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儀式

 グランエルに着く頃には辺りは真っ暗になっていた。新入生達を寮へ送り届けた後僕達は真っ直ぐ学校へ向かう。

 学校に着くと僕達は学校の責任者である校長先生の部屋へ案内された。

 校長室には担任の先生と校長先生が机の前で立っていた。

 全員が部屋の中に入ると校長先生は待ちかねたように口を開いた。


「お帰り。新入生達を送り届けた事により君達のこの学校でするべき事、学ぶべき事は全て修了した。

 これから君達は自分の選んだ道を進んで行く事になる。

 行く手を塞ぐ高く大きな壁が眼前に立ちふさがる事もあるだろう。

 暗い森の中を進むように歩く道が分からなくなる時もあるだろう。

 もしかしたら歩む足を止めてしまうかもしれない。諦めてしまうかもしれない。

 だが、それもまた選択肢の中の一つだ。生きてこそ、生きてこそ咲く花もあるのだ。どうか、自分を殺す選択ではなく、生かす選択をして欲しい。

 依然として三ヶ国同盟は魔物達を率いている魔王軍に囲まれている。今は小康状態ではあるが、いつ事態が変わるかは分からない。

 我々はこの世界で生きていく為の基本的な事を教えたに過ぎない。無茶はしないでくれ

 そして、『生きてこそ』この言葉を忘れないで欲しい。初代国王であるアーク様が生きる事を諦めなかったから私達は今この時代で咲く事が出来た。イグニティ魔法国や軍事国家グライオンという大輪の花が咲く事が出来たのだ。

 そして、遥か昔に分かたれた同胞と再び手を取り合う事が出来た。

 忘れないで欲しい。君達はこの国の宝だという事を」


 そこで校長先生は一度口を閉ざし机の向こう側へと移動した。

 そして、机の上に置かれている箱を開け、中から丸い水晶を取り出した。


「これより君達に儀式を行う。呼ばれた者は前に出てくるように」


 儀式と言っても大袈裟な物ではない。魔力道具(マナアイテム)を使って僕達のステータスに職業を追加するだけの事だ。

 ステータスの職業と仕事に就いた時の職業は意味合いが違う。ステータスの職業というのは人の能力を上げる為の神様から与えられる加護だ。

 例えば戦士と言う職業がある。戦士がステータスに追加されると力が強くなり、また力がさらに強く成長しやすくなる。任意で後付け出来る固有能力みたいな物と考えて貰えば間違いはない。

 さらに、戦士と闘士は似た職業で効果も似ているけれど微妙に変わる。力が強くなるのは同じだけれど、それに加えて戦士は武器の扱いが上手くなり、闘士は全体的に身体能力が上がるという違いがある。

 また、戦士と闘士は下級職と呼ばれる物で、下級職で経験を積めば上級職へと転職できるようになる。上級職となると能力の上昇率や増える能力の種類が増える。

 職業は一人につき一つしか就く事は出来ないけれど、魔力道具(マナアイテム)さえあれば自由に変える事が出来る。

 もっとも、頻繁に職業を変えると身体に不調が出るらしい。極端な話腕の筋肉が短期間で増えたり減ったりするようなものなんだから当たり前だ。


「アリス=ナギ、前へ」


 最初に呼ばれたのは僕だった。名前の順だろうか。


「アリス=ナギ。この水晶に手を触れる事で新たな力を得る事が出来る。どのような力を望むか、決めているか?」

「はい」

「よろしい。ならば手を触れるがいい」


 校長先生の言う通り水晶に手で触れると僅かに魔力(マナ)が吸い取られるのを感じた。

 自動発動型の魔力道具(マナアイテム)か。僕も授業で作った事はあるんだけど、あんまり使い道無いんだよね。魔力(マナ)の扱い方が分からない人向けの道具だから、直に持ってるだけで発動しちゃって攻撃魔法とかは封入できない。

 ヒールだって使おうと思えば唱えるだけで使えるからわざわざ自動発動型にする意味は薄いし、怪我してなくても発動するから無駄が多い。しかも設定によっては近くに寄っただけで発動してしまうのもある。

 水晶から『ステータス』を使った時と同じように青い半透明な板が出てくる。

 板の表面に光の文字でいくつもの候補となる職業の名前が浮かび上がってくる。入学初日の時は魔獣使いしか出てこなかった事を考えると僕も成長したんだと実感できて嬉しくなる。

 まぁ選ぶ職業は一択なんだけどね。


「目的の職業があったら指先で名前に触れば加護が与えられる」

「えーと、はい」


 魔獣使いを見つけて人差し指で板に触れてみる。すると、まるで砂に触れた時のような柔らかい感触が返ってくる。僕の『ステータス』で出てくる青い板とは別物だ。あっちは本当に硬い板だ。

 指を離すと魔獣使いと書かれた文字が光り出して、次々と表示されていた職業の名前が消えて遂に魔獣使いの名前だけが残され、大きく映し出された。

 そして、四角かった板が急に波うちだし、形状が球体へと変わっていく。

 変化が収まり完全な球体になると、突然胸へ飛び込んできて僕の中へ入ってきた。


「これは……」

「恐れる事はない。力が君の身体の中へ入っただけの事だ」


 と言われても身体が熱くなってちょっと怖い。シエル様に聞いてみよ。


(シエル様、今職業追加してもらったんですけど、これ本当に大丈夫なんですか)

(大丈夫です。悪い力は感じられません。洗脳などの心配もないでしょう。純粋に力が那岐さんの身体の中に入っただけです)

(そうですか……よかった)


「これで君はただ守られる立場から一歩踏み出して半人前となった。まだまだ一人前とはいいがたいが、この一歩は君のこれからを大きく変える一歩になるだろう。心して歩みなさい」

「はい」


 校長先生にお辞儀をし下がろうとした所でふと、思いついた事を口にしてみた。


「校長先生。ナス……僕の魔獣達にも加護をつけていいでしょうか?」


 校長先生は僕の問いにキョトンとした顔で答えてくれた。


「魔獣に? そんな事が出来るのかね」

「? 出来ないんですか?」

「私は聞いた事がないが」

「そうなんですか? じゃあ試してみてもいいですか?」

「……まぁ試すだけなら構わないだろう。あの魔獣達も今日で卒業する事には違わないのだから」

「ありがとうございます」

「ああ、では終わったら担任の先生も連れて一緒に行こうか」

「はい」


 頷き僕は元いた立ち位置へと戻る。

 次に呼ばれたのはカイル君。僕と同じように青い球体がカイル君の身体の中へ入っていく。カイル君は騎士を選ぶって言っていた。職業を選ぶ時迷った様子が見られなかったからちゃんと騎士があったんだろう。

 次にラット君。ラット君も鑑定士で決定だろう。青い球体がラット君の身体の中へ入っていく。入った直後苦しがるからどう見ても悪の組織が悪い力を人間に与えて怪人にしているような、そんな怪しい光景にしか見えない。

 続いてフェアチャイルドさん。彼女からも精霊術士にすると前もって聞いている。

 青い球体が身体の中に入ると、彼女は苦しそうに服の胸部を掴んだ。僕の横に戻ってくる際苦しそうにふらついて僕はとっさに彼女が倒れるのを抱きとめた。


「大丈夫?」

「身体が……熱いです」


 生命力を見てみると何故か彼女の少ない生命力が徐々に増えているのが分かった。カイル君とラット君の方も念の為に見ると、カイル君の方は分かりにくいけれど、ラット君の方はフェアチャイルドさんと同じように生命力が目に見えて増えていくのが分かる。

 職業の加護が与えられて能力に変化が生じた所為か。


「精霊術士選んだんだよね?」

「はい……」

「精霊術士は精霊との繋がりが強化される。恐らく精霊から多くの情報が急に流れて来て具合を悪くしたんだろう。落ち着くまで保健室で休んだ方がいい」


 校長先生の説明に僕はなるほどと頷いた。フェアチャイルドさんはここ二年ほどで大分健康的な身体になったけれど、それはあくまでも前と比べてだ。

 他の子と比べて身体が弱いという所は変わっていない。僕が生命力を分けて誤魔化しが効いていたけれど、今日はいつもよりも分けた生命力は少ない。多分もう使い切っているだろう。

 生命力が少なくなった所に突然身体が変化するんだ。具合が悪くなってもおかしくないのかもしれない。


「儀式はこれで終わりにしよう。急ぎになるがこれで解散とする。気を付けて帰るように。カリエラ先生は保健室の鍵を」


 やる事は終わったのにカイル君とラット君は動こうとしない。むしろ心配そうにフェアチャイルドさんを見ている。


「じゃあ保健室に行こうか」

「はい……」


 彼女の腕を自分の肩に回し支えながら校長室を出る。

 保健室は校長室から近い場所にある。

 先生が保健室の扉を開けてくれたので感謝の言葉を口にしてから中に入る。

 そして、フェアチャイルドさんをベッドに寝かせると校長先生が話しかけてきた。


「彼女はカリエラ先生に任せて、一先ず魔獣の所へ行くとしよう」


 僕は答えずフェアチャイルドさんの顔を見る。彼女は気にせずに行って下さいと言う。気にはなる。けど、この子の回復を待ってからだと遅くなってしまうよね。さりげなく握った彼女の手から僕の生命力を渡す。

 そして、僕は校長先生と向き合い頷いた。




 魔力道具(マナアイテム)を持った校長先生と最初に向かったのはナスのいる飼育小屋だ。

 ナスは僕を見つけると後ろ足二本で立ちあがりじっと見つめてきた。何となく哀愁を感じさせる姿だ。

 ナスに近寄り鉄格子越しにナスの頬を撫でる。


「ただいま」

「ぴー」


 悲しそうなお帰りと言う声。学校(ここ)から離れるのがナスも寂しいのだろうか。


「えっとね、ここを出る前にナスに試してもらいたい事があるんだ」

「ぴー?」

「実は……と、私の言葉は通じるのかな?」

「分からない所があったら僕は通訳しますよ」


 校長先生が魔力道具(マナアイテム)の説明をするとナスはよく分からなさそうにしたけれど、僕が通訳をすると喜んで実験に協力してくれた。どうやら強くなれるという所に反応したみたいだ。

 飼育小屋の鍵を開けて校長先生が中に入り、魔力道具(マナアイテム)の入った箱の蓋を開けてまだ後ろ足で立ち上がっているナスの前足の前に差し出した。

 ナスが前足で魔力道具(マナアイテム)に触れる。すると先ほどと同じように青い板が出てくる。


「ちゃんと反応した」

「ぴー?」


 どうしたらいいのか聞いて来る。書かれた文字を押せばいいと言いたいがその前に何が書かれているか確認しなくては。

 ナスに青い板を見せてもらうとナスが就く事の出来る職業が書かれていた。

 数はそんなに多くない。槍士、魔法使い、雷術士、騎獣、狩人の五つだ。

 槍士があるのは角を槍として使えという事なんだろうか。


「騎獣ってなんでしょう?」

「聞いた事がないな……もしかしたら動物専用の職業なのかもしれない……しかし、これは大発見だぞ、ナギ君。早速報告しなくては……」

「ナスはどの職業がいいかな?」

「ぴぃ……」

「あっ分からないか」


 ナスはどれを選べばどんな加護があるか分からないのだ。人間なら名前で薄々は察せるだろうけれど、職業の概念がない動物には分からないんだろう。

 そもそもナスの目に映っているのは職業の名前なのかと言う疑問もあるけれど。

 青い板に書かれている文字は僕にはまだ日本語に見える。校長先生ならアーク文字に見えるだろう。多分ナスもアーク文字だと思う。前に『ステータス』をナスに見せて貰った時に後で何の文字で書かれていたのか確認してみたんだ。

 とりあえず分かっている職業の加護を教える。

 槍士は槍等の長物の扱いが上手くなり力が上昇する。戦士の武器への習熟が槍だけになった物だ。その代わり戦士よりも長物の扱いは上手くなる。

 魔法使いは魔力(マナ)の量が上がりやすくなり、魔素の許容量も増える。魔力操作(マナコントロール)にも補正がかかるから僕も場合によっては魔法使いに職を変えるかもしれない。

 雷術士は魔法使いの上位職で魔力(マナ)の量と魔力操作(マナコントロール)以外にも雷魔法の魔力(マナ)効率に補正がかかる。雷系の魔法をよく使う人に出る職だ。ナスの場合魔法陣は使っていないけれど特殊スキルであるサンダー・インパルスが使えるから出てきたんだろう。

 狩人は体力、器用、敏捷の成長に補正がかかる。罠の設置や弓の扱いも上手くなるけれど、それはおまけ程度の能力らしい。

 騎獣に関しては残念ならがら僕も校長先生も聞いた事がないから詳細は分からない。多分他の生物を乗せると補正が働くんだと思うけれど。

 それにしても改めて考えてみると加護と言い換えてはいても成長補正とか追加効果とか、本当にゲームみたいな世界だ。ツヴァイス様もしかしてゲームとか好きなのかな。


「ナスはどれがいい?」

「ぴー!」

「え、騎獣? やめておいた方がいいと思うよ? 小さな子供しか乗せられないじゃん」

「ぴぃぴぃ」

「えぇ……う~ん。まぁいいか。道具さえあればいつでも変えられるんだし」

「ぴー!」


 ナスに板を返すと前足で板を押した。すると僕達の時と同じように板は球体になりナスの身体の中へ入って行った。


《魔獣の誓いが強化され新しい能力が追加されました》


「へ?」


《魔獣の習得しているスキルを使用する事が可能になりました》


 神託と共にナスの特殊スキルであるサンダー・インパルスの情報とアースのソリッド・ウォールの情報が流れ込んできた。


「えぇ……」

「どうしたのかな? ナギ君」

「……いえ、何でもありません」


 すごく気になる。気になるけど……確かめるのは後だ。


「ナス、ありがとう。もう普通にしていいよ」


 そう言うとナスは後ろ足で立つのをやめて地面に前足を下ろす。


「次はアースの所に行くから一緒に……」

「ああ、ナギ君。今日は暗くなっているから、今日の所は魔獣はこのまま泊まらせてなさい」

「え? いいんですか?」

「宿を探すのに時間もかかるだろう」

「ありがとうございます。……ナス、もう一晩だけここに泊まってくれるかな?」

「ぴー!」

「じゃあ明日迎えに来るからね」

「ぴー」


 ナスの頭を一撫でしてから飼育小屋を出てしっかりと鍵を閉める。ちょっと名残惜しいけど、今は校長先生を待たせるわけにはいかない。

 ナスに向けて手を振りつつアースの元へ急ぐ。

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