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01

よろしくおねがいします。


 もともと、冬は嫌いだったんだ。

 寒くて手がかじかむし、食料はすぐに底をつくし、雪が降り積もって家から出られないこともある。

 寝ても起きてもずっと寒いし、外の景色は白から変わらないし、外出するのにも準備する必要があるし――家の前で少女が倒れていたりする、そんな季節がどうも嫌いだった。


「……」

 

 年は十四か五くらいだろうか。雪にそのまま解けていきそうな純白の髪に、かすかに上下する胸元には、痩せこけた、震えている手が添えられていた。身に着けている黒いローブを降り積もる白がゆっくりと染めていき、首につけられた銀の首輪――奴隷階級の証だけがその色を強めている。

 なぜ奴隷階級の少女がわざわざ俺の家の前で倒れているのか。それだけで頭が痛くなりそうな状況ではあったが、少なくとも死んではいない様子だった。どちらにしても、面倒なことには変わりないが。


「起きれるか」


 一応の確認をしてみるが、返ってくるのは僅かな息づかいだけ。


「……聞くだけムダか」


 そうと決まれば、することはただ一つ。

 ローブについた雪を手で払い、そのまま両手で少女を持ち上げる。体に触れてみても起きる様子は見せず、まるで眠っているかのように胸を上下させているだけだった。両手がふさがっているため、玄関は足でどうにか開けることになる。

 少女を暖炉の近くの椅子へ座らせ、暖炉に薪をくべる。簡単な火の魔法で着火させた後、少女をイスごと暖炉へ近づけ、わざわざ奥から持ってきた毛布を優しく羽織らせる。この間にも少女は目を覚ます兆候すら見せず、強いて言えば僅かに震えている手が落ち着きを取り戻したくらいだった。


「全く、面倒な……」


 一連の手当てを済ませ、一息ついたところでつぶやく。

 前々からこういった人間の介錯は経験済みだった。魔物の出現する森に近いこの家では、時たま痛手を負った冒険者が駆け込んでくることがあり、そういった人間を手当てすることが多かったのだ。もちろん経験しているだけで、とても面倒だと思っているし、ちゃんとそれなりの金を巻き上げているが。

 だが、彼女は最初から俺の家の前で倒れていたのだ。

 

「これだから、冬ってのは嫌いなんだ……」


 暖炉から少し離れた、長机の椅子に座ってそう愚痴を吐く。

 返ってくるのは、ただ薪の燃える音だけだった。



「んぅ……」


 そんな声を上げて少女が起きたのは、暖炉を灯してから十五分が過ぎたころだった。

 最初、少女は自分がどこにいるのかわからないようで、あたりをきょろきょろと見回していたが、自分の状況を確認すると、ほっと安心したような顔をしてもう一度毛布の中に顔をうずめ……


「起きろ」

「きゃん!」


 この状況で二度寝する馬鹿がどこにいるか。たまらず俺は少女の頭を軽くはたいた。


「……おはよう?」

「ずいぶんと呑気だな」


 首をかしげながら聞いてくる少女に、ため息をついて返す。

 どうやら、本当に自分の状況を理解していないらしい。俺は彼女になぜ倒れていたのかを確認するために、今までの経緯を聞いてみることにした。


「何があったか覚えているか?」

「えと……ご主人さまに言われて、そしたら知らない人たちに連れられて、そこから逃げて……」

「……ここまで来た?」

「そう。それで……」


 すると、彼女はふと何かを思い出したように立ち上がり、迫るような表情で俺の肩を掴んだ。


「あいつらは!? 私のことを追ってこなかった!?」

「お前の言う『あいつら』がどんなものかは知らんが、今のところ何もないな」

「そう、よかった……」


 ほっと安心したように息を吐き、彼女は崩れるように椅子へ座った。どうやら、何者かに追われているらしい。そうしてこの建物を見つけ、助けを求めようとしたがあえなく力尽きた、と。そこに採取へ行こうとした俺が彼女を見つけ、保護して今に至るわけだ。


「ありがとね、えーと……」

「クレアだ」

「うん、ありがとう」

「……お前は?」

「あ、私? 私は、これだから」


 そう、彼女は首に嵌められた銀色の首輪――奴隷の印に触れた。

 このあたりの地域では奴隷制度が認められている。と言っても基本的には金を払って人員を雇う、といったビジネス的な面が大きい。その仕事も大半が買い物に少し付き合ってほしいとか、魔術の実験に付き合ってほしい、というもの。奴隷、というよりは便利屋、と言った方がいいのかもしれない。

 奴隷に充てられるのは売り出された人間や獣人といったものではなく、なりたい人間が申請して登録して働くことができる。登録期間や回数も登録者側から指定できるので、一般人は小遣い稼ぎ程度に登録することが多い。もちろん、そういった事情でない人間も少なからず存在するが。

 

「名前はないの。好きに呼んで?」


 彼女はというと、少ないほうの人間らしかった。


「なんでまた、こんなところに?」

「必死にあいつらから走って逃げてきたら、偶然ここにたどり着いたの」

「逃げてきたら、ねえ」

「そうして、この建物があったから、助けてもらおうとした瞬間に……ちょっとふらっ、ときて」

「あえなく力尽きたと」

「うん」


 彼女がウソを言っているようには見えない。が、どうにも気になる点が一つ。


「本当に、走って逃げてきたのか?」

「そうだよ? 走りすぎて疲れちゃった」

「本当か?」


 俺の問いかけに、彼女は首を傾げた。


「ここから王都までは森を一つ抜ける必要があるんだが……」

「……必死に逃げてたから、それくらいは」

「その森には、魔物が沢山いてな」

「……そうなの? 運がよかったんだよ」

「運がよかった、か」


 明らかに怪しい。目は泳ぎ、手元もせわしなく動いている。

 そろそろ化けの皮を剥いでやろうと、俺は核心に迫る質問を投げた。


「森は、どうやって抜けてきたんだ?」

「え? だから、まっすぐ――」

「本当か?」


 もう一度聞くと、万策尽きたのか、ついに彼女は押し黙ってしまった。


「まっすぐ抜けられないんだよ、あそこは」


 そう、あの森は普通に抜けようとすると、永遠に出られない魔法がかけられているのだ。

 この先は他のダンジョンや狩場に比べて危険な地域である。まだ未熟な冒険者が足を踏み入れないよう、いわば防壁の役割を成しているのだ。

 そこを抜けるには一定の魔力で魔法への耐性を付けるか、あるいは一定のルートを通る以外に方法はない。彼女には魔力があるもののあの森を抜けられるような力量ではないし、彼女の証言からそのルートを通った可能性はない。

 後に残るのは魔法を解除するしかないが、そうした場合、真っ先に魔法をかけた術者――つまり、俺にその反動が来るわけだ。


「誰の差し金だ? テイラーか? ルークか? それとも代表か……これだけガバガバなあたり、テイラーあたりだろう、違うか?」

「……そう。当たり」

「いちいち面倒ごとを起こす奴だ」


 それでいて、適当。それがテイラーのやり方だった。

 第一、現地人でも分かるようなことを教えないあたり、頭が抜けているのか――あるいは、俺がそこまで推理することを見抜いてのことなのか。いずれにせよ、迷惑極まりない。

 どうせ森を抜けたあたりから倒れろ、とでも言われたんだろう。その証拠に雪が全くついていなかったし。そもそもこんな少女が魔物の出る森に一人で入ることからおかしいのだが……。


「それで、要件はなんなんだ」

「え?」

「話を聞かないとは言っていない。どうせ、何かの言伝を頼まれたんだろう」


 でなければ、こんな奴隷を送ってくるはずがない。

 尤も、あいつが自分で歩いて来ればいいだけの話なのだが。


「……聞いてくれるの?」

「まあ、聞くだけなら」

「そっか」


 と、彼女は少しだけ考えるようなそぶりを見せた後、意を決してこちらに向き直り、口を開いた。


「私を、あなたの奴隷にさせて?」



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