初めての神聖魔法
この世界の学校の授業には理科がない。単純に科学技術が発達していないからだ。
理科の代わり……という訳でもないだろうが選択科目というものがある。学校初日に取ったアンケートはその為の準備だったらしい。本決定は春季長期休暇の後に改めてアンケートを取って決める為それまでに自分の希望する科目を選ぶ必要がある。
決定するまでは選択科目の時間は体育で基礎体力をつける訓練になっていた。日に二回も訓練する事もあったためフェアチャイルドさんが何度か倒れてしまった時もある。
僕が選んだ選択科目は魔法。初日のアンケートでは二つ選んだけれどさすがに本決定では二つは選べなかった。けれど休日に補講という形で他の選択科目も選べたので僕は武術の内の剣術を選び学ぶ事にした。
補講はまず基本的な事を教え、各自で鍛錬をし、その進み具合を見て次の事を教えるという自己責任な方法を取っている。
アールスは僕とは逆で選択科目では武術を取り、補講で魔法を取る事にしたらしい。
フェアチャイルドさんは精霊魔法を選択し補講には出ていない。精霊魔法は最初に精霊と仲良くなって契約を結ぶのが最初の課題であり難関らしいけれど、フェアチャイルドさんはもう精霊魔法を使えるため一人だけ先に進んでいるらしい。具体的には精霊と対話する事によって生態を知り、親交を深めているんだとか。
他の授業はというと国語、算数、社会、道徳、美術と言ったお約束の授業だ。
国語と社会は異世界という事もあって僕も勉強になったのだが、算数は精神的にきつかった。某若返り探偵の気持ちがよく分かった。さすがに小学生程度の計算なんて楽にできるんだ。なのに一時間弱みっちりと教えられて頭が逆にどうにかなりそうだった。
授業以外はというと僕は色んな人と組んで依頼をこなしてみたけれど結局最初に組んだ五人で組む事が多くなった。
みんなの都合がつかない時は一人で依頼をこなし今では小金持ちと言えるのではないだろうか?
「つまり魔法と言うのは己の中にある魔力を世界の法則に則って様々な力に変化させる事であって、神聖魔法のように決して奇跡の力ではない。
魔法と神聖魔法が同じ魔法という括りなのは昔は双方を同じ物だと考えられていたからだ」
今は選択科目の魔法の授業中。僕達を迎えに来たハイマン先生が教鞭を取っている。
「しかし実際は違う。神聖魔法は神の力を借りて起こす奇跡の力だ。神聖魔法は信仰している神からしか力を借りる事が出来ず、使える魔法も神によって違う。
共通しているのは回復魔法の傷を癒す『ヒール』、毒や麻痺などの状態異常を治す『キュア』などの回復系魔法だけだ。
信仰を必要とする神聖魔法と精霊との契約を必要とする精霊魔法は他者の力を借りるという点では似ているかもしれない。
しかし、神聖魔法の効果は魔法と同じく魔力の量と魔力操作によって違う。ここまでで質問はあるか?」
「はい」
「アリス=ナギ。なんだ?」
「信仰とは具体的にどのような物なのでしょう?」
「恐らく色んな要素が絡むのだろうが、俺は神の存在をどれだけ信じられるか、だと思う。例えば俺は神の存在など全く信じてはいないがそれに近い力のような物はあると信じている。そして、そんな俺でもヒールとキュアぐらいは使える」
確かにリュート村の村人もみんな回復魔法を使えると聞いた気がする。この世界じゃ怪我で死ぬっていうのは少なそうだけど、それでも自然に死ぬ人は少ないのか。
「もう一つ質問です。使える魔法が神によって違うと言いましたが、どのように神聖魔法を覚えるのですか?」
「神を信じる者の声に応えて神託が降りるらしい。だが俺には生憎と聞こえなかった」
「神託、ですか」
例えば僕をこの世界に転生させた神様を信仰したら力を貸してくれるのだろうか?授業中だけれど早速試してみる。
神様の声を思い出しながら心の中で語り掛ける。
(神様ー聞こえますかー?)
(はい。聞こえますよ)
早い! もう反応が来た!
(結構簡単に神託って降りるものなんですね)
(あなたの場合は私の存在を知っていましたから。ですがあなたが初めてです。そちらの世界で私に声をかけたのは)
(え? そうなんですか?)
(ええ。過去何人もそちらの世界に送りましたが誰もまともに私の事を覚えていないのです。交信できるほど私の事を覚えているのはあなたが初めてです)
(変な話ですね?あんな衝撃的な事忘れるとは思えないんですけど)
(人は成長してゆく毎に忘れていく生き物です。あなたのような者こそ稀有なのでしょう)
(はは、もしかしたら神様に貰った能力のお蔭かもしれませんね)
(それはありません。あなたに授けられた能力は『自動翻訳』という能力ですから)
(え? なんですか? それ)
(無意識のうちに相手と自分が意思を込めた言葉の意味を互いに誤解なく理解し自分に認識できる言語に変換する能力です。心当たりはありませんか?間違って前世の言葉を使った事は?)
(ああ、あります! あっ、でも自動翻訳って固有能力じゃないんですか?)
(固有能力です)
(でも僕の固有能力調べた時出てきませんでしたよ?)
(それはあなたの元々持っていた固有能力『魔獣使い』と統合して『魔獣の誓い』に進化したためです)
(統合?)
(はい。時々相性のいい固有能力同士が統合され新たな固有能力になる事があるのです)
確かに自動翻訳があれば魔獣と意思疎通が取りやすくなるのかもしれない。相性のいい固有能力なのかもしれないけど、統合されるって事は固有能力って増えるものなの?
「……ナギ。アリス=ナギ!」
突然の怒声に心臓が止まるかと思った。恐る恐るハイマン先生の方を見ると無表情のまま僕を見ていた。
「聞いているのかアリス=ナギ」
「す、すみません。急に神託が……」
「何?」
話しかけたのは僕の方だけどね。
「い、いえ……できるかなって思ったらできちゃった……みたいな?」
「……いいだろう。どこの神かは知らないが俺にヒールをかけてみろ」
そう言って先生は自分の親指の腹を噛み切って血を滲ませた。
(で、できます? 神様)
(はい。ヒールと唱えるだけで力の行使は可能です)
(わかりました。あーっとその前に名前教えてください。名前)
(私はシエル。それと神ではなく虚空の旅人です)
気になる事を言ったが後回しにし僕はハイマン先生の手を取り集中する。
「ヒール」
唱えただけで身体中の魔力が動き始めるのが分かった。僕は魔力の動きをできるだけ抑えハイマン先生の指に集中させる。
すると、滲んでいた血が渇いていき、最後には気体になったかのように細かくなって消えていく。傷跡もない。
「どうやら本当に使えるようだな」
「はい」
「信仰している神の名前は」
(私の名はそちらの世界にはありません。あなたが信仰していておかしくない神の名前を上げた方がいいでしょう)
神様! なんて至れり尽くせりなんだ!
「豊穣の神ルゥネイトです」
「なるほど。農民の出ならおかしくはないか。しかし、話を聞いていなかった事実に変わりはない。罰として教科書の六ページを丸々読んでもらう」
「はい……」
(シエル様、また後で)
(はい。私との会話は魔力を消費するのでお気をつけて)
選択科目の授業が終わり休み時間になると僕は自分の教室に戻りながらシエル様との交信を試みた。
(シエル様。お待たせしました。今は大丈夫ですか)
(はい。大丈夫ですよ)
(色々聞きたい事はありますけど、まずシエル様は神様ではないんですか?)
(はい。私は神と呼ばれる存在ではありません)
(でも神聖魔法の信仰の対象になっているんですよね)
(そちらの世界の神と呼ばれる者達と同じ存在ですが、我らは神を自称した事はありません。世界の外側に存在するモノです。信仰と呼ばれるものはただ我らと交信するための回路にすぎません)
(というと?)
(恐らくあなたならインターネットの検索のような物だと言えばわかりやすいかもしれません。検索キーワードに具体的な情報を検索すればすぐに私を見つけられますが、曖昧な情報だけだと発見は遠のきます。あなたは私の声だけは知っていたので声を検索した結果ここまではっきりと交信する事が出来たのです)
(つまり姿も知っていれば姿も見えた?)
(はい)
(見てみたいです)
(SANチェック入りますよ?)
(え)
SANチェックって聞いた事あるけど、まさか本当にSANチェック? どんな恐ろしい姿してるの?
(え、えとじゃあ今僕が使える魔法を教えてください)
(今あなたが使える魔法は『ライター』、『クリエイトウォーター』、『ライト』、『ヒール』、『キュア』、『オラクル』の六つです)
神聖魔法のつもりだったんだけど、まぁいいか。
(オラクル?)
(今私と話をしているのは『オラクル』の力です)
(他には使えないんですか?)
(今のあなたの力量では無理です。もっと魔力の量とコントロール力が上がらなければ授ける事はできません)
(転生の神様の力を借りて無双ってわけにはいきませんか、やっぱり)
(ここまで回線が太ければ力量が上がれば上がるほど私の力を貸す事ができます)
(頑張るしかないって事ですね。……あの、もう一つ、シエル様の力には病気を治す魔法とか体力を分け与える魔法ってありますか?)
(病気を治す魔法は最高レベルの技量がないと授ける事はできません。ですが生体エネルギーを相手に与える魔法ならば、ある程度の魔力の量と技量があれば授ける事ができます)
(本当ですか!?それってリスクとか)
(分け与えるので自分の生体エネルギーが一時的に減るというリスクはあります。ですが生体エネルギーは自然に回復しますのでリスクと言えるほどの物ではないかもしれません)
(それくらいなら全然大丈夫だ! 僕頑張ります!)
やる事は決まった。これからは魔力の量とコントロール力を上げるんだ。
量は魔力を限界まで使えば回復する時に増えるらしいし、コントロール力は魔法を使えば上がるはずだ。その為には……シエル様に聞いてみよう。
(シエル様、魔力の操作を覚えるにはどうしたらいいでしょうか?)
(それは同じ人間に聞いた方がよいでしょう。私とあなたでは生きている世界もそうですが、身体の構造が違うので当てにならないと思います。学ぶのなら何事も同じ人間に習う方が効率がいいはずです)
(じゃあ魔法とかは)
(魔法は世界の法則の一部です。そちらの世界を熟知している仲間なら教える事も可能でしょうが、私はただ魂を斡旋しているだけの関係なので無理です)
(神聖魔法は覚えられるのに?)
(神聖魔法と呼ばれる物は私達の力の一部を貴方達に授けているだけです。魔法とはまた別の力なのです。ただ顕現させるのに貴方達の魔力が必要になるのです)
先生も言っていた。神聖魔法は奇跡の力だと。なるほど、そういう事か。
とにかくシエル様では僕に教えられる事はないという事か。
(そちらの世界で分かるのは信仰と言う回路で繋がっているあなたの事だけです)
(わかりました。自分で頑張れって事ですね)
(ああ、私が力を送って改造をするという手もありますが、人間の姿ではいられなくなります。それでもよろしければ……)
(いえ、結構です)
さすがに人間まで捨てたくはない。
シエル様に教われないなら放課後にハイマン先生の所へ行こう。
(そうだ、僕が助けた男の子はどうなりましたか?)
(すみません。今はもうあの世界から離れているのでわかりません)
(あっ、そうですか……)
もうあの子の事は分からないんだ。……いや、その方がいいのかもしれない。いつまでも前の世界の事に捕らわれてちゃだめだよね。もう戻れないんだから。
昼休みになるとアールスがいつもよりさらにテンションを上げて僕の所へやってきた。
「ナギー! 聞いたよ、神託が降りたって! しかもルゥネイト様の! すごいね!」
豊穣の神ルゥネイトはリュート村で最も信仰されているためアールスも身近に感じて信仰している神様だ。
「あ、あはは。なんか来ちゃったんだ」
ううっ、心臓が痛い。ごめんアールス。嘘なんだ。
「いいな、いいな! 私も神託来ないかな~」
「神様がいるって信じるのが大事みたいだよ。できるだけ具体的に神様の姿や声を思い出すといいらしいけど」
「声聞いた事ないよ」
「それはそうだよね。じゃあ信仰している神様の事で知っている事を全部思い浮かべて神様はいるって信じるんだ」
たとえ検索キーワードが曖昧でも数を増やせば検索結果は絞り込めるはずだ。ただ問題なのは嘘の情報がどれだけあるかなんだけど。
「うんうん」
「それで心の中で話しかけてみる」
「わかった!」
アールスが目を閉じて数十秒。小さくアールスがあっ、と呟いた。
「うん。来た……ナギ、『豊穣の春』!!」
「へっ?」
なんだか気持ちが徐々に高揚していくような、不思議な気分だ。
「な、なにこれ?」
「えへへ、ルゥネイト様の魔法でね、人に魔力をあげる魔法なんだって!」
「魔力を?」
あまり実感がわかない。
「すごいでしょー」
「うん。すごい」
意外と神託降りるのって簡単なのかな?いや、小さい子供って結構信じやすいから子供の方が神託が降りやすいのかもしれない。でもいきなり固有魔法まで使えるなんて……やっぱりアールスは才能があるのかもしれない。
「すごいけど、いきなり人に魔法使ったら駄目だよ?」
「えー」
「だーめ。僕だったからよかったけど、先生に見つかったらお説教されるよ?」
アールスは納得いかない様子だったが口を尖らせながら渋々と言う感じで僕の言う事を聞いてくれた。
放課後になると僕はさっそくハイマン先生のいる職員室へ向かった。
「先生。僕に魔力操作を上達させる訓練法を教えてください!」
ハイマン先生と対峙すると同時に頭を下げた。
「……どうした、いきなり」
「僕、どうしても魔力の操作が上手くなりたいんです」
「そ、そうか。取り敢えず顔を上げろ」
「はい」
「……魔力操作は魔法を使う上で全ての基本だ。それを学びたいというアリス=ナギの思いを俺は嬉しく思う。お前は子供とは思えないほど理解力があり他の者を思う慈悲の心がある。……そうだな、教えるのは構わないが、魔力操作はそのうち授業でもやる事だ。お前は何故今教えて欲しい?」
「友達が、無事に学校を卒業できるようにです」
「……レナス=フェアチャイルドの事か」
「知っているんですか?」
「むしろなぜ気づいたのかこっちが聞きたいな」
「……最初に会った時、話をしていて卒業の話題になった時に何か思う所があったようなので。身体も丈夫じゃなさそうだからもしかしたら、と思って。本当にフェアチャイルドさんは卒業ができないんですか?」
「可能性が高い……とは聞いている。彼女の場合単純に体力がないんだと思う。だから病には気を付けなければならない。彼女が自宅療養じゃなく多少無理をしても寮に来たのもその方が素早く対処できるからだ」
「そうだったんですか……」
「だが学校生活で体力さえつけばきっと普通に生きられる。お前が気に病む事じゃない」
「それでも、何もできないのは苦しいです」
「……まったく。本当に子供とは思えない奴だ。……天才というのはお前のような奴を言うのかもしれないな」
「いえ、僕は天才なんかじゃありません」
僕はただ同世代の子達よりも知識があるだけなんだ。
「まぁいいだろう。目的は不純な物ではなさそうだし、どうせ夏には教える事になる。そう複雑な物でもないからな。訓練方法は単純だ。魔法を使って魔力を操作すればいい。アリス=ナギはまだ生活魔法と神聖魔法しか使えないな?」
「はい」
「ならライトかヒールで練習するといい。最低限のコントロール力は得られるだろう。注意点としては、授業の時ヒールを使ったな? あれでは患部に対して魔力を使い過ぎだ。魔力の量で治るスピードは変わらないから無駄が出る。怪我の大きさに応じて込める魔力を調整するんだ。だが身体中の魔力の動きを抑えたのは素晴らしい。あれが日常的に出来、魔力を感じられるようになれれば魔力操作の基本は出来た事になる」
「なるほど」
「治す傷に関しては自分で傷をつけた方が治り具合も分かりやすいだろう」
「……わかりました」
痛いのは嫌だけど、どうせすぐに治るんだ。他の人に傷ついてもらうわけにはいけないしね。
「ああ、治るからと言って腕を切り落としてはいかんぞ。流石にくっつけるには高位神官でないとできないからな」
「え、そんな事が出来るんですか?」
「ああ。《パーフェクトヒール》という魔法だ。さすがにそんな高位神官に頼むとなると高額な金が必要になる。気を付けろ」
「は、はい」
こうして僕は魔力操作の訓練を始める事になった。
2016/10/20
魔獣使いから魔獣使いに変更しました