閑話 越えるべき壁
ナギねーちゃんの剣術の補講最後の日、あたしはねーちゃんに勝負を挑んだ。
あたしは勝つのが好きだ。かけっこでも剣術でも勉強でも何でも勝つのが好きだ。……勉強はちょっと苦手だけど。
相手が手ごわければ手ごわいほどいい。燃える。熱くなる。倒したくなる。
女の子らしくない何て事は自覚してる。でも仕方ないじゃないか。強い奴を屈服させるのが楽しいんだから。
あたしが勝負する時は正々堂々だ。卑怯な手なんて使わない。そんな手を使ったら折角の勝利が台無しだ。
けど正々堂々とやったからって気持ちのいい負けなんて感じた事がない。あたしに勝った奴を殺したくなるほど悔しい。ゲロを吐きたくなるほど屈辱だ。けどそんな感情もすっごく面白くて癖になる。そして、次の勝負ではその相手を徹底的に叩きのめしたくなる。
勝負が好きだ。勝っても負けてもあたしを気持ちよくさせてくれる。あたしを燃えさせてくれる。熱くさせてくれる。いつかこの身体が焼けて燃え尽きてしまうんじゃないかって心配になるけどやめられない。
ただ一度きりの人生燃え尽きる前に楽しみ尽くさないともったいない。
けど、今日のねーちゃんとの勝負にそんな熱はいらない。思い知らせてやらないといけない。ねーちゃんは弱いんだって事を。
弱いままじゃ勝てる勝負にも勝てない。それを思い知らせてやらないと。
それに気づいたのはけっこー昔だ。その頃のあたしはねーちゃんに手も足も出なかったから手加減されているのかと思ってた。
手加減されてるとかほんとむかつく。だからねーちゃんの試合を見て弱点はないかを探っていたんだ。
ねーちゃんは基本に忠実で奇をてらった行動なんてフェイント以外しない人間だ。しないというよりも出来ないのかな?
あたしはいつも衝動に任せて面白いと思える動きをするけれどねーちゃんは堅実に相手の動きを見て対処してしまう。見えてなくても同じような攻撃はそう何度も食らわないから多分経験で対処するんだと思う。
感覚とか思い付きとかそういうのとは程遠い。積み上げた経験で戦う、それがねーちゃんの強みだ。
そこは弱さじゃない。むしろ崩れにくいからあたしからしたらやり難い相手。立派な強みだ。
ただし、自分よりも経験のある格上の相手とかだと勝てなさそうだ。
ねーちゃんの弱い所は技術でも身体能力でもない。心だ。
ねーちゃんは優しすぎる。ねーちゃんの剣筋はとても速い。本当ならカイルにーちゃんにだって負けるはずがないくらい剣筋は早くて鋭いんだ。けど、その速さが生かされているのは相手の攻撃を防ぐ時だけ。攻撃に移ると途端に剣筋が鈍る。
最初は何でそんな事になってるのか分からなかったけれど、試合を終えた後のねーちゃんの表情を見て分かった。痛そうにしている相手を見た時に少しだけ出た辛そうな顔。
ねーちゃんは人を傷つける事を恐れているんだ。
ねーちゃんは馬鹿だ。多少の傷なんて魔法で治せるのに気にしちゃって。あたしはそんなの気にしない。気にしてたら負ける可能性が上がる。
実際そのお陰であたしはねーちゃんに勝ててる。ねーちゃんが気遣うから、あたしは気にしないから勝負になっている。
でも、こんなんじゃあたしの方が上だっていう証明にはならない。勝つからにはねーちゃんの全力を潰さないと。
けど、もしもねーちゃんが本気で戦っていたらあたしは絶対に勝てない。断言してもいい。この学校で勝てる奴なんていないんだ。それぐらいあたしのねーちゃんはすごいんだ。
だから教えてやらないといけない。ねーちゃんは本当はもっと強いんだって事を。
あたしはねーちゃんが好きだ。いつもあたしよりも前にいてあたしの越えるべき壁になってあたしの目標になっている。
強いのに弱い優しいねーちゃん。弱いけど強い臆病なねーちゃん。
あたしとは違う強さを持ったねーちゃん。
ねーちゃんを越えられたらあたしはもっと強くなっている。そう信じられる。
だからねーちゃん。あたし追いつくから待っててね。絶対に追いついて追い越すんだから……。




