第8話 「前進しない魔法と恋」
キャラクタープロフィール7
レオン・ローベルト
・誕生日:11月28日
・好きなもの:酒、祭り
・嫌いなもの:チーズ、雷、パズル
・趣味:サッカー観戦
・特級魔法:透明化魔法
・契約悪魔:アルプ
・ドイツ生まれのエージェント。既婚者であり年齢は29歳。
非常に面倒見がよく目下の者に対しても優しいため多くの魔法使いから慕われている。
大柄な体格の通りパワーファイトが得意であり実力は非常に高い。反対に頭脳戦は苦手。
ちなみに妻は先天的な魔法使いであり(ただしエージェントではない)現在は教師をしている。
今、俺以外の全てがゆっくりと動いている。
前方からは矢が数本こちらに向かってきていたが、それすらもどんよりとした速さになっていた。
これは俺の特級魔法、自分以外の時間の流れを遅くする魔法だ。
「よし、イケる!」
矢を1本避けた後、残りの矢の方へ走っていく。目で確認できる限りあと2本。
「うおおお!!」
大きな声を出し勢いよく突っ込んだ。
「あれ?」
突如周囲が元に戻った。ということは当然矢も……。
「うわあ!!」
速度を増した矢を地面にうつ伏せになることで間一髪避けられた。もしあと数秒遅れていたらと思うとなんとも恐ろしいことだろう。
まあ矢の先端はゴム製の丸いボールになっているので怪我することはほぼないが。
<やはりこうなったか……>
剣になっているルシファーは呆れ声で言う。
「ちくしょう! 今回はうまくいきそうだったのに~!」
悔しさのあまり両手を砂浜に強く叩きつけた。
「う~ん、なかなか上手くいかないッスね~……」
「で、でももう特級魔法が使えるだけでも凄いですよ!」
年下2人の対照的な反応が何とも言い難い気分にさせる。
俺はあの後も何度か事件を担当し着々と魔法も使いこなせるようになってきた。藤導達ほどではないとしても中級魔法も数個は覚えたし剣術も多少なりとも様になったと思う。
だが特級魔法だけはあれからほとんど進歩しない。通常数年特訓してようやく習得できるものとは聞いていたし魔法使いになってたった1ヶ月程度の俺がほんの少しでも使えるだけ異例なのかもしれないが、やはり進歩なしというのは悲しいもんだ。
だから今日も特級魔法の特訓をしていたのだがこの有様である。
「悪いなシャーロット。わざわざ協力してもらって」
「いえ、私は構わないですよ」
せっかく手伝ってくれているのだからそれに応えたいが現状じゃ難しいな。
「櫻津君、あなたは今魔力に頼り切った状態で特級魔法を使っているの。だから数秒しか効果がないのよ」
籐導が言うには特級魔法は魔力と魔法使いの体が一体となって初めて力を引き出せるとのこと。
もっともそれができるようになるのに数年かかるようで、特級魔法の習得に数年必要な理由だそうだ。
「もっと鍛えなきゃな……」
「まあ体術も覚えなければいけないし今日はこのくらいにしましょう」
悔しさを残したままルシファーを元に戻し、格闘訓練へ移る。
まあ、こっちも散々なのだが……。
いくら俺は格闘技の経験がない素人とはいえ自分より小柄なヴァニラに何度も投げられ何度も絞められている。
こいつは投げも絞めも異常に強く手加減はしているようだが俺はまったく太刀打ちできない。
結局今日も何もできず終わってしまった。
特訓を終えた後、帰る前にヴァニラが言った。
「そういえば、魔法省から通達が来てたッスよ」
「どんな内容なの?」
服から手紙を取り出す。
「長官が学校が始まるまで私達を夏休み扱いにするらしいッス」
「夏休み!?」
まさかエージェントに夏休みなんて制度が採用されるとは思いもよらなかった。
長官も粋な計らいをしてくれるもんだ。
待てよ? これは逆にチャンスなんじゃないか? ここで“せっかくの休みなんだしどこか行かないか?”ぐらいのこと言えば、もしかしたら2人っきりでなんてことも――。
「櫻津さん櫻津さん」
俺の耳元でヴァニラが小声でささやく。
「どうした?」
「チャンスッスよ。切歌様を誘ってみたらどうッスか?」
「ば、バカ! ななななに何言ってんだお前!」
マズい、いきなり大声をだしてしまった。いや、あんなこと言われたら誰だって動揺するだろうけどよりによって籐導の前で……。
「ど、どうしたんですか?」
「い、いや、なんでもない! 大丈夫だ!」
全員ビックリした顔でこっちを見ていた。幸い会話の内容は聞かれていなかったようだが。
「お前ちょっとこっち来い!」
ヴァニラの手を引っ張りみんなから離れた岩陰へ連れて行く。
ここならあいつらには聞こえないだろう。
「で、お前いきなり何言い出すんだよ? チャンスとか……」
「あの、もしかして隠せてるって思ってるッスか?」
え? バレてるの?
「か、隠す? さ、さあ? 何のことやら?」
「櫻津さん隠し事下手ッスね……」
呆れ顔で俺を見る。
確かに俺は嘘をつくのは上手くないけどこれだけはなるべく知られないようにしていた。正直ショックだ。
「……誰にも言うなよ……」
「誰にもも何もルシファーさんもシャーロットもヴィネさんも知ってますよ」
……マジで……?
思わず放心状態になってしまった。
「そりゃあ見てれば分かるッスよ。まあ切歌様自身は気づいてないっぽいッスけど」
なんだ、藤導にはバレてないのか。なら安心だな。いや安心ってわけではないか。
「でも櫻津さん、私は櫻津さんならアリだと思ってるッスよ」
ヴァニラが急に真面目なテンションになったおかげで放心状態から抜け出せた。
「アリってどういうことだ……?」
「櫻津さんと出会ってからの切歌様、なんだか楽しそうに見えるッス。だから2人にはうまくいって欲しいんスよ」
藤導が? 楽しそう? 俺と出会ってから?
俺自身は正直な話、あまりそうは思えない。俺はあいつの笑顔を未だに見たことがないし、いつもクールで表情も冷たい。
まあ俺はそういった部分も含めて好きなんだが、楽しそうとは到底思えなかった。
「そうなのか? 俺にはそう思えんが……」
「私が言うんだから間違いないッスよ。なんたって生まれた時から切歌様と一緒なんスから」
小さい笑みを浮かべサムアップするヴァニラ。
その目はまるで“自信を持て”というエールを俺に送っているようだった。考えすぎかもしれないけど俺にはハッキリと見えたんだ。
「ありがとよ……」
よし、俺も男だ。ここらで一発勝負に出てやろうじゃねえか。
気合を入れヴァニラと共にみんなの場所へ戻る。
「悪い悪い、遅くなっちまって――」
「私は祭りに行きたいぞ!」
元気よく答えるルシファー。一体何の話だろうか。
「何話してたんだ?」
「せっかくの休みだし、どこか出かけたいとルシファーが言ってるの」
あれ? まさかの先越された?
「まあ、私もたまには休みたいし別にいいけれど」
「私もどこか行きたいです! できれば……海とか……」
どうやら藤導もシャーロットも賛成のようだ。ヴィネはシャーロットについていくだろう。
2人っきりとはいかなそうだなこりゃ。
「お前らはどうじゃ?」
ルシファーが俺たちに聞いてきた。
「ま、まあ、私は別に……」
「お、俺も……いいぞ……」
藤導を誘う計画はいきなり失敗に終わった。俺は今内心かなり落ち込んでいる。
なんて運がないんだ俺は。
「よし、じゃあ明日から思いっきり遊び三昧じゃ!」
「ハメを外しすぎんなよ」
顔は笑っていたけど、心の中は落ち込み度がMAXだった。
別に誰のせいでもない、俺に誘う勇気がなかったのが悪いんだが。
「櫻津さん……」
そんな俺をヴァニラだけは心配そうな目で見ていた。
けど夏休みはまだまだある。チャンスは残ってるはずだ。
諦めずに次の機会こそモノにしてみせる。
◇
その日の夜、切歌は自宅で風呂に入っていた。
左胸には魔法使いの証、魔法陣。
(夏休み……か……)
湯船に浸かりながら考える。
思えば今までの休みは大体トレーニングに費やしていた。そうでなくとも家族かヴァニラと一緒だった。こんなに他人と過ごす休みは初めてだ。
今年は海や祭りに行くと言っていたし今までとは180度違う過ごし方になりそうな予感がする。
(海に行くのなら水着買わないと……)
ふと水着を持っていないことを思い出した。学校の体育以外ではもう何年も着ていないし、新しいものを買わなければならないだろう。
(今度みんなで買いに――)
海に行く、当然明日夢も来るだろう。
(見られるってこと……? 私の体を……櫻津君に……!)
一気に顔が真っ赤になり視線を下げ胸を見る。
彼女は抜群のスタイルを持っているが本人にとっては反対にコンプレックスになることが多々ある。
(べ、別に見られてまずいものも……)
頭ではそう思っていても心は素直で、一度思ってしまうともう頭から離れなかった。
(な、何か別の話題は……)
一息いれ自分自身を落ち着かせると切歌は別のことを考えだした。
それは今までのことがすべて吹き飛ぶほどのことだ。
(もうすぐね……。お父様、お母様……)
◇
夜、冷静になって気が付いた。
藤導を誘って2人っきりになる作戦は失敗したけど……。
一緒に海に行けるから結果オーライじゃね?
水着が見れるんですよ! 水着!
想像しただけで笑いが止まらんな。
「何をニヤついておる?」
「に、ニヤついてなんて!」
図星突かれて焦ってしまった。
てか思いっきり表に出てたのか……?
「大方切歌の水着を妄想しておったのじゃろうな、変態小僧め」
ため息混じりでルシファーが言う。
クソ、エスパーかこいつ。
だがなルシファーよ。その言い方には語弊がある。妄想なんて人聞きが悪いじゃないか。
俺は漫画で覚えた彫刻のような立ち方で言い放った。
「妄想ではない、想像と呼べ」
「してたことは認めるのじゃな……」