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06


 夕食は昼と同じようにパンとスープ、それに干し肉を加えただけの簡素なものにした。本来ならもっと栄養のあるものを食べさせたいのだが、いかんせん買い出しに行っていないせいで、保存食のようなものしか残っていない。

 アリシアは旨いと言って食べているが、毎日これでも飽きてしまうだろう。近いうちに買い出しに行かねばならない。それと、料理の勉強も少ししなくては。


「食べたらさっさと風呂に入ってしまえ」

「……お風呂あるの?」


 最後の干し肉を口にしようとしたところでアリシアが首を傾げた。


「浄化魔法をかけた簡単なものだがな。ないよりはマシだろう」

「おぉ……!!」


 この国において、風呂は少しだけ敷居の高い嗜好品である。

 必要なのは清潔な水と、それを暖めるための火属性魔法及び魔術式。主は魔術式で行い、水の張った浴槽に魔術式が刻まれた紙を入れるだけで勝手に暖めてくれるという、なんとも便利なものである。もっともその魔術式の書かれた紙が少し値が張るのだが、普段から魔術式を書いている俺からすれば造作もない事だった。

 そもそも体を清めるのなら光属性の浄化魔法を体にかければいいだけだし、そちらの方が時間もかからず便利だ。魔術式が刻まれた紙も安値で売られているので、旅に出かけるときなどはこちらを使用することが多い。

 

「風呂の場所は地下室に行く道を逆に曲がったところにある。着替えは脱衣所に用意してあるから、それを着ろ」 

「うん、分かった!」


 そう元気よく返事をすると、アリシアは最後の干し肉を口に放り込み、席を立って風呂場へと向かっていった。


「と、俺もしないとな……」


 そうひとりごちて取り出したのは、銀色に光る手のひら大の魔導具。棒状のそれには浅い溝で魔術式が刻まれており、背中の部分には、六芒星を象ったシンボルが彫られていた。

 刻まれた魔術式の内容は、遠方の人間と対話する魔法である。それも特定の人物としか不可能であり、俺はその使用例にならって右耳にそれを押し当てた。

 しばらくの無音が続く。


「はいはーい、こちら王立第一けんきゅー……って、クレア? どうしたの?」


 次に聞こえてきたのは、気の抜けた女性の声だった。

 

「お疲れ様です、所長」

「ええ、とっても疲れてるわ。だからはやく済ませてね?」


 本当に疲れているのか、所長の声はいつもよりも眠たげに感じられた。

 シルヴィア・エシル。茶色のウェーブがかかった髪を持つ女性である。俺が務めている第一研究所の研究所長であり、俺の直属の上司にもあたる人間であった。ついでに言うと、俺がこんなところで研究を続けているのも彼女の取り決めである。


「近いうちに書庫の確認をしたいのですが」

「書庫? 君が?」


 書庫、という単語を耳にした瞬間、シルヴィアの声色が鋭くなる。


「はい。確認したいのは禁術の魔術式。俺が過去に作ったものです」

「うーん……私が許可を出すと思う?」

「思えませんね」


 だよねー、と気の抜けた返事が返ってきた。


「君自身のことだから分かってると思うけど、君は禁術を作ったからそんなところまで飛ばされたんだよ? それなのに、その禁術を見せろなんて……ちょっと、普通じゃないよね」

「火急の要件なんです」

「それはこんな夜中にかけてきた時から薄々分かってたよ」


 それもそうか、と窓の外に目をやる。すでに雪は止み、少しだけ見える夜空には星が瞬いて見えた。


「ちゃんと理由を言ってくれたら考えるよ。何なら、多少なりの支援もしてあげる」

「理由ですか」


 果たして、そこら辺の奴隷に禁術が刻まれているなんてことを信じてくれるだろうか。俺だったら、確実にありえないと言って話を切り上げる。それくらいに、アリシアという少女は異常なのだ。

 かといってここで燻っていても仕方なく、俺は仕方なく彼女に事情を説明することにした。


「端的に言えば、今日雇った奴隷に俺の魔術式が刻まれていました」

「……本当?」

「だったらこんな夜中に連絡しないと思うのですが」


 案の定、シルヴィアは俺の言ったことを信用していないようだった。魔導具を通して、訝しげな視線を感じる。


「書庫から魔術式、しかも禁術とされているものが使用されているのは、どうもおかしな話だとは思いませんか? 」

「……もっかい聞くけど、本当に? 見間違いとかじゃなくて?」

「見間違いもなにも、人間に魔術式が刻まれている時点でおかしいでしょう」

「むう、確かに」

「所長、頼みます。それでないと、彼女を救えない」


 最後のものは、半ば本心から出たものだった。

 彼女に約束してしまったのだ。報いると。その約束を果たすために、俺には為さねばならない事がある。

 しばらく黙していたシルヴィアは、少しだけ息を吐いた後、口を開いた。


「二週間」

「そんなにですか」

「こっちも色々事情があるのよ。許可してあげるだけありがたいと思いなさい」

「ありがとうございます」

「まったく、困った部下なんだから……ただし、ちゃんとその奴隷も連れてくること! 私の前に通して確認させてね?」

「無論そのつもりで」

「ならよし」


 じゃねー、とまた気の抜けた声の後に、通話が途切れる。

 多少の時間がかかるが、これで書庫を確認することができる。そこからアリシアに魔術式を刻んだ連中の足取りをつかめればいいが……まだまだ道のりは長いようだ。

 手にした魔導具を机の上に置き、俺はそのままだった食器を片付けることにした。



 唐突だが、ここは家ではなく研究所である。

 本来の目的はここよりも北にある異常現象を観測することで、あまり生活には適していない。

 たびたび訪れる冒険者を介抱したりはするが、そのほとんどはその日のうちに送り返している。ここに何人も住めるような余裕はないし、それだけの生活環境も存在していない。

 つまり何が言いたいかというと、設備されている寝具も一つしかないわけで。


「あ、やっと来た」


 風呂から上がり、徹夜する気もないので寝ようとすると、寝室でアリシアが待っていた。

 まだ少し濡れている白の髪に、青色の瞳は眠たげに開かれている。服装も白のシャツを羽織っただけであり、いちおう男物の下着を出しておいたのだが、それは身に着けていないようだった。そのせいで瑞々しいふとももが露わになっており、胸元も開いているのでどうも目のやり場に困ってしまう。


「寝てろ、と言っただろう」

「ご主人さまより先に寝るのも悪いかな、って思って」


 枕を抱きかかえながら、アリシアが言った。


「別に構わん。それよりも、寒くないのか? そんな恰好じゃ風邪をひくだろう」

「……ありがとう。優しいんだね、クレアは」


 そうアリシアが優しく微笑む。その瞳には、どこか熱がこもっていた。


「お昼に言ったこと、覚えてる?」


 そういえば何か言っていたな、と思い出す。正直、あれは冗談というか、その場のノリだと思っていたのだが……どうもアリシアにそう言った気はないらしい。


「その、して、ほしいな、って……」


 枕を強く抱きかかえ、顔を真っ赤に染めてこちらを見上げるアリシア。

 なまじ見てくれがいいから、反応に困ってしまう。するとアリシアはそのまま体を預けるようにしてて倒れ込み、俺の胸の内にすっぽりと収まった。ふわりと、どこかで嗅いだ花の香りがする。


「アリシア、お前」

「言ったよね、私。ひどいことして、って」

 

 こちらを見上げるアリシアの瞳はどこか眠たげで、吸い込まれそうなほどに深い。柔らかな頬に手を当てると、暖かな熱を感じる。


「ん……」


 鈴を転がすような、上ずったアリシアの声に、俺の手はそのまま彼女の胸元へと延びてゆき――


「冗談だ」


 抱えられている枕を奪い取り、アリシアの横に寝転んだ。


「何で!? してくれるって言ったじゃん!」

「お前みたいな少女体系に興奮するわけないだろ……せめて胸を大きくしてから出直してこい」

「な、なにおう!? 胸がなくたっていいじゃん! 挟めなくても口がありますー!」


 そういう問題ではないし、そもそも俺はそういった趣味もない。

 だがアリシアは、ひっきりなしにぎゃーぎゃーと喚いている。胸の話を振ったから怒っているのだろうか。別にアリシアはまだ小さいから気にしなくてもいいと思うのだが。それとも事に及ばなかったからか。

 正直相手をする気がない、という訳でもないしここで暴れられても眠れない。黙れと言ってもアリシアは聞かないだろう。


「……言うことを聞かない奴隷は分からせる必要があるな」


 そう小さく呟き、勢いよく上体を起こすと、アリシアが「わっ」と小さく声を上げた。


「や、やっとその気になってくれたのね……?」

 

 そういうアリシアの体は、微かに震えていた。恐怖と、恍惚と、羞恥がぐちゃぐちゃになった表情。怯えているのか、期待しているのか、正直分からない顔だった。だが、妙にそそられる。そのアリシアの姿は、どこか淫靡で、蠱惑的だった。

 そのまま俺はアリシアの方へと手を伸ばし――


「んっ……んぅ?」


 できる限り優しく、頭を撫でた。


「クレア?」

「どうした」

「あの、これ……どういう……」

「どういうも何も、頭を撫でているだけだろうが」


 俺の言葉を理解していないのか、アリシアが首をかしげる。


「お前も今日一日手伝ってくれただろ? だから、その礼だ」

「お礼なんて別に……」

「それに、今日の態度で分かった。お前は俺を殺そうとしていないし、脅したりなんかもしていない。だからお前を殴ったりして言うことを聞かせようなんて思ってない」


 これに関しては、本当のことだ。

 アリシアは初日にしてよく働いてくれた。周りの環境のせいで助手を取れない俺からすれば大助かりだ。こんな貴重な人材をみすみす手放すわけにはいかないし、今後も続けてもらう。


「だから、安心しろ。お前を捨てたりしないし、酷いこともしない」


 何時の間にかアリシアはこちらに体を寄せて、俺の胸に顔をうずめていた。


「クレア、わた、私……」

「でもうるさかったから罰な」


 はい? というアリシアの呆けた声を無視し、ベッドに押し倒す。

 動揺する彼女をそのまま布団のなかで抱きしめると、彼女の温もりを全身で感じる。絹の様に柔らかな肌と、ふんわりと香る花の香り。率直に言って、とても心地が良かった。


「く、クレア? こんな……」

「何だ? 主人の命令が訊けないというのか」 


 それはそうだけど、とアリシアが小さく漏らす。だが、どうしても抜け出そうとしないあたり、彼女もまんざらではない様子。寝ころんだまま頭をぽんぽんと優しく触れてやると、アリシアは観念したように小さな溜め息をついた。


「こんなはずじゃないのにぃ……」

「諦めろ。そしてさっさと寝ろ」


 そうしばらくアリシアを抱いていると、ゆっくりと眠気に襲われる。

 アリシアの肌の質感と温もりを全身で感じながら、俺は深い眠りに落ちていった。



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