親子
実験を終えた頃には辺りは暗くなっていた。フェアチャイルドさんとアースも子供達と別れたのか少し離れた所で僕達を見ていた。
彼女達の元へ駆け寄り子供達の相手をしてくれた事へ感謝した。どうやら子供達とアースは打ち解ける事が出来たらしい。よほど遊んだのかまだ怒っているかは分からないけれど、彼女は疲れた顔をしている。
やる事はやったので村長の家へ戻り僕達の泊まる部屋へ戻るとウィトスさんは薬作りが終わったのか机に突っ伏して眠っている。
「起こさない様にしようね」
「はい」
とはいえ何もする事がない。ナス達と遊んでいようか。特訓してもいいかもしれない。盾の扱いは慣れておかないといけないからね。
僕は盾と木剣を持ち再び外へ出た。疲れた顔をしていたフェアチャイルドさんは部屋で休むと言ってベッドの上に寝転がっている。
村長の家の横でライトを維持したまま僕は仮想の敵相手に剣と盾をひたすらふるった。
「おっ、アリスいい腕してるな」
突然の声に僕は特訓を中断して声の主を探す。
「お父さん」
今日の仕事は畑ではなく村周辺の見回りだったんだろう。ライトの光を鎧と大剣が照り返している。
僕はすぐにお父さんの傍へ駆け寄った。
「いつから見てたの」
「そんなには見てないさ。ついさっきお前を見つけたんだ」
「お父さんから見てどうだった?」
「いい筋してると思うぞ。秋の時は盾持ってなかったけど、それがお前の本当の戦い方か?」
「え、違うよ。少しは習ったけど、本格的に使い始めたのは今さっきからだよ」
「……にしては様になってたがなぁ」
親の欲目……でない事を願おう。
「じゃあ才能があるって事かな」
「かもな」
お父さんがニヤリと笑い僕の頭をわしわしと撫でた。乱暴だけれど懐かしい。昔小さい頃はよくこうされていたっけ。
撫でられてずれた革兜を直す。
お父さんはそんな僕を目を細めて見つめている。
「俺も初めて冒険者になった時は似たような装備を身に着けていたな」
「お父さんも?」
「ああ。俺はすぐにでかくなるって信じて少し大きめの鎧を着てたんだ。あんまり金はなかったからアリスの様に革鎧をな」
「動き辛くなかった?」
「まぁ動き難かったな。けど、駆け出しの子供が魔物と戦う事はなかったし、動物を狩るのだって第三階位からの仕事でな、必要になるまで全く役に立たなかった。
で、必要になった時にはもう古く小さくなっててな、防具としては使えなくなってたって訳だ」
「……そういう事は教えて欲しかったな」
「くははっ! 何でも教えたら面白くねぇだろ。冒険者になったんなら自分で体験して覚えろ。失敗も、成功も、全部な」
「……わかったよ」
「ただまぁ……そのなんだ、お前に何かあったらアンナ……母さんが泣くからな。……気を付けろ」
「お父さんは心配してくれないの?」
少し意地悪な質問だっただろうか。でもなぜかするりと僕の口から抵抗する間もなく出てしまった。
「うっ」
お父さんはたじろぎ気まずそうに頬を掻いた後答えてくれた。
「大事な娘だ。心配に決まってるだろ」
僕はお父さんの言葉をゆっくりと心の中で噛みしめる。
「……ありがとう。お父さん」
「いつでも帰って来いよ」
「うん。僕絶対に帰ってくるよ。お父さん達の老後のお世話だってしないといけないしね」
せめて今世の両親の面倒を見れるように気を付けないと。
「ばっ! お前はそんな事気にしなくていいんだよ」
「でもルイスはお嫁に行っちゃうんじゃないかな?」
「お前は本当に行く気ないんだな」
「もちろん」
困ったように眉が下がっているけど口元は笑っていますよお父さん。
「……お嫁さんなら貰うかも」
ぼそっと口にしてみる。
「はっ?」
「なんでもない」
「そ、そうか?」
「それより家に帰らなくていいの? 帰る途中だったんでしょ? そろそろご飯の時間じゃない?」
「ああ、そうだな……まぁ少しくらい遅くなっても大丈夫だろうけどな。アリスはいつこの村を出立するんだ? 村長の家にいるって事はここに泊まるんだろ?」
「明後日のつもり。明日一日は依頼で子供達の面倒を見なきゃいけないんだ」
「そうか……明日の夕飯はうちで食っていけ」
「先輩とフェアチャイルドさんに聞いてからね」
「なんだ、結局あの子と一緒なのか」
「うん」
「じゃあもういっその事みんな連れてこい」
「いいの?」
「当たり前だ。お前の友達に、先輩とやらも見ておきたいからな。……男か?」
「女性だよ」
親に男の影を心配されるというのもなんだか複雑だ。
「そうか。ならいいんだ。ルイスもナスに会いたがってたからな。ちゃんと連れて来いよ」
「うん」
「……で、ここに来る前から気になってたんだが。あのでかいのがアースか?」
「そうだよ」
「でかいな」
「でかいよね」
アースは家から少し離れた所で寝息を立てて眠っている。ちなみにナスは離れた所で僕達の様子を見ている。
「危険はないんだな?」
「うん。無いよ。性格がナスとはちょっと合わないみたいで、二匹が時々言い争いするくらいかな」
「そうか」
お父さんは頷くと僕に背を向けた。
「頑張れよ」
最後にそれだけ告げて去って行った。
大きな背中を見送り僕は特訓をやめナスとアースの夕飯を用意する事にした。
アースの食器は木の丸太を縦に半分に切って器になるように中身をくり抜いて作られた物だから大きい。
人が持ち運ぶには大きすぎるのでアースの身体に巻きつけられた紐に括りつけられている。
ナスの食器もアースに持って貰っている。これには特に理由はない。荷物をまとめておいただけだ。
ナスの食器を荷物袋から取り出し、続いてアースの食器を僕は一人でアースの身体から紐を解き持ちアースの口元に運ぶ。ずっしりとくる重さは前世の僕だったら確実につぶれている重さだ。
子供の僕でも持てる辺り、やはりこの世界の人間の身体能力は高い。以前シエル様に聞いた事があるけど、どうやら魔素の影響らしい。
アースの食器にマナポーションを満たし、アースの頬の辺りを強く叩く。
「アース、御飯だよ」
「ぼふ……」
アースは重い瞼を開け僕を見て食器を見た。
「ぼふぼふ」
アースはお礼を言ってから口をマナポーションに漬けて飲み始める。
「アース、寒くない?」
「ぼふ」
「寒かったら土の中に潜ってもいいからね」
「ぼふ?」
「ここは都市じゃないからね。結界が張られている訳じゃないから問題ないと思うよ。ああ、ただ荷物はなくさない様に気を付けてね」
「ぼふ」
次はナスの番だ。
「ナスは寒くない?」
「ぴー」
マナポーションを満たした食器を置きつつ聞いてみるとナスは大丈夫と答えた。
「寒かったらナスも穴作って入っていいんだからね?」
ナビィは元々地面やちょっとした段差のある場所に穴を掘って暮らしている。
ナスくらい大きいと穴を掘るのは一苦労かもしれないけど、まぁ魔法もあるしなんとかなるだろう。
「ぴ~」
「じゃあ僕戻るからね。何かあったら魔力の糸越しに声を飛ばして教えてね」
「ぴー!」
ナスは特訓の成果で固有能力を使い相手に魔力の糸を繋げる事で相手に自分の声を届けられるようになったんだ。
もっとも、糸電話みたいな方法ではなくて相手の位置を魔力の糸で確かめ声を糸辿り相手に送るだけだ。相手の方から声を送る事は出来ない。
その為僕は緊急時や何か用事がある時だけ使う様にナスに言い含めている。何か話しかけても何も帰って来なかったら辛いだろうと思ったからね。
家の中に戻ると村長さんの奥さんと玄関口でバッタリと出くわした。
丁度夕食が出来たらしく僕を呼び行こうとしていたらしい。
僕はお礼を言ってから他の二人を呼んでくると言って部屋へ戻った。
部屋ではフェアチャイルドさんが本を読んでいた。ウィトスさんはまだ寝ているようで机に突っ伏したままだ。だけどその身体には毛布が掛けられている。部屋の中も暖かいしフェアチャイルドさんの仕業だろう。
「ウィトスさん。起きてください。晩御飯の時間ですよ」
「ん……ふぁ……ふぁ~……ん~、おはようございます……」
「おはようございます」
「ん……寝ちゃってましたか。えへへ。この毛布は?」
「フェアチャイルドさんだよね?」
フェアチャイルドさんは口では答えず首肯だけで応えた。
「ありがとうございますぅ」
「……いえ」
心なしかフェアチャイルドさんの頬が赤く見える。照れているのだろうか。
食事が終わるとお風呂の時間になった。お風呂と言っても複数人で入るような大きさのお風呂ではない為一人ずつとなる。
村長さん達はお客様である僕達にお風呂を先に譲ってくれた。
僕は三人の中で最後に入る事にした。特に理由はない。
そして、お風呂から出て部屋へ戻る。
「あれ?」
ウィトスさんが不思議そうに僕を見てくる。
「どうしたんですか?」
「ん~、ナギさん。もしかして胸当てつけてないんですかぁ?」
「胸当て……下着の方ですか? 必要ないと思いますけど?」
「駄目ですよぉ。ナギさん位大きくなった子はちゃんとつけないと形が崩れちゃいますぅ」
「さらしなら巻いてますけど」
「駄目駄目です。ちゃんとしたものつけなくちゃ~。これは明後日は都市に戻ってお買い物ですね~」
別に形なんてどうでもいいんだけどな。
「というか服の上からよく分かりますね」
「私~眼だけは自信あるんですよぉ。ぬぬぬ、サイズは七十五って所ですね~」
ウィトスさんが僕の胸を見る為か顔を近づけてきた。その時ウィトスさんの髪からいい香りがしてきた。香油でも使っているのだろうか? あまり自己主張をしない爽やかな香りだ。やはり中級の冒険者ともなると高価な物も買えるようになるのか。
僕も中級になったらフェアチャイルドさんにプレゼントしよう。そう誓いつつ僕は身を引いてウィトスさんから離れた。
「恥ずかしいからやめてください。……それで、それって大きいんですかね?」
「ナギさんの年齢からすると大きいんじゃないですかねぇ」
「小さくする方法とかないですかね」
「聞いた事ないですねぇ。私ももうちょっと小さい方が動き回る時楽なんですけどね~」
「ウィトスさんの大きいですもんね」
「ですです。しっかりと固定する意味でも胸当てはおすすめですよぉ」
「んー。でもなぁ……フェアチャイルドさんはどう思う?」
彼女の意見も聞こうと視線を移すと、彼女は両手を自分の胸に当てていた。まるで大きさを確かめるように。
見なかった事にしよう。
「私も最初は選ぶのに緊張しました。でも怖い事なんて何もありません。私も一緒に選びますから、これを機にちゃんと着けましょう。フェアチャイルドさんもですよぉ」
「え、でも私……」
「駄目ですよぉちゃんと着けないと。お肉が背中とかに周っちゃうんですからぁ」
「!? つ、着けます!」
どうしよういい断る理由が思いつかない。僕が女性用の胸当てを着けたくないのはあくまでも男のプライドがあるからだ。
だけどそれをウィトスさんに明かすわけにはいかない。……明かしちゃってもいいか? プライドと変人に見られるリスク……どっちの方がましかと言われたら、正直変人の方がましのような気がする。
「ナギさん」
フェアチャイルドさんが自分の胸から手を放し声をかけてきた。
「な、なに?」
「……私もナギさんの着ける胸当て選びたいです」
ここに来てのまさかのフェアチャイルドさんの敵対宣言!
「似合うのを探し出して見せます!」
「どうしてそんなにはりきってるの!?」
「じゃあ決まりですね~」
「勝手に決められた……」
……仕方ない。何、胸に布を当てるだけさ。さらしを巻くのと大差はないよ。きっと。




