初めてのブラ選び
「お父さん。行ってくるね」
「気を付けて行けよ」
「うん」
僕とお父さんが別れの言葉を交わしている横でルイスはナスにしがみついていた。
「ナス……いっちゃうの?」
「ぴー」
「ルイス、それくらいにしておきなさい」
「うー……」
お母さんに促されルイスはナスから離れた。
「ルイス。ナスにばいばいって」
「ナス……ばいばい」
「ぴー」
別れを済ませた僕達はリュート村を後にした。
リュート村が見えなくなった辺りで僕は突然背負い袋が引っ張られ僕ごと空中に持ち上げられた。
「ナギさん!?」
僕の異変にいち早く気付いたフェアチャイルドさんが叫ぶ。
そして、勢いよく引っ張られ空中で一回転し何かの上に乗っかった。
「……アース?」
僕は今アースの首の上にいた。背負い袋を咥えるか角で引っ掛けて僕を首の上に乗るように放り投げたんだろう。
「ぼふ」
「ぴぃー!! ぴぃぴぃー!」
「ぼふん。ぼふぼふぼふ」
どうやら昨日ナスばかりが構われていたのが気にくわないらしい。全く……かわいい所があるじゃないか。
「仕方ないな……ナス、今日の所は許してあげて? フェアチャイルドさん。悪いけど落ちた兜取ってくれる?」
そう言うとナスは渋々と言った様子で引き下がってくれた。
フェアチャイルドさんから革兜を受け取ると今度はウィトスさんが羨ましそうに呟いた。
「いいなぁ」
「ぼふ」
ウィトスさんの呟きに反応してアースが動き出す。どうやら僕と同じような事をするつもりなんだろう。
「こらこら。駄目だよアース。ウィトスさん。乗りたいなら魔法使いますよ?」
「いいんですかぁ? お願いします~」
『アースウォール』を使いウィトスさんを持ち上げる。
ウィトスさんはアースの首に飛び乗ると何故か僕の後ろに回りぴったりとくっついてくる。
まぁ背負い袋あるから胸は当たっていない。そもそも金属の胸当てを着けているから柔らかさは堪能できないが。ああ、でもお腹に回してくる腕はなんだかいい感じ。
ふと、地面を見下ろすとフェアチャイルドさんが口をあんぐりと開け僕の方を見ている。おっといけないいけない。僕は女の子女の子。
咳ばらいをし僕は真面目な顔でフェアチャイルドさんに聞いた。
「フェアチャイルドさんも乗る?」
「乗ります!」
余程乗りたかったのかいつもの彼女らしくない程勢いよく答えた。
「あっ、でも大丈夫? アース首痛くない?」
「ぼふ」
大丈夫だと言うけれど長い時間乗ってても大丈夫なのかな。
「痛くなったらすぐに言うんだよ?」
「あっ、それでしたら私背中に下がりますよぉ」
「わざわざすみませんウィトスさん。じゃあフェアチャイルドさん。魔法使うよ」
フェアチャイルドさんをウィトスさんと同じように魔法で持ち上げると、僕は彼女がローブを着ている事を思い出した。跨らせる訳にはいかないし横座りかな。
大きく足を出そうとしている彼女に横座りを進める為に止めると、突然身体を止めた所為か体勢を崩し落ちそうになった。
僕は慌てて彼女の身体を支えそのまま両腕で落ちない様にしっかりと抱きしめる。相変わらず軽い。ローブを着ていて荷物を背負っている事を差し引いてもまるでぬいぐるみを持っているような錯覚さえ感じる。実際にはそんなに軽くないはずなのに。
「ごめんね。大丈夫?」
「……はい」
驚いた顔を見せた後彼女はまるで蕾が綻ぶかのように表情が変わり笑顔を見せた。頬を赤く染め、花の様に微笑む彼女の顔こそ花のかんばせと呼ぶのかもしれない。
それは本当に綺麗な笑顔だった。
「……あっ、僕少し後ろに下がるね」
「あ……」
急いで後ろに下がりフェアチャイルドさんをアースの首の上に降ろした。
「よし。ナスはどうする?」
「ぴぃ」
まだ地面にいるナスに聞いてみるけれどそっぽを向かれてしまった。アースも乗せたくないのかぼふんと鳴いてナスがいない方を向いた。
「もう……仲良くして欲しいんだけどな」
「一緒に居れば仲良くなれますよ」
「そうだといいけど……」
この一年半。たしかにナスとアースは子供達と遊ぶ時以外は一緒にいる時はなかった。基本ナスは飼育小屋にいたし、アースも倉庫にいてお互いに会う時間はなかった。
遊んでいる時だって主に子供を相手にしていてお互いにあまり干渉しあっていなかった。したとしてもアースが変にちょっかいをかけていただけだ。
僕としてはナスを普段はアースから離して態度を軟化させたかったんだけど逆効果だっただろうか。
「はぁ……アース。とりあえず出発しようか」
「ぼふ」
「きゃっ」
アースが一歩踏み出すと少し揺れた。
その揺れにフェアチャイルドさんは少しワザとらしくも可愛らしい声を上げて僕にしがみ付いてきた。
僕は苦笑しつつ彼女の腕を解かせた。
「ちょっと揺れるからね。気を付けて」
「……はい」
彼女は不貞腐れたような顔を一瞬見せたけれどすぐに何でもないかのようにいつもの表情に戻す。
アースも気を付けてくれるのか揺れは歩いていくうちに少しずつ小さくなっていった。
都市に着いた僕達はまずナスとアースを施設に預けその後女性用の下着を主に扱っている呉服屋へ向かった。
まるで処刑台に連れていかれる様な心境だった。
この世界の胸当てには二種類の意味がある。ウィトスさんや僕が身に着けている防具としての胸当てと下着としての胸当てだ。
これは二つの言葉が翻訳によって同じ言葉になっている訳じゃなく実際に同じ言葉が使われているのだ。
で、下着の方の胸当てには様々な種類と呼び名があり、ブラジャーとかの翻訳はこっちで行われる。
フェアチャイルドさんが最初に持ってきたのは前世でも馴染みのある形のブラジャーで、肩紐がありバストをしっかり包み込み安定させる奴だ。
「黒……ですか」
「はい。ナギさんの髪にぴったりだと思います」
ブラジャーにはレースがついていて何というか……大人向けのデザインだ。
ちなみにブラジャーはバストを安定させる為に金属のワイヤーが使われているから基本高級品だ。そんな物を何の迷いもなく持ってこないで欲しい。買えるけどさ。
一方ウィトスさんが持ってきたのは肩紐のない筒状の胸当てを持ってきた。これはチューブブラと翻訳された。
あまり伸び縮みはしないけれど、バストを包む部分はきちんとふくらみが出来ており、背中側には調整するための紐がついている。
鎧などを着る女性はこれでバストを保護するらしい。僕の革鎧は一応大雑把で僕の物よりも大きいけれどだけど胸の形に合わせた形になっている。
「さらしでよくないですか?」
「潰れるから駄目ですよぉ」
「ナギさん。こちらの大人っぽい赤いのもおすすめですよ」
「え、えーと……ウィトスさんはチューブブラ使ってるんですか?」
「そうですよぉ」
「一般的な胸当てってどういうのがあるんですか?」
「えっとですねぇ。このワイヤーの入っていないカップブラというのですよ~」
ウィトスさんが手に持ったのはブラジャーよりも何というか、固そうなブラだった。
形はブラジャーと大差ないのだけど、触ってみるとバストを覆う部分に何か固い物が入っているようだ。だからカップブラなのだろうか。
「これはですねぇ、厚くて硬い布が入っているらしくて鎧とかの下に着るのはお勧めできませんねぇ」
「そうみたいですね」
「む~……」
フェアチャイルドさんが頬を膨らませ恨みがましく僕を見ている。
「あの、フェアチャイルドさん。あんまり高いのは……」
「でも似合うと思うんです」
「ご、ごめんね?」
「私はチューブがいいと思うんですどぉ。どう思いますかぁ?」
「はい。それでいいと思います」
ウィトスさんが薦めてくるのなら間違いはないだろう。
「じゃあ試着しましょうかぁ」
「え」
「試着! そうですね! 試着しましょう!」
「チューブブラって自分で調整できるからしなくてもいいんじゃ」
「でも似合ってるかどうか確かめるべきだと思いますよぉ?」
「僕は別に気には……」
「駄目です。やりましょう」
「いやいやいや」
「物によって素材も違いますしぃ、着心地を確かめてから買っても遅くはないですよぉ」
「もしも肌に合わなかったら大変です。ぜひやりましょう」
フェアチャイルドさんが僕の腕を引っ張り執拗に試着室に入れようとする。
「何でフェアチャイルドさんはそんなに乗り気なの!?」
「ナギさん。騒いじゃ駄目ですよぉ?」
「……ごめんなさい。フェアチャイルドさん。分かったから腕引っ張るのやめて」
そう言うとようやく僕の右腕は自由になった。
とりあえず適当にチューブブラを手に取ってカーテンを開いて試着室へ入る。
「ナギさん。お手伝いは……」
カーテンの向こう側からフェアチャイルドさんが聞いてきた。そういえばチューブブラは背中の紐を結ばないといけないのか。
「……結ぶの出来なかったら頼んでもいいかな」
「はい!」
なぜそんなに嬉しそうなのか。
取り合えず上の服を全部脱いでさらしも解く。今日は朝にお風呂入ったし寒かったしアースに乗っていたから汗はかいていないけど直につけて大丈夫なのかな。
でも特にウィトスさんからは何も言われなかったしいいのかな。
それにしても……姿見を見て改めて思う。
女の子だなぁ。
筋肉があるお陰か身体は決して細くはないけれど、身体の線はもう立派に女の子だ。
自分で言うのもなんだけど顔立ちはお母さんに似ていて年相応のかわいらしさがあると思う。目が大きく唇はぷっくりとしていて客観的に見て美少女なんじゃないだろうか。
何度見ても前世の僕の面影はない。
都市を出る前に僕は念の為にと役所へ向かった。
いつ治療の依頼が来るか分からないから都市に寄った時は役所に顔を出す事を僕は決めていた。
卒業する前は授業以外で都市から出る事は出来なかったため自然とグランエルでの仕事ばかりだったけれど、まだ四回しか仕事したことはない。しかもピュアルミナを使った仕事は一件だけ。皆健康的だ。
役所の建物に入ると僕に気づいた所員さんが僕に駆け寄ってきた。
「いい所に来てくれました」
「もしかして仕事ですか?」
「こちらへ」
話しにくい事なのか僕は所員さんに個室へ案内された。