第72話 「分かっていても」
「ク……ソ……! ここまでか……」
そう言って明日夢が膝を付くと、場は一気に静まり返った。
「何が起きたんだ?」
「ふう、やっと戻ったぜ……」
◇
あの野郎、勝手なことしやがって!!
「待たせたな、みんな!」
体を取り戻した俺にみんなが歓喜していた。
前にあんなことがあったからな、心配になるのも当然だ。
「さて、早速――痛でで!!」
急激に痛みが襲う。
気付くと体中傷だらけだ。
「櫻津君、これを飲んで」
「パールヴァティー様?」
差し出されたのは液体の入った小さな瓶だ。
その相手はパールヴァティー様だった。
「これは?」
「インド神話の医術神であるアシュヴィン双神からもらった薬よ。すぐに回復するはず」
言われるがままに瓶の栓を開け、薬を飲み干す。
ミントのような風味が口の中に広がった。
「ふう、ご馳走様です」
爽やかな気分になった後、どんどん体力が回復していくのが分かった。
「それと、今あの子は……」
パールヴァティー様の視線の先では、藤導が横になりヴァニラに抱きかかえられていた。
「藤導!」
「大丈夫、気を失っているだけ」
一体何をしやがったんだ、サタンの野郎……!
「あいつのこと、お願いします」
「櫻津君!」
パールヴァティー様の制止に耳も貸さない、それほどシヴァに対する怒りがあるんだ。
「さて、シヴァさんよ! 続きといこうかい!」
「……何故だ?」
急に神妙な面持ちで問いかける。
「何故、勝ち目がないと分かっていても戦おうとする? 人間が神に勝てる確立は0だ、それは君も気付いただろう? なのに何故戦おうとする?」
「気に入らねえからだ!!」
シヴァを一蹴し、剣を拾う。
どうやらルシファーはまだ意識が戻っていないようだ。
「確かに俺はあんたに勝てない、そこは認める。けどな、分かっていても一発ブン殴って伝えてやりてえんだ、自分の子供を救おうともしないなんて間違ってるってな!」
アンダカは決して全てが悪だったわけじゃない。俺はそう確信していた。
だからこそ……許せなかったんだ……!!
もし、もしアンダカがアスラではなく普通の神として生きていたら、今頃は……!
そう思うと怒りがこみ上げてくる。
「はじめてだよ」
ボソッとシヴァが呟く。
「はじめてだ、私にこんな風に接してきたのは」
「シヴァ……」
シヴァはパールヴァティー様へ視線を向ける。
「君の言うとおり、本当は自分でも分かっていたさ。素直にそれを認められなかったのは、何が邪魔をしていたんだろうな」
その姿を見て、何故だか剣を降ろした。
もう戦う気がないのが見て取れるからだろうか。
「たった1人の人間に指摘されるなんてね、皮肉なものだ」
「シヴァ……」
「君には今までにないものを感じる。パールヴァティーとも、ブラフマーやヴィシュヌとも違う何かを……」
この時、俺の中に怒りはなくなっていた。
「櫻津君、みんな。すまなかった」
その光景が信じられない、インド神話の主神が頭を下げている。しかも俺達人間に向かってだ。
「正直どうすればいいのかは分からないけど……」
「そんなの決まってる」
ゆっくりとシヴァに近づく。もう争うつもりはないのは互いに同じだ。
「道を間違えたら、またやり直せばいい。それだけだよ」
俺の言葉にシヴァは笑顔を見せた。
日が傾き、次第に暗くなっていく。長い1日が終わりを告げようとしていた。
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インド神話編、次回で完結です。
そしてその後は最終章となります。
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