第124話 「一緒に生きていこう」
「ここは……」
「なんだか久しぶりだろ?」
あの日から数日が経った。
怪我の具合が少し良くなったようなので俺は藤導は連れ出した。
場所は俺達の学校の屋上だ。地面には俺の血が固まっている。
「すまねえルシファー、ちょっと外してくれ」
「うむ」
二つ返事で了承し、ルシファーは屋上を後にする。
◇
屋上を去ったルシファーは扉の前で待機している。
そしてその横には――。
「で、何をしておる?」
「いや~つい気になっちゃって」
「です!」
ヴァニラとシャーロットが外で覗いていたのである。
「出歯亀とは感心せんなお前ら」
「だってお二人が二人っきりになるなんて」
「気になるッスよ!」
ヴァニラとシャーロットはふざけあう。
和気あいあいとした雰囲気が場を包んだ。
「キャーキャー」
「アツアツデスワヨー」
「楽しそうじゃの」
さすがのルシファーも苦笑いを浮かべる。
だがこの先の見えない状況の中で、どこか心が落ち着くのも事実である。
「まったく……馬鹿者めが……」
◇
「それでここへ来たのは?」
「いや、ちょっと話がしたいって思っただけだよ」
ここ数日は見ていられないくらい疲弊しきっている。
何か力になれればいいと思ったんだ。
「大丈夫か? 具合悪くないか?」
「大丈夫よ、ありがとう。そっちこそ大変じゃない?」
「ああ。師匠が俺のこと漫画にするって言っててな、取材とか言って毎日大変だよ」
そう、師匠はこの一連の戦いを漫画にしようとしているらしい。しかも主人公のモデルになんと俺を抜擢したそうだ。まあ俺自身読んでみたいから協力しているんだけどな。
「そういや今更な話だけど本当によかったのか? エクスカリバーを預けちまって?」
あの戦いの後、俺達の前にミカエルさんが現れた。
その時、なんとエクスカリバーを預かってもらえるか聞いてきたのだ。
『よろしいのですか? エクスカリバーの真の所有者に選ばれたのであればあなたには不老不死の力が――』
『良いんです。エクスカリバーがあればその力に目を付けた人間が必ず出てきます。それに……私にはそんな力は必要ありませんから』
『ミカエルさん、俺からもお願いします』
『そうですか。そこまで言うのなら分かりました。ではせめてあなたを天界の宝物庫と繋げてあげましょう』
そう言うとミカエルさんは何かの呪文を唱え藤導の手のひらに魔法陣を出現させた。すぐに消えてしまったが、ミカエルさんによると必要な時にだけエクスカリバーを呼び出せるらしい。
「これでいいのよ。不老不死なんて持っていても意味はないもの」
「かもな」
少なくとも彼女には必要のないものだ。だからミカエルさんに預けたのだろう。
「ところでアイラさんに呼ばれてたけど何だったの?」
「ああ。実はな、俺にやってもらいたいことがあるんだと」
アイラさんに呼び出された俺はある命を受けた。新長官としての命を。
「俺にルシファーのもとで勉強を積んだ後、各神話を結ぶ外交官になって欲しいんだと」
「……外交官!?」
目を見開いて驚いている。それもそうだ、大役だからな。
はっきり言って俺に務まるのか不安もある。けど不思議と迷わずに返事をした。
「……で、何て答えたの?」
「やらせてくださいって言ったよ。俺にできることがあるならやりたいし、何より……」
俺にも思いがあった。
この一連の事件で悲しんだ人達が大勢いる。涙を流し、傷付いた人達がたくさんいる。俺自身もそうだ。
俺は……。
「父さんや母さんのような悲しい出来事は起こしたくないからな」
そのために世界を良くする。だから引き受けた。
「素敵な答えね」
「そうかな。けど勉強しなきゃいけないのはな~」
肩を落とす俺の姿が面白かったのか、笑顔を見せた。クスっと笑うその姿に思わず頬が赤くなる。
思えば出会った頃はこんな表情を見れるなんて考えられなかったな。
「よかったよ、元気そうで」
「そうかしら?」
「ああ。最近ほとんど寝れてないだろ? 体壊したりしてないか心配だったんだ」
あんなことがあったんだ、眠れない日が続くのも無理はないだろう。それに精神的にも……。
ここ数日の様子は心配になるレベルだった。
「ありがとう。そこまで心配いらないわ。ただ……」
「ただ?」
俯いた。苦しい思いがモロに伝わってくる。
「さすがに、辛く感じることはあるわね……」
それは普段なら絶対吐かない弱音だった。
きっと相当辛くて、でも我慢して、それでも耐え切れなくなったのだろう。
彼女の悲しい目が余計に俺の胸を苦しめた。
「そう……だよな……」
「テレビやラジオのニュースで御祖父様を何て言ってるか知ってる?」
本当は知っていた、だけど答えられなかった。いや、答えられるわけがない。
だって口に出したら藤導は辛いだろうから。傷付けてしまうだろうから……!
「どこのチャンネルを回しても同じ。史上最悪の人間、人類史上最大級のテロリスト――」
「おい、もうよせ!」
自分で口に出す度に声が震えていくのが伝わってきている。
もう見ていられなかった。
彼女は深呼吸し、落ち着かせる。
「だけど」
「だけど?」
「決めたことがあるの」
今度は彼女の硬い意志を感じた。
先ほどまでとは違う、確固たるものを。
「私は家を守る。お父様とお母様と……」
そこで言葉が詰まった。
相当悩んだに違いない。それでも決めたのだろう。
意を決したように藤導は口を開く。
「……御祖父様の名誉を守るために」
「そうか……」
総一郎氏は現在世界各国で敵意を向けられている。それは当然だ、あれだけのことを仕出かしたのだから。
だが中には過激な人達が藤導家までもを敵視している。魔法界では名の通った名家だっただけになおさら状況が悪い。
アイラさん達のフォローによって彼女には危害が与えられないように情報規制してはいるが、いつ限界を迎えるかは分からない。なんせ総一郎氏を恨んでいるのは魔法界にもいるのだから。
そんな状況の中で彼女は決心した。家の名誉を守ると。その先には沢山の困難が待ち受けているだろう。それでも彼女はその道を進むと決めたんだ。
「……やっぱ強いな、藤導は」
「そんなことないわ」
「いや、スッゲー強えよ」
藤導は困難に真っ向から立ち向かうと決めた。
ならば、俺には何ができる? ただ見ているだけ? そんなのまっぴらごめんだ。俺も力になりたい。
一緒に、歩んでいきたい!
「あの時、止まった時間の中で言ったこと覚えてるか?」
「忘れるわけないじゃない」
あの最後の戦いの時に俺は言った。
『お前一人にそんな辛い思いはさせない。俺も半分支える』
「男のくせに情けないけど、俺は多分前に立って引っ張っていくことはできない。だからさ……」
これは、俺の意思表示。
一生一緒にいたいっていう――告白。
「隣に立って支えさせてくれないかな?」
「え……?」
さすがに急にそんなこと言われたら驚くよな。
そんな反応してる姿も俺は嫌いじゃないけど。
俺は唾を飲み込み、さらに続けた。
「苦痛も、喜びも、一緒に味わいたいんだ」
「櫻津君……!!」
お互いに顔が真っ赤に染まる。
空を照らす夕焼けに負けないほど赤く染まっていた。
「もし……もしあなたが一緒にいてくれるのなら……私は嬉しい……!」
「いるよ。いつまでも」
一緒に生きていきたい、生きていこう。
めいっぱいの愛情を込めて俺は問う。
「一緒にいてくれるかな? 切歌」
「はい、明日夢君……!」
光り輝く彼女の涙が宝石のように美しかった。
俺達の唇が触れ合う。
甘い香りが漂う、二度目にして本当のキス。
出会いも同じ場所だった。最悪の出会い方だったけど、今のこの瞬間があるのならそれも良かったのかもしれない。
この一年近く、数々の戦いを乗り越えてきた。
そして、これからも乗り越えなければならない壁は絶え間なく現れるだろう。俺達二人が選んだ道はそういう道だから。
でも、みんながいる。そして、彼女がいる。
それだけでどんなことも乗り越えられるって思えるんだ。
俺達なら掴める。幸せな将来ってやつを。
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