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冒険者(見習い) 初めての依頼

 昨日はフェアチャイルドさんは僕のベッドには潜り込んでは来なかった。前は潜り込んでくる方が偶にだったのに今ではいない事の方が偶になってしまっている。

 ウィトスさんが居たから自粛したんだろうか?

 朝早く起きていつものようの特訓した後部屋に戻ってもウィトスさんは起きていなかった。

 食事の時間までまだ時間がある為起こす必要はないけど、掛け布団と寝巻が少しはだけて目のやり場に困る事になっていた。


「ナギさん……」

「!? み、見てないよ。見てない」


 突然の背後からのフェアチャイルドさんの声にウィトスさんの首筋にかかる髪を見ていた僕は思わず首を横に振って何も見ていない事をアピールした。

 けど彼女は首を少し傾げただけだった。


「あの、髪を梳いて貰ってもいいですか?」

「え、ああ、うん。いいよ。じゃあ椅子に座って」


 やましい事なんて何もなかった。

 椅子に座らせた彼女から櫛を受け取り少し濡れている髪に触れる。


「まだちょっと濡れてるね」


 朝の特訓の後に洗髪したから濡れている。


「本当ですか?」

「うん。まだまだ魔力操作(マナコントロール)が甘いね」

「すみません……」


 僕は手で軽く彼女の髪を撫で、手の周りに纏わせた魔力(マナ)に余分な水分を吸着させる。その後柔らかい髪を傷つけない様に優しく櫛を入れる。所々絡まっている毛は一つ一つ手で解いて行く。玉になっている所は仕方ないので切るしかないけれど。絡まっている髪をすべて処理した後梳きながら魔法で出した熱風で乾かしてから髪に傷み回復の為のヒールをかける。

 ヒールは元からない物はどうにもならないけれど、元あった物なら治す事が出来る。この効果によって髪の毛の艶はその人本来の髪の艶に戻す事が出来る。

 フェアチャイルドさんの髪を編む時に枝毛を見つけたので何気なしにヒールで治るかなと思ったら治ったのだ。あれには僕も驚いた。色艶もよくなってたし僕にとっては万々歳だ。

 ただ、やはり手入れをしないと傷んでしまうのは変わらないから精油などの髪を保護する物はあった方が手間がかからないし見栄えもよくなる。


「はい。一先ず手入れは完了」

「ありがとうございます」

「フェアチャイルドさんの髪って本当細くて柔らかいよね」

「それ、いつも言ってます」

「だって触ってて気持ちいいんだもの」

「……ナ、ナギさんは髪を伸ばしたりはしないんですか?」

「一応前衛もやるからね。邪魔にならない程度の長さにしておきたいんだ」

「私もナギさんの髪手入れしてみたいです」

「えー?」


 他の人に手入れされるってどんな感じなんだろ。前髪さえ邪魔にならない程度に切りそろえておけば問題ないかな? 後は纏めればいいんだし。


「じゃあ僕も伸ばしてみようかな」

「いいんですか?」

「うん。まぁ伸びるのに時間はかかるだろうけど。……はい。今度は編むからこっち向いて」

「はい」


 僕の方を向いた彼女の後ろ髪に手を伸ばし、まずは右肩の方から後ろ髪を前に流す。

 今日はどうするかな。ゆるく編んで纏めるかリボンで纏めるか……。


「フェアチャイルドさん。今日はどうしたい?」

「今日は子供の面倒を見るのできつく編んでください」

「わかった。あっ、今日は別にローブ着る必要ないんじゃない?」

「そう……ですね。確かにそうです」

「じゃあ今日は後ろに三つ編み作ろうか」


 本当はお団子みたいなシニヨンとかもやってみたいけど知識が何分古いもんだから自信がない。

 その点三つ編みなら小さな子達相手に編んでいたから手慣れたものだ。


「じゃあ後ろ向いて。……なんかごめんね? くるくる回って貰っちゃって」

「これ位大丈夫です」


 彼女の弾むような声で少し湧いた罪悪感が引いてくれた。

 髪を編む前に彼女からリボンを手渡された。髪を留める為の物で飾りない紫のリボンだ。

 どうやら彼女も紫が好きらしく彼女の持っている小物には紫が使われている物が多い。


「じゃあちょっときついと思うけど我慢してね」


 フェアチャイルドさんの後ろ髪を三つの太さの同じ束に分けて編み始める。

 きつくなる様に根元の近くまで編み込むけど乱暴にしてはいけない。乱暴にしたら髪が抜けてしまうし皮膚にもよくない。フェアチャイルドさんに確認をしながら丁寧に一つずつきつく編み上げていき、仕上げにリボンで髪を留める。

 我ながら良く出来た。彼女の髪の美しさが良く引き出せたのではないだろうか……なんて、言い過ぎか。

 途中村長さんの奥さんが扉越しに声をかけて来たけれど手が離せなかったのでそのまま用件を聞くと、食事が出来た事を教えに来てくれたんだ。


「はいお終い」

「ありがとうございます」


 フェアチャイルドさんは確かめるように自分の三つ編みを手で触り確かめた。

 僕はまだ寝ているウィトスさんを起こす。声をかけただけでは起きなかったので身体を揺する事になった。

 筋肉がついてるお陰か割と硬かった。

 ……一応肩の辺りを触ったのでセーフという事にしてもらいたい。


「んん……おはようございますぅ」

「おはようございます」

「……あー……ナギさんおはようございますぅ」

「何故二回も?」

「いえ~現状を再確認したと言いますか~」

「そうですか」

「ですです」


 ウィトスさんは眠そうに眼をこすりながら頷いた。

 ベッドから起き上がると僕が目をそらす暇もなく寝巻からあっという間に着替え、フェアチャイルドさんに顔を向けたかと思うと楽し気な声で話しかけた。


「あっ、フェアチャイルドさん髪形変えたんですか? その髪型もかわいいですねぇ」

「今日は子供達の相手をするのでこちらの方が乱れにくいと思ったんです」

「あ~、子供ってすぐに引っ張りますからね~」

「ウィトスさんも子守りした事あるんですか?」

「見習いの時にした事ありますよぉ」


 会話はそこで終えてウィトスさんは鼻歌を歌いながらまるで踊り出しそうな歩みで部屋を出ていく。朝から元気のいい人だ。見てるだけで楽しくなってきそうだ。

 その事を食事の途中話してみるとウィトスさんが肉刺しを揺らしながら話し出した。


「私はですね~、十分に寝ないと力が出ないんですよぉ。でも昨日はぐっすりと眠れたので元気溌剌ですよ~」

「へぇ、でもそれじゃあ一人で野宿するって訳にはいかないんじゃないんですか」

「その通りなんです。だから私はなるべく村や都市で夜を過ごす事にしているんですよぉ~。お金のない時は宿には泊まらないで街中で眠りますねぇ~」

「ええっ、それって危なくないですか? 男の人に襲われたりとか」

「そうなんですよねぇ~。だからなるべく隠れて眠るようにはしているんですよぉ」


 この人一人にして大丈夫なのか?

 フェアチャイルドさんも同じ思いなのか僕の方を何か可哀そうな物を見たかのような目で見てくる。

 村長さん夫婦も気まずそうにお互いの顔を見ている。

 そんな空気に全く気付かないのかウィトスさんは美味しそうにニコニコしながら食べている。

 く、空気を変える為に話題を変えよう。


「そういえば村長さん。子供達の相手をする場所はどこなんですか?」

「ん? ああ、この家の隣の集会場のつもりだよ。一応手伝いとして妻と君のお母さんも一緒に面倒を見る予定だ」

「お母さんもですか?」

「流石に冒険者だけに子供を任せるという訳にはいかないからね」

「それはそうですよね」


 冒険者に全てを任せるわけにはいかないけれど、冒険者に働いて貰えば多くの人が時間を取れるようになるんだ。利用しない手はないんだろう。


「お母さんも一緒って事はルイスも来るのか」


 昨日はルイスには寝ている所しか見れなかったから今から楽しみだ。

 部屋に戻り準備を終えた後僕はナスとアースの元へ向かった。当然二匹にも手伝って貰う。その為に子供達が来る前に僕はナスとアースのを洗うつもりだ。

 フェアチャイルドさんもついて来ている。ウィトスさんは身なりをきちんと整え直してから来てくれるらしい。

 事前に許可は貰って草の生えていない村長さんの家の裏の空地に穴を開け、フェアチャイルドさんに水を出して貰ってからお湯にして貰う。どうやらお湯を直に生み出すのはまだ精霊から授かっていないので出来ないらしく手間がかかる。

 お風呂にはアースに入ってもらい、ナスは僕がお湯を出して直に洗う。


「今日ねールイスが来るかもしれないよー」

「ぴー!」

「ぼふん?」

「アースはまだ会った事ないよね。僕の妹だよ」

「ぼふ」

「まだ小さいから僕達の事覚えてるかな」

「ぴぃぴぃ」

「ふふ、覚えてるといいね」


 話しかけながら洗っているとウィトスさんがやってきた。


「何か手伝える事ありますか~?」

「んー。無いですね」


 手は足りてるんだよね。

 ナスの汚れを洗い流した後水分を取り熱風を出して完全に乾かす。


「はい。綺麗になったねー」

「ぴー!」

「魔法って便利ですね~。もふもふですよぉ。あぁ……柔らかくて気持ちいいですぅ……」


 ウィトスさんもついに洗い立てのナスの魅力を知ってしまったか。

 洗い立てのナスは長年もふもふしてきた僕でもまったく飽きが来ないほど気持ちがいいのだ。

 アースはもう少しかかるだろうか。そう思っているとフェアチャイルドさんが後は自分にまかせて子供達を迎える用意をして欲しいと言ってきた。

 用意と言っても集会場に向かうだけだ。時間の指定はされていないけれど依頼を受けた側が遅れるわけにもいかないだろう。

 お言葉に甘えて僕はナスを背負いウィトスさんと一緒に隣の建物の玄関口へ向かった。

 集会場の前にはまだ誰もいない。ナスをウィトスさんに預け中を覗いてみるけどまだ誰もいないようで安心した。

 戻ってナスを返してもらおうとしたけれどウィトスさんは放そうとしない。おのれよくも僕のナス(モフモフ)を。 

 ナスも困り気に鳴いている。


「ウィトスさん。重いでしょ? ナスを降ろした方がいいんじゃないですか?」

「大丈夫ですよぉ。私こう見えて結構力あるんですからぁ」

「でもナスも苦しそうですし」

「え? 本当ですかぁ? ごめんなさいナスちゃん」

「ぴー」


 ようやくナスが解放された。

 解放されたナスはウィトスさんの脚に頬をすりすりする。これはまだちょっと距離があるけど仲良くしたいと言うナスの意思表示だ。

 鼻と違い角を当てる危険性が低い為ナスがまだ気を使っている証拠だ。


「きゃははっ! くすぐったいですよぅ!」

「それはナスが仲良くしたいって言ってるんですよ」

「まぁ! それは嬉しいですねぇ。ナスちゃん。仲良くしましょうね~」


 ウィトスさんはしゃがみナスの手を取り上下に揺らす。


「ぴー!」

「うふふ。これでもうお友達ですよぉ」

「良かったねナス」


 そうこうしている間に遠くにお母さんと子供達がやってくるのが見えてきた。

 フェアチャイルドさんは終わっただろうか。ナスに様子を見に行って貰い能力で教えてもらう。

 どうやら洗い終わって今乾かしている所らしい。それならすぐに来るだろう。

 さぁ冒険者(見習い)になって初めての依頼だ。

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