第二十二話『まず、何から話そう』
「ところで、な。シオン」
「なんだ、ギュス」
僕は真剣な表情で話しかけてくるギュスターヴに尋ね返す。抓られた頬を押さえながらだ。
「おまえはこれからどうするつもりなんだ?」
「お金を稼ぎたいな」
大変率直で、かつ本心の言葉を聞きギュスターヴは苦笑した。
「そいつは心配要らんだろうよ。何せエクエス嬢を助け、魔兵の群を退けた。俺の姉貴も娘であるメーコを助けられたんだ。連合、帝国、スヴェルナ商会、報酬の三重取りだ。一生使い切れない膨大な報酬が得られるだろうよ」
「その程度の報酬じゃ全然足りない」
その言葉は予想外だったのだろう。ギュスターヴはぎょっとしたように目を大きく見開いた。
恐らく僕の動向を注視していたであろう、エクエスとクラウディアは面白そうにやってくる。それに負けじとメーコちゃんもだ。
「ほ、ほうやったらウチや叔父さんと一緒にお仕事せぇへん? ああでも、お船……壊れてしもたし、すぐには再開できひんけど」
「そこは我が連合が責任を持って補填いたしましょう。是非おいでください、シオン」
エクエス嬢は……多分僕の事を味方に引き込みたがっているな。そういう気持ちが透けて見えるだけまだ若い。
前世のあの頃、故郷の島国で航空機開発の技術者だった僕を自社に勧誘しようとする他国企業の関係者を思い出して、懐かしくてちょっと笑う。拒絶したらいきなり拳銃を突きつけられた時は、驚愕で軟弱だった心臓が停止して死ぬかと思った。あの時の大陸の工作員の顔はなかなか見物だったなぁ。
「尋問とかは、なしでお願いするよ」
「それはもちろんです……心外ですね、命の恩人にそのような事をする訳がありません」
「エクエス様本人は信頼しているよ」
それは……それ以外の人間をまだ信じてはいない、という言葉の裏返しでもある。
僕はエクエス様本人の人柄を好ましく思っていたが、彼女は大貴族の息女だ。彼女の周りには僕を胡乱げに見る連中も多かろう。
僕の言葉に含ませた意味に気づいたのだろう。エクエスは表情を少し暗くする。恐らく……ザスモーやマーカードローン、僕の出自に関して拷問にでも掛けて口を割らせようとするような連中に心あたりがあったのだろう。
「では、余は?! 余は?!」
「お姉ちゃんは痴女っぽいので距離を置こうと思ってるんだけど」
「ぐはぁ!!」
クラウディアも同様である。本人の人柄がかなりぶっ飛んでいて話して実に面白い人ではあるが……一国の皇女がそれだけとも思わない。国の関わる大きなもののためならどう動くだろうか? 要観察だ。なお、僕の返答にショックを受けたようにがっくり膝を突いている。
でも、まぁ……皇女様お二人に恩を売れたんだ。これから先、事を成す上でこの恩は色々と効いてくるに違いない。
そんな僕に、メーコちゃんが話しかけてくる。
「ほんならシオンくんは……何か夢があるん? 一生を安楽に暮らせる沢山のお金があっても足りない夢って、なぁに?」
いい質問だ。僕は笑った。
夜空を見上げる。冬の衣が僅かに途切れ、星が見えた。
僕がやろうとしていることは……前世で例えるなら個人事業者がスペースシャトルを打ち上げる事に匹敵する途方もないことだろう。
前世でXプライズ財団が主催した民間企業による有人弾道宇宙飛行を競うコンテストの『Ansari X Prize』(アンサリ・エックスプライズ)のように、宇宙に到達したところで賞金が出るわけでもない。それで何か利益が見込めるわけでもない。
でも、約束したのだ。
「天蓋領域へ行く」
モモ、待っていて。
また、会いに行くからね。
しばし、音が絶えた。肌に突き刺さるような沈黙が降りる。
僕はちょっと首を傾げる。最初、古代王国でさえ国力の全てを費やした一大行事を自分ひとりでやるという僕の蛮勇を嗤っているのか、と思ったが、なんかこう、おかしい。こっちを見る目が不憫なものを見るようだった。
「……どうしたの、みんな」
「し、シオン……お前、そんなに若いのにどうしてそんな事を言うんだ……」
「そうやよぉっ、シオンくんはめっちゃ若いやんっ! そんな不吉な事を言うたらあかん!」
ギュスターヴとメーコちゃんの反応を見て、僕は自分の発言が何かおかしな反応を引き出してしまったと悟った。
後々理解した事ではあるが……かつて<ムーンボウ>でモモが最初の頃に言っていたように、この世界の人々は、死ねば魂が星空に帰っていくと信じていた。それはかつて古代王国が存在していた大昔から変わりなく現在まで伝えられていたのだけれども。
だから、どうやっても到達不可能な高みにある天蓋領域は……死者の世界、僕の前世で言うところの冥府というイメージを持たれていた。
つまり『天蓋領域に行く』という言葉は、自殺の遠まわしな表現であるというのが、この世界における一般常識であったのだ。
もちろんこの時の僕はそんな知識などなく、周りみんなが僕を心配する様子に一歩二歩後ずさる。
なんかヤバい事を言ってしまった……どうしよう、そんな気持ちで一杯だった。
そんな僕にクラウディア皇女が言う。
「大丈夫? おっぱい揉む?」
「クラウディア貴女いきなり何をトチ狂った事を言うんです?! おかしな事を言い出したシオンに釣られて貴女もおかしくならないでくださいっ!」
「違うぞエクエスッ! 男というものは性的欲望で満足すればとりあえず死ぬような気持ちなど失うものであるっ! なぁヴァレン、そうであろう!」
「この世に存在する全ての殿方が反応に困る質問をされたヴァレン老の身にもなってください! ほら、耳を塞いで明後日の方向を向いて聞かなかったことにしてらっしゃいます!!」
僕とギュスターヴの男の子チームは、クラウディアの発言に巻き込まれたヴァレン老に哀れみの視線を向けた。
「だいいち、貴女のそのだらしない胸に欲情する殿方なんて酪農家ぐらいではありませんか!」
「そ、そなたこそ結構あるくせに、そんな軍服みたいな服で隠しおって! 余とそなたの差は乳をさらけ出すか出さないかぐらいで、酪農家発言はそなた自身に跳ね返ってくるであろうがっ!」
「ううっ、皇女様と公爵令嬢がウチとは縁の無い次元の話をしてはるっ……なんやの嫌味やの!! ウチの胸やったらシオンくんが生きる気力を取りもどせないとか言うんっ?!」
僕がおっぱい揉んだら不死鳥の如く蘇る男みたいに扱われてる! たすけて!
なんだか目的を忘れたまま泥沼化した戦争の縮図を見ているような気分であった。
ギュスターヴが、ヴァレン老が、僕を無言で見つめながら、もつれあってキャットファイトを始める公爵令嬢と皇女と姪っ子を指差した。言葉にしなくても分かる。何とかしろ、そう言いたいのだろう。まぁ確かに原因は僕の発言らしいし。
だが、僕は両手で頭の上にバッテンを作った。
ごめん、無理。
僕の発言からあんな言い争いに発展するあたり、あの二人は火薬庫みたく爆発する材料には事欠かなかったのだろう。帝国と連合の戦争中もライバルだったらしいし。つまり僕は悪くない。
僕は女の子チーム三人に背中を向け、そっと腰を下ろした。
前世からの経験則で女性同士の喧嘩に男が絡んでもいいことは無い。
そのまま全ての音を遮断する静寂の魔術を発動させておく。時間が女の子チーム三名の喧嘩を鎮めるまで待つことにする。気づけば隣にギュスターヴと……彼のみならず、ヴァレン老までもが横に座った。
二人とも白熱するキャットファイトのレフェリーを勤めるのはごめんこうむりたいのだろう。
気持ちはよくわかったので、ヴァレン老と軽く会釈を交し合う。
少年と中年と壮年が仲良く膝を抱えて空を見上げるシュールな光景の中、僕たち男の子チームは後ろの喧騒を見なかった事にして、音の遮断された静かな中で空を見上げた。
ザスモーに搭載された通信機があれば、いつでも彼女と話ができる。
まず、何から話そう。
僕は成人してから二日間に起きた激動の出来事を、頭の中で整理することから始めた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
これにて第一章は終了。長いオープニングだった気がします。
本日はこの後9時半ごろにもう一度おまけを更新して、明後日から新しい章に話を続けていきたいと思います。
ありがとうございました!!




