第13話 「混沌の幕開け」
キャラクタープロフィール12
デイナ・エルビア
・誕生日:1月3日
・好きなもの:ラスク、水族館
・嫌いなもの:ニンニク、格闘技
・趣味:魚の飼育
・特級魔法:なし
・契約悪魔:なし
・エルビア家の母で藤導家のメイド。
温和であり格闘技は野蛮だと思っている。ただし子供達が習うことに関しては切歌を護るために必要と考えており許容している。
「おう、久しぶり」
夏休み明け、朝登校してきた俺に松木が話しかけてきた。
「おう」
「夏休みどうだった?」
「別に大したこともねえよ」
無論これは嘘である。今年の夏休みは俺の生涯で最も濃厚な時間だった。
ああ、今日から学校というのが心底嫌だ。もっとあの時間が続いて欲しかったぜ。
「そういうお前はどうだったんだ?」
「まあバイトしたりアニメ見たりゲーセン巡りしたり……」
こいつは相変わらずだな。
いや、こいつが変わらない以上に俺の環境が大きく変わったというべきか。
みんないつもと変わらない日常に戻っている。俺は友達と話し授業中に眠り家に帰りルシファーのわがままを聞く、そんな日常に。
そして藤導はいつも通り1人で過ごす日常に戻った。
この数ヶ月で彼女の色んな面を知れた、だからこの光景を悔しく感じる。
俺には動く勇気なんてないのだが。
◇
「うん、土日ならなんとか」
電話の相手は俺を育ててくれた晴香叔母さん。今年で30になるが結婚はしていない。
俺を育てることを優先してくれたから。
『じゃあ、日程決まったら連絡ちょうだい』
「はいよ、ありがと」
そう言って電話を切る。
「誰と電話してたんじゃ?」
興味本位からかルシファーが聞いてきた。
そういや、みんなにはまだ話してなかったっけ。
「俺を育ててくれた叔母さんだよ」
そう答えるとルシファーもそれ以上は特に聞いてくることもなかった。正直その方が有難い。
「さて、飯はどうするか――ん?」
急に部屋の電気が消えた。ブレーカーが落ちたのかな?
窓の外を見ると真っ暗になっている。大都市停電ってやつか?
「うわ!」
俺の部屋の床が光りだした。しかも魔法陣が浮かび上がっている。
間違いない、これは転送魔法だ。
「櫻津さん!!」
転送されてきたのはシャーロット――と弓に変形したヴィネ――だった。
「なんだ!? どうしたんだ一体!?」
「事件です! すぐに来てください!!」
事件だって? 何とも急な話だな。
とはいえ行かないわけにもいかん。
「行きましょう、レ・テン・テレイル!」
転送された先で見た光景、それは数十人に囲まれ戦っている藤導とヴァニラの姿だった。場所はどこかの鉄塔で、周囲には人は見当たらない。
「なんだよこれ……」
目の前の状況が完全に飲み込むことができず、頭の中はこんがらがっている。
サバトを行い魔法使いになってから何度も事件を担当してきたけど、こんなに大人数相手ってのは経験がない。
何者なんだこの連中は。
「明日夢!」
ルシファーの呼びかけでようやく我に返った。マジに気が抜けてたぜ。
「ボケっとするな! 私達も戦うぞ!」
「わ、悪い!」
剣へと姿を変えたルシファーを手に握り、相手の陣営へ突っ込んでいく。
「いくぜ! おら!」
剣で敵を次々と切りつける。もちろん死なない程度にだが。
多人数とはいえこいつら個人の実力は恐らく大したものじゃないな。これならジェイさんの方がよっぽど強かったぜ。
「フィ・ケイ・カーズ!」
シャーロットも特級魔法で竜巻を起こし一気に薙ぎ払っていく。その様子は見ていてとても愉快だ。
とはいえさっきから戦い続けている2人はそろそろ疲れが見えてきている。これだけの人数相手となるとやっぱり4人だけじゃキツいな。
「どんだけいるんだこいつら!?」
マズい、俺もシャーロットもさすがに疲労が溜まってきた。
「おいおいどうした!」
「きゃあ!」
シャーロットが敵の攻撃を喰らい倒れた。腕からは出血が見られる。
「シャーロット!!」
すぐさまヴァニラが駆け寄る。
「平気……このくらい……!」
悪いがこっちも人のことを心配している余裕はない。シャーロットのことはヴァニラに任せよう。
「つってもな……」
このままじゃジリ貧だ。俺も最早敵の攻撃を受けないことに専念するのが精一杯、あまり体力も残ってない。
<明日夢、これを使え!>
俺の手にクリスタルが握られていた。このクリスタルには見覚えがあるぞ。
「これは……! よし!」
呪文は覚えている。やるしかない。
「サー・ショーヌ・サモン!」
光を放つと現れたのは俺の使い魔、ガルーダのサリーだ。
「サリー、ブチかましてこい!」
その巨体にモノを言わせ敵を滑空しながら吹き飛ばしていく。使い魔にはこういうこともできるのか。
「私達も負けてられないッスね」
「うん……!」
年下コンビもどうやら大丈夫そうだ。
「フィ・ケイ・カーズ!」
風魔法で敵の固まっている方へヴァニラを吹き飛ばす。何をする気だ?
「マ・テイル・タリカ!」
「ぐあああ!」
そういうことか。あの勢いで硬化したヴァニラが突っ込めば大ダメージを与えられる。
この2人、毎度ながら息のピッタリなコンビネーションだ。
「櫻津君、怪我はない?」
話しかけてきたのは息を荒らした藤導だった。
「おい、大丈夫か!?」
「私は大丈夫よ……」
いやいや、どう見ても疲弊しきってるだろ。こいつは弱音を吐くような性格じゃないけど……。
「もらったぁ!」
しまった。つい気を緩めてしまった。
数人の敵が襲い掛かってきたが俺も藤導も不意を突かれ反応できない。
こりゃ攻撃を喰らうしかないな、チクショウ。
俺は被弾を覚悟した。
「熱いぃ! なんだこりゃ!」
なんだ? 炎が敵を襲っている、一体誰が?
「遅れてごめんなさい」
そこにいたのは長身でスリムな体型、白髪ショートのスーツを着た女性だった。手には槍が握られている。
「魔法省です! 全員大人しくしなさい!」
「魔法省? 俺達の味方ってことか!」
周囲には次々と転送魔法でエージェントが来ていた。こりゃ頼もしい。
「ぐああ!」
「ったく……本当お前らは使えねえな!」
その声がしたのは敵陣営の中からだった。
左右に分かれ道が開くと、そこにいたのは巨大な処刑鎌――だったか?――を手に持つ男。
「あのお嬢ちゃんには手出しちゃダメだろ」
「なんですって……」
あのお嬢ちゃん、そう言って奴が処刑鎌の刃を向けたのは紛れもない藤導だった。
「どういうことだ!」
「それは教えらんねえな」
「その処刑鎌……あなたがレオンの言っていた……!」
「今日のとこは帰らせてもらうぜ。またな!」
やけに陽気な口調だな。ついさっき仲間を1人殺したはずだ。
こいつ、相当狂ってやがる。
「待ちなさい! 何故関東中の鉄塔を狙った!?」
関東中だと? そうか、停電が起きたのはこいつらの仕業だったってわけか。
「理由か? 真っ暗闇で何者からか襲われる恐怖を味わう様を見て楽しみたいからだよ。中々楽しめたぜ」
何言ってんだこいつ? 本当に人間か? 魔法を自分の快楽のために使ってるってのか……! そのためにこんなことを……!
「ざけんな!! こっち来いクソ野郎!!」
俺は自分の出せる最大限の声で叫んだ。
だがその声は奴には届かなかったようだ。いや、初めから聞く耳持たずって方が正しいか。
「そう怒んなって! いずれ相手してやるよ! つってもしばらくは静かにするけどな。じゃあな!」
「待ちなさい!」
そう言い残し奴と残党は転送していった。どこに転送したかも分からない以上は追いようがない。
悔しいが取り逃がしたってことだ。
「……ありがとな、サリー」
俺がそう言うと嬉しそうにしながらサリーはクリスタルへ戻った。
エージェント達が倒れた敵を確保していく。パッと見ただけで40人近くはいるかな。
「あなた達、怪我は?」
例の女性が俺達の所へ来た。
「遅いぞアイラ」
剣から元の姿に戻ったルシファーがさっそく憎まれ口を叩く。ていうか知り合いなのか。
「ごめんなさい」
「ま、遅れた理由は大体分かるがの」
その時、アイラさんとやらの槍が光り始めた。そうか、この槍は悪魔が変形したものだな。
「相も変わらず減らず口ばっかかの、ルシファーさんよお」
槍の元の姿、それはレオンさんと同じくらい大柄な筋肉質で褐色の肌、弁髪の悪魔だった。
「初めまして、私はアイラ・スペンサー。長官の秘書よ」
この人長官の秘書だったのか。どうりでルシファーと知り合いなわけだ。
「俺はこいつの契約悪魔イフリート。お前らに分かるように言うとランプの魔人ってやつだ」
ランプの魔人? アラビアンナイトだかアラジンだかに出てくるあれか? あの話のモデルがこのイフリートという悪魔なのか。
「到着が遅れたのは市街地で奴らの仲間による一般人の虐殺行為が行われていたからよ」
虐殺行為!?
みんな一瞬で言葉を失った。魔法使いが普通の人間界にここまで危害を加えたのは恐らく初めてじゃないか?
そうか、さっきあいつが言っていた『真っ暗闇で何者からか襲われる恐怖』ってのはこのことか!
「関東中の鉄塔が襲われた結果大都市停電が起こり混乱を招いた……ってとこじゃろうな」
「さらに言えばその混乱に乗じて何の力もない人々を虐殺した、そして対処に来た魔法省のエージェントを始末する……っつうシナリオだろう」
ルシファーとイフリートが事態を解析する。
「何てことしやがるんだ……!」
俺は悔しさのあまり歯を食いしばる。
「あいつらは何者なのですか? それに私に手を出さないように言ってましたけど……」
「現状では何とも言えないわ」
何が何だかまったく分からない。俺だけじゃなく、みんながそう思っていただろう。
唯一分かるのは謎の勢力が人間に牙を剥こうとしてる、ってことくらいか。
戦いが終わり家に帰ってきたはいいものの、真っ暗闇の生活を強いられることとなった。
いや、そんなことは別にいい。俺の怒りの矛先は別にある。
「誰がこんなことを……!」
翌日、携帯のニュースを見て初めて知った。この事件は海外でも起きていたことを。
そして俺は知らなかった。奴らの目的を。




