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異世界空中活劇!  作者: 八針来夏
序幕:天空の彼方の目覚め
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第一話『よみがえるやじゅう』

『継承体の覚醒を確認。活性水の排水を開始』


 どこかで声がする。同時に僕の周りを覆っていた液体が足元の装置に吸い出されていった。

 水位が下がり、足の裏が床に付く。肺も液体に浸されていたはずだが、苦しくはない。肺の気泡に吸収されたのだろう。

 人肌ほどの温度に保たれていた水に浸かっていたせいか、足裏に感じる地面は妙に冷たかった。


「……ここは……」


 ゆっくりとガラスの円柱が床に飲み込まれ、外気に晒された僕は好奇心を持って周囲を見回した。

 抗老アンチエイジング技術は昔から続けられていたはずだ。けども僕のような老人をここまで若返らせるほどの技術など聞いた事もない。

 一体誰が……その疑問に答えるように、女性の声が響いた。


「お目覚めですか、継承体」

「けいしょうたい?」


 僕は自分の喉から発された声を聴き、再び『誰が喋ったんだ?』と一瞬思ってしまった。……仕方ないじゃないか。二次性徴前の少年と少女の中間みたいな綺麗な声だったのだ。それが自分の肉声と気づき、眉を寄せた。

 疑問は数えきれないほどある。そしてそれに回答を与えてくれるような人が近くにいる。

 僕は目を、声のする方に向けた。


「初めまして、継承体。わたしは『冬の衣』(ウィンターコート)調査用航空母艦<ムーンボウ>の統合制御体、『モモ(百)』と申します」


 スカートの裾を持ち上げて一礼する女は美しかった。

 形良く整えられた目鼻立ちは、練達の造形師が魂を込めたかのような計算し尽くされた美がある。無表情であるからこそ、生きた芸術品のような印象を僕に与えた。

 身に纏っているのはメイド服で、染み一つ、皺ひとつない。頭にあるのは……一対の角? 一瞬被り物をしているのかと思ったが、どうも僕には完全に脳髄の部分に突き刺さっているように思えた。

 そして、一番驚いたのは音。

 細かな動作や仕草と共に、かりかりと響くのはアクチュエーターの駆動音。つまり、彼女は……。


「ガイノイド……か?」

「左様でございます」


 まさかあっさり肯定されるとは思わなかったんだ……。

 スカートから覗くのも二本の足。品質の低い家政婦ロボットならば、二本足よりも安定性に優れ、階段も問題なく昇れるゴム製のキャタピラーを用いるのが普通なんだが。外観にも金をかけているのか。

 まぁ、いい。僕は疑問をぶつける。


「僕はどうして生きてる? 老化と病気で僕の心臓は限界だった。次の発作が起こればもう助かるまいと医者にも宣告されていたはずだぞ?」

「仰る事の意味が分かりません。まるで記憶があるような発言ですね」


 僕はますます訝しげに首を捻った。


「貴方は今しがた生命として誕生したところです。肉体年齢は十歳ですが、覚醒はつい先ほど。0歳のお誕生日おめでとうございます。わーぱちぱち」


 無表情のまま手をぱちぱち打ち鳴らすモモの言葉に僕は眉を寄せる。

 前世? 輪廻転生なのか? ……だが頷けないわけでもない。

 僕は心臓が停止する時の苦しみを、永遠の安息に包まれ、抗い難い安らぎを覚えていた。あれが死でないはずがない。そう言う確信がある。

 モモは考え込む僕に近づくと、大きなタオルで髪をごしごしと拭き始める。

 

「……わざわざ拭いてもらってすまないねぇ……」

「いえ。この瞬間を待ち望んでいましたので」


 僕は素直にそう答えた。

 老いた肉体はろくに動かず、入力をする際も介助をしてもらっていたからだ。……しかし、そこまで答えてから何か違う、と考える。

 考えてみると今の僕は老いてないじゃないか! 耳は補聴器なしでも周囲の音を拾っているし、目も、このガイノイド、モモの女性らしい曲線を確認している。

 あれ、なんだろう。

 僕、心臓がドキドキしてるぞ? いつもならちょっと動悸がすると眩暈や立ちくらみがするのに全然平気だ。

 それになんだろう……股間のあたりがむずむずするぞぅ……。そう思って下を見て、僕は思わず大声をあげた。


「ふぎゃあああぁぁっ!!」

「なんですか、大声を上げて。……ああ」


 僕の立派になった股間にちらりと目線を向けるモモ。その冷静な視線を感じてますます元気になる股間のアレ。

 まるで水をぶっ掛けられた猫のように産毛を逆立てて悲鳴をあげてしまう。

 だが仕方ないじゃないか! 僕は何十年も性的な衝動とは無縁のおじいちゃんだったのだ! なのに……うわぁこの感覚、幼年学校の頃に戻ったみたいで凄く懐かしくて恥ずかしい! しにたい!

 そんな僕の狼狽を平然とした目で見つめるモモ。ちくしょう、なんだかドキドキする!!


「肉体年齢は概ね10歳程度に設定されています。正常な反応かと。わたしのほうを向いてください。前を拭きます」

「ひ、ひとりでできる、ひとりでできるもん!」

「そう仰らず。モモはこの数百年間、ずっと仕える主人を持たなかったため、任務を遂行できる充足と幸福を覚えているのです」

「なんだか主人の意向を無視してでも自分の充足を優先してるように見えるんだけど……」

「気のせいです」


 断言されると二の句が告げない。

 まるで幼い頃、湯上りの体を母親に拭かれるような気持ちだ。

 それが懐かしく、暖かく。またモモも無表情の癖に……なんだか嬉しそうな気配を発していたので、されるがままに任せる。もちろん股間のそれを拭かれることだけは死守したけど。

 そうして髪が乾いた頃……僕は自分が裸であることを思い出した。

 感情とは脳内の分泌腺が生み出す化学反応――と言うと酷く味気ないが、生命力に溢れる肉体に引き摺られてか……モモの視線に裸を晒し続けることが酷く恥ずかしい。

 顔を赤らめて、ムッとした眼差しで睨む。

 そんな気持ちを察してか……機械音と共に、衣服を乗せたワゴンがすべるように接近してくる。言葉で命令を伝達している様子はない。頭の角らしきアンテナから電波などの手段で命令を発しているのか?

 そんな好奇心が沸くが、モモは僕の視線に気づくこともなく服を手に取る。


「おきがえを」

「一人でやるよ。かして」

「おきがえを手伝います」

「いらない」

「おきがえを手伝わせろ。……失礼、言語プログラムにエラーが発生しました」

「なんで命令形になるんだよ、怖いな!! イヤだよ!!」

「おきがえを手伝わせろ!! ……失礼、言語プログラムにエラーが発生しました」

「……わ、わかった!(ガクガク)」


 なんで連続で全く同じエラーが発生するんだよ! 明らかに故意だろう!

 とは思ったものの、美しい無表情のまま脅迫めいた台詞を繰り返すメイドロボの恐怖に膝を屈するのも仕方ないだろう。

 ……まさか精神年齢が還暦を越えた僕が、無表情のままウキウキ楽しそうなメイド(ロボ)にパンツをはかされるなんて事になるとは。


 はずかしい。もう一度死にたい……。




 意識が、気持ちが、若返っている。

 僕はその事を実感しつつあった。かつての還暦を過ぎた肉体の僕ならば、むしろ『若い女性に衣服を着る補助をしてもらってすまないねぇ』と多少の申し訳なさを覚えただろう。

 だが、自由に動く指先と杖の要らない両足を得たことで『服ぐらい一人で着なくちゃ』という気持ちを蘇らせたのだ。

 あと、異性に対する羞恥の感情も復活してしまった。股間のモノが恥ずかしさで反応しているのだ。

 ……まぁそれはそれとして袖に手を通し、呟く。

 

「着心地がいい」

「虹色蚕の繭を解いて作った服でございます」


 服は驚くほど具合が良かった。

 動きを阻害しないし、ちょうど良い適温を保っている。モモのなんとなく優越感の響く言葉からして、多分最高級品なのだろう。

 服を着て、連れてこられた部屋で腰を落とし、テーブルの対面に座ったモモ。

 そろそろ状況の説明があるのだろう。僕は口を開く。


「では、そろそろ聞きたい。僕の事を継承体と言ったな? 何をさせたい」

「順を追って話します。よろしいですか?」


 僕はこくりと頷いた。


「かつて……この世界にはただ『王国』と称される、全世界を統一した巨大国家が存在しました。

 大気中に浮遊する『マナ』を用い、魔術と呼ばれる万能じみた奇跡のわざを振るい、大いに栄えました。

 ですがある日、世界を滅ぼすものが現われました。これを……」


 モモの呟きと共に、空中に映像が投影される。

 青白いそれは立体映像だ。僕の世界でも実現しなかったそれを見るに『王国』は、前世の現代社会よりも上の技術を備えていたらしいな。

 

「……これは……凄いな。こっちは出力装置、立体映像の投影機か? 基幹となる技術が根本から違っているが……おおよその推測ができるあたり、どれも理詰めで作られている」

「あの。見るべきは上の映像のほうなのですが」


 だがあいにくと僕の興味は地図ではなく、その地図を投影するほうの機械に釘付けだ。

 こういう機械は見たことがある。空母や戦艦などの指揮を円滑にするためのオペレーティングシステムだ。それを説明のために流用しているのだろう。


「説明を聞いてください」


 メイドロボのモモが無表情の上にどこか困ったような雰囲気を漂わせる。

 だが、僕はいよいよ此処が、元いた世界ではないという確信を持ちつつあった。先ほどまで僕の肉体を包み込んでいた円柱型の培養槽や、この投影機に用いられているテクノロジー。

 電気とは全く別の基幹エネルギーや技術を元に、膨大な時間を掛けて築きあげた偉大な蓄積がある。

 これを、僕を騙すために一から築き上げたと思うより、全く未知の世界へ転移したと思ったほうがまだ信じることができる。

 我ながら技術者らしい納得の仕方だな。そうおかしく思いながら地図を見た。

 大地を写したと思しき地図を、徐々に白い雲が覆い包んでいく。


「これは『冬の衣』(ウィンターコート)と呼ばれました。

 見かけは分厚い雲、雲海のようでしたが――これはある致命的な特性を有していました。『冬の衣』(ウィンターコート)の中ではマナを利用した魔術も、魔術機関も。何もかもが全て働かなくなったのです」


 僕は大きく眉を寄せた。モモの言葉を聞けばそれがどれほど恐ろしい大惨事であったか想像がつく。

 僕の元いた世界で考えるならば……全ての基幹エネルギーが、電気が全く使えなかったということなのだ。

 どこか全く異なる文明を持つ異世界へ転生するという話なら、物語でも良くある。火星のプリ〇セスは好きだった。けれども……どれほど勇敢な勇者や戦士であろうとも、倒すべき敵、邪悪な君主がいたからこそ問題が解決できた。

 だが……敵は自然現象だった。


「地上全土を覆い尽くした『冬の衣』(ウィンターコート)により世界のあらゆる魔術機関は使用不能に。人々は魔術による助けを失い、衰退していったのです」


 そう聞くと、この白い雲海が人々の命を食い散らかすおぞましい化け物に思えてきた。

 

「それがおおよそ五百年前となります」


 そして彼女の言葉は一つの推論を裏付ける。一度原始時代にまで衰退した文明が……生命の創造ということを再び行えるようになるまで、たったの五百年でこぎつけれる訳がない。僕を産んだ技術は恐らくこの世界でも数少ない、あるいは唯一かもしれないロストテクノロジーなのだ。


「……モモ。では、君を産んだのはその五百年前に滅亡した『王国』なのか」

「肯定いたします」

「だけど……人類はあらゆるテクノロジーを『冬の衣』(ウィンターコート)によって封じ込められたのだろう? どうやって」


 モモは映像の表示を変更する。

 右側に表示されるのは年号だろうか。まるでパチンコのルーレットのように早回しされる年号に合わせて、白い雲が地表を覆う範囲を増やしていく。


『冬の衣』(ウィンターコート)は地表を覆いはしましたが、それはすぐではありません。ある程度の猶予がありました。

 それに、この遥か空の高みである『天蓋領域』全てを包み込むほどではありませんでした。

 すなわち、空中ならば魔術機関も正常に作動する。……世界の滅亡に対し、『王国』は坐して死を待った訳ではありません。

 最後の国力を傾け、船を建造しました。そこに、『冬の衣』(ウィンターコート)を観察、理解し、それを打ち払うための道具を作る工作機械、必要な食糧や資材を賄うために植物、動物を詰み込み。施設を保全し人に仕える船の統合制御体である『モモ』(わたし)と幾人かの人間を積み込み……残された全ての魔力エネルギーを全大陸よりかき集めました。

 そしてこの調査用航空母艦ムーンボウを、『天蓋領域』に打ち上げました。

 もしかすると、このムーンボウに乗った人間が『王国』最後の生き残りになるかもしれないと覚悟をして」


 それと同時に部屋全体が……まるで空中へとワープしたかのように蒼一色に染まった。いや、違う。外部カメラの映像を全ての壁一面、全周囲に映し出しているのか。

 この青色は見たことがある。空の青さと宇宙の暗黒が溶け合った空間。

 星の丸みを実感できる軽くカーブした地平線。そして太陽が白い光を放っている。

 そしてなにより――僕の想像を裏付けるかのように、宇宙に当たる暗黒の空間を、月と、細かな衛星のリング――土星の輪の如き小隕石群が漂っている。

 

 地球には、こんなリングは存在しない。

 

 はっきりと。


 ここが地球でない事を証明する明確な証拠が目の前にあった。


「あなたは、この『天蓋領域』で生まれた『王国』の最後の末裔。

 知識と魔術の全てを受け継ぎ、地上人を導くために生まれた『天上人』(ハイランダー)なのです」

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