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08


 それから、食料と他の生活用品を買って、研究所に帰ってきたのは昼になる少し前だった。


「ただいまー!」


 服の入った紙袋を抱えながら、アリシアが声高に叫ぶ。出かける前はあんなに渋々といった感じだったのに、ここまで機嫌がよくなるとは。まったくいい買い物をしたものだ。


「あの……なんで私まで……」


 両手に荷物を抱えたラウラが後に続き、パンの入った紙袋を持った方とは反対の手で玄関を閉める。ラウラはああ見えても龍殺しの称号を持っている冒険者。俺みたいな根暗な研究者よりも、大剣を振り回す彼女の方が力があるのは明白だ。

 荷物を机の上に置き、ラウラが一つ息をつく。アリシアは既に暖炉に魔法式の刻まれた紙を投げ、火を点けているところだった。 


「いや、すまんな。二人じゃ足りなかったからありがたい」

「なんなんですかこの量……冬眠でもするつもりですか……?」

「アリシアがよく食べるんだ」


 名前が呼ばれたのに反応して、手を暖めていたアリシアがこちらを向く。


「普通だったら成長期だからな……ちゃんとした食事も与えないといけないし」


 それに、今までの生活も改めさせないといけない。ちゃんと栄養のあるものを食べさせて、夜には寝かせてやる。俺も最近は徹夜しなくなり、アリシアと一緒に寝るようになった。

 先の事は分からないが、ゆくゆくはきちんと自立してもらわなければ。


「お父さんですかあんたは」


 思いがけないラウラの言葉に、思わず息が詰まる。


「……冗談が過ぎるぞ」

「じゃあアリシアちゃんをなんだと思ってるんですか」

「だから助手だと何度も話してるだろ」

「クレア、クレア」


 いつの間にかアリシアが俺とラウラの間に割り込み、袖を引いて呼び掛けてきた。


「なんだ?」

「おなかすいた」

「分かった。少し待ってろ、今あったかいのを作ってやるからな」


 そうやって優しく頭を撫でてやると、アリシアが顔を綻ばせた。

 上着を手近な椅子に掛け、食料の入った袋を持って食糧庫へ。いちど倉庫の中を整理してから取り掛からないと、後で面倒になってしまうから、先にしておく。


「親子じゃないすか……」


 だから、違うと言ったら違うのだ。



「そろそろ本題に入らせてもらう」


 机を挟んで俺の作ったクリームシチューを食べているラウラにそう話しかけると、口にほおばった最後の大きな人参を飲み込んでから、眉をひそめて言った。


「なんすか」

「アリシアを戦えるようにしてほしい」

「ええ……」


 ラウラが肩を落とすと同時に、隣で二皿目を食べ終わったアリシアがこちらを見上げた。

 アリシアを最低限戦えるような魔導士にするには、俺が魔術を見ると同時にそれに耐える体力づくりも必要である。今の彼女なんて俺がいなかったらそこらで魔物に襲われて簡単に死にかねない。だから魔術の方は俺が見るとして、問題は俺がいなくてもちゃんと戦えるような体力を作ることだ。

 幸い、ラウラは龍殺しとされるほどの強者。安心して任せられる。


「冒険者への正式な依頼ですか? それとも先輩としての個人的な頼みですか?」

「もちろん正式な依頼だが」

「ですよね」


 そうでもしないと、断られるだろう。ラウラはそういう性格なのだ。

 どうも彼女、他人にものを教えるのがとても苦手なようで、ここまで冒険者を惰性でやってきたらしい。それで龍を一人で屠るようなものだから、つくづく恐ろしいものである。

 だが俺にも彼女以外に頼れる冒険者などおらず、おそらくそれは彼女も分かっているだろう。ラウラは一通り頭を抱えて呻いた後、しぶしぶといった様子で口を開いた。


「……正直、予想はしてました」

「ほう」

「なんか、やけにこの子に肩入れしてるな、とも思ってました」

「なら同意のうえじゃないか。ありがたい」


 うう、とラウラの悶える声が響く。


「できる限りはしてみますけど」

「最低限でいい。邪魔にならない程度で」

「簡単に言ってくれますね……?」


 がくり、とラウラが項垂れる。別に一人で戦えるようにしてくれ、とは言ってないから楽なはずだが、やはり彼女は人に教えることに多少の抵抗を感じているようだ。

 俺がきっかけを作ったとはいえ、彼女は一人で龍を倒すまでに至ったのだ。たとえ教えるのが苦手であっても、最悪体力はつく。それだけで万々歳だ。


「だいたい、アリシアちゃんはどうなんですか!? こんな危険なっ」

「いいよ」


 テーブルを叩いて声を荒げるラウラだったが、それを遮るようにしてアリシアが即答する。

 彼女もそれ相応の覚悟はしているのだろう。最初にあった日から、何でもすると言っていたのだ。俺が何を言おうがついてくる、それくらいの覚悟がなければ、自ら奴隷にしてくれ、なんて言えるはずがない。

 それに、彼女は報いることを良しとした。その青い瞳を刻んだ者たちに報いを受けさせると、そう誓ったのだ。だから、俺も彼女が断ると思っていなかったし、彼女もある程度は覚悟していただろう。

 思いがけないアリシアの答えに、ラウラは言葉を詰まらせた。


「……わかりました、やればいいんですよね、やれば」

「ありがたい」

「まったく……どうしてこう運のない……」


 頬を膨らませながら、ラウラが座る。腑に落ちてはいないが、どうにか腹を括ってくれたようだ。このままぶつくさと愚痴を始めそうな勢いのラウラから目を逸らし、隣のアリシアに目をやる。


「まあ、さすがに二つ返事で了承するとは思っていなかったがな」

「そう? でも、私はクレアの奴隷だから」


 そう言って、アリシアは俺の方を見つめながら続けた。


「クレアの言う事なら何でも聞く、って言ったじゃない」

「……そうだったな」


 ふふ、とほほ笑む彼女に、俺はいたたまれない気持ちになって、思わず視線を逸らした。

 俺の目の前で、アリシアはどうしてこうも笑っていられるのだろうか。彼女に何も言わずに事を決めて、それがとても厳しいものだとしても、彼女は眉一つ動かすことなく、ただただそれを受け入れている。

 奴隷でいるのが不思議なくらいに強い女だ。こんな事にならなければ、きっとどこかで名を上げるような人間になれたのかもしれないのに。


「先輩、さすがにそれは問題なのでは?」

「大丈夫だ」


 何やら不満がありそうなラウラの問いかけに、咄嗟に応じる。

 もともと同意のうえなのだ。なんの心配もない。


「それじゃあ色々決まったことだし、ここで属性の判定でも済ませようか」


 そう言って俺はポケットから一枚の紙を取り出し、机の真ん中に滑らせた。

 手のひら一枚分の大きさの正方形で、表面には四つの点を円でつないだものと、その中に二つの点が縁で結ばれているものが記されている。ラウラは見覚えがあるらしく、その紙を見てああ、と納得したような声を上げた。


「なにこれ」

「属性判定表。文字通り魔力を流した人物の、適正を判定する」


 外側の円には上から右回りに火、土、水、風。内側の円には光と闇の印が刻まれている。魔力を流し込むことで適正を持つ印が光り、その人物の適正を判定するというものだ。

 ちなみに公然の場でも使用されており、記されている二つの円は学会のシンボルマークにもなっている。


「倉庫の方に放っておいたままだったからな……正常に作動するかどうか」

「ありえないくらい適当ですね」


 ラウラの言葉を無視して判定表の上に手を翳し、魔力を込める。すると魔力が込められたことによって、俺が持っている適正の火の印が淡く光った。

 そのまま円をなぞるように光が伸びてゆき、二つ目の土の印に光が灯る。すると火の印と土の印から新たな線が伸び、三角形を作るようにして新しい印――鉄の印が現れ、光を灯した。

 光は止まることなく円をなぞり、水の印にたどり着く。が、俺は適正を持っていないので光ることはなく、次に風の印へ。ここでも光ることはなく、最後に火へとたどり着き、今度は内側の円へと光が移る。

 内側の円は闇の印に光が灯るだけであり、それだけ反応したのを確認して、俺は翳した手をゆっくりと元の位置へ戻した。


「今ので光ったのが自分の適正だ。俺の場合だと闇に火と土の適正があるから、同時に鉄も持っている、ということだな」

「わかった」


 そう実演を交えた説明を終えると、アリシアは俺と同じように判定表の上へと小さな手を翳す。


「じゃあ、いくよ?」

「ああ」


 アリシアが目を閉じて魔力を込めると、火の印が光る。そのまま俺と同じようにして土の印まで伸びてゆき、先ほどと同じく鉄の印に光が灯った。

 どうやら俺と同じ適正を持っているらしい。正直、他の属性には疎いので助かる。鉄属性持ちならば俺と同じように錬金術を使えるようになるので、そこを伸ばしていくか、などと考えているうちに、光は三つ目の水の印に差し掛かる。


「なに……?」


 三つ目の水の印が光りだしたことに、さすがに俺は言葉を抑えられなかった。水の適正を得たことにより、土の印とを繋ぐ木の印が現れて三角形を作る。

 適正二つ持ちはまだ見ることはあるが、三つ持ちなんてあまり聞いたことがない。アリシアの秘められた適正に驚きながらも、俺は円をなぞる光を目で追う。

 そして四つ目の風の印も、同じように光を放つ。火と風の印が、雷の印を作った。


「ええ、なんですかこれ!? ふつう考えられないですよこんなの!」


 ラウラの驚く声にも眉一つ動かさず、アリシアは目をつむったまま魔力を込め続ける。続いて内側の円へと光が映り、光属性の印が当然のように光を放った。

 そうして、だんだんと光は進み、さも当然のように闇属性の光が灯る。驚くことに、全ての印が光る判定表が完成すると、アリシアはふぅ、と一つ息をついて判定表から手を放し、椅子の背もたれに身を預けた。


「驚いたな……まさか全属性持ちとは……」


 淡く光る十の印を見て、思わず口に出す。ラウラも信じられないといったようすで、口を開けたまま判定表とアリシアの顔を交互に見やっていた。

 三属性持ちまでは、まだわかる。四属性も珍しいがいないということはない。だが、五属性を通り過ぎて六属性、複合属性を含めれば十属性なんて聞いたこともない。それこそ、お伽噺や伝承の話だ。少なくとも奴隷が持っていていい才能ではない。


「えっと、いい方なのかな……?」

「いい方なんて言葉では済まされんな」


 この世界では三属性持ちでも重宝されるような世界なのだ。それがすべての属性を操れるとなると、それだけでアリシアはそこらの魔法使いよりも価値がある。

 逆に奴隷をしている間、この事実が発覚しなかった方が不思議なくらいだ。今までの主人は何をやっていたのだろうか、これほどまでの原石を金などという安いもので買っておきながら。


「でも、これだけの適正があるのなら、逆にそっちに集中させればいいじゃないですか?」

「魔法だけ鍛えても何にもならん」


 剣を使うラウラには分からないのかもしれないが、魔法だって不便な時もある。

 魔力を流すにあたって咄嗟の対応は取れないし、その際に集中するので僅かではあるが隙をさらしてしまうことになる。確かに発動さえすれば魔法は強力だが、その分魔力が切れれば何もできないし、それこそ剣を持って戦うしかなくなるのだ。


「とにかく、これだけのものを持っているのなら伸ばせるところまで伸ばす。アリシア、明日から始めるから覚悟しておけよ」


 そう声をかけると、アリシアは何も言わずに首を縦に振った。ここでも愚痴の一つもこぼさないあたり、本当に力のある奴だと思う。果たして本当に俺に従うと決めたのか、あるいは。

 ……考えるだけ、無駄か。


「じゃあ、そういう事だ。しばらくの間よろしく頼むぞ」

「分かりました……はあ……」


 ため息を吐くラウラをよそに、俺は既に光を失った判定表をポケットの中に入れた。



 ラウラと正式な契約をしてから、その日の夜。

 いつものように風呂から上がると、枕を抱えたアリシアが寝室で俺の事を待っていた。上は相変わらず俺のシャツ一枚で、白い太ももの奥にはおそらくラウラが選んできたであろう白い下着がちらちらと見える。さすがに寒かったらしい。


「クレア、はやく」


 ベッドのスペースを開けながら、アリシアがそう催促する。いつもなら俺はそれに応じてアリシアを抱きかかえ、そのまま眠りにつくのだが、今日は訳が違った。


「服を全部脱げ」

「え……」


 俺がそう言うと、アリシアはぽかんと口を開けたまま、固まった。

 

「聞こえなかったのか?」

「えっと、いや、その……」

「脱げ」


 そう命じるが、アリシアは身をよじって目を逸らすだけ。正直俺が無理やり脱がしてもいいのだが、そんなことで暴れられては困る。

 やがて観念したのか、アリシアは顔を真っ赤にしながらシャツへと手をかけた。それを確認して俺も肩にかけたタオルを椅子に掛け、ベッドの隣の机の引き出しから大き目の紙を数枚取り出す。


「こ、これでいい……?」


 やけに時間がかかったが、アリシアは手にしたシャツを握りしめながら、こちらに声をかけてきた。一応隠してはいるものの、シャツの上からうっすらと女性のラインが透けて見える。


「下は?」

「……まだ」

「脱げ」


 全部脱げ、と命じたはずだが。

 しばらく顔を真っ赤にしながら黙りこくっていたアリシアは、観念したようにショーツを脱ぎ始めた。少しの間衣擦れの音がして、白い布が二枚ともベッドの端に置かれると、そこには一糸纏わぬ白髪の少女が、顔を火照らせながらこちらを見上げていた。

 改めてみると、なかなか美人なものである。今まで手を出さなかった俺を誰か褒めてほしい。


「じゃ、そこに寝ろ。うつ伏せでいい」


 俺に言われるがままに、アリシアは四つん這いになってベッドに寝転がった。できる限りアリシアの身体に目を向けないように配慮し、俺はその細い背中に持っていた紙を置いた。


「……ん? あれ?」

「ちょっと痛いぞ」


 何やら感づいたようなアリシアの言葉を遮るように、紙を通して魔力を流す。その瞬間、アリシアの身体がびくんと跳ねて、ベッドを少しだけ揺らした。


「んうっ……く、クレア?」

「どうした?」


 魔力を流すと、アリシアの背中に置かれた紙に見覚えのある魔術式が刻まれた。

 魔術式というのは端的に言えば、魔力の流れる道ということ。その道に沿って魔力を流せば、魔法は発生する。

 この原理を応用し、空中に魔術式を参考にして魔力を流れさせることができれば、魔法は発生する。まあ、そんなことができるのは一部の限られた人間だけだが……。

 つまり魔術式というのは魔力の通る道であり、魔力をこうして目に見える形にすれば、魔術式というのは簡単に写し取ることができる。


「なんか違う……」

「何がだ?」

「……言ったほうがいい?」

「お前が言いたいならいいぞ」

「むー……クレアの、うあ゛っ!?」

 

 頬を膨らませる彼女の言葉を遮るように、魔力を再び流す。同じようにしてアリシアが体を震わせ、紙にさっきとは別の魔術式が刻まれる。

 しばらくこの環境に身を置いている俺でも、見たことのない魔術式。そもそも人間の身体から写せる見たこともない魔術式といった時点で、おかしいのは明らかだ。

 そうして魔術式の写し取りを終えたころには、アリシアの瞳以外にも数枚ほどの魔術式を取り出すことができた。


「あっ……はあ、もっと、もうちょっとで」

「いや、もう大丈夫だ」

「そんなあ……」


 なぜだかベッドの上で項垂れるアリシアを置いて、俺は顎に手を当てて考える。

 さすがに天然で六属性の適正を持っているのは異常だ。だから一応の保険としてアリシアの身体を調べたのだが、まさかこれほどのボロが出てくるとは思わなかった。 おそらくこれらの内のどれかが、アリシアに六属性の適正を付与するための魔術式だろう。以前までの研究結果を参考に割り出せればいいのだが。


「ああ、もう着ていいぞ」

「なんか……うーん……」


 先ほどからじとっとした視線を送ってくるアリシアにそう指示してやると、ぶつくさと煮え繰らないような呟きをしながらシャツを手に取った。

 今後はこれらの魔術式の解読に時間を割く必要ができた。それに加えて、アリシアの魔法の特訓と、何やら予定が一気に増えたような気がして、途端に気分が沈む。

 何というか、本当に、面倒だとしか。


「クレアのへたれ」


 そうやって考えていると、頬を赤く染めながら、アリシアが言った。


「どうしていっつも直前でやめちゃうの? 私はいいよ、って言ってるのに」

「その割には緊張してたようだが」

「こっちは初めてだったから、ちょっと緊張しただけ!」

「そうか」


 どうにか弁明しようとするアリシアを抱きかかえ、そのまま布団をかぶる。いつものようにどこかで嗅いだ花の香りが俺を包み込み、途端に眠気が襲ってくる。


「こんなに毎晩抱いてくれるのに、手を出さないなんて」

「いいから寝ろ……」 


 何やらぐちぐちうるさいアリシアを強く抱きしめ、俺は目を閉じた。



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