほど。商業ギルドの一部門である冒険者ギルドはかなり大きく、帝国と連合の双方に支部を持っている。
上に行けば行くほどにハイリスク、ハイリターンを地で行く仕事であり、貧農の子や貧乏貴族の次男三男が一攫千金を求めてこの仕事に就くことも多い。
僕の慣れ親しんだファンタジー小説と同じように、500年前、冬の衣によって滅亡した古代魔導王国の残した遺跡は世界各地に散逸しており、その中には一攫千金を狙えるものが眠っているという。
満天の星空の中、僕は屋敷の屋根の上でザスモーのヘッドセットに内蔵された通信機に話しかけながら首を捻った。
「ねぇモモ」
『はい。なんでしょう。シオン』
「冬の衣によって古代魔導王国は滅亡の危機に瀕した。それから文明を守るために天蓋領域に打ち上げたのが、『冬の衣』調査用航空母艦<ムーンボウ>なわけなんだよね?」
『はい』
「でも、話を聞くと……古代魔導王国は冬の衣から逃れるため、地下に避難施設を……それも、相当巨大な代物を幾つも建造していたらしいんだ」
冒険者という職業。
彼らは古代魔導王国時代の末期に建造された地下施設……通称ダンジョンを探索する。
「内部に怪物などが存在しているのは分かる。……生き残った人々はお互いに反目し合い、自衛のために怪物を放ったんじゃないかな。それらが500年の時間を経てダンジョン内で独自の生態系を維持するに至った」
『ありえる話です』
「……じゃあどうして……たった一人でさえ、古代魔導王国の知識を引き継ぐ生存者が未だに現れていないんだろう?」
『…………』
モモは沈黙で答える。
そう、そこが不可解だった。
古代魔導王国は、極めて高度なテクノロジーを持っていた。それこそ、技術の一部は僕の前世より進んでいたぐらいだ。
天蓋領域を浮遊するムーンボウで完璧な自給自足の仕組みを築いた古代人が、地底の奥底で完璧な自給自足を行えなかったはずがない。
ダンジョンが冬の衣から身を守るための防護シェルターであったなら、なぜ一人さえ発見されていない?
「何より……ダンジョンの最深部を踏破した記録があるのに……なぜ、遺体が発見されていないんだろう」
『謎ですね……』
そう……ダンジョンのあちこちを探索したにも関わらず。
未だに古代王国人の手記や機材があったのに、遺体も、墓も、一つも見つかってはいない。
それは古くから続く謎の一つらしいのだ。
しばしの沈黙の後、モモが口を開く。
『シオン。ところであの金貨は役に立ちましたか?』
「余計なオマケ付きではあったけど、十分にね。
……モモが教えてくれたダガー術。あの創始者はグラーヴィオって言うんだ?」
『はい。彼は優秀な大魔術師でありながら、驕り高ぶる事もない人格者でした。わたしのダガー術におけるモーションデータのすべては彼の教えが基礎となっています』
「……そんなに優秀なら、やっぱり<ムーンボウ>に乗っていたんだ?」
『いいえ。候補には挙がっていましたが、彼自身はそれを固辞しました。
あれほどの人物を存在抹消刑に処すなど……当時の王国はやはり追い込まれていたのでしょうね』
それも、そうだろう。
<ムーンボウ>に乗るという事は、大地に住まう大勢の人々を見捨てる行為に他ならない。
人格的に優れた人なら、断わるのも当然の話だろう。
『それはそうとして、シオン』
うん? なんだかモモの声に不穏な響きがするぞぅ?
『……貴方は若旦那と呼ばれているそうですね』
「なんでわかっ……ハッ?!」
しまった誘導尋問に引っかかった! だがなぜメーコちゃんを中心に広まった僕の仇名をモモが知っているのか。
『通信機の感度を最大に、音を解析しました。シオン、迂闊ですね。ザスモーの設計は貴方のものですが、実際に無人機械を使って製作したのはわたしです。わたしの音声で遠隔操作できるように仕掛けました。
……母代わりのわたしに一言も相談もせず、婿養子に納まっているとはどういう事なのですか!! 一度きちんと結婚の報告のため挨拶にくるのが筋でしょう!!』
「挨拶する事はおかしな事じゃないけど無理言うなよ!!」
そんなに気軽に天蓋領域にいけないから今頑張って技術開発してるんじゃないか!!
『貴方のお兄さんも複数人の妻を娶り、子を成したというのに一度も母代わりのわたしに挨拶をしてくれません』
「帝国初代皇帝もそんな無茶振りされるなんて思ってもみなかったろうよ!!」
『エクエスとクラウディアでしたか? ……あの子の血を引いているなら、叶うなら一度お会いしてみたいですね』
そういやモモも、おっぱい大きなデザインであったがあの二人も大きかったなぁ。
帝国初代皇帝の家系は巨乳なのだろうか。
「ま、頑張って実家に行くよ。待っててね、モモ」
『はい。出来れば生きているうちに帰ってくださいね、シオン』
「冒険者になりたい」
「なんでなんよぉ?!」
僕の唐突な発言にメーコちゃんが声を上げている。
あくる日の朝、スヴェルナ商会の入り口でそうのたまった僕にメーコちゃんと、後ろからやってきたギュスターヴが話してくる。
「あー。お前今まで冒険者って仕事があると知らなかったんだよなぁ」
「10フィート棒買ってきたよ!! これでトラップもあんしん!!」
「お前、時々誰にも意味の分からん事でテンション上がるよな」
僕は今きっと、瞳がキラキラしているのだろう。
幼きあの日、同級生と共にサイコロ転がして一喜一憂した青春の日々が蘇る!
冒険者だぞ冒険者! ダンジョンの中でモンスターと戦って財宝を盗むんだ!
「もう、シオンくん。あかんよぉ、シオンくんは若旦那なんやで?」
「若旦那っ! 奥様の仰るとおりです! 軽はずみな事はお止めください、若旦那!」
メーコちゃんが自分で巻いた噂を言い、面白がったギュスターヴがしきりに若旦那と連呼する。
だが冒険したい、冒険したい……いや、ほんとは分かってる。そんな事をする意味がない事は。
先日、契約を交わしたバルロフ卿からは早速お金が納入された。白金貨一枚だった。
つまりあそこで15枚の白金貨での取引に応じていれば、一年と三ヶ月分で得られる金額と引き換えに権利を失うところだった訳だ。
『えぐいわぁっ、大商人めっちゃエグイわぁ!』とカルサさんが渋い顔をして声を上げていたのが印象的であった。
そんな訳で、毎月大変な金額が入ってくる僕は……正直冒険者として生計を立てる意味がないのだ。
「でも冒険がしたいんだ……サイコロを振って遊んだあの時代を追体験したいんだ!!」
「じゃあ雇うか」
ん? 僕の疑問にギュスはかなり呆れた様子ではあったものの……目の前に座って提案を続ける。
「ぼきゅは冒険者になりたいのだー、金はあるからお前らぼきゅをまもれー……って、言って、現職の冒険者を護衛に雇って『冒険者体験ツアー企画』に参加するんだよ。なんかの英雄譚や冒険譚を読んで変に触発されたどこぞの貴族の頭の悪い餓鬼が時々参加してるぜ? 冒険者ギルドにとってはもはや定例行事だ。手馴れた様子で叶えてくれるだろうよ」
「ギュス……君、僕の事を苦労知らずな金持ちのボンボンの頭の悪い我侭みたいだと言いたいのか!
……その通りだな」
ギュスの皮肉った言葉は、僕の意識を冷静にさせる効果があった。
いかん。慣れ親しんだファンタジーの実地経験を行えるかもと思ってワクワクドキドキしてしまった。
しかし無用の危険を犯してまでそんな事をする意味がないと思えば……探究心もしおしおと萎んでいく。
感情は『めっちゃ冒険したい!』と思っていたが理性は『そんな事する意味がない』と答えているのだ。
「ふむ」
僕は椅子に座って考える。
冒険者、冒険者。
僕は天蓋領域から地上に降り立ち、もう既に一財産築いてしまった。フェズン公爵からいただいた報奨金と、無重力金属の製法、その二つ。
しかし、金はあって困るものではない。
とにかく前世であっては嫌いな酒の席にも付き合ったし、物覚えの悪い官僚や素人に航空機の事を細かく教えてやりもした。それもこれも予算を引っ張るためだ。
それからすれば、自分で金策する事の何が悪い!
夢の実現とは、たいていお金がかかるのだ!!
「よし。手紙を書こう」
「はぁい。ウチが書くんよ」
メーコちゃんは今やご両親公認の僕専属の秘書みたいな扱いになっている。
実際彼女ほど数字に強い女性は前世でもそうはいなかっただろう。僕の事を既に恋人のように扱うのは困ったものだけど。
「あて先はバルロフ卿に。文面は……『冒険者のダンジョン探索を支援するのに有効な機械の生産に成功しました。もし興味がおありでしたら、信頼を置く部下の方を派遣していただければご説明できるものと思います』。これを失礼のない、当たり障りのない文面でお願いします」
「はぁい。……でも新型技術ってなんかあったかなぁ?」
メーコちゃんが首を傾げるたび、相変わらず綿毛みたいなふわふわ髪の毛が揺れる。かわいい。
僕は頷くと……スヴェルナ商会の私物置きの中に鎮座させていたソレに命令を与える。
軽いローター音と共に、箱の中から浮遊するもの。
「とりあえず、ドローンを売り込もうと思う」




