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最後の夜

 最上級生最後の仕事であり最後の都市外授業は新入生を迎えに行く馬車を護衛する事だ。それも全部のチームが護衛に着くわけじゃなく、先生から指名された四チームが馬車の護衛に着き、残りのチームは先駆けとして先に村々を回る事になっている。

 僕達のチームは護衛に指名された。そして行先はくじで決められ、僕達のチームは北方の村々を回る事になった。

 村を回って新入生を寮まで送ったらそのまま学校へ向かい最後に儀式を行って卒業だ。

 寮に置いてある荷物は必要な物以外は処分できた。最後の課外授業で使わない物はアースのいる倉庫に置かせてもらっている。

 最後の寮で過ごす夜、送別会が終わり休んでいた所に部屋に訪ねて来た子がいた。

 控えめな扉を叩く音。扉を開けてみるとそこにはエンリエッタちゃんがいた。


「ナギお姉ちゃん……えとね……あの……最後に、絵本読んで欲しいの……」

「絵本? うん。いいよ」


 そう答えるとエンリエッタちゃんは顔を綻ばせた。


「ありがとう! お姉ちゃん!」


 絵本を読んで欲しいなんて、まだまだ子供だな。エンリエッタちゃん。

 でもこうやって頼み事されるというのも嬉しい物だ。

 エンリエッタちゃんが渡してきたのは昔からこの子が大好きな絵本だ。

 部屋の中に入れてベッドの上に腰掛ける。エンリエッタちゃんは僕の隣に座る。絵本を開くとよく見る為かくっついてきた。

 絵本を読もうとする前にフェアチャイルドさんがエンリエッタちゃんの反対側に座り身体を密着させてきた。フェアチャイルドさんもこの絵本が好きなのかな?

 最後だし心を込めて読もう。




 絵本を読み終わり閉じてもエンリエッタちゃんは離れようとしなかった。

 どうしたのかとエンリエッタちゃんを見てみると手を目元に伸ばしている。


「お姉ちゃん……ありがとう」

「どういたしまして」


 エンリエッタちゃんは僕から絵本を受け取ると立ち上がり僕と向き合った。


「私、お姉ちゃんに会えてよかった」

「……僕もだよ」


 僕は……役に立てたのか。彼女達との触れ合いは彼女達の為になったのか。

 そうだとすれば僕は嬉しい。

 エンリエッタちゃんは部屋を出る前に一度頭を下げてきた。

 そして、エンリエッタちゃんが居なくなった部屋で僕は……。


「ナギさん? 泣いているんですか?」

「え? 泣いてる?」


 フェアチャイルドさんに指摘され涙が頬を伝っている事に気が付いた。


「ああ……本当だ」

「ナギさんも皆と別れるのが悲しいんですか?」

「違うよ。悲しいけど、泣いてるのは嬉しいからだよ」

「嬉しいから?」

「うん……なんて言うのかな。報われたって思ったんだ」

「報われた……ですか?」

「僕がこの世界に来たのは適当に答えた結果だったからさ……本気で転生したかったわけじゃないんだ。

 実際に生まれて来てからも魔物が居て危険な世界だと思ってたし、不便だなとかあんまりご飯美味しくないとか思って、何度も後悔してたんだ」

「そう、だったんですか……」

「……ごめんね。でもその内悪くないとも思ってたんだ」

「何か……あったんですか?」


 君達に会えた。そう言いたいけれど恥ずかしい。だから僕はつい嘘をついてしまう。


「魔法とかさ前世では使えなかったって言ったでしょ? だから魔法を使えた時嬉しかったんだ。魔法を使いたいって前の世界の人間なら誰でも思う事だからね。」

「魔法はなかったのに魔法を使いたいって思うんですか?」

「魔法は前の世界じゃ空想の中にある力だったんだよ。願いを叶える為の力だったり、戦う為の力だったり、楽に生きる為の力だったりね。僕もこの世界の魔法はそういう物だと思ってた」

「後ろ二つは当たっていると思いますけど」

「そうだね」


 でも、僕が本当に欲しい魔法はない。似た魔法が神聖魔法にあるだけだ。


「さて、そろそろお風呂に入って寝ようか。明日からは都市外授業なんだから」

「そうですね……あっ、最後に一ついいですか?」

「何?」


 彼女はおもむろに僕の手を取り僕の目を見つめて言った。


「……私はナギさんが今ここに居てくれるのが嬉しいです。だからこの世界に来てくれた事を感謝します」

「フェアチャイルドさん……」


 嬉しいなんて言葉じゃ足りない。彼女の言葉で心が満ちていくのを感じる。きっと僕の顔は真っ赤になっている。

 どうして彼女はいつも僕をこんなにもおかしくさせてしまうのか。

 僕は前世では十七歳で今世と合わせれば大体二十七年分位の人生経験があるんだ! もっとしっかりしなきゃ大人の威厳が無くなってしまう! 


「じ、じゃあお風呂入りに行こうか。さぁーて着替え着替えーっと」

「あっ、今日で目隠しも最後になるんですね」

「うん。うん? そうなのかな? うん。そうだね。公衆浴場に入るとかが無ければ確かに入る必要はないのか」


 いや、そもそも魔法でどうにかならないか? 魔法でお湯を出してウォーターで僕の身体に纏わりつかせて洗うとか? まぁいいや。後で考えよう。




 夜が明け僕はいつも通り僕に抱き着いているフェアチャイルドさんを剥がしてから改めて起こす。

 彼女は寝起きが悪い。好物で釣ればすぐに目を覚ますんだけど毎回用意するわけにはいかない。

 そんな訳でなかなか起きない子にはこの魔法、『インパートヴァイタリティ』。

 まだ眠っているフェアチャイルドさんの手をこっそり触り僕の生命力を半分渡す。こうして起こせばすっきりした気分で起きられるっぽい。僕自身は経験できないから実際はどうなのかは知らない。彼女の感想だ。

 今日は朝食は食堂で食べる余裕があるので用意はしていない。なので僕は彼女が起きると手早く着替えて寝巻を大袋の中に入れる。

 そして、フェアチャイルドさんに一言断ってから部屋を出て音が出ないように静かに移動し寮を出る。

 寮から出るといつも通りアイネがいた。視線が合うとお互いに頷きあう。最後の勝負だ。

 魔法で空気抵抗を極力減らして背中から風が後押しするように操作をする。

 ほんの少しずつ離されていく。

 こうして競争するのも今日で最後か。アイネと過ごした朝の時間。毎日のように競争していた。最後は負けたくないな。

 空気抵抗を減らしている空気の壁はなるべく小さくして、その分の魔力(マナ)を背中を押す風の風力を増す事に回す。すると、差が開くのが止まった。

 けど、追いつけない。アイネと僕何が違うんだろう。さっぱり分からない。

 結局勝負は僕の負けだった。

 ナスとアースにマナポーションを上げた後、時間が怪しかったのでナスとアイネの抱擁が終わるのを待たないで僕は一人寮に戻った。

 寮に戻って時間を確認するとまだ余裕はあった。大急ぎでお風呂に入り、出たら食堂へ向かう。

 食事を取っているとフェアチャイルドさんが遅れて入ってきた。

 フェアチャイルドさんは髪形を変えていた。長い髪を三つ編みにして前に垂らしている。


「髪形変えたんだ?」

 

 少し汗が出ている額を布切れで拭きながら答えた。


「はい。ローブを着るのだったら髪は前に出した方が楽だと思ったんです。

 後ろに流したままだと荷物を背負った時に引っ張られちゃいますから」

「そっか。似合ってるよ」

「ありがとうございます」


 慣れていないせいか少し形が不格好だけど。僕が直した方がいいんだろうか? 女の子だしそうした方がいいかな? 食事を終えたら聞いてみよう。

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