自己紹介
残された部屋に何とも言えない微妙な空気が漂う。
「あの、えと……わ、私……」
ウィトスさんはわたわたと手を動かし何かを話そうとしているが上手くいかない様子だ。
こういう時何か飲み物があればいいんだけれど。残念ながらかさばる荷物は今はアースに見て貰っていてポットもカップも持って来ていない。
下手に言葉で落ち着かせようにも僕は年下だ。あまり年下からそういう事は言われたくないだろう。
かと言って何もしなかったら話が進まない。
「改めてよろしくお願いします。ウィトスさん」
座ったままお辞儀をする。するとウィトスさんも勢いよく頭を下げた。
「よ、よろしくお願いしましゅ! ナギさん、フェアチャイルドさん!」
「よ、よろしくお願いします」
「ウィトスさん。僕達は年下ですからそんなに畏まらなくても」
「はひ……」
「えと、とりあえず僕達はこれから何をしたらいいんでしょう?」
「えと、えとぉ……ま、まずはお互いの事をもっと知りましょう!」
「ああ、それはいいですね。まだお互いに名前しか知りませんしね」
「で、ですよね! じゃあまずは……私の事からですね。
えと、私はアーク王国の西部にあるダイソンという都市の出身です。歳は十五です。職業は今は曲芸師についています。
そして、私の好物はアップルパパイです!」
「アップル、パパイですか?」
アップルと言う単語に反応したのかフェアチャイルドさんが食いつく。
「パパイはですね、私の住んでいた都市で人気のお菓子なんですよ。蜜に漬けた果実を焼くとサクッとする生地で挟んで一緒に焼くんです」
パイ……みたいな物だろうか?
「蜜って蜂蜜ですか?」
「それが違うんですよーお花から直に採れる蜜なんですよぉ。花の精霊さんの力を借りて集めているんです。あんまり匂いの強くない蜜で、果物を漬けるには最適らしいんですよぉ」
「花の精霊、ですか? 花の精霊さんは数が少ないのに……」
「そうなの?」
「はい。精霊は妖精さんが成長して精霊になるんです。
その妖精は密度の濃い魔力が花に注がれた時花の妖精さんが生まれるんですが、木と違って花は小さい所為か力が弱い妖精が多いんです。その分妖精さんは生まれやすいらしいですけど……。
妖精にとって力が弱いという事はこの世界に存在するための力も弱いという事。
おまけに魔素の影響も受けやすいので、生まれてもすぐに魔物に変わってしまう事も多く、精霊まで成長できる妖精さんは少ないそうです」
「フェアチャイルドさんは妖精さんや精霊さんに詳しいんですね?」
「はい。私は精霊術士で、故郷の森に精霊さんが一杯住んでいるんです」
「そうだったんですかぁ~。ダイソンの周辺はお花が一杯咲いてるんですよぉ。一度は見に来てください」
「はい。見に行きます」
どちらかと言うとアップルパパイの方に興味がありそうだけど、指摘はしないでおく。彼女も乙女なのだから。
「話が大分逸れちゃいましたね。えと、好物は言ったから……趣味は観光ですね。冒険者になった理由も色んな土地を回りたかったりしたかったからなんですよぉ」
「あっ、それ僕達も一緒です」
「おお~、同志ですねぇ~」
「僕とフェアチャイルドさんとで雪を見に行こうって約束しているんです。ね?」
「はい。ウィトスさんは雪見た事ありますか?」
「ありますよぉ。北の方で冬になると雪が降っていてすっごく寒かったんですから~」
「やっぱり寒いんですね」
「そりゃ雪が降るくらいだもん」
「お二人は雪の事知っているんですね? この辺は雪は降らないって聞いたんですけど」
「……本で読んだ事があるんですよ。雪が降ると辺り一面白くなって幻想的な風景になるって」
「ははぁ~本ですか~分かります。本で読んだ事って自分の目で確かめてみたくなりますよねぇ。かくいう私も本に書かれたエウレ湖を見てみたくて冒険者になったんですよぉ」
「エウレ湖って確か東の国家群の一つの国、水の国って呼ばれてるエウネイラにある湖なんですよね。空を映す鏡のように綺麗な湖だって本で読んだ事があります」
「そうなんですよぉ~。ナギさんは物知りですねぇ」
「僕も東の国々には興味があるんです。そういえばウィトスさんって瞳が紫ですけど、もしかして両親か祖父母にフソウから来た人が?」
「あっ、私のお父さんがそうなんです。よくよく見ればナギさんも?」
「僕の場合は祖父がそうだったみたいです」
「それはそれは、奇遇ですねぇ」
「フェアチャイルドさんも両親はフソウから渡ってきたんだよね?」
「はい。出身までは聞いていませんが……」
「うわぁ! これはもう運命みたいですよぉ! お二人は東に行くつもりなんですか?」
「はい。いずれ力を付けたら渡ろうと思っています」
「まぁまぁまぁ! 私も同じですよぉ! あの、それでしたら今回の旅だけとは言わずその後も一緒に旅しませんか?」
ウィトスさんが目の前の机に手を置き身を乗り出してくる。
中級の冒険者が見習いの子と研修の旅を機に一緒に旅をするようになるというのはあまり聞かないけど、無いわけじゃない。
「僕は構いませんけど……」
ちらりと隣に座っているフェアチャイルドさんを見てみる。
フェアチャイルドさんは少し考えるそぶりを見せてから口を開いた。
「それは、今回の旅が終わってから決めた方がいいんじゃないでしょうか。相性とかもあるでしょうし」
「それもそうですね~」
ウィトスさんは残念そうに乗り出していた身を引いた。
すると今度はフェアチャイルドさんが僕の服を弱く引っ張ってくる。
どうしたのかと彼女の顔を見ると少し怒ったような顔をしている。そして、ばれたらどうするんですか、と小さな声で僕に戒める様に言ってきた。
そこでようやく思い出した。僕には秘密がある事を。前世が男である事じゃなく、シエル様の事だ。
今僕はピュアルミナの使えるルゥネイト様の信徒で通っている。これが間違いだと知れ渡ったらどんなことが起こるか僕には想像できない。少なくともルゥネイト様の信徒からは激しく非難されるだろう。
アールス達に話した時とは状況が違い過ぎる。だからシエル様の事を話すのは本当に信用できる人かばらされても許せるような人じゃないと駄目だ。
「ごめん。ちょっと浮かれてたみたいだ。ありがとう」
小さな声で返すと彼女は表情を和らげた。
「どうしたんですかぁ?」
「ああ、いえ。ちょっとお互いの認識に齟齬がありまして」
「齟齬ですかぁ。そういうのは早めに解消した方がいいですよぉ。私にも一時期一緒に冒険していた子がいたんですけどぉ、どうも私とは合わなかったみたいでぇ」
「合わなかった、というのは例えばどういう? あっ、あくまでも参考程度ですので言いたくないのならそれで……」
「いえいえ、大丈夫ですよぉ。でも~そうですねぇ、同行者となるんですから話しておいた方がいいですよねぇ」
「ありがとうございます」
「私どうも鈍いらしいんですよぉ。歩くのも、話すのも、行動に移すのも遅いってよく怒られていました。あっ狩りの時だけは機敏過ぎて逆に気持ち悪いと言われましたぁ……」
ウィトスさんは言われた時の事を思い出したのかしゅんと肩を落としてしまった。
「すみません……嫌な事を思い出させてしまって」
「いえ……それで、喧嘩になって最終的に別れてそのままなんです……」
ウィトスさんに泣き笑いに似た表情が浮かんだ。まだ気にしているのかもしれない。
「そうだったんですか……」
「お二人にはそんな風にならないで欲しいです」
「気を付けます。ねっ」
「はい」
フェアチャイルドさんと一緒に頷くとウィトスさんは安心したように息を吐いた。
僕も他人事じゃないな。ミスしたばっかりだし、フェアチャイルドさんに見限られない様に注意しないと。
「今は気を付けているんですよぉ。行動は早めに移して依頼では迷惑かからない様にして、歩くのだって早歩きで歩いてるんですぅ。喋り方は……その、舌が上手く回らないので治せていないんですけど……」
「頑張っているんですね」
「そうなんですよ~……ってはわわ! よくよく考えたら結構時間経っていませんかぁ!?」
ウィトスさんは急に腰に下げている小型鞄を開けて中から手のひら大の懐中時計を取り出した。
「も、もう二時間も経っています!」
「別に急ぎではないんですから急がなくてもいいんじゃ……」
「いいえ、駄目です。こういう課題は早めに取り掛からないといけないんです。私鈍いですから。
それにナギさん。依頼を受けた時、いつまでたっても冒険者が遊んでいたら依頼人はどう思うと思いますか?」
「……なるほど、たしかに早く動いて欲しいと思いますね」
「ですです」
「となると今から出発でしょうか?」
「その前に食料を買いに行かないといけません」
「すみません。僕一度役所に行かないといけないんです」
「時間はかかりますか?」
「はい」
「じゃあフェアチャイルドさんと私とでお買い物に行きましょう。いいですか?」
「わかりました」
急にきびきびと動き出したな。さすがは中級の冒険者という所か。
「予算は幾らですか? 僕の分渡しておきますよ」
聞いて提示された金額をウィトスさんに渡しておく。いきなりお金を渡すのはちょっと不用心かもしれないけれど、信用の証としてウィトスさんに渡しておく。
ウィトスさんがお金を受け取ると僕達は早速建物を出てそれぞれの目的地へ向かう為に分かれた……と思いきや。
「はわわわ! 忘れてました! ナギさんナギさん!」
大声で僕の名前を呼ぶので急いで合流した。
「なんですか?」
「集合場所は中央の噴水前でお願いします~」
「分かりました」
そういえば決めていなかったね。フェアチャイルドさんが自分の頭を片手で押さえている。きっと彼女が指摘してくれたんだ。ごめんね、気づかなくて。




