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前夜

 宿屋は前もって予約していたので探す必要はない。

 僕達は宿屋へ行く前に鍛冶屋で頼んでおいた物を取りに向かった。

 防具各種に木剣二本。小道具の金物を受け取ると早速防具を身に着けてみる。

 大きさは兜以外は僕の身体に合っている。兜だけは少し大きくてすぐにずれてしまう。


「どうかな?」


 フェアチャイルドさんに感想を聞いてみる。


「かっこいいです!」

「そうかな? なんか背伸びしてる子供っぽくない?」

「そんな事ありません」


 鍛冶屋の店員さんに視線を向けると苦笑いをしている。絶対似合ってないって思ってるよあの顔。

 いいんだ。僕だって大きくなったら鎧とか似合うかっこいい男になるんだ。今は女だけど……。

 防具の上に防寒用の外套を羽織ってからお店を出て南東にある繁華街に向かう。

 繁華街に昼ほどの人通りはなく、いるのは巡回中の兵士か宿を求めて彷徨っている人に泊まり宿に帰ろうとする人、それに酔っ払いに、後フェアチャイルドさんの傍では口に出せないようなお店に向かう人位だ。

 街灯の薄明りに照らされて初めて歩く場所にフェアチャイルドさんは恐れを抱いたのか僕の外套を掴んでくる。


「怖い?」

「だ、大丈夫です」

「そっか」


 実は僕もちょっと怖い。兵士がいるとはいえ本来は子供二人が夜中に出歩くような場所ではない。

 だから僕は彼女の手を握る。握り返してくる彼女の手はほんのり暖かい。


「大丈夫なのに……」


 口を尖らせて言うけれど手を離そうとはしてこなかった。

 そのまま歩き予約していた宿に着いた。

 煉瓦のように焼いた石を積み上げて作られた建物は歴史を感じさせる佇まいをしている。値段的には中級の宿だ。ちょっと高め。でも女の子だけで泊まるんだ、安全の為に学校の依頼で貯めたお金で手が届く範囲で安全そうな宿を選んだ。

 僕の貯金なら高級な宿でも泊まれるんだけど、子供がそんな宿に泊まったら不審がられ逆に危険な目に合うかもしれない。

 しばらくは収入に見合った宿に泊まる事になるだろう。

 中に入るとすぐに受付がある。椅子に座っている中年の女性にまず挨拶をしてから予約しに来た時に渡された割符を返す。すると、木の鍵を渡された。

 この世界では金属は貴重なんだけど、鍵と言う物は当然ある。けど、木の鍵というのは初めて見た。普通扉を閉めたい時はかんぬきを使っているんだ。

 物珍しい目をしていたのに気付いたのか店員さんは笑いながら使い方を教えてくれた。

 穴に押し込んでそのまま外さずに扉を開けるだけでいいらしい。最近は中級以上の宿ではこういう物が流行っているらしい。高級宿なら金属の鍵を使っているらしいけれど。

 かんぬきと違って小さな鍵を使った方が場所を取らなくて済むんだとか。

 店員さんに言われた二階にある部屋に行き、鍵を穴に差し込む。つい前世の時のように回してしまったけれど、鍵は回らなかった。どうやら本当に差し込むだけでいいらしい。

 部屋の中に入ると、部屋は綺麗に掃除されており村で泊まった宿と比べたら雲泥の差だ。心なしかライトの光によって輝いて見える。

 荷物を置き念の為に扉を調べてみる。中からだとドアノブを捻る事で開く仕組みになっているみたいだ。

 フェアチャイルドさんは扉の仕組みが気になるのか何度も開け閉めをしている。


「荷物も置いたしご飯食べに行こうか」

「あっ、はい。ちょっと待ってください」


 そう言って彼女はずっと着ていた革のローブを脱いでコート掛けに掛けた。

 貴重品は部屋に備え付けてある金庫に入れておく。そして、一緒に部屋を出て扉を閉めてから確認の為に扉の取っ手を引いてみる。

 何かが引っ掛かるようなガタッと鳴るだけで開く様子はない。まさかのオートロックだ。

 フェアチャイルドさんも確かめるように扉の取っ手を引っ張り、開かない事を確かめるとすごいですねと言ってにっこりと微笑んだ。

 僕はその感想に同意し歩き出す。

 この宿には食堂があり、お風呂場もある。

 食堂の入り口には献立の書かれた紙が貼られた立て板が置かれている。

 僕は適当に、フェアチャイルドさんは少し悩んでから料理を決めた。

 食堂の受付で注文した料理の番号札を渡され空いている席に座るよう言われた。

 お客の数は少なく、空いている席はすぐに見つかった。

 料理を待っている間これからの事をフェアチャイルドさんと話す。


「とりあえず明日は組合に行って登録だよね」

「はい。たしか組合員になったら研修期間があるんですよね」

「らしいね」


 冒険者になった先輩から話は聞いている。組合に登録したての新入りは冒険者見習いと呼ばれ、まず先輩の冒険者か組合職員と一緒に都市周辺の村を回り野外活動に対する適正と冒険者としての心得を教えられるらしい。心得は兎も角適性は学校で都市外授業を受けているならまず問題ないらしい。

 村を回り終わったらお次は組合本部へ行き正式な登録をする事でようやく見習いから脱却できる。


「僕はそれに加えて役所に行って組合に所属した事を伝えないと」

「あぁ……たしか、依頼要請……でしたっけ。あれの届け先の変更をしないといけないんですよね」

「そうそう」


 冒険者は基本住所不定だ。そんな冒険者に手紙などの届け物がある時は組合に預かってもらう事になっている。

 あまり気にしない人なら気が向いた時に拠点としている都市の組合に行って届け物を受け取ればいいけれど、僕の場合はそうもいかない。都市を移動する度に行先を組合に告げとかないといけないだろうな。電話とかあればいいのに。


「冒険者になったらまず首都に行くとして……その後どこに行きましょうか」

「その後の事は首都についてから考えるでいいでしょ。魔獣の情報が手に入ったらその情報を元に目的地を決めればいいし、なかったら気の向くままに目的地を決めればいいし」

「そんなに適当でいいんでしょうか?」

「別にガチガチに決めるような事でもないでしょ? 折角自由の利く冒険者なんだから臨機応変にいかなきゃ」

「……それもそうですね。あまり目的が多いと逆に混乱してしまうかもしれません」

「そうそう。僕達の目的は単純でいいんだよ。この世界を見て回る。これだけでいい」


 僕には他にも魔獣を探し来るかもしれない未来に備えると言う物もあるけれど、これはすぐにどうにかできる問題じゃない。

 本当に来るか分からない未来を心配するよりも、目の前の子との約束を優先させてもらう。


「なんにせよ明日からだ。明日から僕達の旅が始まるんだ」

「なんだかドキドキしてきました」

「僕もだよ」


 緊張でちょっと吐きそうだ。

 そこで店員が料理を持って来てくれたので話を中断した。店員さんにお礼を言って食事に集中する。

 流石中級の宿だ。寮の料理よりも塩味は薄いけれど味の濃い材料を使っているから美味しい。

 フェアチャイルドさんも美味しそうに食べている。

 

 食事を終えた僕達は部屋に一度戻りお風呂に入る準備をする。この宿のお風呂は大衆浴場で他の人も入ってくる。僕はいつものように目隠しをする。

 慣れた物で『拡散』で周囲の状況が手に取るようにわかる。近くにいるフェアチャイルドさんの大体の輪郭も分かってしまう。目隠しする意味がなくなってきたなこれ。

 お風呂に入り出た後、フェアチャイルドさんはベッドの上で座り眠そうに舟を漕ぎながらも僕に話しかけて来た。

 僕はまだ眠くはないから魔力(マナ)を空にするためにマナポーションを作りつつ彼女の話に相づちを打ちいつ寝るのかと彼女をそれとなく観察してみた。

 五分もしない内に彼女はベッドの上に倒れこんだ。衝撃で起きるかとも思ったけれど、そんな事はなかった。

 僕は寝姿をきちんと直し布団をかけてあげる。

 余程疲れていたんだろう。この三日間ずっと馬車に揺られていたし、今日は具合が悪くなるほどの力を授かった。


「お休みフェアチャイルドさん」


 この日はフェアチャイルドさんが潜り込んでくる事はなく僕はゆっくりと眠る事が出来た。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] アース、今までは学校で預かってもらって良かったですけど、これから何所で預かって貰う予定なのかな。あまり考えていなそう。
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