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07

少し長いです

六割増しくらい


 アリシアを引き取ってから、早くも二日が過ぎた。


 彼女の助手としての才能は目を見張るものがあり、たった二日でただの小間使いから魔術式の試運転任せられるまでになった。確かに記憶眼を持っているから、というのもあるが、彼女はそれに次ぐ魔法に対する理解力も持ち合わせているようだ。しばらくすれば実践用の魔術式の執筆もこなせるだろう。これで俺の仕事が少しでも減ればいいのだが。


 更に、孤独の森の調査もアリシアのお陰で進んでいる。彼女の質の高い魔力はウェーブナイフを使う際に大きな効力を示し、さらに俺と併用することでより多くの範囲を探索できるようになった。アリシアの方もウェーブナイフの使い方に慣れてきて、敵にさえ会わなければ一人で探索もできるようになっている。

 まあ当然の事ながら行かせたことはない。下手に言ってフラムタイガーなんかに氷漬けになられても困る。


 それとあまり特筆すべきことではないが、夜寝るときにアリシアを抱いて寝る方が暖かいことに気が付いた。初日は罰だのなんだの言っていたが、この際そんなことはどうでもいい。アリシアの方も特に気にしていないし、前のまま寝るのも寒いのでこのようにしている。なんだかいい匂いがして落ち着くし、やわらかくて心地がいい。

 ……。

 別に他意はないから問題ない。それに俺の奴隷だし。どう扱おうが俺の勝手だろう。


 そして、アリシアを引き取ってから三日目の朝。


「街に出るぞ」


 朝食であるブロック状の携帯食料をかじっているアリシアにそう告げると、彼女は口を動かすのをやめてこちらを向いた。


「いってらっしゃい」

「お前も行くに決まってるだろ」


 不思議なことを言い出すアリシアにそう返すと、彼女は「なんで?」と首を傾げた。


「お前の服とか、食料とかを買いに行く」

「えー……いらない……」

「いるいらないの問題じゃない。お前、テイラーに渡されたのかは知らんがあの服しか持ってないだろ」

「うう、しょうがないなあ」


 それでいいのか奴隷は。

 ぐちぐち言いながら携帯食料を食べ終えると、アリシアは渋々俺の寝室の方へと着替えるために歩いて行った。俺も支度を済ませると、着替え終わったアリシアが寝室から出てくる。緑色のセーターに、丈の短い赤のスカート。その上に黒のローブと、いつもと同じ恰好だ。


「じゃあ行くぞ」

「うん」


 アリシアがそう答えると、いつものようにコートの端を掴む。

 玄関を開けると、朝の刺すような寒さと同時に、淡い光が目に入ってくる。雪は降っておらず、空には薄い雲と青色の空が広がっている。

 どうやら、今日は晴れらしい。



 この世界には冒険者という役職がある。

 草原や洞窟、ダンジョンなどに潜り、魔物を狩って稼ぐ連中で、時たま傭兵のように貴族の護衛なんかもすれば、一般市民が出れないような所に赴いて、特殊な植物なんかを採ってきたりもする。幅広い意味で言えば、普段は狩りをしている何でも屋だ。

 ただ、そんな過酷な環境に身を置いているので、戦闘力は傭兵よりも高い。なにより魔法を使える連中がこっちに圧倒的に多いのが特徴だ。

 魔法を使って傭兵か冒険者か選ぶのなら、冒険者を選んだ方が金になる。

 冒険者の世界は傭兵の世界よりも実力主義であり、魔法を使えるだけで稼げる金貨が一枚も二枚も違ってくる。かつては俺もそれに苦悩したが、今となっては昔の話。

 そんな冒険者たちの仕事を管理しているのが、冒険者ギルドという施設。多くの冒険者が集う情報交換の場所であり、衣食住を提供する宿屋のようなところである。

 冒険者ギルドは国ごとに保有しており、フリエステにあるギルドは二つ。北と南で区別されていて、俺たちが立っているのは北にあるギルドだった。 


「食べ物を買うんだよね?」

「そうだな」


 看板を何度も目で追うアリシアの疑問にそれだけ返し、ギルドの中へとできるだけ早足で入っていく。入口手前の酒場と役所を足して割ったようなスペースを抜けて、俺はカウンターの横に付けられた階段を足早に上がっていった。

 冒険者、名前だけ聞けば何ら問題ないようにも思えるが、実際はロクな連中がいない。

 皆が皆自分の利益だけを求め、他人は蹴落とすものと考えている。追い剥ぎ強盗当たり前。何なら事故を装って仲間同士で殺しあうこともあるという。

 もちろん全員がこういった類の人間ではない。真っ当な性格をした奴も何人か知っているが、それでも現実に起こっているのには変わりないのだ。

 何が言いたいのかというと、絡まれるのが面倒だということ。


「クレア、何してるの?」

「人探しだ」


 階段を上がり、設けられた共有スペースを見渡しながらアリシアに応える。二階は一階が見下ろせるように作られており、備え付けられている柵を伝い、スペースの一番角へと逃げるように移動した。

 二階は一階のような酒場とは違い、冒険者同士で情報を交換したり、自由に空いている奥の部屋を使って報酬の配分なんかを決めたりしている冒険者が多い。何やら怪しい物々交換なんかもしているあたり、あまり表には出せないようなことをする場所ということだ。

 いつもならばここにいるはずなんだが……どうも、今日に限って席を外しているらしい。


「クレア」

「うん?」

「なんかここ、怖い」 


 おそらく彼らの雰囲気にやられたのだろう。アリシアは怯えるようにして俺のコートの端を握り、縮こまって俺の影に隠れるように身を寄せてくる。アリシアを安心させようと肩に手を回し、優しくぽんぽんと叩いているその時、一番近いドアの扉が開いた。

 中から出てきたのは一人の女性であった。艶のある黒髪を縛って横に流しており、ぱっちりとした黒い瞳の小柄な顔。身に着けている銀の鎧には細かな装飾があしらわれており、一目みて階級の高い冒険者ということがわかる。

 その後ろに続くように何人かの男女が部屋から続けざまに出てきて、その一人一人が女性と手を交わした。どうやら一緒に報酬を分けた仲間らしく、しばらく会話を続けた後に、笑顔でその女性の元を去っていく。


「あれ? 先輩じゃないですか」


 しばらく手持ち無沙汰になっている彼女がきょろきょろとあたりを見回していると、こちらに気づいて軽く手を振りながら駆け寄ってきた。こちらも手を振り返し、微笑み返してやる。


「久しぶりですね、先輩」

「ああ。ラウラも変わってないようで安心した」


 黒髪を揺らし、少し気恥ずかしそうに目を逸らす女性にそう返す。 

 ラウラ・ルージュ。フリエステ王国に所属する冒険者のでも五本の指に入る実力の持ち主で、一人で龍を討伐した経験もあるという、龍殺しの異名を持つ女だ。

 彼女から先輩と呼ばれる所以は、もともと俺が冒険者をしていた頃にラウラの面倒を見てやっただけで、ここまで大成した今更そう呼ばれても、色々と困るものがある。

 今日も彼女は一仕事終えたようで、先程のようすを見る限り中々儲けたらしい。


「もしかして朝帰りか?」

「いえ、昨日返ってきてさっき清算してきたとこです」

「ほう、何を獲ってきたんだ」

「ワイバーンを少々。この時期のは脂がのってて美味しいんですよ」


 いえい、と親指を立ててはにかむラウラに、俺はさっそく要件を伝えることにした。


「今ヒマか?」

「うーん……まだ今日の予定は決まってないですね」

「じゃあ頼みたいことがある」


 その途端に、露骨にラウラが顔を歪める。いつもの整然とした態度からは想像もできないような顔だった。


「嫌ですよ……どうせまた西の森にある龍の隠れ里とかに連れて行くんでしょう!?」

「そんなところに何度も行くかバカ。今日一日付き合ってほしいだけだ」

「……冒険者への正式な依頼ですか? それとも先輩としての個人的な頼みですか?」

「久しぶりに会った後輩への労いとして、飯でも作ってやろうと思ったのだがな」


 飯の話題を口にした瞬間に、ラウラの目の色が変わった。どうやらこういったところも昔と変わらないらしい。それに安心するとともに、心のどこかで危険を感じながらも、話に乗ったラウラに説明を続ける。


「こいつに合う服を見繕ってやってくれ」   

「こいつ?」


 彼女の疑問に答えるように、いままで後ろで隠れていたアリシアを引き出す。まだ不安は晴れていないらしく、ラウラに目線は合わせたものの、すぐに怖くなってしまったのか俺の陰へと隠れてしまった。


「その子誰ですか? 」

「助手のアリシアだ」

「助手……………………」


 なんだその目は。


「首輪がついてますが?」

「助手だ」

「私よりちっちゃい子ですよ?」

「助手だ」

「ほんとに助手?」

「ううん、私はクレアの奴隷だよ」

「助手だ」

「さすがに厳しくないですかね」


 怪訝な目を向けながら、ラウラがため息まじりに呟く。ちょっと頑張ったからって撫でたり、寒いから抱き枕にしてようが、俺が助手と言えば今は助手なのだ。他の人間が口出しすることじゃない。


「とにかく、暇なら付き合ってくれ。俺は女の服なんて扱ったことないんだ」

「はあ……仕方ないですね……」


 渋々返事をするラウラを連れて、俺はギルドを後にした。



 幸い、服屋には知り合いがいるので、久しぶりの顔合わせもかねてそこに向かうことに。ギルドから十分ほど歩き、俺たちは人気のない裏路地にたどり着いた。薄暗い道を歩いていくと、突き当りに古ぼけた建物が見えてくる。

 ぼろぼろになった木製のドアを礼儀としてノックして、押し開ける。中は人ひとりおらずに閑散としており、なんとか店としての建前を保っているというところだった。


「いらっしゃい」


 店の中に入るや否や、そう声をかけてきたのは、茶髪のくせ毛が特徴的な、頬のこけた青年だった。枠の太い黒の眼鏡をかけており、カウンターの奥に座ったままの彼の手には、閉じられた本が握られている。相変わらず、暇をしているようだった。


「なんだ、珍しい客じゃないか」

「確かにそうかもしれんな」


 そう軽口を叩き合いながら、店内を見渡す。店として機能しているかどうかは置いて、品揃えはそこらの服屋とあまり変わらないようだ。何分ここにそう言った目的で来るのは初めてだから、改めて見るとなかなかひどいものである。  


「あの、先輩」

「うん?」

「そちらはどなたで?」


 そう二人からの疑問を投げかけられ、そういえば彼女に紹介していなかったな、と思い出す。


「知り合いのロットだ。こんな店だがちゃんと営業はしてる」

「こんな店とは失礼だな」


 冗談交じりに紹介してやると、ロットはけらけらと笑って返した。


「それで、こちらのお嬢さん方は?」

「ああ、それぞれラウラと助手のアリシアだ。今日はアリシアの服を買いに来た」

「ほぉ……」


 後ろの二人を親指で指しながら話すと、ロットの視線が後ろの二人――主にアリシアへと向けられる。まじまじと見つめられ、アリシアが気恥ずかしそうにラウラの後ろへと隠れると、ロットがいやらしく口角を上げながら、こちらを向いた。


「君もモノ好きだなあ」

「一応言っておくが、助手だからな」

「はいはい、そういう事にしておくよ」


 どうやら信用はされていないらしい。


「まあいいさ。アリシア、上着預かってやるから好きな服選んでこい」

「わかった!」


 おずおずとラウラの陰から出てきたアリシアがこちらに駆け寄り、上着をこちらに渡して店内をぱたぱたと走っていく。家でいらないとは言っていたが、いざ店に来たとなると、やはり気分がいいようだ。


「ラウラ、すまんが面倒を見てやってくれ」

「いいですよ、最近こういうのとは疎遠だったんで! 着せ替え人形にして遊んでやります!」


 若干ヤケクソ気味に叫びながら、ラウラはアリシアの後を歩いて追っていった。誰もいない店内を駆け巡る二人を眺めながら、俺は手にしたアリシアの上着をカウンターの上に置く。まだ彼女の温もりが残っていて、少しだけ暖かかった。


「それで?」

「ん?」

「君の用はなんだい? まさか本当に服を買いにこんな辺鄙なところに来たわけでもあるまい」


 意表をついたロットの言葉に、俺は少し口をつぐんだ。

 確かにアリシアのための服を買うのならばもっと町の奥で品ぞろえも豊富なところへ行った方がいい。ロットの店はお世辞にもいい店とは言えず、正直なんでこいつが服屋なんてやってるのか今一度質したいくらいである。

 そんな彼に、俺の目論見は全て見通されているらしい。したり顔でこちらの顔を覗き込んでくるロットに、観念してローブを手に取り、話すことにした。


「これと同じ採寸で、指定した魔術式を刻んだものを頼みたい。第一種対魔に、全属性耐性。あと余裕があれば物理耐性に魔力増強も入れといてくれ」

「随分と欲張りだねえ、そんなに彼女のことが大事かい?」

「保険……とでも言えばいいのか、そんなところだ」

「保険にしては大掛かりな気もするけど」


 確かに保険にしては少し過剰な気もするが、それでもないに越したことはない。

 二日間アリシアと二人きりで過ごして、はっきりと言えることがある。

 それは、彼女はどうしようもなく魔導士に向いているということ。魔力の質も高ければ、その扱いもすぐに慣れてしまう。おそらく真面目に教えれば、かなり優秀な魔導士になるだろう。

 才があるのなら、伸ばさない手はない。前も言ったが、俺はこれでも魔導士の端くれだ。


「彼女を魔導士にする気か、また君らしくもない」

「勝手に言ってろ。やれるか?」

「少し待って」


 そうやってローブを手に取り、ロットが大体のサイズを図り始めた。正直アリシアが着れて運動しやすい大きさならいいのだが、そこは彼にも一応仕立て屋としてのプライドがあるらしい。

 しばらくローブをいじり終えた後、ロットは満足したようにうなずき、ローブを俺の方へと手渡しした。


「多分いけるよ。ちょっと複雑になりそうだけど」

「そうか……」

「さすがに魔力増強は厳しいかな? まあ、できる限り頑張ってみるよ」


 ロットが人当たりの良い、柔らかな笑みを浮かべた。


「それで、代金なんだけどね」


 そう言ってロットはカウンターに置いてある小さな籠に手を伸ばし、中に入っている黒の髪留めを手に取って机の上を滑らせる。


「コレを彼女にやってよ」

「……そんなもんでいいのか?」

「いいさ、クレアには何回かお世話になってるしね」


 それに、とロットはどこか遠くを見つめて、


「ああいう子を見るとね、どうも何かあげたくなっちゃうんだ」

「損な人間だな」

「はは、人の事言えるのかい?」


 ロットの言葉に、銅貨を差し出す手が止まる。卓上で止まった銅貨を俺の手からさりげなく取った後に、彼はにやにやと、まるで面白いものを見つけた子供のような目でこちらを見ていた。


「奴隷の女の子に服を買うなんて、よっぽどしないと思うんだけどねえ」

「……放っておけ」

「それに、クレアがあんな趣味だとは思わなかったなぁ」

「黙れ」


 そもそも俺が選んだわけじゃない。あっちが勝手に選んできたんだ。

 などと、ローブの大体の大きさを図っているロットと口論を続けていると、服選びが終わったらしく、やけに疲れた顔をしたラウラを後ろに、アリシアがこちらへ駆け寄ってきた。

 

「これ、どう?」


 生地の薄い白のブラウスに青色の上着を羽織り、下は黒のフレアスカート。妙にぴったりとはまっているというか、一見すれば育ちの良いお嬢様のような、そんな雰囲気を醸し出していた。

 もともと面がいいのだろう。もともと奴隷の身としてちゃんとした食事をしなかっただけで、成長すればなかなかの美人になるかもしれない。


「ああ、似合ってるぞ」

「えへへ、そっかあ……」


 率直な感想を言うと、アリシアは頬を赤くして照れくさそうに笑った。もともと肌が白いせいで、顔が赤くなるとすぐに分かる。こう喜んでもらえると、こちらとしても気分が良い。


「見とれてますね……」

「ああ」


 二人の呆れたような呟きに、はたと気づく。


「大丈夫だ」

「何がですか」


 怪訝な目でこちらを見てくるラウラを無視し、アリシアに髪留めを付けるためにかがみこんで目を合わせてやると、彼女の青い瞳が眼前に迫り、奥の魔術式がこちらを覗き込むようにして輝いていた。

 ロットとラウラには話す気はない。話してしまうとアリシアと距離を置いてしまうかもしれないし、俺も彼らとの関係に穴が開いてしまう。それではいろいろと困るので、時期を見て判断しよう。

 銀糸のように白い髪に触れると、彼女はくすぐったそうに目を細めた。髪を邪魔にならない程度に梳いて、左目の上あたりで留める。


「クレア、ありがと!」

「ああ」


 満面の笑みを浮かべてこちらを見上げる彼女に、頭を軽く叩いて返してやる。


「先輩、さすがにそれは……」

「違うからな」


 別に貢いでるわけじゃないし、そもそもこれはロットからの手向けだ。

 そうだろう……そうだよな?


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