第7話 「2人の友情」
キャラクタープロフィール6
ヴィネ
・誕生日:不明
・好きなもの:ケバブ、ボードゲーム全般
・嫌いなもの:魚、シャーロットを傷つける者
・趣味:チェス
・特級魔法:風魔法(風を自由自在に操ることができる)
・契約者:茅ヶ崎シャーロット愛梨
・72柱の伯爵でルシファー派の悪魔。青い髪と切歌に負けず劣らずなスタイルが特徴。
基本的に誰に対しても敬語で接する。
戦闘の際は弓へ変化する。なお矢は無限に生成される。
当初は自身のためにシャーロットとサバトを行ったが彼女の優しさに触れていき今ではシャーロットはヴィネにとっても大切な存在である。
夏の暑さがより厳しくなってきたある土曜日の昼過ぎ、共同生活を始めていたヴァニラとシャーロットは2人で買い物に来ていた。
買い出しは普段ならヴァニラ1人で行くのだが“一緒に住むようになった以上は手伝うべき”というシャーロットたっての希望で今日は2人で行っている。
目的地のショッピングモールへと向かう道の途中での出来事だった。
「暑いですね……」
シャーロットが話題を振る。
「そうッスね……」
ヴァニラは返事をする。
「そういえば今日ヴィネさんは?」
「あ、今日はルシファーさんのとこに行ってるみたいです」
今度はヴァニラが話題を振りシャーロットが答える。
だがそこから先の言葉が進まない。沈黙が訪れ周囲には気まずい雰囲気が漂う。
(気まずいなあ……)
(気まずいッス……)
シャーロットが来てからもう5日が経ったのだが未だに2人の間には微妙な距離があった。
嫌い合っているというわけではないが表情があまり動かず感情が伝わりにくいヴァニラと引っ込み思案なシャーロット、どうしても距離ができてしまう。
(う~ん……、何とかして会話を盛り上げないと……)
「あの、シャーロットさん?」
考え事をしていたためにシャーロットは呼ばれていることに全く気付いていなかった。
「え!? あ、はい! なんでしょう!?」
動揺しているのが丸分かりな反応だ。口調も明らかにいつもより改まっておりヴァニラからしても困惑を強める反応だった。
「いや、お店着いたッスよ……」
「あ、そ、そうですか……」
再び訪れる沈黙の時。2人共静けさが痛いほど身に染みている。
こういった時、明日夢かルシファーがいればある程度話も弾むのだが今日はあくまで私用だ。わざわざ声をかける必要はないし付き合わされるのも迷惑だろう。だから誘わなかった。
「じゃ、じゃあ行きまスか……」
「そ、そうですね……」
思えばこの5日間、常に2人の近くには切歌かヴィネがいた。そうでなくとも明日夢かルシファーがいた。そう、2人だけになったのは実質今日が初めてなのだ。
だがここまで会話が弾まないとは正直予想外であった。
「じゃあ、日用品から買いに行きましょう」
店内に入ると冷房のおかげで程よい涼しさを感じる。
土曜ということもあり人は多く初めてここに来たシャーロットはヴァニラなしでは1人で歩き回ることも困難だろう。
「人多いんですね……」
「まあ土曜ッスから。土日ならこのくらいは人いるッス」
「そ、そうですよね。土曜日ですからね……」
シャーロットが答えるもののそこまでであった。
(どうしよう……)
(話題がないッス……)
ぎこちない会話を繰り返しながら買い物を終えたころにはもう夕方になっていた。
「じゃあ、帰りましょうか……」
手に購入した品物を抱えながらシャーロットが言う。
「あの……どうせならそこで少し休んでいかないッスか?」
ヴァニラが指差した方向にはモール内にあるカフェがあった。
店内は空いておりすぐに座れそうだ。
「じゃ、じゃあそうしましょうか」
照れながらシャーロットも同意し2人で席へと座る。
空いていたためか注文した商品はすぐに出された。
ちなみにヴァニラはアイスココア、シャーロットはダージリン。
「シャーロットさん、今の生活楽しいッスか?」
ココアを飲みながらヴァニラが聞く。
いきなりの質問にシャーロットは動揺を隠せずにいたが赤くなった顔でなんとか答える。
「正直、最初は不安もありましたけど……今は凄く楽しいです……!」
「そうでスか……、よかったッス」
ほっとしたのか、ヴァニラは軽い笑みを浮かべた。その顔はシャーロットが今まで見た中にはないような表情だ。
ヴァニラは切歌ほど全く笑わないというわけではないが、それでもシャーロットにはヴァニラの笑顔が珍しく思えた。
「私も2人も同居人が増えて嬉しいッス。今までは切歌様と2人だけでしたから」
決して2人の生活が楽しくなかったわけではない。だがヴァニラ自身は大勢の方が楽しめるという考え方の持ち主であり、だからこそシャーロットとヴィネが来てくれたことが嬉しかった。たとえ言葉に出すことはしなくても。
「エルビアさん……」
小さく笑いヴァニラが言う。
「そろそろ帰りましょうか」
夏とはいえ時刻はもう19時近く、店を出ると日はかなり傾いていた。
2人並んで歩いていた時、ヴァニラが口を開く。
「すいません、ちょっとコンビニで飲み物買ってきていいッスか?」
この暑さなら喉が渇くのも無理はない。シャーロットもそう理解している。
「じゃあここで待ってますね」
さっきまで少し残っていた夕日はいつの間にか沈みもうすっかり暗くなっている。人通りもあまり多くないここに1人で待つのはちょっとした勇気が必要なレベルだ。
(エルビアさん……私のこと考えてくれてたんだ……)
今まで知らなかった一面が知れたと思うと嬉しさで笑顔になる。
「いてっ!」
「きゃっ!」
周りを見ていなかったシャーロットは振り返った際に男性にぶつかってしまった。
共にしりもちをつく。
「いてえな、どこ見てんだよ!」
見るからにガラの悪い服装の男2人組だった。
こういったタイプの人種との付き合いがシャーロットにあるはずもなく、ただ萎縮することしかできない。
「す、すいません!」
深々と頭を下げ謝罪する。だが相手は聞く耳など持っていなかった。
「お、この娘結構可愛くね?」
「ホントだな。おい、悪いと思ってんならさ、ちょっと俺らに付き合ってよ!」
2人組は威圧するような声で迫り肩を組んできた。
「や、やめてください……」
恐怖で震え助けもいない。ヴィネもおらず魔法も使えない。
体術の心得もないシャーロットには打つ手はなかった。
「あのさ~、よそ見してたの君の方だよね?」
「そ……それは……」
力では到底及ばず肩を組まれたまま引っ張られ連れて行かれそうになる。
(た……助けて……!)
「いて! いててて!」
突如1人が痛がりだしその声に反応し後ろを見ると男の腕が抑えられていた。
「あの、その人私の連れなんスよ。乱暴は許さないッスよ」
そこにいたのはヴァニラだった。
「エルビアさん!」
「何だテメエ!」
すかさずもう1人が襲い掛かるがヴァニラは腕を取り柔道の投げを見舞う。
勢いよく地面に叩き付けられた男はノックアウト状態である。
「今後一切私達の前に現れないでください。いいッスね?」
2人組は情けない声を出し逃げ出した。
「まったく……チンピラは困るッスね」
「あ、あの……」
服の汚れを払うヴァニラに涙目のシャーロットが話しかける。
安堵で今にも泣きだしそうな気持ちだった。
「怪我ないッスか?」
「ご、ごめんなさい! 私のせいで……」
自身の力の無さを実感すると同時に助けてくれた嬉しさも強く感じていた。
シャーロットの目にはもう大粒の涙が溜まっている。
「大丈夫ッスよ。私切歌様を守るために昔からありとあらゆる格闘技やってまスから。シャーロットさんが無事でなによりッス」
ヴァニラは手を差し出す。その手を掴みシャーロットは立ち上がった。
「もう遅いッスから帰りましょう。あ、はいこれ」
そう言ってヴァニラはペットボトルの紅茶を出した。
「これは……」
「私の奢りッス。シャーロットさん紅茶好きッスよね?」
2人の間には確かな友情ができていた。口には出さなくとも、見えなくとも、堅い友情が。
「あの……、呼び捨てでもいいですよ……」
恥ずかしそうに頬を染めながら話す。
「じゃあ、私もヴァニラでいいッスよ」
今度はヴァニラが小さく笑いながら話す。
シャーロットはいきなり呼び捨てにすることに抵抗があったので迷いながらではあったが口を開く。
「じゃあ、ヴァニラ……ちゃん……」
慣れないちゃん付けに照れたのか、シャーロットと同じようにヴァニラも顔が赤くなった。
「ま、まあそれもいいッスね……」
◇
「あ~……、やっと終わった……」
今日は1学期最後の日、終業式だ。
HRも終わり後は帰宅するだけ、明日から夏休みである。
とはいえ、俺達は仕事が忙しいんだろうけどな。せっかくだから1回くらい藤導と遊びに行きたいぜ。
「あ、櫻津さん」
校門の前にいたのはヴァニラだった。藤導達と待ち合わせだろうか?
「おう、待ち合わせか?」
「はい。シャーロットはそろそろ来るはずなんですけど……」
ちなみに藤導は先生に手伝いを頼まれていたので帰りが少し遅くなるらしい。
ルシファーとヴィネも迎えにいかなきゃならないしもう少し後になりそうだな。
「ヴァニラちゃん! 遅れてごめん!」
後ろから聞こえた声の主はシャーロットだった。
この2人は知らない間に仲良しになっていたがまあいいことだ、うん。
「あ、櫻津さん、こんにちは!」
「おう」
シャーロットはなんだか明るくなった気がする。いや、もしかしたらこれが本来のこいつなのかもな。
気付けば生徒はもう俺達くらいになっていて校内は静かだった。
「あ、切歌様」
手伝いを終えたのか、藤導がルシファーとヴィネを連れ校門へ来た。
「待たせてしまったわね、ごめんなさい」
「よく見つからなかったな……」
そりゃあ見るからに生徒でない人間――ではなく悪魔だけど――がいたら問題になるだろう。
「転送魔法で下駄箱まで転送したからよ」
「じゃあさっさと帰るぞ! 私は腹が減った!」
俺達は人目のない場所へ移動し転送魔法で家へ帰った。
でも正直一緒に歩いて帰ってみたかったな、藤導と。
夏休み、俺は藤導と出かけることは諦めていた。
魔法省からの手紙が来るまでは。