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ナス無双

 食事が終わり、お昼寝の時間が終わるとナスは子供達と追いかけっこをして遊んだ。ルールは学校でやっていたようにナスが追いかけられる側だ。時折子供達を待つ時にする丸い毛玉の尻尾を振る仕草がものすごくかわいい。あんなの反則だよ。

 アースは暇なのか寝息を立てて眠っている。フェアチャイルドさんは少し離れた所でお母さんと村長さんの奥さんと話をしている。どうやら僕の話をしているらしく時々僕の名前が聞こえてくる。一体どんな話をしているのか、気恥ずかしくて背中が痒くなってくる。

 ウィトスさんは僕の隣にいて一緒にナスと子供達の事を見守っている。


「すっかりナスちゃんの独壇場ですねぇ」

「ナスは子供と遊ぶのが好きですし、何よりもかわいいですからね」

「うふふ、子供達と戯れるナスちゃんいいですよね~」

「もうちょっと年が上になるとアースも人気あるんですよ」

「そうなんですか?」

「おっきいっていうだけで男の子からは人気が出るんですよ。見た目もかわいいと言うよりはかっこいいですからそこがまた男の子から好かれる要因なんですよね」

「確かにアースさんって頼りがいがある感じですよねぇ。やっぱり男の子はああいうのに憧れる物なんでしょうか~」

「そうだと思いますよ」


 暫くウィトスさんと話をして子供達に疲れが見えてきた所で一度追いかけっこをやめさせて集める。

 中には不満気な子もいたけれどナスが真っ先に僕の元へ駆け寄ってきたので追いかけるように集まってきた。

 喉が渇いた子がいないかを確認し、乾いたと答えた子の目の前に水の玉を出す。

 目の前に現れた水の玉に驚いた様子はない。午前に散々魔法を見せたから当然か。

 休憩の時間、僕は地面に座り足を伸ばした後曲げる。いわゆる女の子座りだ。

 そして、自分の太ももをパンパンと叩くとナスが近寄ってきた。

 ナスは座っている僕の太ももの上にお腹を乗せるとそのまま動かなくなる。重い。けど鍛えてある僕の太ももはビクともしない。



「ナス、お疲れ様」

「ぴー」


 ナスの背中のふわふわもこもこな体毛をかき分けて直に身体に触れてナスの体温を感じる。


「いいなー」


 ルイスがやってきて羨んでくる。自分もして欲しいと言うけれど絶対にやらせてはいけない。鍛えてる僕だから平気だけど、子供がナスの下敷きになったら潰れてしまう。

 見た目はでっぷりとしていて直に肌に触って押してみればわかる。ナスの身体は脂肪たっぷりでぷよぷよしている。そのくせ手足には筋肉がしっかりとついていて固い。


「これは大人相手じゃないとやっちゃ駄目なんだ」

「おねーちゃんおとななの?」

「大人だよーすっごく大人」

「いーな、るーもはやくおとなになりたい」

「んふふ、じゃあ大人になる為の一歩としてルイスにお使いを頼もう」

「おつかい?」

「うん。お母さんと一緒にいる綺麗なお姉ちゃんからナス用の櫛を持って来てって言いに行ってくれるかな」

「ナスのくし?」

「うん。そうだよ」

「わかった!」


 元気良く手を挙げてルイスはフェアチャイルドさんの方へ走って行った。

 他の子へ視線を移すとアースの傍に男の子が一人いる事に気が付いた。

 男の子はアースに興味があるのか顔をぺしぺしと叩いている。子供の力じゃ起きる事はないだろうけど、念の為に近くに行って様子を見た方がいいだろうか?

 でもナスが僕の脚の上に乗っているから動けない。

 けれど心配はいらなかった。ウィトスさんも気づいたらしく、ウィトスさんがアースの近くに駆けていった。

 他の子達はやはり疲れていたのか地面に座り込んで休んでいる。


「ねーねー、ナスさわってもいい?」


 安心した所で女の子が近寄ってきて物欲しそうに僕を見てきた。


「どうかな。ナス、触ってもいいかな?」

「ぴー」

「いいって」

「やったー!」


 女の子はナスの背中やお腹の辺りを中心に触り始める。


「きもちいいー」

「あー! るーも!」


 戻ってている途中だったルイスも慌てて駆け寄ってきてナスの首元辺りを触り始めた。


「あんまり乱暴にするとナスが休めないから優しくね」

「はーい」


 幼女二人のナスとの触れ合いをしばらく眺めていると、フェアチャイルドさんの声が僕を呼んだ。

 返事をして首だけ動かすと彼女は櫛を差し出してくれた。


「ありがとう」

「いえ」

「お母さん達と話してたみたいだけど何話してたの?」


 ナスに櫛を当てる前に聞いてみる。


「最近のこの辺りの話を聞いていました。動物達が北から流れているとか」

「ああ、それは僕も聞いたよ」

「それと、ナギさんの昔の事を聞いていました」

「ええ? 僕の? なんだか恥ずかしいな」

「昔から聡明だったと聞いています」

「あはは」


 何と答えていいのかわからず笑って誤魔化すしかなかった。

 

「それで疑問に思ったのですけど、ナギさんは何歳頃から記憶があるのですか?」


 ルイス達がいるのに聞くという事は前世の事を聞いている訳じゃないんだろう。

 僕はナスの背中に櫛をあて梳きながら答えた。


「たぶん二歳になって……春になる前だったと思うよ」


 今世での僕の一番初めの記憶は僕がベッドで寝ていて、お母さんが僕の髪を撫でていた時の物だ。初めて見るはずの顔だったけれど、何となくこの人がお母さんなんだって分かったのは今でも不思議な感覚だ。

 それより前のこの身体での記憶は僕にはない。前世で乳幼児は記憶の定着がしにくいと言うのは聞いた事があるからその所為なんじゃないかと思う。

 僕も記憶について疑問に思いシエル様に聞いた事がある。前世の事を覚えているのは魂が記憶の浄化がされないまま新しい生を受けた為前世の記憶を覚えているらしい。だから次死んだら記憶を浄化され来世では何も覚えていないという訳だ。

 今世で生まれた時の事を覚えていないのは単純に魂に刻まれる前に忘れているからだとシエル様は予想していた。

 前世の記憶はずっと覚えている訳で、多分生まれた時から(有栖川 那岐)の意識はあったんじゃないだろうか。ただその時の事は忘れてるだけで。


「フェアチャイルドさんの一番最初の記憶って何?」

「私のですか? ……えと、多分シスターの背中におんぶして貰っているものだと思います」

「そうなんだ? 僕はベッドで寝てる所だったよ」

「おねーちゃん。るーもなすにしゃっしゃってやりたいー」


 ルイスが僕の持つ櫛に手を伸ばしてくる。隣にいる女の子の方もやりたそうに見てきている。


「えー。ルイスにできるかなぁ」

「できるもん!」

「ナス、痛かったらちゃんと言うんだよ?」

「ぴぴー」

「交代で仲良く使うんだよ」


 とりあえずルイスに渡してみる。

 ルイスは僕の言った事をちゃんと理解したのだろうか、もう一人の子には目もくれずに櫛を使い始める。

 ちょっと乱暴そうな音がしてくるけど僕からでは見えない所を梳いているようでどうなっているのかは分からない。子供の力だから心配はしていないけれど。


「そういえばナギさん。もうそろそろ都市に行った人たちが戻ってくる時間だと小母様が言っていましたよ」

「ああ、もうそんな時間か。そろそろ作っておかないと。ナス、ちょっとどいて」

「ぴー」

「二人共、ナスが動くから気を付けてね」


 ナスが僕の太ももの上からどくとまずはルイスの隣の女の子に声をかけた。

 魔法で様々な形の水を出しどれが一番好きかを聞いてからルイスに作った物に中身を変えただけの物を作った。

 作った物を渡すと女の子は大事そうに抱え込みお礼を言う。

 喜んで貰えた事に僕は気分が良くなり他の子達の分もちゃんと聞き込みをしてから意気揚々と作った。

 全員に渡し終わりナスの元に戻るとルイスがまだ櫛を使っていたのでそろそろ交代してあげなさいと言うと嫌そうな顔をしたので僕は怒った顔を見せてルイスの両頬を両手で軽く挟んだ。

 すると、ルイスは観念したように櫛を女の子へ渡した。なので今度は笑顔でルイスの頭を撫でた。けどルイスは嫌がってお母さんの方へ逃げて行ってしまった。

 お母さんは駆け寄ってしがみついて来たルイスを抱き上げた。するとルイスは僕に向かってドヤ顔を向けてきた。

 いや、別に羨ましくはないよ? ルイス。

 空を見上げるともう太陽が地平線に近くなっている。『蜘蛛の糸』を村の外まで広げてみると一塊になった大きな魔力(マナ)がちょうど村の入り口に入ったのが分かった。

 『蜘蛛の巣』からわかる姿形も僕の知っている人達の物だ。

 もう子守りも終わりの時間だ。僕は最後に子供達の様子を見て回り、誰も異常がない事を確認し終わると皆に両親が帰って来た事を告げた。




 夕食後、ルイスが眠そうに目を擦っているのを見てお母さんがベッドに連れて行こうとする。けれどルイスはナスとまだ遊びたいと言ってぐずっている。

 そんな様子を横目にテーブルについてお酒を飲んでいるお父さんは同じようにまだテーブルについてゆったりとしている僕達に向けて口を開いた。


「あー……アリス。明日からの予定は決まってるのか?」


 躊躇いがちなその言葉は僕を心配しているんだろうか。いつものお父さんらしくない。


「一旦グランエルに帰るつもりだよ。ですよね?」


 最初にウィトスさん。次にフェアチャイルドさんへと視線を交わし確認する。


「なんだ、もう帰るのか」

「実は買わなきゃいけない物が判明して……」

「そうか。……まぁそれならいいけどな。念の為北の方には行くなよ。最近騒がしいみたいだからな」

「動物の移動だよね」

「それもあるが、最近は魔物が頻繁に前線基地やこの国を囲ってる壁に攻撃を仕掛けて来てるらしいからな」

「あっ、それは私も聞いていますよぉ。冒険者にまだ援護要請は来ていないらしいですけどぉそんなに危険な状況なんですかぁ?」

「見えてる魔物はオークとかの大した事のない奴ららしいが、数が多いらしくてな。四年前みたいな事があるかもしれないからな。用心はしておけ」


 ウィトスさんが首をかしげる。四年前の事は知らないんだろう。いい思い出ではないから僕は話す気にはならなかった。

 お父さんも同じ気持ちの様ですぐに話を続けた。


「都市に戻った後はどうするんだ?」

「まだ決めてないけど……」

「確かフェアチャイルドさんも村出身なんですよねぇ? 次はフェアチャイルドさんの村なんてどうでしょうか~」

「私は構いません」

「それじゃあそこで。ルルカ村は南にあるんだよね?」

「はい。都市からだと馬車で二日かかります」

「じゃあ歩きだと一日ってところか」

「は?」

「そうですねぇ~。早い人だとそれぐらいになりますねぇ」

「え」


 僕とフェアチャイルドさんは思わず顔を見合わせた。


「いやいや、馬車で二日だよ? そんな早く着く訳ないよ」

「は? アリスお前、歩くの遅いのか?」

「いやいや、馬車を引いているとはいえ二日の距離を馬より一日早く歩ける訳ないでしょ? それとも夜通しで歩いてって事?」

「ええ~? そんな事しなくても行けますよねぇ」


 ウィトスさんが同意を求めるようにフェアチャイルドさんを見ているけど、フェアチャイルドさんは激しく首を横に振っている。

 そんなやり取りを見ていたのかお母さんが呆れた声で助け舟に入ってくれた。


「あなた達ね、中級の冒険者の常識と普通の人達の常識を一緒にしたら駄目よ」

「あ? 普通の奴って脚遅いのか?」

「自分の子供の頃を思い出しなさいよ。都市からこの村まで歩いても五時間はかかってたでしょ」

「……そうだったか?」

「まぁ学校一緒だったわけじゃないからあなたの時間は知らないけど、鍛えてなきゃ普通はそれくらいかかるのよ。休憩取ったりとかでね。で、朝早くから歩いても、精々三つ目の村までしかいけないのよ。確かルルカ村は四つ目の村だから一日じゃ無理ね」

「あの、お母さん。冒険者ってそんなに一日に歩ける距離が長いの?」

「そうよ。本当に速い人……固有能力とかで脚力が強化されている伝達兵とかはグランエルから首都まで一日で走り抜けられるらしいわよ。まぁ本当か嘘かは分からないけれど」

「一日で……」

「すごいです……」


 でも確かに僕一人だったらグランエルからこの村までは一時間程度で辿り着ける自信はあるな。


「あー、それで昨日はゆったりと歩いていたんですねぇ。てっきり私に合わせてくれていたのかと思いましたよぉ」


 合わせていたのはフェアチャイルドさんになんだけど、言うまい。


「それでアリス、明日は早いのか?」

「ん。急ぐ理由はないからゆっくり行くと思うよ」

「そうか……じゃあ明日の朝家に来い。稽古つけてやる」

「いいの?」


 長期休暇の時は畑の面倒を見ていたし、村周辺の巡回もしていたから手伝いはさせられても稽古を見てくれる事はなかった。


「ああ。まぁいい機会だからな」

「そっか。ありがとう。お父さん」


 お礼を言うとお父さんは頬を掻いてからコップに残っていたお酒を一気に飲み干した。

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